「あるよ」おじさんになりたくて 作:おっとり塩茶漬け
都築
「うーん、私も髪型変えようかな」
「色と長さは変えるなよ」
「えー」
一卵性双生児以上に瓜二つだと不都合だから、ミズカは鎖骨くらいまで伸びるチョコレートブラウンのセミロングのまま、ホノミをホワイトピンクのボブにした。
「ミズカはもう認知されてるから仕方ないっすね」
「……ほんとにそのキャラ付けでいくの?」
「これでいくっす! 嫌われず、距離を保つのにいいらしいんで!」
キャラ付けを本人に決めさせたら、表情もかなり快活になってかなり別人っぽくなったけど、理由聞いたらちゃんと同一人物だった。
「ていうかマスター、欲しがり過ぎてやらかしてるじゃないですか」
やらかしてる言うなや。欲しがり過ぎ含めて言い返せないだろ。
「あれっすね。世界崩壊とか招く前に矯正しとかないとマズくないっすか?」
「次はないさ」
たぶん!
「いや、これマジですからね? フリじゃないですよ?」
「大丈夫だ。問題ない」
「あ、いらっしゃいませー」
ボケは潰されたが客だ! もてなせ!
昼時のそこそこの客の出入りも終わり、全ての客が捌けてちょうど店員二名がアイドルタイムとなった頃。
「いらっしゃいま、せ?」
慣れているミズカが思わず戸惑いを言葉に乗せてしまう程、来店したスーツ姿の客は、纏っている雰囲気が明らかに一般人とは異なっていた。
「二人だけど、カウンターよろしい?」
「はい、どうぞ」
ミズカが如才なく応対し、マスターのちょうど正面に女性一人、男性一人が座る。
女性が上司だろうか。少し物珍しそうに店内に目配せしている男性と異なり、佇まいも落ち着きがあり、水でのどを潤したのを区切りとしたようにマスターを真っ直ぐに見つめる。
「先日、こちらを訪れた学生に渡した物について、お話を聞きたいのですが」
よろしいでしょうか、と結ぶこともせずに返答を待つ女性に対し、マスターは一瞥するに留めて作業を続けた。
「……あの」
聞こえないはずもなく、返答すらされないことに女性は戸惑う。
自分は立場的には客である。
だからこそ疎かにはできないだろうと主導権を握るつもりで初めから斬り込んだつもりが、全く梨の礫なのは予想外だった。
「えっと……」
「……あ! 駄目ですよ樋川さん。僕ら客なんですから、注文しないと!」
「あ、そ、そうね」
気難しい店主ならばあり得るか、と咄嗟に頭を切り替える。
「じゃあ、ブレンドで」
「あ、ここブレンドないみたいですよ」
メニューを眺める部下の言葉に、対象の前であるためなんとか抑えたが、ええ!? と胸中で声を上げていた。
ブレンドコーヒー。それはカフェと言えばブレンド、コーヒーと言えばブレンドとすら言える代物だ。高い豆と安い豆を使ってコストを抑えるだとか、味の安定だとか、色々と理由はあるだろうが、一番の理由は独自性を生み出すことで、数多ある店舗からその店を選び足を運ぶだけの「一杯」となる可能性が生まれることだと彼女は考えている。
ストレートの良さも分かる。豆の出来の良し悪しというブレこそ生じるものの、どこの店でも間違いがないし、砂糖やミルク等をいれて豆の特徴の強弱は変わっても、ベクトルを変えずそのまま味わえるのはコーヒーの苦さが苦手な人でも楽しめる大きな利点だろう。
だがこの女性……樋川沙那は思わずにはいられなかった。
――この男正気か?
と。
自分で思う以上に動揺していたのだろう。他人の機微に疎く、しばしば空気の読めない発言をする部下が気を遣ってくる有様だ。
「あー、えっと、他にもありますよ! たまには紅茶もいいんじゃないですか!?」
「……そうね」
別にストレートでもいいか、と思い直した矢先のことだった。
「……あるよ」
その声は決して大きいとは言えず、テレビやラジオなんかを流していれば被って聞き逃してしまいそうな声量でしかなかった。
なのに、やけにはっきりと聞こえた声に目を向けると、マスターと目が合い、顎を引くような頷きを見せる。
「あー、ウチのブレンド、日によって変わるんでメニューとして出さないんすよ。それでもいいっすか?」
最初に接客していたセミロングの少女とは別の、甘い髪色のボブの少女が説明する。
いやウェイトレス含めて顔良すぎだろ、と思考が逸れそうになったが、今は注文だ。
日によって変わるから出さない。
それが言葉の通りの意味だったとすれば、安定しないものを客には提供できないという誠実さ、あるいは一度好まれた味を再現できずに失望されることからの逃げか。
樋川はこれを、「違いが分かる者が客である」とバリスタが認識しているが故の配慮……逆に言えば「君たちならわかってしまうだろう?」という挑戦と捉えた。
「……では、それを」
「じゃあ僕はアッサムのミルクと、ナポリタンで!」
「承りましたっす! お飲み物は食後と食前どっちにしますか?」
「じゃあ、食後で!」
わかりましたっす、と笑顔で注文を伝票に書き記しているらしい美少女を見る部下の顔は、だらしなく呆けている。
何をしに来たのか忘れているらしいこの部下は(我に返る切っ掛けになったのを加味した上で)後で懲らしめるとして、すっかり機を逸してしまった目的を思い出して気を引き締める。
彼女たちがこの店を訪れたのは、先にも店主に告げたように、学生二人が受け取った解呪の薬について問わねばならないからだ。
協会の抱える祈祷師も解決に匙を投げたということは、それ以上を望むことはもう神や仏の奇跡を願うに等しい。一部の神器や聖遺物などは奇跡を起こすと言われているが、その発動には相応の代償を支払わなければならないという。
だというのに、そんな代償もなく奇跡を起こせる代物を、たった1000万で譲る男が現れたという。どうして警戒せずにいられようか。
(疚しいところがあるなら、渡したらすぐに雲隠れするはず)
しかし逃げる素振りも見せず、店主らは再び訪れた二人を普通に客として迎えた。対価を聞かれて困っていたというあたり、薬の価値を理解していない、という可能性は大いにある。しかし別の何か……たとえば、彼らの所属する協会との渡りを求めていたとすればどうだろう。
呪いを受けていることから実行部隊に所属することが分かっても、それが分かる外部の人間であればあるほど、彼らが未だ予備役の身でありながら本隊以上の武勲を挙げている、切り札のような存在であることは“絶対に”知りようがない情報だ。
だからこそ、上に報告した様子を見せず、対価を訊ねに来た二人に戸惑ったと考えれば、その対応も不思議ではない。
不思議ではない、が。
(……まぁ、考え過ぎだと思うけど)
店内や店の人間からは、裏の世界に住む者の空気が感じられなかった。
上手く隠しているという可能性もあるが、それにしても、先程の問いかけに対する態度は交渉の駆け引きとしてもあり得ない。
だからこそ意表を突かれたとも言えるが、それはもう切り替え済みで、むしろ意趣返ししてやろうかとすら考えている。
(隠し事なんてさせてあげないから)
自分の持ち得る力を存分に奮おう、と考えていた矢先の事。
(あ――良い香り)
届く香りに、引き締めた心が弛緩する。
視線を上げれば、今まさにドリップで抽出しているバリスタの姿があった。
その立ち振る舞いに緊張や不慣れからくるぎこちなさや淀みは一切なく、専門誌の一ページを飾っていても違和感がないほど様になっている。
ぼけーっと眺めることしばし。
とん、と一段上がったカウンターに置かれた、磁器のカップで我に返る。
「お待たせしました、ブレンドです」
セミロングの少女が邪魔にならないようミルクの入ったミルクピッチャーを置き、砂糖は備え付けの瓶から任意でとる形だが、よほど好みに合わない味でもない限り使うことはないだろう。
ソーサーとカップのハンドルを持って手元に寄せると、より深く芳しい香りが鼻孔をついた。
まず一口。
芳醇な香りから予想した通り、上品な酸味が口の中に広がる。直後にやってくる苦みは軽く、その奥にあるほのかな甘みとともにスッと消えて、飲み込んだ後には爽やかな余韻だけが残った。
ブラックが至高とは思わない。砂糖はコクや酸味を抑え、ミルク入れることでコクを深めたりまろやかさを加えることもできるからだ。が、この一杯には不要。むしろ一枚の完成された名画にペンキをぶちまけるような冒涜でしかない。
己の中で意向が決まったことで、心置きなくカップを傾ける。
「……おいし」
思わず零した後に恥じ入るも、隣の男が一秒も惜しいとパスタをかっこんでいるのを見てどうでもよくなった樋川は、ふっと力を抜いてソーサーにカップを置き、淡く立ち昇る湯気に頬を緩めた。
そして思う。
(……また来よ)
聴取は最大の便宜を図ろう、と。
「貰った、ですか?」
「……ああ」
正面に座る美人なお姉さんのオウム返しを肯定する。
なんか最初はめんどくせーバリキャリみたいな空気で来たから、「ふえぇ、怖いお姉さん来ちゃったよぉ」と頭真っ白になって碌に応対できなかったんだけど、まさか「あるよ」を言う絶好の機会を与えてくれるとは思わず滅茶苦茶上がったよね、好感度。
でもって、願望を叶える形で生み出されたものだから、当然当人が求めるものコーヒーになるわけで、飲んだらそらもう一発よ。
まぁしっかり美味いコーヒーを求めるくらいだからコーヒーが好きなんだろうし、ブレンドを置かない理由が「ぶっちゃけ味わかんないから」だなんて知られたら一発でアウトだろうなーとか思っている間にも話は進む。
「マスターの知り合いに、曰く付きのものとか送ってくる人がいるんですよ」
俺が(決してコミュ障ではなく)キャラづくりで饒舌にしゃべれないから、ミズカが補足してくれた。
内容はもちろん嘘だが、その辺は高性能なホムンクルスだからね。それ系の権能でも持ってない限りバレることはないだろう。
「そう、ですか……それなら確かに」
なにが確かになのかは知らんけど、お姉さんの中で何か腑に落ちたようだ。
ところで、腑という言葉には胃腸のような内臓や心を表すらしい。よって「腑に落ちない」は「食べ物(物事)が飲み込めない=納得できない」あるいは「心に収まらない=納得できない」というような説があるのだとか。
飲食業を営み、人の心が大きく関わる願望機である俺にピッタリな言葉ではなかろうか。
こういう蘊蓄とか店内に飾ってみようかな、なんて余計なことを考えていると、考えがまとまったらしい美人さんが訪ねてくる。
「ちなみになんですが、その頂いたものを見せていただくことはできますか?」
「ない」
「あ、これは『もう全部手元にないから、見せられるものはないよ』って意味です」
「そう、ですか。譲ってくださる方の連絡先などは……」
「……言うと思うか?」
「これは『自分みたいな無愛想な人間に教える人はいないし、知っていても個人情報は教えられませんよ』って意味っす!」
なんか言葉足らずでケンカ売ってるみたいになっちゃってるアホと甲斐甲斐しく翻訳してくれる美少女の助手みたいになっちゃってるじゃん。
もうやめよっかなこのキャラ付け。隣の残念そうな後輩君(仮)にも苦笑されちゃってるし……いや、でも「あるよ」は口数少ないおっさんが言ってこそだからなぁ。
……うん、続行で!
俺の決意を後押しするかのように、カランカランと鈴が鳴って来客を知らせる。
さぁどんな客でもかかってこい! 俺は俺の意思を貫き通す!
「生意気だなぁ。この島ごと消し飛ばしてもいいんだよ?」
なんて?