シリウス・ブラックは未だ捕まらず、従って吸魂鬼が帰るわけもなく、ずるずると日が過ぎていった。ちなみに人の感情を吸い取る穢れ者が集まっているせいで、ホグワーツ周辺は冬となっていた。
「……そのうち雪でも降りそうだな」
ぽつんと呟いて、黒い手袋をはめ、黒い外套を羽織る。マフラーはいらないか。ウルペクラは純血の両親から生まれたせいか、頑丈なのである。風邪ひとつ引いたことはないし、暑さ寒さの影響もあまり受けない。
――純血だからというのは
こじつけのようなものだが、と嘆息する。考えられる原因が血筋、遺伝……体質くらいしかないのだ。
同じ純血であるドラコは、今頃きっちりと帽子を被り、手袋をはめ、セーターを着て、外套を重ね、マフラーも巻いていそうだ。あれは結構寒がりなのだ。
「まだ十月末なのにな?」
きちんとおすわりしているパッドフットに語りかける。賢い犬は、静かにウルペクラを見返した。試しに「ホグズミードにお前も行くか?」と問えば、パッドフットは唸った。人が多いところは嫌なのかもしれない。それに、ウルペクラは戯れに問いかけただけだ。元よりホグズミードにパッドフットを伴うつもりはなかった。
「なにか買ってきてやる」
そう言えば、パッドフットは小さく鳴いた。じゃあなと言って、自室を後にする。談話室を抜け、玄関ホールに。
大広間の前で、今日の道連れが待っていた。
「遅れたかな?」
呼びかければ、道連れ――魔女が顔を上げる。ちかり、と緑の眼が輝き、金の髪が煌めいた。ダフネ・グリーングラスは首を振る。拍子に、左右の三つ編み――輪にしたそれが揺れた。
「大丈夫よ。ほんの少し前に来ただけだもの」
柔らかく言うダフネを礼儀を失さない程度に盗み見た。
――ずいぶんとめかしこんでいらっしゃる
髪型もそうだが、纏う衣も少し洒落ている。寒いのだろう。首には銀狐の襟巻きをつけている。
つっと眼を逸らす。いいのだろうか。単なる外出の体で押し通すつもりだったのだけれど、これではまるで――とまで考え、気を取り直す。
「行こうか」
手招けば、ダフネが寄ってきた。列に並ぶ。周りがひそひそ言うが、こっそりと耳塞ぎ呪文を行使した。どいつもこいつも。それほどグリーングラスとレストレンジの組み合わせが珍しいか。きっと愚民どもは暇なのだろう。
そんな愚民どもとは違い、ウルペクラは暇ではなかった。監督生なのだ。夕食前に、大広間の飾り付けの確認やらがある。ホグズミードに行くくらいなら、自室でゆっくりしていたかったとも。
――仕方がない
隣のダフネをちらと見る。しっかりと許可証を握りしめていることからして、ホグズミード行きを楽しみにしていたのだろう。
まったく誤算だった、と軽く眼を瞑る。ウルペクラはダフネに訊いたのだ。なにかほしいものはないか? と。なんらかの品が挙げられれば、それを礼代わりのクリスマスプレゼントにするつもりで。
なにせ九月一日に特急で倒れた一件で、礼を言っただけだった。さすがになにかしないといけないだろう、と悩み……ちょくちょく踊る仲とはいえ、女の子がほしいものなどわかるはずもなく、直接訊いたわけだ。
外套でも帽子でも紅茶でも菓子でも本でも、それか勉強を教えてほしいでも、魔法薬がほしいでも、なんでも来なさい、である。さすがにニワトコの杖や蘇りの石、透明マントは無理だが。おとぎ話の死の秘宝である。
求婚者を断るために無理難題をふっかける話は古今東西ある。英国――大陸では、たいてい死の秘宝が断り文句だ。
ちなみに、極東――日本では仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の首の玉、燕の子安貝が「秘宝」であるらしい。名高いが存在しない宝。
火鼠の皮衣とやらは、一応あるようだが。透明マントのように経年劣化するようだ。永遠に効能を維持するものは、やはり伝説の霧の中である。
が、ダフネの「ほしいもの」はささやかなものであった。死神を出し抜いた三兄弟よりも、どこぞのお姫様よりも慎ましかった。
じゃあ、と彼女は言った。
よかったら、ホグズミードを案内してくれないかしら、と。
「どうせハロウィンでかぼちゃだらけだもの」
ダフネはご機嫌で、苺のタルトにフォークを突き刺す。
ウルペクラは「甘いものは好きだが、あれだけかぼちゃを押し付けられるとな。わかるよ」と返しつつ、紅茶をひとくち飲んだ。
女の子が好みそうな内装の喫茶店だ。なんだか、やたらと恋人らしき者たちの姿が目に付く。
まったく落ち着かない。この店は逢い引き区画とお友達区画が分かれているらしい。幸いなことに、ウルペクラたちはお友達区画に通された。最悪なことに、逢い引き区画にいたロジャー・デイビースに見つかった。あの浮き草野郎はダフネを見て、ウルペクラを見て、にやにやしていた。一睨みすれば両手を上げたが。
区画、というだけで階が分かれているわけではないのだ、この店。
黙りはしたが興味津々のロジャーは、唇を動かし――声を出さず、ウルペクラにお教えくださった。苺のタルトがおすすめ、柑橘系もいい。紅茶は女店主に任せておけ、お土産に焼き菓子を買うのもいい、と。
完全に面白がっている。腹は立ったが、ウルペクラはロジャーに従うことにした。さも慣れていますよ、という風にケーキならこれ、紅茶はこう、とダフネに言った。初めて来たんだ、僕はホグズミードに行ってもせいぜい『三本の箒』でバタービールを飲んで、ちょっと買い物をして帰るだけなんだ、とはちらとも匂わせなかった。
案内を請われた手前、できる限り楽しませてやりたかった。
――が
「……慣れているのね」
ダフネの声が、少し低い。女心と秋の空というやつか。暦の上では秋。しかし吸魂鬼のせいで冬なのだけど。いや、ダフネのことは幼い頃から知っていて、女……というより、女の子である。なんというか、女どうこうの生々しい表現を使いたくない。大変付き合い易い子なのだ。
――なぜ
ほんの少し、機嫌を損ねているのか。頭を悩ませつつ、返した。
「僕は五年生だぞ?」
余計なことは言わない。けれど、ダフネの表情は晴れない。
くそ、吸魂鬼の側を通り抜けるという関門を突破したと思ったら――閉心術でどうにか乗り切った――これか。
一応、優秀と称される頭脳を回転させる。普通魔法試験の過去問を解く時だって、ここまで考えたりしないものを。
「僕に友達がいないのはわかっているだろう? この店は――」
視線を滑らせる。逢い引き区画でデイビースが腹を抱えていた。あいつ、あとで覚えていろよ。なにを楽しんでいやがる。
「デイビースに訊いた」
「……いいお友達がいるのね」
ダフネがにっこりする。ウルペクラは苦いものを飲みこんだ。ロジャー・デイビースは友人枠なのだろうか。図書館でちょくちょく顔を合わせるが。セドリックと似たような枠である。べたべたとお友達ごっこをする仲ではない。
「初めてのホグズミード、僕がお供でよかったのか」
お嬢様、と囁く。ダフネは苺のタルトの最後のひとかけを飲み込んだ。いささか考え込んでいるようなので、ウルペクラもタルト――こちらはレモンだ――を咀嚼する。
「気が合う人がいないのよね」
「同性だからお友達になれるわけでもなし――じゃあ、異性のザビニはどうなんだ」
「中立派で悪くないけれど、」
ね? と首を傾げられる。ただの一音に込められた情報を読みとって、嘆息した。
「「お友達」に見られかねないから嫌、と」
ブレーズ・ザビニは浮き草野郎二号である。一号はロジャーだ。しかし、彼と違ってザビニは行儀があまりよくない。取っ替え引っ替えの頻度が高いそうだ。
単に特急で同じコンパートメントになるならともかくも、そんな浮き草野郎とホグズミードなんて、ということらしい。
「賢明だな」
ダフネはグリーングラス、分家のお嬢様だ。女優の息子とは釣り合わない。ただおしゃべりするお友達、それだけならばいいのだが。
――ザビニが悪いわけではないのだ
単に「純血」が集う舞台では端役なだけだ。容姿は優れているし、頭の回転も速い。純血過激派とまではいかず、ドラコのように不用意な言動はしない。ウルペクラが「レストレンジ」であろうと、怯えずに接してくる。
だが、嫌いではないということと、ふさわしいかということは別である。ザビニが純血ども――上流に食い込もうと思うのならば、どこぞの令嬢と結びつくのが手っ取り早い。わかっているだろうに、ふらふらと花の間を飛び回っているのがザビニである。そのうち落ち着くであろう。相手がいないのなら、ウルペクラが手を回し紹介してもよい、と思っている。「レストレンジ」の紹介に、彼が飛びつくかはわからないが。気持ちの問題だ。
愚鈍な、名ばかりの貴族よりもザビニのほうがよほど優れているから。社交の場で顔を合わせるのならば、頭の悪い、血を誇るばかりの豚よりも、ザビニがよい。
紹介するといっても、せいぜい準名門、少々事情がある者になるだろうな、と考えを巡らせる。それでも「純血」の、身元の綺麗な娘と結びつけば、ザビニは女優の子などと陰口を叩かれることはなくなる。
誰が親かは選べないものだ。ザビニも、ウルペクラも。女優が母親だから、なんだというのだ。死喰い人のほうがよほど問題であろう。
「僕と出かけるのが、賢明とは思わないが」
そっと言う。レストレンジとも死喰い人とも言わなかった。しかし、ダフネは察したようだ。
「私には私の考えがあるのよ。誰でもいいわけではないし、」
ダフネが言葉を切る。
「ひっかき傷で騒ぐ坊やはお断り」
「……由緒正しい純血婚の候補か?」
「年頃の子なんて、たいてい一度は「どうですか」ってなるもの」
ウルペクラは宙に眼をやった。いや、同年代との「そういう話」はてんで降ってこないのだが。だってレストレンジだし。降ってきたとしても妾の子などの訳ありである。
「――成人まで間があるし、どうせ軽い話だろう。マルフォイ家が選ぶとしたら、他に候補が……それなりに」
マルフォイ夫妻が本気ならば、ドラコが幼年の頃にさっさと婚約者を決めているはずだ。今のところ、縁談を固める意志はなしとみていい。彼らは考えているのだろう。近頃、不穏な状況が続いているので、様子見しているのだ。
賢者の石、秘密の部屋……ちらりちらりと見える「あの方」の影。戻ってくるわけがないと言いつつも、そう信じたくとも、不安なのだ。
だから、慎重に動く。婚姻――婚約という手札を切るつもりはないのだ。今は、まだ。
「ドラコはまだまだおこちゃまだ。ひっかかれて騒ぐのだから」
ウルペクラが言えば、ダフネはくすくす笑った。
「どうやらマルフォイ家の当主様は、息子可愛さに裁判まで起こそうとしたとか?」
噂を聞いたことがあって? 問われ「さあ」と返した。
「僕は失脚した叔父上に、近づかないようにしているから」
大嘘である。いや、半分は本当だ。近づかないようにはしている。だが、噂は流した。
ルシウス・マルフォイ、親愛なる叔父のみっともない真似――裁判を起こすの起こさないの――は、上流に野火のように広がった。噂の出所は不明である。噂とはそんなものだ。
「ドラコの傷も治ったようだし、叔父上も矛をおさめたんだろう」
さらりと口にして、にっこりしてやった。
たかが噂。されど噂。ルシウスは断念したのである。甥としては大変嬉しい。
叔父が醜態を晒すなど、心が痛んでしょうがない。
お茶を終え、ウルペクラは機嫌よく手土産を買った。クッキーの小袋を二つ渡し「アストリアにもあげるといい」と言えば、ダフネは穏やかに笑った。
多少は億劫で、面倒だと思ったが。
――こんなに嬉しそうにされれば
悪くない一日だった、とかすかに心を揺らし。
ふっと影が兆した。
それは父母の形をしていて、しきりに囁きかけてきた。
お前は闇の帝王の駒に過ぎない。
小娘を喜ばせて、善い人間にでもなったつもりか?
お前に流れる血は夜闇の黒。
お前は闇を印された者なのだと。
けして逃れられはしないのだと。
ダフネの
「クィディッチの最中に侵入すればいいものを」
ウルペクラは毒づいた。昼日中のような、とまでいかずとも、それなりに明るく照らされた廊下を進む。壁の松明に加え、魔法灯を浮かべ、確保しているのだ。
「やめてよ。試合が中止になるじゃないか」
隣を歩くセドリックが軽い口調で、苦言を呈する。灯りのせいでほんの少し金を帯びる眼には、不満の影はない。その代わり、数滴の緊張が刷かれている。強いて柔らかく、砕けた調子を装っているが、彼の呼吸はいささか速い。
「こんな夜中に、巡回する必要はなくなるだろう」
己の眼も、金を帯びているのだろうか。そんなことを考えつつ、ウルペクラは返した。
小さく欠伸が漏れかける。時計を見るまでもなく、夜更けである。とうに眠っていてもいいはずで、監督生でさえなければ、ウルペクラはさっさと寮の寝台に潜り込んでいただろう。
「クィディッチの時だろうが、観戦する気もなく学校に残る層はいるだろう? 今日のほうがまだよかったんだよ。誰も襲われなかったんだから」
「そんな凶悪犯に監督生と首席をぶつけようとする、先生方ときたら」
囁く。こんなくだらないことなど放棄したい。なにを考えたか、ハロウィンの夜――宴の最中にグリフィンドール寮に侵入しようとしたシリウス・ブラックが、ぐずぐずとどこかに潜んでいるとは思えない。
「五年生以上が最低二人いたならば、なんとかなると踏んでいるんだろう」
「……杖もないらしいしな」
無謀というほかない。先学期のウルペクラのほうが賢かったのではないか、と思う。操られたとはいえ計画的に事を成したわけであるし。
慎重に、慎重に動いた。標的候補の髪をかすめ取り、日記に地図を描いた。標的の気配を色濃く残した髪と地図を連動させ、追跡可能にした。
監視し、行動の
我ながらよく働いたと思う。せっせと鶏を殺したり、三号温室を燃やしたり。操られていたんですなんて言っても、誰も信じないくらいには働いた。おそらく、傍目には自発的、積極的に動いたように見えることであろう。悲しいことだ。
慎重に、完全犯罪を目指すウルペクラとは正反対に、トム・マールヴォロ・リドルは「二度目」こそ、マグル生まれを殺す気満々だった……できれば、全員。
五十年前はバジリスクの制御試験も兼ねて「控えめ」にしていたそうだ。実験的、お遊びの犯行の側面が強く、石化で手を打ち、仕上げに一人殺して幕を下ろしたわけだ。
先学期、ウルペクラに憑依した繰り手ことトム・マールヴォロ・リドルはかなりはしゃいでおり、手綱をとるもとい、話し合いに苦労した……気がする。マグル生まれは皆殺しだ、と暴走しかねなかったので、仕上げはグレンジャーにしようと言った……ように思う。
ウルペクラはやつにだいぶ浸食されていたようで、マグル生まれが死のうがどうでもいいさ、と秤が傾いたり戻ったり。コリン・クリービーなんてかなり危なかったのだ。あれがカメラを構えていなかったら終わっていた。
ウルペクラの内心など知らず、クリービーは闇の品に操られた「犯人」と出会おうものなら、回れ右で逃げたのだけど。
「アズカバンで穏和しくしていればいいものを」
ぶつぶつ言う。
死喰い人なんてろくなものじゃない。ウルペクラは闇の印を刻まれた「死喰い人」だけれども、物心付かない時に、親の勝手で刻まれただけだ。
恐れられ、畏れられしてもちっとも気分はよくない、ということをウルペクラは嫌というほど知っている。
「君のためにもね」
ただの愛想のいい男ではなく、聡くて愛想のいい男は言った。
「どうせ僕は死喰い人の身内さ。『秘密の部屋』を開けた男さ」
やさぐれたこぎつねは返した。
「あー……ジャスティンがすまないね……? 君は被害者だと言ってはいるんだけども」
「お前が気を回す問題じゃないだろう」
本当にセドリックは優等生で、お人好しだ。ウルペクラは勝手に闇の品を盗んで、無様に操られただけだ。フレッチリーやクリービーがウルペクラを怖がるのは当然の権利だ。
「君だって、可哀想な被害者の立場を使わないじゃないか」
「女々しいのは嫌いでね」
そんな振る舞いなど、それこそ死んでも御免である。
ウルペクラが恐れられているのは自業自得だ。それが嫌ならジニー・ウィーズリーから闇の品を奪わなければよかっただけだ。血を裏切る者と言われる「庶民」など、切り捨てればよかった。が、アーサー・ウィーズリーへの借りを返す機会など、そうあるものではない。
ウルペクラは、危険を承知で選んだだけだ。問題は、闇の品がウルペクラの手にも負えない代物だったということだ。自ら焚き火に手を突っ込んだ愚か者に、誰も同情はしない。それが焚き火ではなく悪霊の火であったとわかったところで、取り返しはつかない。
――時たま
そんな常識など平気で踏み越える者がいるが。それはジニー・ウィーズリーであり、セドリックである。
ウィーズリー家の小さいのは、ウルペクラが死喰い人の子であると知っているだろうに、未だに「彼は助けてくれたのよ」という態度である。ウルペクラを見て逃げ出したクリービーの腕をひっつかみ、叱り飛ばしていたのだ。ウルペクラの目の前で。気まずくて仕方ない。「そのあたりにしてやれ、小さいの」と言って、その場を去ることしかできなかった。
小さいのと同じく、セドリックも大変律儀である。悪い言い方をすればしつこいのだ。死喰い人の子だろうと関係なし、ひょっとして「レストレンジ夫妻」の残忍な真似を聞いていてもおかしくないのに、今夜の見回りの相棒に、ウルペクラを指名してきた。
「女々しくないウル、君は今回の事件をどう考えている?」
セドリックが暇潰しにか、終わった『秘密の部屋』事件について語ってもしょうがなしと思ったのか、水を向けてくる。
ウルペクラは肩をすくめた。
「具体的に訊け……シリウス・ブラックの目的か、それとも侵入方法か、どうしてこの日を――もう昨日か……選んだのか、どれのことだ」
暇潰しに乗ってやる。どうせあてどなく歩くだけなのだ。面白くともなんともない、ただの廊下を。なぜかハッフルパフの監督生と連れ立って。
――ディゴリーでさえなければ
スリザリン寮の者ですら、そんなことを口にする優等生と夜歩きである。
暗殺されたエルドリッチ・ディゴリーの子孫。魔法大臣を輩出した名家。かつての威光はもはや名残のみ。じりじりと没落した。家格は中の上といったところか。上の下あたりからしたら、容姿も頭もいい、ついでに性格も良いセドリックは狙い目であろう。
かつて大臣を輩出したのは同じでも、今や上の「お仲間」にすら避けられがちな「レストレンジ」とは違う……と、ウルペクラは口端を吊り上げる。
くだらない
「なにもわからないと言ったほうがいい。たまたまポッターがホグワーツにいることを思い出した、今更害そうとした……というのは不自然だ。二年前に動いていないとおかしい」
賢者の石事件、暗躍する影を示唆する。あの時こそポッターの首を手土産にする機会だったのだと。
滑らかに、続けた。
「それこそ、忠実なる僕、アズカバンで泥水を啜っているであろう、レストレンジ夫妻のほうが……ご主人様のために、」
ぷつっ、と言を切る。眉間に皺が寄せる。ひりつくようななにかが、廊下に――ウルペクラとセドリックの間に漂った。
「……見回りはあと三十分ほどかな」
柔らかく、セドリックは言う。ウルペクラは頷いた。己でも酷い顔をしているのだろうとわかっている。それもこれも、セドリックの暇潰しのせいなのだけど。
「悪かったね」
落とされた謝罪に、ウルペクラは喉を鳴らした。
「別に? この身に夜闇の血が流れていることも、両親が狂っていることも、本当のことだ。ミリセント・バグノールドが有能かつ良識派だったことに、感謝しなければな」
死喰い人の子なぞ、とアズカバンに入れられていないだけ、僕は幸運なのさ。
歌い上げ、セドリックの灰色をちらりと見る。なんでもない風にさりげなく、彼は視線を逸らす。その自然さが、ウルペクラに確信させた。開心術を使わなくとも、わかることはある。
セドリック・ディゴリーはレストレンジ夫妻が積み上げた数多の罪の中で、最悪の罪を知っている。ロングボトム夫妻を拷問し、廃人にしたという――死よりも惨い運命を与えたことを。
「……誰の子であろうとも、生きているだけで罪なんてことがあるものか」
セドリックは囁く。なんとお綺麗な言葉であろう? と、ウルペクラはあざ笑う。
「甘いな。お前が闇の帝王の子にそれを言えるのなら、たいしたものだが」
くだらない、仮定の話。ウルペクラの茶化しにも、セドリックは肩をすくめただけだった。
「どんな親の下に生まれるか選べないのに、ただ非難するのは公平じゃあないだろう」
「世の中、お前みたいな優等生ばかりじゃないのさ」
ぱちぱち、と拍手を送ってやる。
からかいながら、ふと頭の隅で思う。
闇の帝王に子はいない。そう聞いている。まかり間違って存在していたとすれば――相手はおそらく……。
ウルペクラの母親だろう。最も残虐な死喰い人。彼女は闇の帝王の片腕。副官。主のためならなんだってするはずだ。
ちら、と過ぎった光景がある。
高く高く聳える建物を、杖の一振りで両断してのける、輝ける星の姿。
どこまでも、強く美しい女。戦場こそが似合う、禍々しい魔女。
我が君、と声が聞こえる気がする。
どうか私にお与えください。
名誉を――と。
どこともしれない薄闇の中、星の眼を煌めかせ、紅い唇で歌い上げる。
どうか、どうか……。
その声は、しっとりと濡れていた……。
きつく眼を瞑る。うるさい、と誰にも――セドリックにも聞こえないように呟いた。
うるさい、うるさい。お前は一体どれほど、己の勇姿を子どもに吹き込んだ。
どれほど、闇の帝王への思慕を口にした。
奇妙な、ありもしない幻を立ち上がらせるほどに。
こぎつねの怒りと恨み、苦悩も知らず、夜は更け――くすんだ太陽に、その座を譲った。