Black Heart Vulpecula   作:扇架

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四十七話

 

「――生き別れた兄妹の感動の再会なのだから、嬉しそうにしたらいかが?」

「突然やってきた「妹」に戸惑う兄の体だとも、妹」

 ウルペクラは舌打ちする。ついでにデルフィーニの足を踏んでやろうかと思えば避けられた。「レストレンジ」の二人は甲板――舞踏場と化したそこで、優雅に歩を踏んでいるのだ。

 ウルペクラとデルフィーニが何のやりとりも交わさないのは不自然。興味津々な観衆を満足させつつ、おしゃべりに興じるには踊るのが手っ取り早い。

 踊ろうか? とにっこりして、デルフィーニに手を差し出しただけウルペクラは理性的である。ノット家の主――不忠者たちの一人であり、セオドール・ノットの父たる男が「こらえろ」と唇を動かしたので、その意を汲んだのだ。

 叔父――とんでもないものを宴に放り込んでくれたルシウスを一睨みするのを忘れなかったが。

「あら、妹だと認めてくれるの?」

 デルフィーニがくつくつと笑う。露悪的なその笑みは、どこか母――ベラトリックスを彷彿とさせた。あれほど邪悪ではないし、声が掠れ弱々しいが……と眉をひそめた。

「……宴が終わる頃には、既成事実になっているだろうよ」

 輝かんばかりの美貌の妹が纏う、奇妙な陰りが気になりつつも、ウルペクラは返す。

 早く楽が切り替わってほしいものだ。なるべく拍子の速いものがよい。雀どものさえずりが鬱陶しい。

 

 よく似ておられること。美しいですわ……。レストレンジならば純血――年頃――きっとご兄妹でしょうね? なにやら事情があったのでしょう。

 

 まあよくさえずることだ。どこがよく似ているだ、と臍を噛む。ルシウスめ……。小さく唸り、ウルペクラは続けた。

「マルフォイ家の当主が「我が姪」と言い、直々にお披露目をした。お前がベラトリックスの娘だと保証した。となれば、父親はロドルファスと誰もが思い込む」

「親愛なる叔父様は、嘘は言っていないもの」

「お前を大陸に追いやった男だぞ?」

 からかうように言ってやれば、デルフィーニは小さく唇を噛んだ。「ステラ・ブランシュ」と名乗っていた頃は、そつなく振る舞い、実に魅力的……と評判だったものだ。フラー・デラクールとステラ・ブランシュどちらがよいか、恋人にしたいか等々で賭けもとい、人気投票まであったとかなかったとか。

 それがどうだ、今のデルフィーニはまるで幼い子どものようだ……唇を噛むなんてしなかった――という思考を、中断するほかなかった。歩をずらす。かっ、と硬い靴音が響いた。

「危ないだろう」

 踏むなよ、と苦言を呈する。ついさっき、己がデルフィーニの足を踏もうとした事実は棚上げにして。

「意地悪なお兄様」

「ひとの腕を切り落とす妹に言われたくない」

 と、とと……と歩を踏む。くるりと回転。傍目には麗しい兄妹の、流れるような舞踏だ。実質はただの喧嘩。卓の下での蹴り合いに等しい。

「ご所望だったもの。誰でもいいでしょうと言おうものならお怒りだったでしょうし……ジュニアなんて喜んで捧げたでしょうに」

「あいにく、あいつはアズカバンの土の下」

 最悪で悪趣味な会話だ。ウルペクラだってジュニアことバーテミウス・クラウチ・ジュニアが大鍋に飛び込んでくれたならどれだけ助かったことか。

「僕の肉でないとお怒りになって、愛しい父上に折檻でも――」

 ひょい、と襲撃をかわす。足癖の悪い妹である。どこがいるか座のデルフィーニだ。お前はペガサス座でも名乗っていろ。

「――悪かったわよ」

 デルフィーニは折檻について触れられたくないのか、口早に謝罪した。ウルペクラは苦いものを飲み下す。やはり「父上」の下に馳せ参じたところで、ろくな目に遭っていないようだ。

 ウルペクラの臭覚は、デルフィーニから香る鉄錆を感知していた。動きもわずかにぎこちない。墓場で見せた昂揚など、今や片鱗すら覗いていない。

――おそらく

 供――ルシウスと、ノットの父は護衛というよりもお目付け役。命じたのは親愛なる我が君、デルフィーニの「父上」。娘を社交界に送り出し、誰ぞ婿でも迎えよ……もちろん純血で有能なのは前提条件、といったところか。親心からではない。娘に純血婚を、幸せな家庭をと願う類ではあるまい、闇の帝王は。

 父たる闇の帝王の手からは逃れられぬ、という脅し。子でも産め、という威圧。侮辱。懲罰的な意味合いが強いとみた。でなくば、デルフィーニがこのようにしおれてはいない。

 

 驚くには値しない。闇の帝王は非情だ。無情といってもいい。が、実の娘に当たりが強いのはどういうことか。

 『例のあの人』と畏れられる男は、優等生の仮面を付け、大人たちを――ダンブルドアを除く――欺いて、完全犯罪を成し遂げた。誰もがトム・マールヴォロ・リドルを魅力的だと思った。純血たるレストレンジ――ウルペクラの祖父は後の大悪に膝を折った。打算ももちろんあったろうが、祖父が後の大悪を高く評価していたのは間違いないだろう。正しい純血社会、秩序ある世界を望み、レストレンジの躍進を願い、トム・マールヴォロ・リドルの陣営に加わった……。

 ただの力ある魔法使いではない。瞬時に仮面を付け変える、その狡猾さがあればこそ大悪は大悪となり得たのだ。かつて大陸に災いをもたらした、ゲラート・グリンデルバルドのように。

 まさにスリザリンを体現したような男が――俊敏狡猾、臨機応変、風を読み、必要とあらば流れを変える、闇の帝王が――己が娘を掌の上で転がせないはずがないだろうに。嗜虐趣味なのか――これは間違いない――己が娘だからこそ、罰を与えたいという衝動を抑えきれないのか。

――罰を与える口実が

 転がり込んできたのか。

「尽くしても尽くしても、報われないようで」

 鼻で笑ってやる。謝罪を受け入れるともなんとも返さず、デルフィーニを観察する。哀れみの表情を浮かべてやれば、デルフィーニが鋭く息を吐いた。

「私にはお父様しかいないもの」

 かすかな、震える声。闇の帝王の娘らしからぬ弱気である。そこらの男ならたまらず膝を突き――頭の悪い男は、弱々しい、与しやすそうな女が好みである――婚姻を申し込むであろう。

 演技ではなく、本当にかなり参っているとみた。磔刑の呪文を複数回、罵倒も腐るほど受けたのだろう。せっせと尽くして足蹴にされれば、心にひびくらいは入る。

 尽くす、のなかに神秘部案件も含まれているに違いないと当たりを付ける。闇の帝王の娘。自由に動ける駒。七変化の異能。きっと蛇語を話せるとして……化けて侵入し、予言の奪取に失敗。ならば、と無言者のボードを操り、失敗。そして大蛇――ナギニ、という名がふと浮かぶ――を使おうとして、失敗。複数回しくじり、折檻を受けたのだろう。

「お父様のためならば、純血の赤い血も流すと」

 少しつついてやる。神秘部について知りません、予言についても知りません、という態度をとったところで意味はない。アーサー・ウィーズリーが襲われ、血が流されたのだから。

「お父様に従わない者、血を裏切る者に価値があると思って?」

 デルフィーニは否定しなかった。ウルペクラは「感心しないな」と肩をすくめてみせる。

「随分と酷い有様だったようだ……騒ぎになったとか……警備も厳重になるだろうな? どこかの誰かが、しくじったせいで? お前の父上はなんておっしゃるやら……」

 見捨てられないといいが、といかにも心配そうに言ってやる。デルフィーニの顔が歪んだ。観衆どもに険悪な様子を見せるわけにもいくまい、と「妹」を抱き寄せてやる。

「いや、寝ぼけたことを言った。僕らの父上はロドルファスだ。レストレンジの主だ。許せよ妹」

 突き落として、優しい言葉で引き上げてやる。たとえ、己の腕を切り落とした、胤違いの妹であろうとも柔らかく、慈悲深く接してやる。

「私を引き入れようって?」

「さあ?」

 妹に囁きかける。吐息が耳朶にかかり、デルフィーニが身じろいだ。

「お前がレストレンジを名乗るからには、我が父の意向があったのだろうと」

「……何事かあれば私を大陸に逃がすように……ルシウスは言いつけられたとか」

「忠義者なことだ、我が父は」

 小さく笑い、抱擁を解いた。今頃デルフィーニの頭の中は神秘部のことと、ウルペクラの言動――デルフィーニがレストレンジだと認めるような発言――でいっぱいだろう。

 

 それでよいのだ。闇の陣営は騎士団の狙いも神秘部で、予言を守ることだと誤認すればいい。間違っても『分霊箱』が残りひとつだと気取られてはならない。

 畢竟、予言が奪われようが構うまいと騎士団――ダンブルドアが考えていることも、そのことをほとんどの騎士団員に伏せていることも、闇の陣営こと闇の帝王が焦り、耐えきれずに自ら動く時を待っているということも、なにもかもを秘めねばならず、悟られてはならない。

 デルフィーニの口から闇の帝王に伝わるであろう。騎士団はやはり、神秘部の守りを堅固にする。きっと見張りが増える……と。

 小さな小さな種は蒔いた。闇の帝王はますます神秘部に、予言に執心なさるだろう。手に入らないものほどほしくなるものだ。

 楽が拍子を遅くする。「レストレンジ」の兄妹もまた、歩をゆるめ、踊り終える。軽く一礼し、顔を上げ――ウルペクラは、デルフィーニの小さな悲鳴を聞いた。

「やあご令嬢」

 冷え冷えとした声はセドリックのもの。ダフネを連れて遊技場だかお茶会室だかに行っていた彼は、戻ってきていたらしい。その手はさりげなく、しかしがっちりとデルフィーニの腕を掴んでいた。

「僕と踊っていただけますね」

「助けてお兄様」

「お兄様は忙しい。お前、ドラコと結婚したくなければ適当な婿でも捕まえていろ」

 あざけって、ウルペクラはその場を去る。矢のような視線を感じ、そちらを見やれば――船縁にダフネが佇んでいた。早足で歩み寄る。

「あれはステラに見えるのだけど。随分とお楽しみのようで」

「ダフネ……」

「公衆の面前で密着」

「君とも踊ったし密着も少ししたろう、一曲目で」

「親しそうだった」

「頼む、事情を聞いて――」

 ウルペクラがどうにかこうにかダフネを宥め、再び踊っている傍らで「レストレンジの令嬢」と「ホグワーツの代表選手」が輪を抜け出し、熾烈な追いかけっこに興じるのは数分後。

 ダフネと踊り終え――デルフィーニが闇の帝王の娘であり、ウルペクラの腕を切り落とした犯人だということは伏せて経緯を語り――甲板の端で喉を潤した。

 

 杯を空にした頃、ノットの父に手招きされてついていき、少々話し込んでいると「来ないでよ!」という叫び。

 猫のように跳躍するのはデルフィーニ。ひらり、と青の衣が翻り、宙へ消える。それを追い、船縁から身を躍らせる馬鹿を認めた。

「……なにやってるんだあいつ」

 セドリックである。デルフィーニことステラを追いかけ回し、船内を一周。甲板に戻り……端まで追い詰めたはいいが、デルフィーニは猟犬に恐れをなして、船から飛び降り、姿くらましを行使した、と。だが諦めないのがセドリックだ。海に落ちる危険も冒す。

 冷静に分析している場合ではない。甲板を蹴る。船縁に足をかけ、セドリックの腕を掴んで――ウルペクラは悟った。

 この世には重力があるということを。実はセドリックのほうが逞しいということを。

 つまるところ、巻き添え必至だということを。

 『赤雷』を使って引きずり戻せばよかったと思っても、時既に遅し。

 

 冬の海に、盛大な飛沫が上がり――数分後、ノットの父の手で救出された。




SW更新強化週間ラスト。
次回は金曜日くらいに更新予定。
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