遊矢のターンが終わり、純狐にターンが回ってきた。
しかし、純狐はすぐに動こうとはしなかった。こちらの場には強力なモンスター、対して遊矢の場にはカードはない。ライフ差で言えば24490。圧倒的に純狐が有利である。それでも動こうとしないのは、遊矢の変化が見えたからだ。
はじめはただの少年に感じた。けど、今は――。
「私は魔法カード《強欲で貪欲な壺》を発動」
「ッ……二枚目か!」
「デッキトップ10枚を除外し、二枚ドロー。《魂吸収》の効果でライフを15000回復する」
ライフがついに30000の位に突入し、40000を目前に控える。それはすなわちこのデュエルで遊矢は五人分のライフを削りきらなければ勝つかができない、ということである。
そして純狐は引いたカードうち一枚を引き抜き、発動を宣言する。
「魔法カード《ブラック・ホール》を発動。お互いのフィールドのモンスターを全て破壊する」
予想外のプレイングに、遊矢の表情が強ばった。今、フィールドには純狐のモンスターしか存在しない。これがプレイングミス出ないことは、誰にだって分かる。ではその真意は――。
フィールド中央に発生した渦に偽骸神龍が吸い込まれ行く。その巨体を飲み込む渦は、まさしくブラックホールといえるだろう。偽骸神龍の体を全て飲み込み終わると、渦は次第に小さくなっていき、完全に消えた――と思った瞬間、渦が再び開き、その中から偽骸神龍が飛び出してきた。
「どういうことだ……《偽骸神龍》は破壊されたんじゃないのか?」
「そうよ、でもエクシーズ素材を持った《偽骸神龍》が破壊されたとき、墓地から特殊召喚できる」
「けどそれだけじゃ、エクシーズ素材を失うだけだ。他に狙いがあるんだろ?」
「ええ、この効果で特殊召喚した《偽骸神龍》の攻撃力は、除外されているカード一枚につき1000上昇するわ」
「除外されているカード……マジック発動のために使った二十枚と、俺のONEで合計二十一枚。つまり今の攻撃力は……21000!」
膨大なライフに、圧倒的な攻撃力。誰もが勝負あったと思うこの盤面に、遊矢の瞳の奥で燃える炎は、一掃強さを増した。
「バトルフェイズ。《偽骸神龍》で攻撃! 貴方を守るモンスターはいない。カウンターも打てない。これで終わりよ」
迫り来る偽骸神龍を前に、遊矢が笑った。
「攻撃宣言時! 手札から《虹クリボー》を発動! 相手モンスターの装備カードとなり、攻撃を封じる」
偽骸神龍が遊矢にぶつかるるれすれで、現れた虹クリボーに寄って進路が横に逸れる。そしてそのまま虹クリボーは、偽骸神龍にピタリと付いた。
「運の良いわね」
「来たカードに答えただけさ。さあ、次はどうでる」
「くっ……ターンエンドよ」
たった、残り10ポイントのライフが削り切れない。
もともと想定していなかったデュエル、あと一歩届かず時間が過ぎていく現状、純狐は焦燥に駆られていた。
そうだ、普通の少年ならば、出会った瞬間の一撃で済んでいたはずだ。なのに彼はこうして自分の前に立ち、その顔に笑みさえ浮かべてデュエルを楽しんでいる。
「本当になんなの……貴方」
純狐の問いに、遊矢は答えず口角を上げた。
「俺のターン、ドロー……スタンバイ、そしてメインフェイズに入る。セッティング済みのスケールを使い、ペンデュラム召喚! 来い《EM ペンデュラム・マジシャン》」
レベル4 ATK1500
「俺は《ペンデュラム・マジシャン》の効果を、自身と《虹クリボー》を対象に発動。このカードが特殊召喚に成功したとき、対象カードを破壊することでデッキから《EM》モンスターを破壊した枚数分、手札に加えることができる。俺が加えるのは《EM カレイドスコーピオン》と《EM チアモール》だ
「自分から《虹クリボー》を外すなんて、なんてリスキーな」
「リスクを背負わなきゃ、勝てないときもある。さらにマジック《金満な壺》を使う。墓地のペンデュラムモンスター二枚と、エクストラデッキに入った《ペンデュラム・マジシャン》の合計三枚をデッキに戻し、カードを二枚ドローする」
相手の攻撃は基本一回。残っている召喚権を使ってモンスターをセットすれば攻撃は防げる。予防線を張った上でのこのドローでなんとか攻略の糸口をつかめれば。
引いたカードを確認し、遊矢の思考はまた加速を始める。
「さらにマジック《揺れる眼差し》を使う! フィールドのペンデュラムカードを破壊、その枚数によって効果を適応する。俺のペンデュラムカード二枚による効果は、相手プレイヤーへ500ポイントのダメージ、そしてデッキからペンデュラムカードを一枚手札に加える」
デッキからカードを一枚選び、遊矢は手札に加えた。
《偽骸神龍》攻略の糸口は掴めた。けどこれじゃ勝つことはできない。彼女のプレイを見る限り、《偽骸神龍》を一回倒しただけで勝つことはできなさそうだ。倒すことができるとするなら、それこそ一撃で。
「続いてマジック《魔力の泉》を使用。相手フィールドで表側になっているマジック・トラップカード一枚につき、一枚ドローできる。カードを四枚貰うぞ」
新たに加わったカードを見て、遊矢の顔つきが少し変わった。
「その後、俺のフィールドで表側になっているマジック・トラップの数、すなわち一枚を捨てる。カードを二枚伏せて、俺はこれでターンエンド」
「あら、攻めてこないの。言葉と違って慎重ね」
「負ける気は無いもんでね」
強気に返す遊矢だが、緊張の糸は張ったままだった。相手のフィールドにいるのは攻撃力20000オーバーのモンスター。ライフが10しかない遊矢には、攻撃表示でモンスターを残す選択肢はない。さらには40000近いライフ。前者のモンスターを倒し、その上でライフを削りきらねばいけない。
落ち着いているように見える遊矢だが、頭の中ではこの逆境をどう乗り越えようかと必死に考えを巡らせていた。
このターンを凌げるかが勝負だ!
「私のターン、ドロー」
純狐のターンになったが、やはり大きな動きは見せない。永続カードがゾーンを圧迫するため、これ以上カードが伏せられないからだ。《偽骸神龍》を最大限に生かす代償として、多様性が失われてしまっていた。
「メインフェイズ、マジックカード《強欲で貪欲な壺》。十枚除外して二枚ドロー……マジックカード《マジック・プランター》を使うわ。永続トラップ《デモンズ・チェーン》を墓地に送って二枚ドロー。……バトルフェイズ、《偽骸神龍》で攻撃!」
「攻撃宣言時のタイミング! 俺は墓地の《虹クリボー》を発動! 俺が直接攻撃を受けるとき、墓地から守備表示で特殊召喚できる! その攻撃は《虹クリボー》で受ける!」
再びフィールドに現れた虹クリボーはその小さな体で、偽骸神龍の攻撃からまたも遊矢を救う。だがその守備力は僅か。31000に膨れ上がった攻撃力の前ではなすべなく破壊される。
「自身の効果で特殊召喚された《虹クリボー》は、場を離れた時除外される」
新たなカードの除外に、純狐のライフが1500回復し、値はついに55500になった。さらに《偽骸神龍》はその攻撃力を1000上げる。
だがそれだけで終わらない。遊矢が攻撃を躱した瞬間、手札のカードを引き抜いた。
「バトルフェイズは終わらない。速攻魔法《旗鼓堂々》を発動。墓地の装備魔法をフィールドのモンスターに装備できる。墓地から《閃光の双剣ートライス》を《偽骸神龍》に装備する」
「装備カードは、はじめのターンの《手札抹殺》で送っていたのか……《偽骸神龍》に一点特化した、いいコンボだ」
「二度目の攻撃、《偽骸神龍》のダイレクトアタック!」
「俺は負けない! マジック《イリュージョン・バルーン》を発動! 自分のモンスターが破壊されたターン、すなわち《虹クリボー》の破壊がトリガーだ。デッキの上から五枚を確認し、その中に名称【EM】を含むモンスターを一体特殊召喚できる!」
捲り出された五枚のカード。その中に、たった一枚【EM】を持つモンスターがいた。
「頼むぞ《EM ライフ・ソードマン》」
召喚にともない現れた小さな戦士が、その身をもって《偽骸神龍》から遊矢を守る。
攻撃が通らない……どうして……。
純狐の中では目の前の少年が恐ろしく思えた。自分より一回りも年が下のはずの少年が、自分が思い描くシナリオを壊し、ゲームの流れを握っている。
55500という桁違うのライフ。戦闘耐性をもった攻撃力32000のモンスター。この状況で誰が自分の負けを感じだろうか。
だが遊矢の強い眼差しを向けられている純狐には、まるで喉元に刃物を突き立てられているように感じた。いつま負けてもおかしくない。そんな予感が胸の中で渦巻く。
「か、カードを一枚伏せて……ターンエンド」
そうだ、まだ負けていない。今伏せた《エクシーズ・リボーン》を使えば、例え除去されても《偽骸神龍》を呼び戻せる。私の価値に揺らぎはないはず……。
胸にたまった不安を押し出すように小さく息をはく。大丈夫、そう自分に言い聞かせた。
「俺のターン……ドロー」
落ち着いた顔でカードを引く遊矢は、引いたカードを見ることなく、純狐に話かけた。その声色は先ほどまでとは違い、表情と同じく落ち着いていて、柔らかいものだった。
「俺も復讐する前は、相手の顔が罪悪感で歪むまで、それこそグチャグチャにしてやりたいって思ってた。それしか頭になかった」
「……それで?」
「実際にやったよ、でも足りなかった。いくら相手をグチャグチャにしても俺の気が晴れることはなかった。悲しい出来事がなかったことになるわけじゃない。復讐の炎じゃ、傷が爛れるだけさ。その後はぶつけ所のない憎しみと失ってしまったものへの悲しみに押しつぶされないようにするのに必死だった」
「……」
純狐は黙って遊矢の言葉を聞いていた。そしてたった一つの疑問を投げかけた。
「憎しみは……今も消えてないの?」
「ああ、消えてない。でもこの憎しみを背負って俺は歩く。こんなに憎い相手に、大切な今も、未来も奪われたくない」
手札からカードを一枚引き抜く。
勇気があれば、許せたなら、知らずに済んだのだろう。遊矢に残った心の傷跡。
時間は戻せない。過去に置いてきた悔しさは消えない。それでも「もしも」と考えてしまう。だがそれは過程の話。現実は変わらない。遊矢にはそれがわかっていた。
自分がすべきこと、向き合って戦うこと。
「マジック《アメイジング・ペンデュラム》を使用。自分フィールドにペンデュラムスケールがセッティングされていない場合、エクストラデッキから名称【魔術師】を含む同名以外のペンデュラムカードを二枚、手札に加える」
遊矢は《時読みの魔術師》と《星読みの魔術師》を手札に加えた。
「悲しい別れも、大切な思い出も、失ってしまった全てを……例え抱えきれなくなりそうになっても、両手で抱きしめて歩いて行く。もう振り向かない……前しか見ないって決めたんだ」
「私はそうはいかないもの。憎しみに目を向けていないと、泣き崩れて動けなくなる」
復讐は所詮、悲しみに押しつぶされそうな者が逃げ込む場所。そうでもしなければ悲しみの海に飲み込まれて息もできない。何をしても心が晴れないことなど誰よりも知っている。憎み続けることでしか自分を保てないのだ。
「それを知ってる貴女を……俺は救いたい! 魔術師二体でペンデュラムスケールをセッチング!」
再び宙に舞う《時読みの魔術師》と《星読みの魔術師》。
その間で運命の振り子が動き出す。強く。大きく。
「ペンデュラム召喚! 《EM カレイドスコーピオン》、《EM チアモール》、そして《調弦の魔術師》!」
ペンデュラムが描く軌跡から、フィールドに降り立つ三体のモンスター。
降り立った調弦の魔術師は、手に持つ音叉を手で弾く。高い金属音が辺りに響き渡ると、頭上の空間が歪み、新たなモンスターがフィールドに降り立つ。
「《調弦の魔術師》をペンデュラム召喚したとき、デッキから名称【魔術師】を含むペンデュラムモンスターを守備表示で特殊召喚する。《慧眼の魔術師》を特殊召喚!」
この時点で遊矢の手札は0枚。これ以上の展開は実質不可能だ。
だが遊矢の瞳は、このデュエルの終わりをすでに見つけていた。
「俺はレベル4《調弦の魔術師》でレベル4の《慧眼の魔術師》をチューニング! 時を駆けろ光の剣! 《
二体の魔術師によるシンクロによって、フィールドに現れた魔導剣士。
しかし攻撃力は2500。《偽骸神龍》には遠く及ばない。
「《
「……」
どうしてこの少年はこんなに……。
かつて憎しみを心で燃やし、それを果たして虚無を知った少年が、デュエルの中で輝きを放つ。真剣に、だがどこか楽しそうにカードをさばく。
どうしたらそうなれる? 君のことが知りたい。君が歩いてきた道。君が背負っているもの。それに触れられたら、私も君のようになれるだろうか。
「手札に加えた《EM シール・イール》をペンデュラムスケールにセッティング! 続けて効果を発動! 相手フィールドのモンスター一体の効果をターン終了まで無効にする!」
ついに《偽骸神龍》の効果が無効となり、攻撃力は0、戦闘でも破壊可能となった。
しかしこれでは55000のライフは削りきれない。
全てを終わらせるため、遊矢は最後の作戦に出た。
「このモンスターを召喚するとき、ペンデユラム召喚したペンデュラムモンスターをチューナーとして扱える!」
チアモールが二つの光の輪になり、
「悲しみさえも光り輝く翼に変われ! 《
レベル10 ATK3300
「《
墓地の一番下で眠っていたカードを手札に加え、遊矢は次のアクションを起こす。
「《EM カレイドスコーピオン》の効果を発動! 《
四対一だったフィールドが、今は一対四。
遊矢が思い描いたシナリオは完成した。
「貴女が憎むその人に……貴女の未来も笑顔も奪わせはしない! バトル! 《
「悪夢を断ち切れ! スカーヴァティン!」
《
これによって発生する戦闘ダメージは1300。しかしこれで終わりではない。
「ナイトメア・トークンが破壊されたとき、コントローラーは800ポイントのダメージを受ける。よって合計ダメージは2100!」
「うっ……!」
「さらに《
「ら、ライフを半分に……!」
「《カレイドスコーピオン》の効果で《
ナイトメア・トークンを倒し、2100ダメージとライフを半分に。さらに2100ダメージにライフ半分。残るナイトメア・トークンを倒しきった今、55000あった純狐のライフを5038まで減っていた。
残る《
しかし遊矢は止まることなく、攻撃を命じる。
「《
純狐に攻撃を止められるカードはない。それを察したとき、遊矢の表情は綻んだ。
「さっき全て失ったって言ったけど……残ってたんだ、ちゃんと。ただそれが見えなくなってたんだ。悲しみの涙で目が塞がってたから。でもそれを拭ってくれた人がいた。そして貰ったんだ」
「……何を?」
「もう一度立ち上がるための――勇気を」
遊矢が墓地からカード引き抜く。それと同時に《
「墓地の《タスケルトン》は除外することで攻撃を無効にできる。そしてこの瞬間、手札からマジックを発動!」
遊矢の手に最後に残ったカード。立ち上がる勇気の象徴。
「《ダブル・アップ・チャンス》……攻撃が無効になったとき、攻撃力を倍にして再度攻撃ができるカード……」
新たに《タスケルトン》が除外されたことにより、純狐のライフは1500上昇したが、それでも6538。僅か62ポイント遊矢が上回った。
「全てを込めて、打ち抜く
再び《
全てを拒絶し、消し去ろうとした龍は、もう一度立ち上がる勇気の前に敗れたのだった。
ライフが0になった純狐はその場に崩れ落ちる。
負けた……負けてしまった。
だが純狐の心の中は、不思議と落ち着いていた。あの日から初めて立ち止まった。
純狐の瞳が遊矢を捉える。こちらに歩いてきている。その顔をは清々しく、優しい瞳が純狐を見つめ返している。
――気づけば涙が頬を伝っていた。
悲しい事実に向き合うのは辛い。受け止めきれずに泣き続けるかもしれない。目を背けたくなって、憎しみ逃げることもあるだろう。そうこうしているうちに、涙で目が腐ってしまうのだろう。
遊矢が純狐の目の前まで来る。
すると遊矢は、両手で純狐の小さな顔を包むと、親指で流れ出る涙を拭った。
頬に触れてる遊矢の手。そこから伝わる懐かしい温もり。
人はこんなに暖かいものだっただろうか。私はいつから冷えきってしまったのだろうか。
「もう大丈夫。貴女は向き合って戦える」
遊矢は手を離すと、純狐の手を優しく握った。
「ありがとうございました。いいデュエルでした。またやろう」
笑いかける遊矢に、純狐は忘れかけていた笑顔を見せた。
私は見失いかけていたものを、また見つけることができるだろうか。もっと自然に笑うことができるだろうか。君に貰った目と勇気で、私はもう一度立って、世界を見ることができるだろうか。
これからのことを想いながら、純狐は去りゆく遊矢の後ろ姿を見送った。
◇◆
ゆっくりと立ち上がり、純狐に別れを告げる。また会えるかどうか分からなかったが、できればもう一度会いたい。体の疲労感を感じさせないほどの満足感に、遊矢はしばし浸っていた。
俺は、彼女を救えただろうか。君のように。
歩みを止め、デュエルディスクに手を伸ばす。項目から名前を選んで、指で名前に触れる。数秒間の沈黙の後、電話がつながった。
「もしもし、俺だけど……ごめん、どうしても声が聞きたくなって。……笑うなよ。今、遠いところに居てさ、帰るのに少し掛かりそうなんだけど……そのときまた連絡するから会えないか? ……うん、分かった。それじゃ」
再び歩き出す。向こうには青く光る地球が見えた。
早く帰ろう。話したいこともいっぱいある。何より顔を、声を、君を側に感じたい。
歩みが自然と速くなる。気持ちは走り出しそうだ。
息を吸って、笑って行こう。――君がまってる。
君を悲しませる奴らなんてやっつけちゃうから
だからちょっとでいいから僕の隣で欠伸でもしてて……ね。