ENDER EMBER ~HEROES EMBRACED BY FLAMES~ 作:風音 のえる
最北の街オシカ・ナタ。
そこは、かつて焔の国にいた龍が築いた古都であり、穢者との戦いにおける最後の砦であった。
もっとも、その街も今は穢れに満ちているが。
テノチズトクから船を出し焔の国本土へと向かう中、赤黒く沈む空気に包まれた都市が目に映った。
陸地から流れた穢れが、海上に漂う。
「ひどい穢れ…やっぱり、あたしじゃ行けないのかな」
「…ポーナ、もうすこしちかづけて」
「え?いいけど…って、何してるの!?」
海上に揺らめく穢れに近付き、何を思ったかココウィクはそれに手を伸ばした。
その手に、炎揺らめくペンダントを握り締めて。
瞬間、炎が虹色に煌めき、弾かれたように穢れが霧散した。
「穢れが…!ま、まさか、それってノートにも書かれてた『聖火』…!?」
「せいか…はわからないけど、おきたらこれがあったの」
変わらず揺れる虹の炎は、先程よりも強く明るく輝いていた。
まるで、二人を包むかのように。
「聖火は穢れに対抗出来る数少ない手段で、その炎はあらゆる穢れを焼き尽くすって書かれてたの。
それを、君が持ってるなんて…」
「よくわからないけど、これがあれば、むこうにいけるよ」
「…うん、そうだね。ありがとうココウィク」
先程よりも晴れた視界に、変わらず巨塔がそびえ立つ。
最後まで戦士が戦い続けたとされる都市、オシカ・ナタ。
小さな冒険者たちは、ゆっくりと都市に上陸した。
「あそこ、梯子があるね。逃げた人たちが使ったのかも。
上に上がろう、あたしが先に行くよ」
オシカ・ナタ北部、崩れた足場の麓。
高い崖の上へと辿り着いたポーナは、すぐにその身を隠した。
それにココウィクが疑問を抱く前に、腕を掴んで引っ張り込む。
「な、なに…?」
「…あそこ、見える?」
「?………なにか、いる?」
かつては道だったのだろうそこを、這い回る何か。
その動きから、辛うじて人の腕が見えた。
それだけではない。遠くをフラフラと歩くボロ雑巾も、上空を飛んでいる明らかに形のおかしい黒い影も、壁にへばりついた多腕の何かも。
全て、人の部位が確かにあった。
「あれが穢者。皆、あんな化け物になっちゃうんだよ。
肉腫に体を作り替えられて、意識も穢れに乗っ取られて、最後には狂ってしまう…」
「…こわいね」
「うん、怖いよ。
でも、この先必ず避けて通れるとは思ってないの。
いざとなったら、あたしがあいつらを倒すから、君はあたしの後ろにいてね」
「わかった」
後ろに提げていた棍棒を取り出し、ココウィクに笑ってみせたポーナは、そのまま前方を見据えた。
無意味な探索は体力の消耗でしかない。行くべきところはしっかりと絞るべきだ。
「上…はほとんど崩れてて行く価値は無いかも。地下も行けるはずはないし…このまま地上を進もう」
「なんでちかはだめなの?」
「穢者の群れをおびき寄せて入口を塞いだって書いてるから、きっとまだ中にいるはずだよ。だから地下には行かない」
なるべく穢者に見つからないように、端を歩く。
ところどころ崩れた回廊には、武装した人々の遺体が転がっていた。
「みんな、しんじゃってる…」
「穢者になって彷徨うよりは、ずっと幸せだと思うよ」
「うん…」
都市は多くが崩れており、未だ建物として形を留めているものは数える程しかなかった。
都市南部、かつては入り口部分だったのだろう場所。
ノートには、アッシュフロー街と書かれていた場所。
「穢者は…いないね。中に入ろっか」
「うん」
きっと籠城が行われたのだろう建物の中は、戦いの跡でひどく乱れていた。
奥にある棚は、ほとんど穢れに覆われている。
「手掛かり…何かないかな…」
「…これ、よめたらよかったのに」
「ボロボロで読めないね…」
穢れの影響か、経年劣化か、当時を記した記録はほとんどが読めず、ただのちぎれた紙切れと化していた。
辛うじて文面を判断できるものは、切羽詰まって書かれたようで、支離滅裂な文章だった。
ただ、状況が酷かったことしか、分からなかった。
「うーん…駄目そうだね」
「だめそう」
「他には何かない……あ」
何気なしに入り口を見たポーナの動きが止まる。
一体いつからいたのか、穢者が数体、そこにいたのだ。
「ッココウィク動かないで!」
迷わず飛び出したポーナが伸ばされた穢者の腕目掛けて棍棒を振り、殴られた勢いのまま穢者が吹っ飛んだ。
壁にぶつかったところを間髪入れず叩き潰し、その隙に寄ってきた穢者を蹴り飛ばす。
他の穢者にぶつかってまとめて吹き飛んだところを、その首目掛けて棍棒を振り抜いた。
穢者たちは動かなくなり、重なり合って静かになった。
「ココウィク、早くここを離れよう。あんまり長居は出来ないみたいだから」
「うん…あ、まって」
「どうしたの?」
「これ、さっきおちたみたい。まだよめそう」
ふいにココウィクが見つけたそれは、日記の切れ端のようなものだった。恐らく先程壁が揺れた時にずり落ちたのだろう。
状態のいいそれは、読むのに苦労はしなかった。
『龍たる因子は穢れに対して非常に高い耐性を持つようだ。同じ古代のものだからだろうか?
聖火も、元を辿れば炎龍の力によって生み出されたものであり、根源とする力は同じなはず。
もし、龍の因子と聖火を同時にその身に持てるならば、穢れを無効化する肉体を得られるのではないか?
そして、その肉体で他者から穢れを引き受けることが出来れば………』
「龍の、因子………」
「おなじこだいのもの?」
「あ、えっとね…どこに書いてたかな……あったあった、これだよ」
慣れた手つきで取り出されたノートの一ページ、穢れとは何なのかが書かれていた。
「古の民が使ってた古代呪術が穢れの正体なんじゃないかって研究者たちは思ってたみたい。不死の呪い、だって。
焔の国にいたって言われてる龍も同じ時代の生き物らしいから、大元は同じなんじゃないかってことだね」
「そうなんだ…」
「ココウィク、挟まってた本ってどれ?」
「これだよ」
「ありがとう………すごいよ、これ、読めるページが沢山ある!」
奥に挟まっていたからか、穢れに晒された部分が少なく、あまりにも貴重な資料だった。
しかし、今それをじっくり読んでいる暇はない。いつまた穢者が襲ってくるか分からない以上、今すべきは場所を変えることだ。
「とりあえず、この日記は持って行こっか。余裕がある時に読もう」
「うん、そうしよう」
「でも、この日記、ただの戦士が書いたものじゃ無さそう。なんでこんな所にあるんだろう?」
「これをもってにげだそうとしたのかな」
「あー…けど、叶わなかったのかもね」
***
外に出た二人は、入ってくる時には目に入らなかったものに気付いた。
穢者や戦士たちの遺体が、まるでどこかに向かうように、何かに手を伸ばすように、連続で倒れていたのだ。
皆、北を向いていた。
「むこうに、なにかある…?」
「…一応、見ておく?」
「みにいきたい」
「分かった、行こっか。穢者には気をつけてね」
「うん」
連なる遺体を通り抜け、北へと向かう。
巨大な輪状のオブジェを登り、そっと奥を覗き込んだ。
「…穢者だ」
何かの広場だったのだろうそこは、散らばる遺体によってひどく荒れ果てていた。
その中央に、穢者が立っていた。
身の丈ほどの大剣を手にした、青年の穢者だった。
数え切れぬほど穢者を斬ったのか、刀身は赤黒く汚れていた。
「いかにもやばそう…ココウィク、戻ろう」
「………」
「ココウィク?」
「………やだ」
「え、」
「なんでか、わからないけど…おいていきたくない」
「…もしかして、知り合い?」
「わかんない、けど…
なんだかすごく、なつかしくて、かなしくなるの」
じわりと顔を歪めたココウィクの金の瞳は、揺れていた。
柔い手がきつく握り締められる。
「…分かった、行こう」
「いいの?」
「もしかしたら、君の記憶の手掛かりかもしれないでしょ?
大丈夫だよ、これでも結構戦える方だから!」
ゆっくり、ゆっくりと近寄る。
それに気付いたのか、穢者が二人を見た。
穢れに染まった紅の瞳は、確かにハッキリと二人を見た。
『………穢者…まダ…』
「ッ嘘でしょ、まさか、まだ意識が…?ココウィク、下がってて!」
ポーナが棍棒を取り出し、構える。
間髪入れずに、穢者が飛び出して大剣を振り抜いた。
「は、ッや…!このッ!」
ギリギリのところで回避し、左脇腹目掛けて棍棒を振るう。
それはあっけなく空を切り、穢者が距離を取る。
しかし穢者は立ち止まることなく、またすぐにポーナへと飛びかかる。
大振りに振り上げられた大剣が石畳を叩いて鈍い音がした。
(穢者になったせいで身体能力が上がってる?いや、どう考えてもこいつは歴戦の戦士、穢者になっても動きまでは失われてないってこと…!?)
片手で軽々と振るわれる大剣が、穢者だった肉塊にかすってそれを巻き上げる。
ポーナはそれから距離を取らず、寧ろ一気に踏み込んだ。
だが、棍棒が横切るまさにその瞬間、穢者が足を振り上げた。
「危なっ!ギリギリセーフ…!」
間一髪避けたポーナは辛うじて立ち止まり後ろへ跳ぶ。
穢者も大剣を持ち直し、ポーナを見る。
(どうしよう…何か隙を作れればいいんだけど…あたしみたいな冒険者じゃ流石に厳しいよね…)
猛攻は止まらず、ポーナの攻撃はギリギリのところで届かない。
もはや防戦一方となりつつある中、ポーナの目にココウィクが映った。
(ココウィク!?なんで…まさか、後ろから)
落ちていた武器の破片を拾い、それを穢者へと投げつける。
当たりこそしなかったものの、穢者が後ろを見るには十分だった。
(今だッ!!)
今度こそ、棍棒が穢者の頭部に命中した。
僅かに穢者の体が傾いた隙に右腕にももう一発。
傾いた状態からそのまま復帰するように武器を振り上げたのを回避し、がら空きの右脇腹にゼロ距離で棍棒を叩き込んだ。
勢いよく倒れた穢者の手から大剣が離れる。
すかさず拾い上げたポーナは、立ち上がろうとする穢者を袈裟斬りにした。
一際大きく穢れが飛び散り、穢者は動かなくなった。
『…俺は…守り、きれたのか…?』
「やっぱり、まだ意識が……ココウィク?」
しゃがんだココウィクが手を伸ばす。
穢れを払った時と同じように、ペンダントを握り締めて。
聖火の輝きが強くなり、暖かな風が、皆を包んだ。
『もう、ここしか残ってない』
『国は完全に穢れに飲まれた』
『あいつも、結局戻ってこなかった』
『生き残りが、次々ここから脱出してる』
『俺たちに出来ることは、全員が逃げるまでここを守り抜くことだ』
『どれだけあの風が吹いても、灰が振り続けても』
『前だけを見ろ、戦いに集中しろ』
『絶対に、振り返るな』
「今、のって…この穢者の記憶…?」
穢者ひしめく場所に、戦士たちが立っていた。
その中央で大剣を掲げていたのは、きっとこの穢者だったのだろう。
完全に動かなくなった穢者の体が、ゆっくりと白く灰となる。
穢れに囚われていた意識が解放され、聖火がそれを優しく包み込んだ。
ココウィクがペンダントを見つめる。
虹色の炎の中、木々の緑が強く煌めくのに、微かな痛みを感じながら。
「…ココウィク、顔色が悪いけど…大丈夫?」
「うん、だいじょうぶ。
ポーナ、ぼく、このひとのたましいを、とっちゃったみたい」
「………えっ?」
「ぼくにも、よくわからないけど…きっと、これでたすけられたんだよ」
「そっか…まだ意識があったみたいだし、魂もまだここにあったんだね」
ポーナがノートをめくる。
指差したのは、穢者化したものの状態についてのページ。
「意識を持ったまま穢者になってしまう人もいたみたい。
狂気に飲まれて暴走するよりも、辛く苦しいことだって」
「このひとも、そうだったのかな」
「きっとね…それに、さっきの記憶で、この人が誰なのか、分かったの」
次にポーナが見せたのは、焔の国が誇る優れた戦士たちについてのページ。
「当時の国王が信じて国を託した、共に肩を並べて戦った優秀な戦士たちがいたんだよ。この人はその戦士たちのうちの一人、『
「ユパンキ…」
「ノートにも、オシカ・ナタでの戦いで前線に出て指揮を執ったって書いてあるし、きっとそうだよ。
何か、思い出せそう?」
「…ううん」
「そっか…まぁ、まだ始まったばかりだし、これからも沢山手掛かりは得られるはずだよ」
ココウィクが立ち上がる。
この国のことも、自身のことも、あまりにも分からないことが多すぎる。
だからこそ、進まなければならない。
あの声に、応えるためにも。
「ポーナ、つぎのばしょにいこう」
オシカ・ナタは本土と陸続きではない。
高く乱立する足場が、早くも冒険者たちを阻む。
「どうしよう…一旦戻って船持ってくる?」
「ふねかなぁ…あ」
「?どうし…ぇあっ!?」
ペンダントから光が飛び出し、すぐに形をとる。
それは、先程浄化し解放したはずの穢者──ユパンキだった。
彼は迷いなく崖際へと向かい、右手の篭手から鉤縄を飛ばして対岸へと刺した。
数度引っ張り、具合を確かめ、ココウィクたちを振り返って空いた左手を伸ばした。
「もしかして、つれていってくれるの?」
「そ、そんなこと出来るの…!?」
「ポーナ、ぼくのこともって」
「ちょっと待って!?ほんとに行くの!?あたし流石に怖いんだけど!!」
そうは言いつつもしっかりとココウィクを抱き上げ、伸ばされた手を取ろうとする。
そんなポーナを軽く抱え、勢いよく崖から跳んだ。
「えっまッぁあああぁあぁああ!!!!」
「わあーー!!」
上がりきる前に腕を振り、鉤縄を外してそのままもう一度投擲する。
そうしてユパンキは勢いを落とさず、連続で次から次へと渡った。
もはやポーナは目を開けてすらいないが、その腕の中でココウィクは遥か上空を見上げた。
翼の生えた穢者たちが多く飛び交う、高い岩山の上にある廃墟。
未だ宙に浮かぶ、大小様々な気球。
時折吹き上げる、穢れに汚染された熱風。
かつて『
▶オシカ・ナタ
かつて焔の国にいたとされる龍が築いた古都。
焔の国中央の聖火競技場が陥落した後、新たな首都兼拠点として王の腹心が整備した。
本土と地続きではないうえ、天高く聳える塔と複雑に入り組んだ地下は、穢者との戦いにおいて数少ない安全地帯となっていた。
▶最後の戦士ユパンキ
生き残った民を逃すため、オシカ・ナタ南部の防衛線で戦い続けた大剣使いの戦士。
たった一人になっても武器を振るうのをやめなかった彼は、誰もいなくなった街を振り返り、目を閉じた。