レゼ逃避行IF   作:おおいぬのふぐり

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スシローを奢ってもらうことで続きを書くことになった。


乗車

駅は人で溢れていた。

夕方の喧噪が、構内全体を包んでいた。仕事帰りのサラリーマン、買い物袋を抱えた主婦、スマートフォンを見ながら歩く学生。

誰もが自分の行き先を持ち、自分の時間を生きていた。レゼはその濁流の中に紛れながら、柱の陰に身を潜めていた。

人混みは、隠れるのに都合がよかった。追手の目を誤魔化すには、人の少ない場所より人の多い場所の方がいい。それに、逃げるためには遠くへ行く交通手段も必要だ。その交通手段に最速でアクセスできる場所を待ち合わせ場所にするのは、リスクもあるが合理的だった。

だが、ここを待ち合わせ場所に選んだ理由はそれだけではなかった。

賑やかな場所にいると、自分も喧騒に混じる普通の人間みたいな錯覚を覚えるのだ。

荷造りをしながら、レゼはずっとそのことを考えていた。小さなリュックに着替えを詰めながら、偽造パスポートをいちばん底に滑り込ませながら、支給品のスマートフォンをテーブルの上に置いていきながら────胸の中に、妙な気持ちがあった。

ワクワクしていた。

自分でも、おかしいと思った。これは逃避行の準備だ。追手から逃げるための、終わりの見えた逃走の支度だ。なのになぜか、まるで修学旅行の前日みたいな気持ちが、胸の奥にくすぶっていた。

────修学旅行。

レゼはその言葉を、頭の中で転がしてみた。

経験したことがなかった。当然だ。レゼには学校がなかった。友達もいなかった。夜中に枕を並べてこそこそ話す相手も、出発の朝に約束の場所で落ち合う仲間も、何もなかった。あったのは暗い部屋と白衣の人間たちと、体に埋め込まれた爆弾と、こなすべき任務だけだった。

それなのに今、レゼは誰かと待ち合わせをしていた。

行き先も決まっていない。計画もない。ただ、待ち合わせをしていた。それだけで、胸が少し、あたたかかった。

リュックは軽かった。

自分の荷物がこれだけしかないことを、今になってレゼは改めて思った。着替え数着と、偽造の身分と、他人(ソ連)から渡されたお金。それだけだった。

本棚もなかった。好きな音楽もなかった。大切にしていた何かが、どこかにあったわけでもなかった。

置いていくものが、何もなかった。

軽いリュックが、自分の人生の空虚さを雄弁に語っているようだと、そう思った。

だから、せめて。

デンジの隣にいたかった。

時計を見た。

約束の時間を、五分過ぎていた。

構内のアナウンスが頭の上を流れた。発車を知らせる音が、遠くのホームから届いた。人の波は絶えず動いていた。誰もレゼを見ていなかった。誰もレゼのことなど気にしていなかった。

────来ない、か。

見捨てられたのか、と思った。

いや、違う。デンジはそういう人間じゃない。

ならば捕まったのか。公安が動いたか、あるいはマキマが何かを嗅ぎつけたか。確かめようとポケットに手を伸ばして、ふとスマートフォンは拠点に置いてきたことを思い出した。

支給品のスマートフォンは、持っていれば位置を伝える発信機になる。だから置いてきた。それ以外にも、痕跡になりうるものはすべて置いてきた。連絡を取る手段が、今のレゼには何もなかった。

諦めよう。

そう思って、足を踏み出した。

その瞬間だった。

肩を、強い力が掴んだ。

反射的に体が動いた。首元に手を回し、重心を落として、後ろを振り向く。公安か。ソ連か。どちらにせよ、ここで大人しく捕まるつもりはない。体中の神経が、一瞬で戦闘態勢に切り替わった。

そこまで考えて、レゼの思考はそこで止まった。

 

「……ワリィ、遅刻した」

 

デンジだった。

額に玉のような汗を浮かべて、肩で息をして、それでも笑顔で立っていた。相当急いで走ったのだろう。シャツの裾が乱れていた。髪もぼさぼさだった。

レゼは首元に回した手を、ゆっくり下ろした。

自分の心臓が、どくどくと鳴っていることに気づいた。戦闘態勢に入ったせいだと思った。でも────たぶん、それだけではなかった。

デンジは息を整えながら、胸に抱えていた封筒をレゼに差し出した。

 

「全部出してきた。全部」

 

受け取って、中を確認した。

万札が、束になっていた。

 

「……いくらあるの」

「八十三万。俺の貯金はこれで全部。デビルハンターって思ったより稼げんだぜ」

 

にへらっ、とデンジは笑った。

その笑顔を見て、レゼは何か言おうとした。

ご苦労様とか、遅い、とか、首を絞めるところだったとか。しかし何も出てこなかった。

ただ、デンジくんが来たと────それ以外を思えなかった。

それだけで十分だった。

レゼは、封筒を突き返した。

 

「自分で持って」

「レゼが持っててくれよ。俺すぐなくしそうだし」

「……」

 

妙な説得力だった。

何も言えなかった。

押し返された封筒を受け取って、自分のバッグにしまう。

八十三万円が、レゼの荷物の中に収まった。これがデンジの全部だった。

そう思うと、封筒が少し、重く感じた。

重いということが、初めて幸せに感じた。

 

少し幸せに浸って、ふとレゼは自分達が逃亡を始めんとする真っ最中であることを思い出した。

気を取り直すように、話題を切り替えた。

 

「今から新幹線に乗るから、行き先を決めないといけない」

 

レゼはデンジを見た。

 

「少なくとも、ここから遠いところに行くのは決まりだけど────」

「デンジくんは……北と南、どっちに行きたい?」

 

レゼは、デンジの答えを待った。




続きがありそうな終わり方ですが続きは考えてません
続くかは友人の財布次第です
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