はぐれ者たちの英雄譚   作:ラグーン

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2話  風変わりな行人

 

「今度会った時、歓楽区まで追い込んだことは褒めてやらないとな」

 

 冒険者ギルドから脱兎の如く飛び出したオレは歓楽区まで逃げ延びていた。誰も得しない不毛の逃走劇は、白熱することなく呆気なく決着がついた。

 勝利者は当然オレである。個人的には、近づきたくない歓楽区で悠々と歩いているのが何よりの証拠。

 中心市街区まで喰らい付いてきたが、人混みに紛れたのが決定打となった。鬼役の足が遅いわけじゃないが、僻地で鍛えられた逃げ足に追いつくには速さが足りない。

 人波に呑まれ、悔しそうに「覚えていろ!」と捨て台詞を吐いて諦めた姿は思い出すだけ愉快愉快。

 

「昼間と夜間の雰囲気は相変わらず別物だな。静かすぎるのも退屈なもんだ」

 

 軽装の鎧を着た酔っ払った冒険者とすれ違う。相変わらず人は多いが夜に比べれば騒々しくない。

 夜間になると、日光が再び昇ったかと勘違いするぐらいには照明は眩しく人で賑わっているが、今は太陽が出ているので飲食店と、一部の酒場以外準備中で比較的静か。

 手持ち無沙汰になったので、すれ違う冒険者をつい目で追ってしまう。

 上機嫌で酔っ払ってる奴は恐らく迷宮(ダンジョン)で成功した奴。酒瓶片手にやけ酒している奴は失敗した奴ってとこか。

 成功者と失敗者。正反対で、共通点が無いように見えるだろうが、昼日中(ひるひなか)で飲酒できるほど冒険者として、彼らは金銭を稼げている。()()()()()()

 

「……ちっ。逃走経路を妥協しなきゃよかったぜ」

 

 近道だからと、この道を選んだのは失敗だったぜ。習慣である人間観察が逆効果になっちまった。

 個人的に歓楽区は嫌いだ。酔っ払いが目障りとか、夜間の活気のある喧騒が原因じゃない。酔っ払いはともかく、馬鹿騒ぎするのは好きな方。

 歓楽街を忌避しているのは、自分が冒険者として半人前以下だと突き付けられているようで気が参っちまう。

 

「まだ一年か。それとも、もう一年か……」

 

 時間の流れはあっという間で、封印都市『シギルム』に訪れて、冒険者として約一年経った。

 都市の地下には底なしの穴のように深い地下迷宮が存在し、そこには無数のモンスターがのさばっている。

 そのモンスターたちを再び地上へと進出させないようにしながら、迷宮を探索する職業。それが——『冒険者』。

 個々の戦う理由は置いといて。地上で生きる者たちの安然秩序を守る。世界の守護者と云っても過言じゃない。

 元からオレも冒険者志望で、この都市に来る予定だったが、あるトラブルが起きてしまった。

 緑豊かな辺境な地で慎重に準備してると、親代わりの修道女(シスター)に放り出され準備不足で訪れる事になった。

 

「何もかもが足りねぇ!人脈、資金、武器と防具だけでもなく道具もねぇんだよ!放り出すなら、せめてポーションの一つくれよ!」

 

 すれ違ったカップルから、不審人物を見たかのように視線を外されるが知ったことか。

 思い出すだけで腹立ってきた。なーにが閉園するから出ていけだ。おかげさまで資金不足だっての。

 当初の予定なら、故郷で稼いだユーノで人員募集をしてとっくにクランを立ち上げてたってのに。

 おかげさまで個人(ソロ)で活動することになり、冒険者として大した活躍もできず、新米(ルーキー)の一つ上のE級冒険者。

 軌道修正する方法はある。他人のギルドに土下座でもして所属すればいい。だが、自分の役割が精々荷物持ちになるのが目に浮かぶ。

 自分のギルドを早く立ち上げ、冒険者人生の軌道を修正したいが現実は残酷。資金は足りず、人でも無く途方に暮れる毎日。ギルドからの個別依頼や、モンスターの素材等も売って金銭に変えているがペースが遅い。

 地下迷宮(ダンジョン)に潜った際に、合ったら便利な道具を購入するのにも金がいるので倹約の日々。

 寝床にしている宿主には、家賃を払えと無情にも搾取される。歓楽区に金を使う余裕なんて無い

 そうさ。歓楽区を嫌ってるのはただの嫉妬だとも。

 こっちは節約塗れだってのに、他人が欲のまま飲み食いする姿を好んで眺めるかっての。

 

「さっさっとこの道を抜けて不貞寝してやる。その後は素振りだ、素振り」

 

 美味いものを好きなだけ食べれる未来を夢見てやる気へと変えよう。

 酒はいいや。家主のせいで悪印象だけが募っていく。

 飲酒は二十歳になってからにしよう。酒に溺れる生活は絶対したくない。

 

「こーんな真っ昼間から怪しい格好してんなぁ。どっかのギルドを闇討ちするつもりかぁ?」

 

「いえいえ! 疑わしい格好はしてますが、決して賊などではなく。一介の行人(こうじん)に過ぎません」

 

「こ、こう、なんだって……?なんにしてもよぉ〜。顔を隠してる奴が云っても説得力なんてねぇんだよ!」

 

 通路を真っ直ぐと歩いて帰宅していると、二人の酔っ払いに絡まれている1人の通行人の視界が目に入る。

 通路を通っている通行人も視線を向けるが、酔っ払いが絡んでいるのはよく見る光景。いつものことかと、仲裁に入ることもなく当たり前のように通り過ぎる。

 図体が凹凸コンビの酔っ払いの方は見覚えがある。冒険者ギルド見かけたので、冒険者なのは間違いない。

 うーん。駄目だ、思い出せない。酒癖が悪い奴の噂は多いので誰なのか見分けるのに時間がかかる。

 いつか思い出すだろ。個人的には絡まれている通行人の方が興味が惹かれる。

 

「この辺では、まず見ない格好だ。絡まれるのも納得しちまうんだよな……」

 

 声から察するに多分女性。自信がないのは、奇妙な格好をしているのが原因。

 頭には顔を覆い隠すように円錐形の奇妙な帽子を被り、日差し対策か身体は真っ白な羽織で隠している。

 勘違いされやすい格好してるのに、羽織の上に色褪せた古い布に包まれた正体不明の物を背中に担いでいた。

 冒険者が武器を持って歩くのは珍しくないが。あれでは彼らが酔っていても、不審人物じゃないか疑い声かけるのま不本意だが同意しちまう。

 

「兄貴の言う通りさぁ。怪しい匂いがぷんぷん漂うぜぇ」

 

「その匂いはあなた方のアルコールが原因かと存じますが」

 

「……ああ、思い出した。酔っ払い共はB級クラン『ストレングス』に所属してるグラッド兄弟か」

 

 鳥のような髪をした小柄の男が、特徴的な高い声で兄貴と呼んで思い出した。

 身長が対象的なコンビは、B級クランに所属しているグラッド兄弟。図体が大きい方が兄のタイニ・グラッドで、図体が小さい方が弟のラージ・グラッド。

 兄弟共にB級冒険者。弟が自慢の脚で敵を撹乱し、疲弊したモンスターを怪力自慢の兄が倒す。阿吽の呼吸で数々のモンスターを倒してきた実力者。その兄弟の絆は体質にも表れているようで、兄弟揃って酒癖が悪いことで有名。

 

「あの様子だと、都市に来たばかりか。それで2人に絡まれるの同情するぜ……」

 

 都市に2週間ぐらい住めばあの兄弟の噂は、良い方だろうと悪い方だろうと冒険者関係なく自然と耳に入る。

 元から横暴なのに、酒に呑まれている状態の彼ら相手に好んで仲介するお人好しはそういない。

 

「……さて。どういたしましょうか」

 

 風変わりの通行人の態度は臆していないが、目の前の現状をどう切り抜けるか悩んでいるらしい。

 強面の男に詰められても、手慣れている様子で適当にあしらってるので自己解決出来そうだが。

 虎の尾を踏んで馬鹿を見るつもりなかったが。事情はどうであれ困ってるのなら仕方がない。本当に仕方がない。

 本音はグラッド兄弟と関わりたくない。目を付けられたくない。しかし、途方に暮れている善良な市民を見捨てるのは——()()()()()()()()()

 道で迷っていたり、落とし物を探すような些細なコトだろうと、困っている者、助けを求めている者に手を差し伸べるのが英雄ってもんだ。

 腹を括ろう。オレに被害が被らないかつ穏便に目先の問題を解決するとなるとあの方法が最適解か。

 

「おいおい。こんなところをほっつき歩いてたのか。ずいぶんと探したぞ"お前"のこと」

 

 容姿を隠している奴と、さも顔見知りのように声を掛けて歩み寄る。

 大丈夫だ。声は震えていない。知人にまた迷ったのかと呆れて諦めたように笑っているはず。

 自画自賛したいぐらいに完璧な演技。どこからどう見ても、この珍妙な格好の女性の知り合いに映るはず。

 突然と割り込んできたオレのことを、グラッド兄弟のなんだこいつと冷めた視線は当然無視。

 顔の隠れた隣の女性(仮称)からも、似た視線を向けられるがそれも一瞬。

 

「面目ありません!美味し匂いに引き寄せられ、この区域に来たのまでは宜しかったのですが……ものの見事道に迷っていました!」

 

 意図を汲み取った女性は、オレとは気の置けない友人かのように振る舞う。

 活気あふれながらも、落ち着きのある声。

 見た目に反して親しみやすさを感じるが、藁で編まれた帽子のせいで逆に不気味だな。なんにしても、最初の一手であり、一番の関門を乗り越えたので後は楽勝か。

 

「悪いな。連れが迷惑をかけたらしい。見てくれは怪しいが悪党じゃない。恥ずかしがりや屋なんだよ」

 

「はい。このように笠で面覆わなければ、心置きなく路を歩くこともままならず。不埒な真似を働くなど考えるだけで恐ろしいです……」

 

「信用ならねぇなぁ。てめぇらが結託してる可能性もあるだろぉ?顔を隠してる方は女のようだしぉ。素顔を見せたら信じてやろうじゃねえか」

 

 タイニは下卑た笑い声を上げながら命令する。

 酒癖の悪い印象でつい忘れちまうが、最低を通り越して最悪の女好きだったな。

 自分好みの顔をしてたら前言撤回する気だろ。下心丸見えなんだよ。

 

「……はぁ」

 

「なんだぁ?緊張してるのか?」

 

「ええ、まぁ……そんなところです。素顔を晒すため、腹を据えるお時間を少しばかりいただきますね」

 

 顔が見えなくても分かる。声の明るさはさっきと全く同じだけど絶対に無表情だ。

 それに隣に居たから聴こえたが、羽織の下から何かを抜くような金属音したんだよ。

 いつでも抜けるように鞘に収まっている、何かの柄とか押し出したよな。

 グラッド兄弟が実は正解で、右にいるの危険人物なんてことはないよな。絶対にないよな。

 

「———思い出した!思い出しましたぜぇ兄貴!!」

 

 タイニが再び口を開くと起きる予感がしていた大惨事を防いだ勇者は、これまで沈黙していた弟のラージだった。

 そのおかげで、隣から感じていた背筋が凍るような空気が霧散していく。ふぅ、色んな意味で助かった。

 

「うるせぉなぁ。空気読めよラージ。そんでぇ?なにを思い出したんだぉ?」

 

「世の中を舐めてる生意気な面をした男に見覚えがあったんだがよぉ!コイツ!エリゼ・エレーシアのお気に入りの"能無し"だ!」

 

「あぁん!?エリゼのお気に入りだぁ!?」

 

 唾飛ばしながら叫びやがって。弟も煩そうに両手で耳を塞いでるじゃねえか。

 さっきまで興味すら抱いていなかったのに、厳つい顔を顰めて睨むなよ。眉間の皺増えるぞ。

 タイニの反応から考えるに、昔エリゼに告白したが振られた口だな。このタイミングで、人気受付嬢が担当である弊害が転がってくるのは予想外だっての。

 

「能無し、ですか?」

 

「ケケッ。なんだよ。顔見知りのくせに知らないのか?それとも隠してたのか。まぁ、都合が悪いもんな!親切に教えてやるよ!コイツは魔力が無いくせに冒険者になっていてねぇ!冒険者としても何の役にも立たないから"能無し"で有名なのさぁ」

 

「貴重な時間を割いて、ご丁寧な説明助かるよラージさん」

 

「礼は要らないさ。能無しさんよぉ」

 

 皮肉も通じないなら帰れ腰巾着。上機嫌に人様のことを馬鹿にして笑いやがって。

 昔からのことだし、見下されるのも慣れているが罵倒され褒めるような聖人心あるわけねぇだろ。流血沙汰を回避したので特別に許してるだけだっての。

 

「テメェが噂の能無しか。訊いてるぜ。あの女《エリゼ》が随分と入れ込んでるって話はよぉ!」

 

「勘違いだっての。職員としてごく当たり前のことをしてるだけだ。魔力が無いことに同情して親切にしてるだけだろ」

 

「それにしては仲良さそうに会話してるじゃねぇか。ただの職員なら無駄話をする必要はねぇよなぁ?」

 

 他人から訊いたように語ったが、受付場で話してた姿を目撃しただろお前。

 チキン野郎との追いかけっこの次は、嫉妬と憎悪全開の尋問か。最悪な日だぜちくしょう。

 隣から援護は期待できない。というか、事情が分からないので口を挟めない正しいか。

 オレと女性はさっき逢ったばかりの他人。互いの人なりすらも不明なのに、交友関係なんて知るわけがない。

 グラッド兄弟の標的が変わって、この場から去っていないだけでマシか。逆の立場なら、このタイミングで押し付けて全力ダッシュで逃げてるね。

 

「話してるのは迷宮攻略に有益な情報を訪ねてるだけだっての。安く手に入りやすい道具とかな。嘘だと思うなら今からエリゼに聞いてくれて構わないぜ」

 

「能無しなりに考えてるってワケか。それが本当なのかは疑わしいけどなぁ?」

 

「おいおい。魔力が無いのが取り柄なんだぜ?そんな男に同情以外で親切にするわけないだろ」

 

「うはははははは!!たっしかになぁ!!エリゼは優しいもんな!そんな奴に訊かれたら親切に答えるか!」

 

 自分よりも弱いヤツを見下し、馬鹿にする奴は身の程を弁えているとアピールすればご覧の通り。

 酔っていて逆に助かったぜ。こういう単純で元から馬鹿な奴は会話を誘導しやすいんだよ。これがな。

 

「じゃ。これで失礼するから。今から迷宮探索に行くんだよ」

 

「おいおい!忘れんなよ!そこの女の顔を見せるって話をさぁ!」

 

 自尊心を満たして上機嫌にして、このまま華麗に立ち去ろうとしてたのに邪魔すんなよ弟。

 周囲から空気読めないとか、タイミング悪いとか、多分影で云われてるぞ。あっ、さっき兄に云われたな。

 

「おっと。俺としたことが、頭から抜けてたぜ。緊張は解れた頃合いだろ。そろそろ見せてもらおうじゃねぇか」

 

「えっ? 嫌ですよ?」

 

「あん?」

 

「他者を嬉々と嘲弄し、女性と気付けば不愉快な視線を向ける殿方に素顔を晒すわけないじゃないですか」

 

「ば、バカ!? 云うにしても、もっと言葉を選べよ!うんざりしてるのは分かるけどよ!?」

 

「いやー、申し訳ない! 穏便に済ませようとしている、貴方の顔を立てようと案山子に徹していましたがつい!」

 

「……オレの聞き間違えだったかもしれねぇからなぁ!もう一度云ってみろよぉ!」

 

「ああ!耳に届きませんでしたか!荒人(あらびと)に晒す顔などないと申し上げているのです。そうですね……あなた方の流儀に則り、土下座していただければ考慮してあげましょう」

 

 我慢の限界に達した女性は、溜め込んだ鬱憤を晴らすように生き生きと挑発する。

 もう無理だ。だって、タイニの顔が物凄い顔でオレらを睨んでるもん。

 オレにも被害出るかな。出るか。だって、顔見知りのように接したんだから当然含まれるよな。

 

「てめぇ!調子に乗ってるんじゃねぇぞ!人が優しくしてたら付け上がりやがって!」

 

 日頃から粗暴の悪い男だ。自分は強者側であると疑わない傲慢な精神の持ち主。

 この場で一番強いと、この場で一番偉いと大将気取りの勘違い野郎が弱者に煽られ我慢できるわけがない。

 挑発してきた女に、どちらが上で主導権を握っているのかを教えるため屈強な腕を伸ばすが———。

 

「———貴方のような男の次の一手は読みやすく、手間が省けるので非常に助かります。どこにでもいるものですね。他者を力で捻じ伏せるしか取り柄がない野蛮人は」

 

 さっきとは別人だと錯覚しそうな、心の底から退屈そうな感情が込められていない声。

 オレも、弟のラージも、さっきまで憤っていたタイニすら目の前の事態を呑み込むのがやっと。

 胸ぐらを掴もうと伸ばしたはずのタイニは腕は、彼女に触れることは叶わなかった。

 なんたって——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。グラッド兄弟も絶句して、目の前の女性を信じられない物を見るかのように眺めている。

 グラッド兄弟の反応から察するに、彼らも捉えることができなかったんだ。

 見えなかった。何も見えなかった。得物を抜く、その瞬間をオレたちは視認出来なかった。

 身体全体を覆い隠していた羽織が、そよ風に吹かれたように微かに揺れたと思えばこうなっていた。

 

「お、脅しのつもりか?お、オレ様がこれぐらいでビビると思ってるのか?」

 

「戯言かどうか試してみますか?もちろん、貴方の咽喉(いんこう)を用いてになりますが」

 

 タイニの心を見透かしているかのように、愉しそうにくつくつと喉を鳴らして嗤う。

 腐っても冒険者として名をあげている男だ。

 あの瞬きのような一瞬の出来事で、自分と彼女の間の絶対な差があると肌で感じたはず。

 彼女は脅しではない。本気でタイニの喉を突き刺そうとしている。張り詰めた緊張感で息が詰まりそうだ。何がきっかけで取り返しがつかない事態になるか分からない。

 

「お、おい。やばいんじゃないか?」

 

「誰か呼んだ方がいいんじゃない……?」

 

 野次馬たちもただ事ではないと察して足を止め、この事態に動揺が走る。

 

「こ、この!今すぐ兄貴を解放しやがれぇ!さもないとお前の連れが酷い目にあわせるぞ!?」

 

 ラージの狼狽えた声。感謝するのは癪だが、その情けない声のおかげで圧迫感から解放された。

 落ち着け。思考を回せ。色んな意味で危機的状況だが、これは大きなチャンスでもある。

 隣の女性が『シギルム』に来て、日が浅いのはグラッド兄弟に対する態度で明らか。

 酔っ払い反射神経と視覚認識速度が下がっているのを織り込んでも、グラッド兄弟が反応できない速さの抜刀。

 強さは未知数だが、少なくとも剣を抜く速さは推定B級冒険者以上、またはA級冒険者。

 これほどの腕前がある新米(ルーキー)冒険者がいれば期待の新人だと話題に上がるが聞いたことがない。

 つまりだ。隣の女性はまだ冒険者に成っていない可能性が高く、どのクランにも属していない野生の強者。

 この都市に来る奴の大半は冒険者志望。隣の人だってそうに違いない。いや、そうに決まってる。

 冒険者志望で野生の強者を、オレのクランの1人として勧誘する最大にして最後のチャンスが目の前にある。

 ならばオレが取るべき行動は、この場から他人事のように一目散に逃亡することではなく場を収めることだ。

 

「落ち着けって。酔気に当たって喧嘩なんて日常茶飯事だが、この先は次飲む酒が不味くなっちまうだろ?お前も物騒な物をしまって深呼吸しろって」

 

「うっるせぇぞ!能無しがオレたちに指図するんじゃねぇ!」

 

「だそうです。そこの御仁も隙を窺っていますから。刀を収めれば暴力で私たちを制圧すると見受けれますが」

 

「2人ともムキになるなよ。これ渡すからよ。お開きにしようぜ」

 

 1200ユーノが入った小袋をズボンのポケットから取り出し、身動きの取れないタイニに近づいて渡す。

 

「……てめぇ。なんの真似だ」

 

「中身は1200ユーノ入ってる。偶然歓楽街で逢った能無しから金を巻き上げ満足し解放した。そういうシナリオにしとこうぜ?」

 

「………てめぇの提案を呑めってのか?」

 

「そっちの方が都合いいだろ。お互いによ」

 

 弱者の提案に呑むか、それとも目の前にいる無名の強者と衝突するか。葛藤するようにしばらく睨んできたが忌々しげに舌を鳴らし、タイニは一歩、二歩と後退りをする。

 酒に酔い、判断能力が鈍っていてもB級冒険者という肩書きは飾りじゃないってことだ。

 

「いいか! てめぇらもこのこと喋るんじゃねぇぞ!口外した奴は全員ぶん殴るからな!」

 

 声を荒げて見ていた野次馬たちの顔を一人一人覚えるように一瞥し脅し始める。

 負け犬の遠吠えにしか映らないが一定の効果はあるらしく周りは一目散に散っていく。

 

「……てめぇら。覚えてろよ。行くぞっ! ラージ!!」

 

「へ、へい! 兄貴っ!」

 

 タイニは最後にオレたちを敵意を剥き出しで睨んで踵を返し、ラージはその背中を追いかけて去っていく。

 

「典型的な去りかたですねぇ」

 

 隣の彼女はその様子を呆れた様子で見送る。

 グラット兄弟の姿が見えなくなると、手に持っていた得物を羽織の下に隠されていた鞘に納刀していく。

 

「貴方にはお礼を云わないといけませんね。助太刀感謝致します」

 

 わざわざ身体をオレの方に向け頭を下げる。礼儀があるのを見るに育ちの良さを窺える。顔は隠れてるが。

 

「頭上げろよ。皮肉にしか聞こえないっての。アンタならグラット兄弟なんか適当にあしらえただろ」

 

「グラット兄弟……?ああ! 先のお二人ですか。否定はしませんが、私の手法では穏便に済みません。」

 

「うげっ!あの時に聞こえた鞘から剣を抜く音は聞き間違いじゃなかったのかよ……っ!」

 

「あははは。バレていましたか! なので、血を流すことなく事を収めたのは貴方の手腕によるものですよ。心からの感謝を。ありがとうございます」

 

「礼よりもっと具体的なもので返してくれ。こっちは汗水流して稼いだ金を失ったんだからな」

 

「勿論です。1200ユーノ、いえ、その倍以上は貴方に返礼しますとも!」

 

 グッと拳を握り自信満々に胸を叩いたら——それはもう大きくお腹が鳴る音が聞こえた。

 音の主はオレではない。小腹は空いてるが喉から手が出るほど餓えてないぞ。

 音が聞こえるぐらい腹を空かせているのは誰かと問われれば、必然的に目の前のいる人物になるわけで。

 

「いやー!お恥ずかしい!」

 

「どんだけ腹減ってんだよ」

 

「先の2人から迷惑料として、金銭を巻き上げようかと思案するぐらい飯にありつけていなくて。日数で云うと……丸々三日でしょうか?」

 

 平然と言葉にしているが、三日も食べていない人間の様子にはとても見えない。声の張りがなかったり、もっと疲労困憊になってておかしく無いだろ。こいつ超人か何かか?何にしても。素晴らしい話を聞かせてもらった。

 立て続けに起こる豪運に、明日以降の不運が怖いが怖気ついてられるかっての。

 

「腹減ってんだろ?奢ってやるよ。旅は道連れ世は情けってやつだ」

 

「そこまで甘えるわけにはいきませんよ。これ以上お世話になるのは気が引けます」

 

「なに。相互利益ってやつだ。助けた上で飯も奢る。その後、それに見合うお返しをアンタはする。無償で助けるほどこっちもお人好しじゃねぇよ」

 

「なるほど。無欲で慈善を施されるより、御礼目当てなのは分かりやすい。ではお言葉に甘えますね」

 

「取引成立だな」

 

 くくくくっ。三日も食事を摂っていないところを見るにユーノも碌にないんだろうな。

 ここまで恩も重ねたんだ。クラン勧誘もあっさりと断るような事はできないはずだ。グラット兄弟が見切れなかった早業を持つコイツを絶対に引き込んでやる。

 

「……いざとなれば斬り捨てますか」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「いえいえ!ささっ。お早く移動しましょう!これでもお腹ぺこぺこで、今にも倒れてしまいそうで!」

 

「お、おい!背中押すなって!?わかったから!?」

 

 三日間食べてないか疑いたくなるテンションだっての。仮に嘘だって構うものか。

 陽気な声で、背中を押してくるコイツを勧誘できるなら必要経費だっての。このチャンス絶対に掴んでやる。

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