Black Heart Vulpecula   作:扇架

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二十四話

 

 トンクスの不吉な警告に戦慄した夜。嵐とともにやってきたマッド・アイは、それまでの教師とは違った。あなたはダームストラングでお教えになれば? という授業を展開した。

 まず、禁断の呪文を披露して生徒どもを牽制。次に生徒同士で決闘。最悪なことに、決闘に集中しているとマッド・アイが服従の呪文を放ってくる不意打ちあり。

 ウルペクラはセドリックと決闘することになり、彼のあらゆる攻撃を捌いていた。鮮やかな紅の炎をかろうじて回避――セドリックは「かすっただろ髪くらい焦げるだろう」と舌打ちした――マッド・アイ直々の服従の呪文が絡まってくる気配がしたので振り払った。閉心術を習得しておいてよかった。

 すると、今度はセドリックに魔の手が伸び、と大変面倒だったのだ。即座にセドリックに全身金縛り、返す刀でマッド・アイに失神呪文。むろん、避けられた。マッド・アイはウルペクラの健闘を讃え、スリザリンに二十点くださった。

 まったくうれしくない加点である。

 

 ため息を漏らす。午後の授業をすべて終え、闇の魔術に対する防衛術の波乱を思い出し、夕食時にあの面を見るはめになるのか、と憂う。向かうは玄関ホール――大広間だ。隻脚隻眼の闇祓いが上座にいる様を思い描いただけで、苦い気持ちになる。

 先の授業のせいだ。

 六年生――闇の魔術に対する防衛術、高等魔法試験級に進んだ生徒のほとんどが、マッド・アイの授業を歓迎したけれども。

 ウルペクラがおかしいのか? そう思いたくなるくらい、好評であった。双子は眼を輝かせ、セドリックは……ウルペクラに負けたことを悔しがっていたから割愛。デイビースは「普通魔法試験級じゃないし、こんなものだろ」であった。

 マッド・アイを好かないのは、ウルペクラくらいなのだろう。頼むからダームストラングに行ってくれ。あそこでなら、いくらでも禁断の呪文を使ってくれて結構。「さすがレストレンジ。これらの呪文は見慣れているか」と言ってくれて結構。

 明らかに嫌味である。本当にあのトンクスの師か? と思うほど陰湿。彼は元闇祓い。死喰い人を多く捕らえ、監獄に放り込んだ張本人。よって、死喰い人と死喰い人の子たる「レストレンジ」がお気に召さないのだ。

――まあ

 ウルペクラも黙っていなかったけれど。嫌味を言われ「なにがあるかわかりませんからね。闇祓いも大変ですね。邸が襲われる妄想で大騒ぎするんですから」とさらっと返した。教室の空気は凍った。

 マッド・アイは伝説の男である。が、妄想の影が忍び寄っているようだ。昨日――九月一日早朝、邸が襲撃されたと思いこみ、誤報を発したとの記事が『日刊予言者』に載っていた。

 ウルペクラはリータ・スキーターをまったく好かないし、下品な女だと思っているが「友好的握手と殺人未遂の区別もつかなくなった」という彼女の言には賛成である。スキーターも、隠れ死喰い人を捕まえた「レストレンジ」の周りをうろつくくらいなら、頭のおかしくなった闇祓いをどうにかアズカバンにぶちこめるように動けよとは思うが。歩く死の呪文のようなものだ、マッド・アイは。

 頭がおかしくとも、マッド・アイに理性は残っていた。生意気な青年の言を一笑に付した。しかし、その青い義眼は笑っていなかったし、ウルペクラをじっくりと観察するようであった。

 目を付けられたらしい。想像よりも酷い形で。

 昨日、新任教師がマッド・アイだと聞いて、即座にノットの父へふくろうを飛ばし、家令夫妻にも飛ばした。ウルペクラは、馬鹿騒ぎした叔父を許していなかった。

 そして、ホグワーツ特急がのんびりと走っている数時間で、せっせと防護を固めたのである。マッド・アイの義眼は、全方位の視野と透視能力付きだ。間違ってもウルペクラの闇の印を見られるわけにはいかず、誤魔化しの術を強化した。衣に刺繍を付け足した。元々、少々の守りを織り込み、刺繍もされている。たとえば、セクタムセンプラの威力を、少し減じる……とか。いわゆるお守り、気休めである。

 といっても、さすがに透視能力までは想定していない。いわゆる邪眼除けを足したのだ。

 

 たった二十四時間で、本当に忙しないことである。ああ、今夜こそ安息あれ……とウルペクラは願った。

 玄関ホールに到着し、なにかを遠巻きにする人垣を見た瞬間、嫌な予感がした。

「失礼」

 言って、羊どもをかき分けるようにする。聞き覚えのありすぎる声がして、さらに嫌な予感がした。もっと言えば、踵を返そうかと思った。

「僕の母親を侮辱するなポッター!」

 ドラコである。いったい、なにがあったのか。なぜにポッターがシシー叔母を……と考えているうちに、事態は進行する。どうせドラコが馬鹿を言ってポッターを怒らせたのだろう。子どもの喧嘩だ。

 面倒だから放っておきたいが、面倒が拡大、加速する可能性大、とうんざりする。覗き見れば、ドラコが杖を構え、ポッターへ向けて呪いを放った。おいおい。

 人垣の前に躍り出たとき、事態は子どもの喧嘩の域を越えてしまっていた。四年生同士の決闘? 否。

 問答無用で、大人の介入を受けたのである。最悪の形で。

「――卑怯な若造だ」

 冷え冷えとした声。反比例するように、激しい音が響く。なにかを打ち付ける音。鞭の音に似ていたが、もっと強く、容赦がない。

 杖を上下に振るマッド・アイ。打ち上げられ、叩きつけられるのは白いイタチだ。ポッターが凍り付き、ウィーズリーの末息子の口は開き、グレンジャーが手で口を覆っている。酷く怯えているようだ。

 少し離れた場所にいるのは、ドラコの腰巾着、おともだちのクラッブとゴイル。彼らはウルペクラを見つけ、救いの神が現れたかのような顔をした。

 断じて救いの神ではない、むしろ、どこかの『名前を言ってはいけない例のあの人』に印を賜った闇の徒は、素早く杖を振った。変化よ解けよ(フィニートメタモルポセス)の意を込めて。

 単純な解除――終われ(フィニート)では足りるまい、と判断したが合っていたようだ。粘るような抵抗を感じる。変身を解こうとする力と、留めようとする力に捕らわれ、白イタチが悲鳴を上げる。ウルペクラはきりっと歯を食いしばり、抵抗を押し切った。

 ぜ、と息を吐きながらドラコが現れる。拮抗する力に翻弄され、あちこちに傷があった。髪は乱れ、ローブは裂けている。

 かつ、とドラゴン革の靴を鳴らし、ドラコの下へ。素早くローブを脱いで放ってやれば、ドラコは震えながら掴み取り、頭からすっぽりと被った。

――無理もない

 ドラコは温室育ちの御曹司、絹でくるまれるようにして育った類だ。折檻など受けたことがなく、耐性もあるまい。

 どうしようもない、甘ったれな従弟を後ろに庇うようにする。

「これはどういうことですか」

 低く言う。杖をしっかと握りしめ、マッド・アイを睨みつけた。

「生徒指導だ。こいつは、卑怯にも背後から攻撃した。しかるべき処置が必要だろう」

「たかが子どもの喧嘩、卑怯な行為に対して」

 一語、また一語と区切るようにする。ドラコへ釘を刺す。ウルペクラも現場を見ていた、と。ここでドラコがマッド・アイに反駁すればこじれる。せいぜい震えて穏和しくしていろ。

「さすが伝説の闇祓い」

 薄く笑ってみせた。不気味なほどに青い眼から視線を外さず、滑らかに続けた。

「己の影を敵だと思う。常に怯え、警戒し、安らぎなどどこにもない。だから、過剰に反応なさった。手が滑って、磔刑の呪文をかけても驚きませんね」

 使い慣れているようですし、と首を傾げる。

 誰かが――観衆が、ひっと悲鳴を漏らした。レストレンジと磔刑の呪文の組み合わせは最悪だ、と知っている者は知っているのだ。よりにもよってその息子が、磔刑の呪文を持ち出して闇祓いに当てこすっているのだから、怯えもするだろう。

 こう言っているに等しいのだ。

 伝説の闇祓いといっても所詮、闇の魔法使いと同じ穴の狢ではあるまいか? なにせお前たちは魔法省の走狗、禁断の呪文の使用を許された者。生け捕りがなんだというのか。

 磔刑の呪文を、それこそ飽きるほど使ったのだろう?

 侮辱にも、マッド・アイはにやりとした。

「レストレンジ。お前の度胸に免じて、ここは任せてやる」

 その小僧をきちんと躾ろ。

 捨て台詞を残し、鋭く義足の音を響かせて、マッド・アイは去っていった。

 

 ほっと息を吐いたとき、青ざめた顔のマクゴナガルが駆けてきた。

「なんということ、ムーディ先生ときたら!」

 動揺のせいか、彼女は抱えた本をぱらぱらと落とす。パンくずよろしく点々と散るそれを拾っているのはウィーズリーの小さいのであった。どうやら、どこかの時点で玄関ホールにやってきて、急いでマクゴナガルを呼んできたらしい。的確な判断だ。副校長、なおかつ変身術教授なのだから、変身を解除するのも、マッド・アイを牽制するのも最適だったろう。

――ウルペクラよりも巧く

 傷つけることもなく、ドラコを元に戻せただろう。

 軽く唇を噛む。マクゴナガルに「マッド・アイは虫の居所が悪かったらしく、ドラコを変身させて体罰を」とほぼ本当のことを言った。前半――ポッターとドラコの喧嘩には触れず、ドラコの不意打ちの件も省略した。

「ああ、レストレンジ。あなたがいてよかったこと。体罰だなんて……」

 ムーディ先生とお話ししなくては、マクゴナガルが眼を光らせる。そうして、ウルペクラとローブの塊こと、ドラコを見やった。

「レストレンジ、この子を医務室に連れてお行きなさい。夕食は運ばせるとしましょう」

「承知しました」

 軽く礼をする。混血――半純血であるが、マクゴナガルは敬意を払うに値する教師であった。変身術の濫用に怒る点も好感が持てる。なにより、死喰い人の子だから体罰は当然、と公私混同しないところがよい。

 たしか、彼女は弟二人を闇の陣営に殺されている。レストレンジもマルフォイも、憎んでも憎み足らないだろうに。

 ドラコを立たせる。軽く腕を引き、ポッターの側を通り過ぎた。

「グリフィンドールに十点。これで手打ちにしてくれ」

 囁いて、その場をあとにする。なにやら背後から「奴隷労働よ」と聞こえたが無視した。グレンジャーはなにを言っているのか。

 

 マダム・ポンフリーにドラコを診てもらった。結果、切り傷多数。髪もざくざく切れている。指は一、二本ちぎれかけ……であり、腕利きの癒者により、ドラコの傷は痕ひとつ残らず綺麗になった。

「だってポッターは母上を侮辱して。なのにあんなこと……心底憎々しいって眼だった」

 ドラコは震える手でフォークとナイフを握る。危なっかしいのでウルペクラが代わりに肉を切ってやった。

「あのマッド・アイだからな。アズカバンの独房の半分を埋めたやつだ。闇の魔法使いが憎いんだよ。正義の人だな」

 皮肉を込めて言えば、ドラコがか細い声を発した。

「父上は……操られて……無実なのに……」

 今にも泣きそうである。よほど体罰が堪えたらしい。事態を悪化させたのはウルペクラなのだが。

 相変わらず、よく言えば素直、悪く言えば考えなしである。まだ「父上」が操られていたと考えているのか。そう考えるほうが楽なのだろう。誰だって、親が罪人とは思いたくないだろうから。

 操られていた、無実だと思いこめるドラコと、逃げ道などないウルペクラ。その差に思いを馳せそうになり、自重する。考えてもどうしようもない。

「一年、穏和しくしておけ。あれは狂っているから」

 お前の父上は死喰い人だよ、と言う代わりに警告する。ドラコは素直に頷いた。そして、黙々と夕食を片づける。諸々の衝撃で余計な口を利く気力もないらしい。

 ウルペクラもドラコに倣う。肉を片づけ、サラダを片づけしていると、ふくろうがやってきた。

 一羽は家令夫妻から。追加のローブでございます、ご用心くださいね、と手紙とともに寄越した。

 一羽はノットの父から。マッド・アイか最悪だ。用心することだね。ところで、ダームストラングのカルカロフは昔のお仲間なんだけど、絡んできても無視しなさい。あっちが避けるだろうけど、とちょっとした情報を寄越してきた。

 ふむ、と読み終えて――約二ヶ月後。ウルペクラはノットの父に手紙を出した。

 

 カルカロフがハリー・ポッター暗殺計画をくわだてる可能性はいかほどか。

 四人目の代表選手にポッターが選ばれた、と。

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