「あるよ」おじさんになりたくて   作:おっとり塩茶漬け

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 退屈だった。

 

 己に立ち向かってくる者がいない。

 

 ――当然だ。僕は最強だから。

 

 面白いことがない。

 

 ――当然だ。現状を良しとしてる屑とカスばかりだから。

 

 前者は仕方ないと諦めている。誰だって死にたくないのだから。

 だが後者は違う。

 まだ支配されていない場所がある。支配されていない者たちがいる。

 なのになぜ、それらを攻めず、舐らず、殺さず、放置しているのだろう。前者だって、なぜ己を鍛えず、研かず、極めず、歩みを進めようとしないのだろう。

 理解できず、そのうち考えることを、期待することを止めた彼は、

 

 ――なら自分から動けばいい。

 

 と趣向を変えることにした。

 自分から敵対する者に勝負を仕掛ける。

 勝負の形は何でもいい。戦争、戦闘、ゲーム、料理、弁論……なんだって構わない。

 自分が満足するかしないか。

 満足できれば良し。できなければ、その度合いに応じて破壊してしまおう。

 

 そう結論付けた彼は、気の赴くままに散策し、一つの店舗に目を付けた。

 

 繁盛しているようには見えない。

 しかし、ここは大通りから外れ、どの駅からも均等の距離にあるとはいえ、都心にある飲食店だ。なんの強みもなく店を構えていられるはずもないだろう。

 そう結論付けて、店のドアに手をかける。

 

 店内の装いは、別段惹かれるものを感じなかった。

 レトロな雰囲気を作ってはいるが、歴史は感じない。

 これはダメそうだな、と思った矢先、捉えたのは人外の存在。見目美しい、しかし吹けば消し飛んでしまう程度の力しかない人造の生命だ。

 戦闘以外に特化しているだろう存在ではあるが、ここまで完璧に造ることは自身の部下でも不可能だろう。

 前言を撤回しようか。そう思い、緊張した風のニンゲン二体は意識の外に置き、そこでようやく彼は気付いた。

 

 カウンターに立っている男は、まるでこちらを意識していない。

 

 こちらの存在を知りつつも自分にできることを全うしようとする人造ニンゲンとは異なり、己の命がほんの気まぐれで消え去る程度の存在であることを突きつけられている虫けらとも違い、もちろん自分に能うと確信しているような実力者でもない。

 その男は今この時を何の変哲もない日常として、ただいつも通りの日常を過ごしている。

 

「……いらっしゃい」

 

 来店を迎える言葉もあまりに普通。

 それが癪に障ったというわけではない。前触れを出したわけでも、自身の正体をひけらかしているわけでもない己が「普通に扱われた」ことで腹を立てるなど、器の小ささを喧伝するようなものだ。

 だが、取るに足らぬ存在だと捉えられているのも我慢ならない。

 

「生意気だなぁ。この島ごと消し飛ばしてもいいんだよ?」

 

 ほんの僅かな、それこそ息を吹きかける程度の威圧を含めて言い放つ。

 しかし店員の男はこれといった変化を見せずに視線を上げるだけ。逆にそれが彼の意表をついて、毒気が抜かれることとなったのは誰にとって幸いだったのか。

 

「……えっと、お好きな席にどうぞ~」

 

 人造ニンゲンの声に頷き、ボックス席へと足を運ぶ。

 渡されたメニューは開かず、店主であろう男に向けて彼は用意していた言葉を告げた。

 

「僕を満足させる料理を」

 

 さしもの男も予想外だったのか、ぴくりと眉を動かした。それで僅かにでも留飲が下がったのか、わずかに口端を上げて言葉を続ける。

 

「この店で最も味に自信のある料理を持ってくればいい。ジャンルは問わないし、対価に糸目もつけない。……ただし」

 

 頬杖をついて、明確に口が弧を描く。

 

 ――僕を満足させることができなければ、最低でもこの街は消えてもらうけどね。

 

 そう告げると、ようやく男の表情に明確な色が浮かんだ。

 困惑と、諦観。

 なぜ諦観? と思わなくもないが、グラスを拭いていた手を止め、腕を組んで動かない男に彼は笑いかける。

 

「どうしたんだい? 君が店主なんだろう? どんなに小さくても一国一城の主として店を構えたんだ。まさか、ないとは言わないよね?」

「……あるよ」

「……へぇ」

 

 是、と答えた男を見た彼の胸中に浮かんだのは、純然たる期待。

 なにかはわからない。魔力ではない。闘気でもない。神気とも違う。

 だが、男が答えた瞬間に、何かを感じた。

 彼の中にある言葉であえて表すとすれば、覚悟……だろうか。

 

 だから、それ以上彼は何も言わなかった。

 囃し立てることや煽ることはもちろん、たとえ励ますことでも、今の男には無粋だと感じたからだ。

 

 やがて目の前に置かれたのは、一杯のどんぶり。

 

 カラッと揚げられたカツにかかっているのは黒いソースで、その下に見えるのは瑞々しいキャベツ。

 卵でとじられたカツ丼ではなく、ソースカツ丼だった。

 

 耳にしたことはあっても、実際に目にしたのは初。ソースを選んだこともそうだが、店の雰囲気としてもっと洋風な料理を選ばなかったことを意外に思う。

 とはいえ、意外性での選択や、苦し紛れに出した一品ではないことは明白。

 一度は使い慣れたスプーンを手にしたものの、どうせならと箸に切り替える。

 丼を手に取り、まずはと切り分けられたカツを口に運ぶ。

 

「!!」

 

 嚙み切った瞬間、旨味が口の中で弾けた。

 ソースがかけられているにも関わらず、ザクっと心地の良い歯ごたえは卵でとじるカツ丼とは比較にならない。

 指の腹ほどもある厚さの肉も、心地よい弾力で歯切れよくさっくりと嚙み切れる。

 すると、まず初めに感じていた強いソースの塩辛さとフルーティかつ爽やかな酸味の奥から、強い脂の旨味が口いっぱいに広がった。

 下味の塩コショウ、特にコショウもピリッとしたアクセントを加えていて舌を慣れさせない。

 

 千切りのキャベツは脂や油の重み、ソースの濃い味を中和し、それらと土台にある米の甘味、そして上にかけられた別のソースが衝突しないように取り持つことで、味を損なうことなく一つにまとめている。

 

 そう、別のソースだ。

 卵黄を使っているらしいコクのあるそのソースが、ともすれば単調になりかねないソースカツ丼の味わいを一段と奥深いものにしている。

 これはカツ定食を丼にまとめただけのものではない。

 一口、また一口と運ぶ手は止まらず、ついにはもどかしくなって丼を傾けてかき込んで、気が付けば器は空になっていた。

 

 以上は後に少年が食した際の感想である。

 対して供された彼はと言えば、

 

「……ふう」

 

 全てを平らげて、一息吐いたその表情が全てを物語っていた。

 

 正直に言ってしまえば、彼は料理に明るいわけではなかった。

 だが、美味いかどうかはわかる。だからこそ「どちらが料理を作るかの勝負」ではなく「自分を満足させる料理を用意できるかどうかの勝負」だったわけだが、ここまではっきりと勝負がつくとは思っていなかった。

 

 物事には理がある。

 戦いには戦いの理が、論には論の理があり、強者や賢者の振る舞いには「理」が宿る。

 きっと、この料理にもわかる者にはわかる理があるのだろう。

 それを理解しない己がこの料理について敢えて口にするのは野暮でしかないと、裁定を下すためにいつの間にか用意されていた茶を口にして――思わず笑みがこぼれた。

 茶すら美味い。

 もはや、これだけで満足してしまう程に。

 

「君の勝ちだよ、店主」

 

 満足してしまった。――だけではない。

 これまで何の価値もないと思っていた島、国、街……人。

 その中にも今日出会えたような珠玉の価値が在るのだとすれば、ただ破壊をもたらす行為が如何に浅はかであるかを理解してしまった。

 

 彼はもう、今までの様に愚かではいられない。

 

「お代はここに置いていくよ」

 

 異相空間から取り出した料理に見合うだけの宝を置いて、店を出る。

 

 勝負であるのだから、今回の件は彼の負けとも言えるだろう。

 だが、彼の胸中に敗れたことに対するしこりはない。

 

 現に、空に広がる青のなんと清々しいことか。

 

 考えてみれば簡単なことだった。

 最初から彼が求めていたのは満足で、破壊ではなかったのだ。

 

 

 

 

 中二病の少年が置いていったブツを、お姉さんたちがすげえ顔で見つめてる。

 あげますか? って言おうとしたら、ミズカとホノミがすごい勢いで首を横に振っていた。

 まぁせっかくくれたものを人にあげたらムカつくかへこむよね。

 それに他に代金貰ってないし。

 

「…………どうすればいいのよ……こんなの、なんて報告すれば……」

 

 小声すぎて言葉は聞き取れなかったけど、頭を抱えてしまったお姉さん。

 あの暗黒微笑を見てから震えてたみたいだし、黒歴史でも思い出してしまったんだろうか。

 申し訳ないんだけど、前世を含めてそういう経験ないからよくわかんないんだよね。

 とか思って同情の目を向けてたら、ミズカが視線で何かを訴えていた。

 なになに?

 

 マスターは現在進行形で黒歴史作ってるようなものじゃないですか?

 

 やかましいわ。

 

 

 

 

 

 純喫茶『NoTime』。

 都心の絶妙にアクセスの悪い場末にその店はある。

 味よし価格よし雰囲気よしと、アクセス以外の好条件は揃っているが、「行きたいのに仕事が入る」「一限目が終わったら行こうと思ってたら休講になった」といった偶然が重なり、人はいるけど満席になるのは稀、という可もなく不可もなくという繁盛具合。

 

 さもありなん。ここは店主の男が、ネットの住民から寄せられた「本当に行きたい人がいつでもいけるカフェ」というコンセプト(願望)に則って作った店だから。

「バーがやりたい」という自身の我儘も飲み込んで、男がキャラづくりの接客をしていると、今日も人が訪れる。

 

 喉を潤しに。

 腹を満たしに。

 休憩に。

 

 そして稀に、自分ではどうにもならない望みを抱えて。

 

 その望みはささやかな時もある。

 時に人の手に余る願いなこともある。

 

 それでも彼は、その願いが本物であれば言ってしまうのだ。

 

 

「あるよ」

 

 

 そう、無愛想に。

 

 




マスター
言ってしまえば人格と人の肉体を持った願望機。
願望機が願いを唱える者にいちいちビビったりしないので、威圧感とかは感じない。


中二病の少年(仮)
ラスボス。
以後しょっちゅうグルメの旅に出るが、本当に満足できる料理にはなかなか出会えずちょくちょく店を訪れることになる。



とりあえずこんな話です!続くかは未定だけどね!


05/07追記
登録、感想、誤字報告等、本当に色々ありがとうございます!
(続きは)あるよ
って言えないのが台無しですが、続き書いてます!
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