義体の少女と勝利の名 -プロト:ワールド- 作:mikadzuki
[③-Prologue]2060.1/17.10:00“帰省”
寒い…本当に寒い。
一年を通して暖かい“エテルナ”とは大違いだ。
「日本」…私の生まれ故郷。
企業による統治が始まってなお名称が変わらず、治安も維持されている珍しい自治区。
要因として大きいのが統治している企業が旧国家の体制をほとんど変えなかった点にある。
私は毎年、この時期になると家族のいる実家に帰って来るようにしている。私の仕事的に考えればいつどこで死んでもおかしくない。だから毎年しっかりと顔を出すようにしているのだ。
そんな訳で私はこのめちゃくちゃ寒い時期に我が生まれの故郷「日本」に来ていた。
ニケを連れて。
連れてくるべきかを悩むことはなかった。今の日本は安全だし、何より本人の強い希望があったからだ。それに、何かあってもニケなら問題ないだろうと踏んだ。
“エテルナ”から飛行機でおよそ15時間ほど、荷物を入れたスーツケースとニケを連れて空港に降り立つ。もちろんフォーもいる。
そこから新幹線に乗り換え、フェリーに乗り換え、故郷である「白凪島」へとやってきた。
白凪島の人口はおよそ数百人。太平洋沿岸に浮かぶ島で、ほどよく都会、ほどよく田舎なのどかな島である。ここで暮らしているのは父親、兄、そして姉がいる。母親は私が生まれて早くに亡くなってしまったらしい。
船降り場からニケと歩いて数分。実家に到着した。
「おかえりなさい。クレハ。」
外で出迎えてくれたのは大型ロボットであり、家族の一人である“VG-07”だ。
「ただいま07。親父たちは?」
「現在、あなたの帰郷に備え、買い出しに出ています。あと数分で戻るはずです。」
じゃあ、少し早く来たのか。いや、そこから料理だったりもあるだろうからだいぶ早かったのか。
「そうそう、この子の名前はニケ。仲良くしてあげてね。」
「分かりました。よろしくお願いします。ニケ。」
「よろしくね!え〜と、名前は…」
「私はVG-07。07(ゼロセブン)とお呼びください。」
「分かった。よろしくね、07!」
「じゃあ、私は親父たちの準備ができるまでニケに島を案内してくるよ。私がもう帰って来てることは言わないでおいてね。」
「了解。」
私は実家を出発し、ニケにこの島には何があるのかを教えるために島を歩いて回ることにした。
__________________________________________
[③-1]2060.1/17.12:30“再会”
白凪島。都会ほど高いビルがあるわけではないが、ビル群が無いわけではない。そんなビミョーな感じに田舎であり都会である。今日、改めてニケと歩いて回って実感した。
2時間ほどニケを案内して回り、一通り紹介したところで07から「親父たちが帰ってきた。」という旨の連絡があり、今帰っているところだ。
蒼く美しい海岸沿いをニケと話しながら歩いていく。
「結構雪積もってるんだね。」
「この時期の白凪は積もるよ。私が子供の頃はニケのスネあたりの位置まで積もったこともあるくらい。」
「スネ…」
ニケは自分のスネの位置を確認して驚いている。白凪島の冬は過酷だ。
私が子供の頃の話、今の白凪島の話、様々なことについて話していたら家に戻ってきていた。
玄関のチャイムを鳴らし、扉を開け中に入る。
「ただいま〜。」
中から私の父親である「黒瀬 黎(クロセ レイ)」が出迎えてくれる。
「おかえり、紅羽。そして君がニケか。よろしく。」
「よろしくね、おじちゃん。」
おじちゃん…おじちゃんって年か?
「ただいま、親父。姉ちゃん達は?」
「今キッチンで料理を作ってくれてる。」
「やっぱり料理できないのか…」
そう。親父は昔から料理が出来ない。本人からは料理が出来るようになりたいという意思は感じられるのだが、身体が追いつかないようで、いつまで経っても料理ができるようにはならなかった。今でも姉たちに教えてもらっているようだが、料理に参加していない時点でお察しなのだろう。
「仕事は大丈夫なのか?」
「うん、強制休暇を命じられてるからね。」
そう。商業施設での一件以降、仕事に復帰できるのかと思っていたら普通に休暇続行を命じられた。無念。
「それならしっかり休めよ。働くことに意欲的なのはいいが、詰めすぎるとダメになるぞ。」
それは身体の話なのか、精神の話なのだろうか?おそらく両方だと思うが。
そんな積もる話をしながらキッチンに入っていく。
「ただいま、姉ちゃん、兄ちゃん。」
「おかえり!紅羽!」
具材を切りながらデカい声で私を迎えてくれたのが私の姉、「黒瀬桃羽(クロセ モモハ)」だ。
「おかえり、紅羽。」
そんな姉とは対称的に物静かで冷静な声が聞こえてくる。私の兄、「黒瀬蒼羽(クロセ アオハ)」だ。
「その子が電話で言ってたニケって子?」
真っ先に興味を示したのは姉だった。
「うん、コイツがニケ。仲良くしてやってくれ。」
「よろしくね!ニケちゃん!」
「よろしく!お姉ちゃん。」
「お姉ちゃん…!」
「…桃羽、顔がキモい。」
兄妹の中で最年長の蒼羽が少し引き気味に言う。珍しい姿だ。
「しょうがないじゃん。可愛いんだもん。紅羽はもうお姉ちゃんって呼んでくれないし。」
「私のせいなんだ…」
いつも通りくだらない会話をしつつ二人とも手は止まっていない。さすがだ。
「そこの変態はほっといて、よろしく、ニケ。」
「よろしく、お兄ちゃん。」
「凄いな。昔の紅羽そっくりだ。」
そうなんだ…第三者の目線で見ればこんな感じだったのか、昔の私。
「蒼羽、あとどれくらいかかりそうだ?」
黎が尋ねる。
「う〜ん。あと20分から30分かな。紅羽と手合わせする時間はあるよ。」
「なんでオレの心が読めるんだ。」
「だって父さん毎年紅羽が帰ってくるたびに手合わせしてるし。」
「あわよくばニケの力も知りたいとか考えてるんでしょ。」
蒼羽と桃羽。兄妹の息の合った攻撃。
「なんでそんなに分かるんだよ。」
黎は驚きのような引き気味のような声を出している。
「まあそんなことだから紅羽、今年もやるぞ。手合わせ。」
本当に合ってたのか。いや予測出来なかったわけじゃないが。
__________________________________________[③-2]2060.1/17. 12:45“手合わせ”
蒼羽たちが準備してる間に黎と手合わせ(という名の黎のワンサイドゲーム)をするべく、私達は竹刀を持って庭にやってきた。
この家は庭や小さなガレージなども備えたかなり大きな家で、交通機関へのアクセスもいい。土地代はかなりしただろう。
私は着ていた上着を脱いで動きやすくする。
かなり冷えるが、動き回ればきっと熱くなっているだろう。
「準備できたみたいだな。ルールは覚えてるよな?」
「もちろん。竹刀を使った一対一の勝負。義体の機能は使用禁止。それさえ守れば他は何でもあり。でしょ?」
「ああ。それじゃ始めるぞ。」
そう宣言すると同時に黎が踏み込んでくる。40代とは思えない身のこなし。この時点で私が勝てたことがない理由が分かる。
決定的な力の差がある。
その事実をひしひしと思い知らせてくるような感覚。
ひとまず黎の竹刀を私の竹刀で受け止め、次の手を考える。正面からの攻撃はまず防がれる。なら…
脚に思いっきり力を込め、姿勢を低くして黎の背後に回り、最小限の動作で、素早く竹刀を振り下ろす。バシッという音ともに竹刀が防がれる。
「…ッ!」
背後をとっても防がれる。何とかして不意を突きたいが…
「そこ!」
あっさり見破られ、反撃を受けそうになる。攻撃を避けるのは私のほうが上手だろうか。
それにしたって鋭い。勘も、攻撃も。さすがは元軍人。油断しない、隙を見せない、攻撃を緩めない。
バシ、バシ、という小気味いい音が鳴り、互いの竹刀がぶつかり合う。
このままじゃ負ける。ジリジリと体力を削られていっているのが分かる。
この人に、私が勝つには…
今までの手合わせの動きを思い出しながら必死に頭を回転させる。
…なるほど。
私はわざと逃げ場の無い方に自然な感じで下がる。
「取った!」
どんな人間でも必ず隙を作る瞬間、それは自らの勝利を確信したとき。
振り下ろされた竹刀をすんでのところで躱し、背後を取り、素早い動作で竹刀を振る。
「嘘でしょ!?」
完全に不意を突いたつもりだったが、上手く防がれる。反射か、予想されていたのか。
「クゥ…!」
上は取ったはずだったが、押し返される。
「ヤベッ…」
押し返された反動で体制を崩し、尻もちをつく。
「腕を上げたな、紅羽。」
「そりゃ…どうも…」
黎が伸ばした手を掴み立ち上がる。やはり黎は強かった。が、今年のメインはここからだ。
「じゃあ次はニケの番だな。」
「オッケー!」
ニケの元気な声が聞こえる。
「おじさん、クレハに勝てるの凄いね!」
「まあ、紅羽に技術を教えたのはオレだからな。」
絶対他にも原因あると思うぞ?
「親父の教えてくれた技術はホント役に立ったよ。」
銃器の扱い、剣術、縄抜け、心理学、他にも色々な事を教わった。そのおかげで「Order」に入れたのだが。
ニケに少し竹刀の扱い方とルールを教える。
ニケは覚えが早く、基本的なフォームをすんなりと覚えてしまった。私より上手くなるんじゃないか?
ある程度自信のついたらしいニケが黎に宣言する。
「勝負だよ!おじさん!」
__________________________________________
[③-3]2060.1/17.13:30“弱み”
黎との手合わせが終わった。結果から言えば、ニケは惨敗した。いくら覚えが早くても、超えてきた場数が違う。
だが、ニケはそこまで悔しくはなさそうだ。
「どうだった?ニケ。」
そう聞くとニケは、
「強かった!全然勝てなかったけど楽しかったよ!」
「そりゃ良かった。」
黎はどことなく嬉しそうだ。
今回、ニケを見ていると面白い仮説を得ることができた。
見ている限りでは、ニケは私に教えられたことをやっているだけのようだった。これが機械の弱みというものだろうか、と考えると同時に、人間と同じように場数を踏ませて様々な技術を教えていけば自ら工夫していくようになるのではないか、と考えた。AIや機械に共通する弱点、それは「教えられた事、言われた事しか出来ない」こと。だがニケは他のAIよりも高性能な頭脳がある。もしかすれば、融通を教えることが出来たら…
まあそんなことはあとあと考えよう。今は早く戻ってシャワーを浴びて湯船に浸かりたい。
「あっおかえり。どうだった?」
準備が終わったらしい桃羽が聞いてくる。
「負け負け、やっぱりまだ勝てない。」
「紅羽が今考えてる事を当ててみせよう…ズバリ、『お風呂に入りたい』でしょ!」
よく当てたなこの姉は、洞察力の高いところは父親譲りか。
「…なんでそんな驚いた顔してるの?」
顔に出ていたらしい。気をつけないと。
というかこの真冬に上着脱いで運動して汗かくのおかしくない?
「まあそれはどうでもいいとして、お風呂沸いてる?」
「うん。今は蒼羽が入ってるよ。」
蒼羽か、そこまで時間はかからなさそうだ。
「分かった。ニケー、準備しとしといて、もう少しで風呂入るよ。」
「は〜い」
「えっ」
「え?」
「一緒に入ってるの?」
「?、うん、しばらくニケと一緒に入ってるよ?」
読み込みにしっかり3秒。そこから声を発するまでに3秒。
「いいなぁ。私とは入ってくれないのに…」
6秒かけて放った言葉がそれか。
「桃羽お姉ちゃんも一緒に入る?」
ニケ?おーいニケ?
「いいの!?」
桃羽が目を輝かせて言う。いや輝かせるな。
「私はいいよ。クレハは?」
読み込みにしっかり3秒。そこから声を発するまでに3秒。おそらくさっきの桃羽と同じような顔をしていただろう。
「クレハ…ダメ?」
ニケが潤んだ目で見つめてくる。何がお前をそこまで動かすのか?
…、…、……。
「…今回だけだからな。」
「やったー!紅羽大好き〜!」
なんでアンタが一番騒ぐんだ?
ハア…これが私の弱みだろうか…?
__________________________________________
[③-Epilogue]2060.1/17.20:00“祭りの後”
疲れた…気分悪い…吐きそう…
ニケたちと風呂に入った後に全員集まってご飯を食べて酒を呑みすぎて倒れた…らしい。全く記憶が無い。酒、恐ろしいものである。
ガンガンと内側からは叩かれているような感覚の頭を覚ますために私は夜風に当たりに来ていた。
どうして親や年上の兄姉というのは「呑めよ食えよ」なんだろうか。おかげでお腹がはち切れそうだ。
そんなことをガンガンと痛む頭で考えつつ、お気に入りの場所へ向かう。黒瀬家の裏側にある小さな崖。そこから白凪島を一望することができる、私が子どもの頃からよく行っていた場所だ。
「さすがに…誰もいないか。」
それもそのはず、私はこの場所を誰かに教えたことがない。ほかの人がここに来るには自力で道を探すしか無い。
「ふぅ…」
座って、一息。ここに来るのに少し疲れた。
黎たちには「酔いを覚ましてくる。」と言ってある。帰ったらまた酒責めだろうな。だいたい、黎も蒼羽も酒が強すぎる。桃羽はひとくち目でダウンしたが。
黒瀬家の男子は酒が強いようになっているのか?おそらくまだどちらのほうが多く飲めるか競っているだろう。早死にするぞ、本当に。
大きめな音を立てながら、冬らしい冷たい風が吹いてきている。
「ウッ…寒…」
そういえば酔いで体が火照っていたから気づかなかったが上着を着ていなかった。どうりで寒いわけだ。
今日一日は、大変だった。けれど、楽しかった。これがあと数週間続くと考えると…
…まあ、正直に言えば、「楽しみ」かもしれない。
「…私も、変わったのかな。」
“エテルナ”に定住しだした頃とは大違い、だと思う。少なくとも人付き合いをめんどくさがることは無くなったし、今まで無かった趣味も探そうと思えた。
「これが“諸行無常”、かな。」
私が一人で納得すると同時に、一際大きな風が吹く。
私の人生に春の訪れを感じさせるような、暖かな風が吹いていた。
『義体の少女と勝利の名-プロト:ワールド-』END