Black Heart Vulpecula   作:扇架

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二十五話

 

「いいか、僕は正々堂々と在りたいのであって。あんなのは嫌だ」

 ハリー・ポッターの名が炎のゴブレットから現れて、数週間。ホグズミードの喫茶店で、ウルペクラはセドリックの愚痴に付き合っていた。

「手は打ったから、我慢しろ」

 ミルフィーユをちまちまとフォークで切り分けながら、ウルペクラは返した。本日の店主のおすすめらしい。ちなみにセドリックもミルフィーユを頼んでいた。が、怒れるホグワーツの代表選手は、ほんのふたくちで平らげてしまった。今食べているのはアップルパイである。卓にはその他、レモンタルトやら、苺のケーキやら……とにかく、甘いものがたくさん並んでいる。自棄になったセドリックが「この店のケーキを制覇してやる」と頼んだのである。

 お陰で喫茶店の一隅に、好奇の眼が向けられている。代表選手が、あのセドリック・ディゴリーがケーキをひたすら食べているのだ。注目の的であろう。

 『三本の箒』にすればよかった……とウルペクラはセドリックに押し切られた己の弱さを呪った。元々ホグズミードに行く気はなかったのだ。午後――四時頃にダフネと乗馬の約束をしているくらいで、城でゆっくり過ごすつもりだった。

 朝食が終わり、玄関ホールに出たところでセドリックに捕まったのが運の尽き。ホグズミードに行かないか、いや来いという圧を受けて、やむなく同行することになった。セドリックは女生徒たち曰く「爽やかな笑みを浮かべる」「完璧なホグワーツの代表選手」とのことだが、そいつらの眼は節穴である。爽やかセドリックは今にも爆発しそうであった。

――断ればよかった

 勝手に爆発させておけばよかったのだ、と噛みしめる。甘いものが食べたいと呪詛のように呟く男に引きずられるようにして、喫茶店に入るのではなかった。一人じゃ入りにくいが、二人ならよいだろうとセドリックは暴走した。逢い引き向けの喫茶店だろうがお構いなし、菓子と紅茶が美味しければそれでよし、と突撃した。

 魔法界は異性婚が主流だが、同性のあれこれがないわけではない。だから、喫茶店に入るのも別に違法でもなんでもなく、揶揄されるものでもない。ないのだが、ウルペクラは居心地が悪かった。

――ダフネを巻き込めばよかった

 男二人、女一人なら「おともだち」でどうにか通るだろう。どうせ乗馬の約束をしているのだから、ホグズミードに出かけて帰って……でもよかった。それか――。

「お前、僕じゃなくチャンを連れてきて慰めてもらえよ」

 ふとした思いつきを口にした。レイブンクローのチョウ・チャンとセドリックの相性は悪くないだろう。付き合っていてもおかしくない、と考えての発言に、セドリックが眼を丸くした。

「なんでチョウ? 良いシーカーだと思ってるけど。そういうんじゃないよ。むしろ、チョウはハリーをライバル視してるな。彼、飛ぶの巧いから」

「わかった。僕が馬鹿だった」

 ウルペクラはひらひらと手を振った。このままではクィディッチ談義が始まってしまう。いや、ウロンスキーフェイントの素晴らしさをセドリックが語るほうがマシなのだろうか?

「まあいいけど。そもそも彼女はレイブンクローだ。つまりあの忌々しいバッジを着けている連中が多い」

 セドリックが眉間に皺を寄せる。ウルペクラはホグズミード同行を押し切られた理由、元凶を思い出し、小さく息を吐いた。

「グリフィンドールくらいだろう。着けてないのは。あと、チャンは着けてなかった」

 現在、ホグワーツ生の間でとあるバッジが流行している。セドリック・ディゴリーを応援しようバッジ。

 勝手にしろよ、と言えたならよかったのだが、そうはいかなかった。無駄に器用などこかの従弟が四人目の代表選手ことポッターを貶める仕掛けを施していた。

 

 仕事を増やすな馬鹿が、とウルペクラは介入した。ただの冗談だよとほざいていたドラコだったが、一睨みすれば大量のバッジが入った箱を献上してきた。それだけで済ますつもりだったのだけど、ドラコがなぜか機嫌を損ね「ウルが代表選手になればよかったのに」「なんで立候補しなかったんだよ」「ディゴリーがウルの友人らしいから、僕は応援しようと」とぶつぶつ言い始めた。

――わからん

 従弟の思考がわからん。本当に、意味不明。ウルペクラはドラコとのあれこれを思い返し、苦くなった口をすっきりさせるべく、茶器を手にした。

「ハッフルパフは僕が代表選手になった反動で、ハリーに当たりが強すぎるし、レイブンクローは……ゴブレットを出し抜いたハリーに感心するのかと思えば、だ」

 セドリックが愚痴る。だいぶ参っているらしい。そりゃあ、応援しようにかこつけて、四人目の代表選手、しかも年下の少年が貶められれば気分も悪かろう。

 ウルペクラは黙って聞いてやった。そろそろ紅茶のおかわりを頼もうかな、と思ったとき、

「なんでウルが立候補しなかったんだよ。そしたらややこしいことになってないよ。それか、君が四人目になれば面白かったのに」

 と、セドリックがぶちまけた。ウルペクラは茶器を置き、呼び鈴をちりんと鳴らした。やってきた店主に紅茶のおかわりとあなたのおすすめのケーキを三つ、と頼む。

 食べなきゃやっていられるか。店主が離れたのを確かめ、ウルペクラは渋面になった。

「今すぐお前を湖にぶち込みたいよ。ポッターが本当にゴブレットを騙したと思っているのか?」

「抜け道はあるだろう。それに、彼にはハーマイオニー・グレンジャーがついている」

「馬鹿が。あれは屋敷しもべ妖精福祉なんとかにお熱だよ」

 ウルペクラは吐き捨てる。奴隷労働どうこう言っていたマグル生まれが、まさかレストレンジ家のウルペクラに抗議しにやってくるなんて思わなかった……と暗黒の記憶を封印しようとする。

 

 端的に言うと、クィディッチワールドカップをきっかけに、彼女は「目覚めた」らしい。どうも闇の印を打ち上げたとされるのが――いや、現場に居合わせたのはクラウチ家の妖精だったようで……当然解雇された。彼女はそれに衝撃を受けたようだ。

 バーテミウス・クラウチ・シニアが妖精を解雇した、闇の印が打ち上がった付近にいたようだ、という噂は入手していた。ひそひそと、純血の間に広まっていたのだ。今更クラウチを叩いても意味はなし、と不忠者どもおよびレストレンジ家は放置を決めた。仮にあの家に娘がいれば、マルフォイ家がしめしめとばかりに動いたかもしれない。あいにく、クラウチ家の娘はバグノールド家の養女になっているので、マルフォイのお家乗っ取り計画が発動しようがないのだけど……等々の裏事情などおくびも出さず、グレンジャーの主張を聞いてやった。

 図書館で、大量の本を広げながら「夕食を運ばせるなんて彼らの余計な仕事を増やすことになるわ」とかなんとかうるさかった。「魔法族の事情をよく知らず、知ろうともせずご立派な小娘だな」と吐き捨てて、ウルペクラは退場したのだ。

 どうにか一連の悪夢を封印した。あれには関わりたくない。思う存分動けば満足するだろうと、応援しようバッジを匿名で送りつけて仕舞いだ。今頃屋敷しもべ妖精なんとかのバッジに変身していることだろう。

「……妖精? 福祉?」

 セドリックが瞬く。その隙を逃すウルペクラではなかった。

「ポッターがグレンジャーに手を貸してくれと言っても断る可能性が高い。なぜならばあれは優等生だから。不正を嫌う。仮に、年齢線を突破したとしても……」

 ちら、とセドリックを見る。ケーキをいくつも平らげて冷静になったようだ。

「確実に選ばれるのは無理がある」

「それこそ候補者を全員排除。あるいはポッターが次の闇の帝王、実は双子の弟の末裔、血縁なんてトンデモがない限り無理筋」

「ええ、まだその噂があるんだ? いや、なにその双子の弟の血縁説」

「シリウス・ブラックが無罪になって、後見になってからは下火だな」

 双子の弟云々には触れず、流した。適当に述べただけの戯言だ。

「ポッターが確実に選出されるようにするには、ゴブレットに錯乱の呪文か、服従の呪文として。十四歳にできるとは思えない。以上」

「誰かがゴブレットを騙したとしてその目的は?」

 セドリックが呟いたとき、からんと小鐘が鳴った。ウルペクラはそちらを見て、新たな登場人物たちを手招いた。

「それは叡智のレイブンクローに訊けばいいさ」

 入店してきたのは、ロジャー・デイビースと……なぜかダフネ……と、ボーバトン生たちである。

 ダフネはウルペクラとセドリックを交互に見て首を傾げ、デイビースは店主になにごとか言うと、素早くやってきた。

「やあ、学年三位の僕になにか用かな」

「ポッター犯人説に毒されていないレイブンクロー、お前の考えを学年一位に披露して差しあげろ」

「ねえ、待って。学年二位……ダフネとはなんにもないよ。まず、僕はボーバトン生に案内を仰せつかっていた。そして、彼女たちとダフネはお近づきになっていたから、成り行き」

「――それならいい」

 縄張り意識だ……とデイビースが呟く。なんの話だ、と睨めば黙った。さっさと謎を解けと無言の圧をかければ、デイビースは「仰せのままに」とおどけ、さらりと言った。

「ほんっと、セドリックってば善人。そんなもの、ハリー・ポッター暗殺計画に決まっているだろう」

 そうなのだよなあ、とウルペクラは内心で同意した。ポッターを四人目にする動機なんて、それくらいしかないではないか。

――ノットの父は

 カルカロフではないだろう、と返事を寄越したけれど。

 では誰だろう、と考え込んでいるうちに、喫茶店の一隅がにぎやかになった。ボーバトン生の集団――フラー・デラクールを筆頭とする――がやってきた。

 即席のお茶会と相成ったのだ。店主が気を利かせ、卓を拡張する。隣にダフネが腰掛けて、ひそひそと囁いた。

「あなたの白馬をボーバトンの人が見ていて、それで」

 彼女はちらりとデラクール……と「おともだち」を見やった。中の一人がダフネの視線に気づき、ふっと眼を向ける。黒髪に青い眼の魔女であった。

「ステラ、こちらはウルペクラよ」

 ダフネが流れるようにボーバトン生を紹介していく。彼女はこういった仲介が巧いのだ。ウルペクラは当たり障りなく、挨拶を交わした。フラー・デラクールと言葉を交わしたとき、ふと花の香りがした。

――魅了能力者か

 ウルペクラの閉心術に隙はない。よろめきもしないと悟り、ボーバトンの代表選手はにやりとした。ただの可憐な魔女ではないようである。

 彼女はセドリックに視線を投げる。ウルペクラはやめたほうがいい、とかすかに首を振った。

 セドリックは穏やかにステラと話している。漏れ聞こえる会話から、彼女がデラクールの親友であると知れた。

 そうこうしているうちに、めいめいに席を替える。ウルペクラは立ち上がり、デラクールの隣に腰掛けた。無言のやりとりがもどかしくなったのだ。

「狙うのなら、そこの色男にしておけばいい」

 ボーバトン生と楽しげに話しているデイビースを示す。デラクールは唇を尖らせた。

「そこはあなた、僕と踊っていただけませんかと言えばいいのに。可愛くないわ」

「……とにかく、冬の舞踏会を見越してのことなら、デイビースがおすすめですよ」

 さらりとかわし、おかしな気分になった。

 今から冬の舞踏会の話なんて。第一の課題もまだなのに。

 ホグワーツに潜んでいるであろう、隠れが誰なのかもわからないのに。

――関係のないことだ

 隠れのたくらみがポッターの暗殺であれ、ウルペクラには波及しない。そう思っていた。

 

 彼は失念していた。幼い頃に印を賜ったことを。黒き心臓ウルペクラと愛しげに呼ばれていたことも。

 彼は闇の帝王のものだということを。

 従って、計画の一部に組み込まれていることを知る由もなく、思い至ることもなかった。

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