エンタメデュエリストが幻想入り   作:てんのうみ

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因幡之白兎

 依姫様の手が私の頬に触れる。依姫様の温もりで、じんわりと冷たい頬が温かくなっていく……昔懐かしい温もり。

「元気にやっていましたか?」

 優しい笑みをこぼしながら私の瞳を真っ直ぐ見つめる依姫様に、私はどうしていいかわからず目をそらした。

「はい……それなりに」

 少し前まで仕えていた人に向かってなんて態度だろう。月にいた頃は言葉使いをよく注意されたものだ。でも今と昔じゃ立場が全然違う。

 

 昔は主従───今は月の管理人と月から逃げ出した犯罪者。

 

「そうですか……それはよかった」

 そう言って依姫様は私の頬から手を放し、両手で私を包み込み───ギュッと抱きしめた。

「月を後にした貴女が一人地上で泣いているのではないかと心配していましたが……安心しました。前より強く、大きく成長しました」

 いい出会いがあったのですね───そう言って笑いながら抱きしめる依姫様に私は困惑する。どうして……どうしてこんなに優しくしてくるんだろう。私はそんな笑顔を向けてもらえる資格なんてないのに。

 

 

「そちらの方々、八意様からお話は聞いています。まだ準備が整っていませんので応接室の方でお待ちください。ユキ、ご案内を」

 数秒間抱きしめられたのち私を腕の中から解放すると、依姫様は後ろの遊矢たちに声をかけ、ユキに二人を応接室に連れて行くよう命じる。

 ん?……()()()()()()()()()() 師匠なら私たちを呼び出す段階で、すでに準備ができていてもおかしくないはずだ。そんなに大掛かりなものなのか、それとも───。

「わかり……ました」

 納得がいかなそうに返事をして、ユキは二人の方へ向かうため私の隣を通り抜けていく。久しぶりに会えて、話したいこととか色々あるはずなのに───声もかけられず、目も合わせられなかった。

「さあ、私たちも八意様のところへ行きましょう」

 どんどん小さくなっていくユキの姿を目で追い、その姿が見えなくなってから前を歩く依姫様の後を追った。

 

 

 長く続く廊下を依姫様の後ろについて歩く。辺りは反響する足音が聞こえるだけで、他は何も聞こえず、誰もいない。本当にここはあの頃と何も変わってない……まるであの時から時間が進んでないみたいだ。

「貴女はどのくらい(こちら)にいるのですか?」

「遊矢……ゴーグルを着けていた男の子の精密検査が終わって、師匠からプラネットカードのことを聞いたら帰ります。依姫様……私からも一つ聞きたいことがあります。

 

 ───どうして私に普通に接してくれるんですか」

 

 私は月を裏切って、地上へ逃げ出したいわば犯罪者。月に戻ってきた時点で捕えられて、幽閉されてもおかしくはないのに、依姫様は普通に……いや、私が月にいた時よりも優しく私に接してくれている。

「レイセン、私は貴女に謝らなければならないことがあります」

 そう言って歩みを止めた依姫様は、私の方へ振り向くと、深く頭を下げた。

「貴女が月にいた頃、私は貴女が抱えていた物に気づけませんでした……それが貴女を追い詰め、月から出て行ってしまうほどに苦しめていたことに───私は主失格です」

「そ、そんなことないです!それは私の問題で……」

 気づけば大きな声を上げてしまっていた。本当に依姫様は悪くない。悪いのは全部私なんだ。

 顔を上げた依姫様は申し訳なさそうに私を見つめ、「この話は後にしましょう」と言ってまた歩き始める。たぶん今のまま話しても解決しない───そう思ったんだろう。

 

 

 師匠のいる医務室の前に来たところで、依姫様は「仕事がありますから、また後で」と言って、行ってしまった。

「それにしても医務室か……」

 目の前にある『医務室』と書かれた扉を見て、頻繁にこの扉をたたいていた頃を思い出す。無機質で、気味の悪いこの月で、唯一私が安心できた場所。

 あの頃と同じように、コンコン───と二、三回ノックすると、扉の向こうから「どうぞ」と師匠の声が返ってくる。───久々に聞いた生の師匠の声に、さっきまでざわついていた私の心が少し落ち着く。

「失礼します」

 一声かけてから部屋の中に入ると、辺りには少し薬品の匂いが漂い、ベッドなどの配置も変わっていない、あの頃のままの医務室。そして白衣を着て、椅子に腰かけ足を組みながら資料か何かに目を通している───私と出会った時と全く同じ師匠の姿があった。

「久しぶりね。まあ私からしたら数週間前なんだけど……どうかした?」

「あっ……いえ、何も」

 一瞬あの頃へタイプスリップしたような感覚に襲われていたが、師匠の言葉で我に返る。

「依姫にはもう会ったの?」

「はい、さっきまで一緒でした」

「そう、ならよかったわ。あの子貴女に会いたがっていたから」

「どうしてですか?私は月から逃げ出した犯罪者なのに……というか師匠も月に居たらまずいんじゃ……」

 私がそう言うと、師匠は見ていた資料をデスクにおいて、私の方を真っ直ぐ見る。

「今回のことは依姫たち全面協力よ。依姫と豊姫以外、私がこっちに戻って来ていることは知らないのよ。それに───鈴仙、貴女は月から脱走したことになってないらしいわ」

「えっ───」

 予想だにしない師匠の言葉に、私は思わず耳を疑う。そんなはずは……そんなはずはない。あの日、あの時、私は確かに師匠と姫様とともに、この月から逃げ出したはずだ。

 

   ◇◆

 

 思えば私はいつからここにいるのだろう。気が付けばと言うか、物心ついたときには(ここ)に居ることが当たり前になっていた。私は(ここ)以外の世界を知らないけれど、(ここ)が狂気的なまでにおかしいことはわかる。朝起きて、訓練して、寝ての繰り返し。それに誰一人として疑問を持たない。どうして訓練しているのか。何と戦うための訓練なのか。そもそも私は何者なのか。私は疑問でいっぱいだというのに。

 

 ───そして私は()()()を境に、訓練に出なくなった。

 

 しかし(ここ)では訓練をサボると、それ相応の罰がある。私はそれを避けるために『病欠』と言うことにして、訓練が終わるまで医務室で時間を潰す。そして今日も、それは変わらない。

「失礼します」

「どうぞ」

 いつものように医務室の扉を数回ノックすると、いつもとは違う声が扉の向こうから返ってくる。きっと担当が変わったんだろう───私はとくに気にも留めず、医務室の扉を開いた。

 扉の向こうに私の知る医務室はなかった。昨日まで無臭だった室内は、よくわからない臭いが漂い、紙媒体の資料やらなんやらが無造作にばら撒かれている。そしてその中で、椅子に座りながら大して面白くなさそうに資料に目を通す白衣を着た白髪の女性。───この人があの声の主だろうか。 

「具合……悪いのでベッド借ります」

 無言で借りるわけにもいかないので一言断りを入れたが、特に返答はないのでそのままカーテンレースの向こう側にあるベッドへと向かう。

 医務室と言ったって、私以外に利用者なんてまずいない。いつものベッドに横たわり、毛布は被る。今思うと部屋でも医務室(ここ)でも横になってばかりだ。

 まあそれも今日の訓練が終わるまでの辛抱───そう思って瞼を閉じようとした市の時───突然カーテンレースが開いた。突然のことに驚いて起き上がると、目の前には。さっき資料と睨めっこしていた女の人が立っていた。

「ここ数日の利用者履歴……貴女でいっぱいね。そんなに体調悪い?」

 表情も作らないまま尋ねてくる女の人に対して、私は何も言わずに頷いた。直観的に感じる……この人は私たち玉兎とも、月の民とも違う。何かが───。

「そう、それは心配ね。でもちょうどよかったわ」

 女の人はそう言うと足元に置いてあった段ボールに手を突っ込む。そしてカチャカチャと金属が擦れ合うような音立てながら引き抜いたのは───一本のメスだった。

「切れ味の確認もしたいし、検査しましょう」

 表情を作ってないからか、その言葉を聞いた瞬間、私の体から血の気が引いた。

「え……遠慮……しとき……ます」

 誰かと話すのが久しぶりすぎたせいか、それとも言葉とメスの重圧にやられたせいか、声が震える。もしかして仮病がバレて、罰として実験台とかにされちゃうんじゃ───最悪の光景が脳裏に浮かび、肩を震わせていると───。

 

「フフ……フフフフッ」

 

 さっきまで静まり返っていた医務室に、笑い声が響く。笑い声の主は……私の目の前にいた。さっきまでの無表情が打って変わって、口に手を添えながら優しそうに頬笑んでいる。

「面白いわね、貴女」

 唖然とする私をよそに、その人はベッドの空いているスペースに腰掛けて首をかしげた。

「名前はえっと……レイセンだったわね。私は八意永琳。今日から医務室(ここ)に移ったの。この時間から訓練をサボっているのだから、よほど暇でしょ?  手伝ってもらえる?」

 それだけ告げると、私の返答も聞かずにベッドから立ち上がって、書類の整理をし始めた。本当は寝っころがっているつもりだったけど、訓練したり解剖されるよりは数倍いいだろう。それに───誰かから何かを頼まれたのは……初めてだ。

 気づけば私もベッドから離れ、床にばら撒かれている書類を集め始めていた。

 

 これが後に私の師匠となる八意永琳との出会いであった。

 

 

 それからというのも、私は毎日のように医務室───というよりは師匠のところへ通うようになった。初めは怖いと思っていた師匠も、関わっていくと案外優しい人だったり。初めは書類の整理だけだったが、今は研究のお手伝いなど、内容はなかなかにハードだけど……やりがいはあった。何より目的や目標があって、それに向かって何かをするのがうれしかった。

 そしてそんなある日のこと───師匠はいつも通り自分のディスクで仕事を、私はいつの間にかできていた私専用のディスクでお手伝いをしているときのことだった。

「ねえ、レイセン……貴女はどうして訓練にでないの?」

 行き成りの師匠の質問に、胸がドキッとする。

「わ、わりと今更ですね……」

「だって貴女、キツイからサボるような子じゃないでしょ。何か理由でもあるの?」

「一言で言えば……怖くなった───ですかね」

 

 

 そう───それは一か月前のこと。その日は近接戦闘の訓練だった。二人一組で行う初歩的な訓練の中で───事件は起こる。

 私は、訓練は嫌いだったが別に苦手ではなかった。と言っても成績が高かったわけじゃなくて、再試験にならないように最低限度のことしなかしなかっただけだけど。

 その日もいつも通りにやっていたのだが、私が左手を振り下げた時、たまたま相手の子の反応が少し遅れ、私の攻撃をかわし損ねた。そして私の手はその子の頬を掠める。その子の頬は軽く裂け、少しだけだが血が垂れた。

 

───瞬間、私は崩れ落ちた。

 

 自分の手に生々しく残った肌を裂く感触……真っ赤な血。それが目の前で痛そうに頬を抑える子を傷つけたことを私に訴えてくる。全身がガタガタと震え、身動きを取ることができない。私は右腕で自分の肩を抱きしめながら、その場にうずくまった。

 

 

「まだ手に感覚が残っているんです。全然抜けなくて」

「なるほど、誰かを傷つけてしまう怖さに目覚めたのね。そんなことで一々罪悪感を覚えていたら兵士なんて、到底勤まらないわ。ディスクワークに変えてもらったら?……まあ無理でしょうけどね」

 そう、意見なんて聞いてもらえるはずがない。上からの命令にただ従う。それが(ここ)のシステムだ。逆らうことなんて、できるはずがない。

「でもねレイセン、それは普通のことなのよ。誰かを傷つけて何食わぬ顔をしはじめたら、それこそ終わりよ」

 師匠はそう言うと、私の頭を優しく撫でる。触れている師匠の手は少し冷たいけれど、私の胸の奥はとても暖かくなった。

「ねえ、貴女はこの月のことをどう思う?」

「私は……おかしいと思います。誰も何の疑問に持たず、上の指示に従っている……どうして誰も疑問に思わないんでしょうか?」

「簡単よ。それは───()()()()()()()()()()()()からよ」

「どういう……ことですか?」

「そうね、じゃあ逆に聞くけど、貴女はなんでだと思う?」

 なんでと言われても───私の中にその答えはない。いや……きっと答えがないように、私も育てられたのか。

「情報操作は一番簡単な洗脳よ。外部からの情報を遮断して、こちら側に都合のいいこと吹き込む。月で生まれたあなた達は真っ白で、判断基準がないから疑う余地はない。いとも簡単に洗脳できる───と言う事よ。その証拠に……はい」

 恐ろしい事実を話しながら、師匠が机の引き出しから取り出したのは『宇宙の神秘』と書かれた本。

「これは……地上の本ですか? 地上はどうして月に? 穢れが酷くて月の民は地上に降りられなんじゃ……」

「───その認識が既に間違っているのよ。月のやり方に納得いかない玉兎たちが、地上に逃亡しようなんて考えないためにね。それに地上の人々の生活を知ってしまったら、自分たちが置かれている環境がどんなものか知ってしまうでしょ? だから月の上層部は、あなた達に都合のいい嘘を教え込ませているのよ」

 私はただただ絶句することしかできなかった。今まで信じていたのが、すべて嘘だったなんて。それじゃ何が本当で何が嘘かなんてわかったもんじゃない。

 

「それじゃあ……ちょっと遊びましょうか」

 衝撃の真実に私が青ざめていると、師匠は、ぱちんと手を叩いて話を終わらせ、本を取り出した引き出しから“何か”を取り出して、私の机の上に載せた。

「これは……?」

 机の上の“それ”を手に取ってみる。手の平に収まった“それ”は、数十枚からなる紙束。いや、材質から言って紙というよりは、カードに近い。そのカードにはいろいろなイラストや、テキストなどが書いてあったが、意味不明な用語が多く、理解することはできなかった。

「それは地上で広く出回っているカードゲームだそうよ。この前調査員が持ち帰ってきたの。(ここ)にはあまり娯楽はないし、さっきの話でちょっと混乱したでしょ? 気晴らしにはちょうどいいわ」

「でも私、ルールわからないですよ?」

 私の言葉に、「そういえばルールブックもあったわね」と言って、少し小さめの本を私に投げ渡す。受け取った本をとりあえず数ページ読んでみたのだが───文字を読んでいるはずなのに、内容が全然頭に入ってこない。

 その様子を見かねた師匠は、「明日までに覚えてきなさい」と言い、そろそろ自室に戻る時間ということで、私は医務室を後にした。

 

 

 医務室から部屋への帰り道───それはいつも足が重い。医務室での師匠のお手伝いが楽しいから……というのもあるけど、この私の足音だけが反響する長い廊下も原因の一つだった。気味が悪いというか、世界に私だけしかいないように感じる。(ここ)にはそんな場所ばかりだ。

 私の部屋───『一七八号室』の前までくる。私の部屋と言っても、寝て起きるためだけの場所だ。いつもは部屋に帰ってきたら一目散にベッドに潜って明日を待つのだが、今日はそうにもいかない。でもまあ、カードも一緒に持ってきたし、照らし合わせながら見ていけば、なんとか理解することはできるだろう。幸い(ここ)には、時間だけはいっぱいある。

「もしかして今日は寝られないかも……」

 そんなことを口にしながら、私は内心ワクワクしていた。夜更かしするのも、夜更かしするほど何かをすることも、生まれてこれまで一度もなかったから。

 頭の中で膨らむ想像に胸躍らせながら、部屋に入ろうとして手を伸ばす。だが私の手が扉に届く前に、扉は開いた。───正確には内側から扉が開けられたのだ。

 扉を開けて部屋の中から出てきた一人の少女。肩まであるくすんだ銀髪と赤よりもっと深い……真紅の瞳が特徴的な、同じく『一七八号室』に暮らしているルームメイト───ユキだった。

「あっ……」

 ユキと鉢合わせになって、思わず目を逸らす。いつものこととはいえ、さすがに訓練をサボっている私にはつばが悪い。実際何を言われても仕方がない───そう思っていたのだが、ユキは何も言わずに部屋を出て行ってしまった。たぶん何も思ってないのか、私に興味がないのか。とりあえず無人となった部屋へ入る。私とユキの二人分の机とベッドしかない物寂しい部屋。私は着ていたブレザーを脱いでベッドへ放り投げ、机にカードを置いて椅子に腰かけながら師匠に渡された本を読み始める。

 本を読んでいる間、頭の片隅で考えていたのは、ユキのことだった。ユキとはルームメイトでこそあるが、決して仲がいいとは言えない。むしろ初めの自己紹介以外、彼女の声を聞いたことすらない気がする。元とも口数の少なそうな子だったが、まさか朝の「おはよう」も寝る前の「おやすみ」も言わないとは思っていなかった。まあ、だからとって私から話しかけるわけでもないし。

「かなり一緒にいるのに、あの子のこと───何にも知らないんだな」

 誰もいない部屋でそう呟きながら、読み終わった本を机に置き、入れ替えるようにしてカードを手に取る。専門用語を覚えたからから、さっきよりカードのテキストが理解できる。実戦で使えるかどうかはわからないけど。

「そう言えば、エクストラデッキはあるのかな?」

 本を読んだところ、『エクストラデッキ』という物があるらしい。普通に使うカードとは違って、別に用意しなければならないようで───カードをめくっていくと、他のカードとは違う白枠のカードが数枚あった。本を読み返してみると、どうやら『シンクロ』というカード群らしい。この『シンクロ』というカードは、『チューナー』というモンスターと、そうではないモンスターのカードレベルを足すことで、エクストラデッキから出せるようだ。他にも『融合』、『エクシーズ』と言うのもあるらしいが、今持っているカードの中にはない。なら『チューナー』と言うのはどのくらい入っているのだろう? 『チューナー』が居なければ、『シンクロ』はできないわけだし。

「一枚……二枚……それなりに入って───あっ!」

 チューナーを探そうと再びカードをめくり始めたら、カードの扱いに不慣れなせいか、持っている中から三枚ほど、床に落ちてしまった。いけない、師匠から借りているものだから、大切にしないと。落としてしまったカードの内、椅子の真下に落ちていた二枚はすぐに見つけることができたが、残りの一枚を見つけることができない。慌てて部屋の中を見渡すと、部屋の扉の前にポツンっとカードが落ちていた。

「あんなところに……」

 速く拾おうと椅子から立ち上がった瞬間、椅子を引く音と同時に、部屋の扉が開く。───ユキが帰って来たのだ。

「───」

 私が慌てて立ち上がろうとするのを見てびっくりしたのか、初めて驚きの表情を見せる。どうしよう……地上のカードが(ここ)にあることがばれるのは、とてもまずい。だがカードが落ちている位置が位置なだけに、ユキがあと一歩でも踏み出せば、問答無用で踏みつけられてしまう。それだけは何とか……。

「あっ……えっと……それ」

 迷った挙句、私が出した答えは───カードの安否。声で静止をかけて、カードを指差す。初めは頭の上に『?』を浮かべていたユキだったが、私の意図に気が付いたらしく、その視線は私の指先を追って、カードへ行きついた。

 カードに気づいたユキは、しゃがんでカードを拾うと、首を傾げながら私に差し出す。

「これ……なに?」

「それは師匠……じゃなくて永琳先生から借りたその……カードゲームみたいなものかな?」

 すべてを話すわけにはいかないけど、全部嘘で塗り固められる状況でもないから、隠すところは隠して説明する。

「そうなんだ、はい」

「あ、ありがとう───あれ?」

 ユキからカードを受け取った私は、受け取ったカードとユキを交互に見比べた。───似ている。それも偶然にしては出来過ぎているくらいに。

「……なに?」

「いや……これがさ、そっくりだな……って思って」

ユキにイラストと名前が見えやすいように持ち替えて、カードを見せる。名前もそうだが、くすんだ銀髪や瞳の色まで同じとは。

「《幽鬼うさぎ》……たしかにちょっとだけ似てるかも」

 ユキはそう言いながら、ほんの少しだけ微笑んだ。この子はこんなふうに笑うんだ───初めて見たユキの笑顔に、少し驚きながらも、心のどこかが温かくなった。今まで言葉も交わしたことがなかったのに、こうして……たった一枚のカードがきっかけで話せるなんて思ってもみなかったら。

「私はもう寝るけど、電気つけててもいいよ───おやすみ」

 ブレザーを脱いで、布団にくるまりながら、ユキが発した初めての「おやすみ」。とても有り触れた言葉のはずなのに、なんだかうれしくて……無意識に頬が緩む。

 カードと本に目線を戻して、私も小さい声で、同じ言葉を返した。

 




お久しぶりです。空。(てんのうみ)です。
二週間ぶりの投稿になりましたが、決して失踪じゃ~ありません。
テスト週間がうまい具合に被ってしまったんです。
しかも今回は書くことが多かったのと、過去話を書くのは割と初めてだったり……いろいろ大変でした。とくにユキちゃんのキャラ作り&設定などなど。

さらには課題研究用の小説も書かなければならなく、そちらを優先させなければ……と言う状況なのです。

それでもできる限り週投稿を続けたいと思っています。
次回もお楽しみに!
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