ドローレス・ジェーン・アンブリッジ高等尋問官殿、魔法大臣の走狗、趣味も頭も性格も、ついでに血筋も悪い女は、ホグワーツ校長に就任した。
――と、宣言した
意気揚々と、教育令二十八号を公布はした。が、施行までは至っていない。これからも、永遠に施行されることはないだろう。実体のない、空虚な令。新校長と名乗っているだけの愚物。校長室に入れもせず、ついでに図書館からも締め出されているのだから。
「高等尋問官親衛隊ごっこ」
とある室で――ホグワーツは広く、室も廊下も階段も無限とも思えるほどあり、気まぐれに広さ、経路を変えると噂である――ウルペクラは、右腕を伸ばし、男の顔面をひっつかんだ。固い音がするが構うまい。なにやらうるさいので、左手で腹を殴った。
「最高学年が情けない。権威などないに等しい高等尋問官殿の靴を舐めようとは。ああ、モンタギュー、我が友よ。犬でももう少し賢いだろうよ。だからお前たちはクィディッチ杯を取れないんだ」
紡ぐ言の葉は滑らかで、柔らか。しかし、奥底にはマンティコアの弔い歌がごとき、冷たく不吉な響きが横たわっていた。
キャプテンことモンタギューを引きずるようにして歩く。埃がふわりと舞い、乏しい明かりを受けて白く浮かび上がる。
「妹、紹介、しろって、言った、だ」
お前、下衆な顔で「レストレンジでももらってやってもいいぞ! よさそうな身体――」とか言っておいて、紹介とは?
嫌悪を拳に宿し、もう一発腹にお見舞いする。モンタギューは痙攣した。首席権限で減点と罰則を食らわせてやる、とウルペクラは決意した。なんとまあしつこい男であろうか。顔面を掴まれ、引き回しの刑を受けているというのに……単に鈍いだけか、と顔をしかめたとき。
「なんでそんな頑ななんだよ。実は妹じゃないとか。ははん? 美人だからな
耳が腐りそうな発言に、ウルペクラは咄嗟に塵を壁に叩きつけようとした。が、壁際にあったのは黒い飾り棚。両開きで、片方の扉が外れ、壁に立てかけられている。ぽっかりと口を開けた闇の中に、塵をぶち込んだ。
ちょっとした仕置きのつもりであった。美しい細工が施された扉をはめようとして、瞬く。
「モンタギュー?」
入れたはずの塵がいないではないか。覗きこんでも、闇があるばかり。
「……やっちまったなレストレンジ」
「それはなんと」
姿をくらます飾り棚さ! と声が弾ける。振り向きもせず、ウルペクラは吐き捨てた。
「お前たちにとっては、朗報だろう?」
双子、と言ってやる。
神出鬼没で、騒がしくて、二人で一人なのはウィーズリーの双子くらいのもの。モンタギューが少々行方不明になろうが、双子が告げ口するはずもない。されたとしても、ウルペクラは白を切る。
「まあ、俺たちの仕事が減ったのは」
「確かだけれどね」
ウルペクラを挟み、双子が並ぶ。感心するほど調子よく、言葉を紡ぐ。
「親衛隊の――」
「一部の、評判の悪いこと」
「僕に言うな。濁った血の馬鹿女に付かなきゃ面倒な層もいるんだ」
声を低める。双子は心得たように、盗聴防止をかけた。さすが伸び耳の開発者だけあって、盗聴を防ぐ術も知っているし、忍び足も得意なのだ。双子は。
「お前の弟のマルフォイとか?」
「そりゃあ我が君の手前、勝手にホグワーツをひっかき回している女の味方をするだろう」
言わずもがなである。スネイプによると、我が君こと闇の帝王は機嫌がよいらしい。なぜかというと、ダンブルドアが追放されたからである。本来敵であるはずの、魔法省が勝手にしてくれたものだから、笑いが止まらないそうだ。
死喰い人を父親に持っている上に、我が君の主な逗留先である「マルフォイ」が、ダンブルドアの敵――魔法省の息がかかった女に付き、手助けするのは自然な流れだ。ドラコだけでなく、クラッブ、ゴイル、ノットも親衛隊ごっこをしている。別に、馬鹿女に心酔しているわけではないだろう。立場というものがある。ドラコとノットは肩書きだけもらって、あとは適当に動いているようだ。特にノットはやる気がない。元々、仲良しこよしでごっこ遊びなど……という類なのだ。
闇の陣営とはいうものの、けして一枚岩ではない。それぞれの思惑がある。たいていの死喰い人は「我が君」の帰還を望んでいなかったろう。
「で、お前は親衛隊をひとり片づけた、と」
「かわいそうなモンタギュー」
ひゅーっと双子が口笛を吹く。ウルペクラは眉間に皺を寄せた。
「妹と寝ているとか言われて、殺さなかっただけマシと思えよ」
「さらばモンタギュー」
「下衆なモンタギュー」
洒落にならない話を、双子はさらりと流した。さすがに深入りする気になれなかったのだろう。ウルペクラとて大変気分が悪い。実は兄妹ではないのでは、と揶揄される可能性は考えていたが……寝ているどうこうとは。
一年ほど前まで、存在すら知らなかった「妹」とはいえ、半分は血が繋がっているのだ。そういう対象になるわけがない。美貌の主ならば「レストレンジ」でも構うまいと思う節操なしの、下半身に忠実なモンタギューとは違うのだ、ウルペクラは。
当人の与り知らぬところで、紹介云々言われている「妹」は今頃どうしていることやら。殺されてはいないだろうし、重篤な傷も負っていないだろうが、軟禁に近い状況に置かれていることだろう。「父上」に反抗して、闇の陣営を割ってくれないかと期待しているのだが――と、眉をひそめる。
おそらく、ノットの父はデルフィーニに付くことだろう。船上の宴にて、少し話し込んだが「いくら強くとも移ろいやすい宿命の杖はごめんだな」と彼は言っていた。ウルペクラが「ではどんな杖がよろしいので?」と返せば「デルフィニウムを咲かせるようなものがいいな」と軽口を叩いた。なんてことない、杖談義。強いが気まぐれな闇の帝王にはうんざりだ、どうせなら未来がありそうなデルフィーニ――あれの名は
マルフォイ――ルシウスとて似たようなものだ。闇の帝王に心酔しているわけがない。ドラコに累が及ぶのを嫌い、闇の帝王に膝を突いているだけだ。機会さえあればデルフィーニに乗り換えることだろう。
ルシウスが闇の帝王に忠誠心を抱いているわけがない。でなくば預かった闇の品こと「トム・マールヴォロ・リドルの日記」を……とまで考えて、なにかがひっかかった。
――なんだったか
日記、闇の品。『秘密の部屋』事件……。
「おーい、レストレンジ?」
「姿をくらますんだから、モンタギューはどこぞにいるだろうよ」
「壊れているけど」
「対があるところに、転がり出てるんじゃ」
左右から、交互に言われる。ウルペクラは瞬いた。隣を見て、闇色の飾り棚を見る。美しい装飾が施されたそれ。どこかで――ルシウスがいた気がする――。手がかりを得ようと、問いかけた。
「今、なんて言った?」
「モンタギューはどこぞに」
「その前」
「姿をくらます……」
「対がある」
その瞬間、点と点が繋がった。
ウルペクラは「モンタギュー、お前の犠牲は忘れない」と哀悼の意を捧げた。双子が「おいおい、勝手に殺してやるなよ」と言うのを無視し、姿をくらます飾り棚を仔細に調べる。あちこち破損しているが、ウルペクラはこれと同じものを見たことがある。
なぜ、ルシウスの存在が過ぎったのか。それは、彼とその息子――ドラコとともに行動している時に、この飾り棚、対のものを見たからだ。
数年前。『秘密の部屋』事件が起こる直前、夏休みに。
ボージン・アンド・バークスで、ポッターが隠れていたあの棚だ。
「お前たちもたまには役に立つ」
にっこりすれば、双子が口を開けた。彼らは訝り、しかしすぐさま切り替えた。立ち現れたのは商売人の顔である。
「お褒め頂き光栄だが」
「なにか報奨がほしいねえ」
言ってみろ、と顎をしゃくる。双子の実にささやかな願いを聞き「それくらいならいいだろう」と頷いた。
数分後、ウルペクラは足取りも軽く室を出た。鞄には縮小と軽量の魔法をかけた飾り棚を入れて。
その数秒後、廊下で女子相手に「身体検査」をしようとしている親衛隊を伸して転がした。
そうして、翌日。
双子からダイアゴン横丁九十三番地を買い上げたと連絡があった。
買い上げられないはずがないだろう。
資金はあっても信用が足りないウィーズリーの双子とは違うのだ。
レストレンジ家のウルペクラを保証人にしたのだから、当然の結果である。
あと四話ほどで本編終了予定です。