ENDER EMBER ~HEROES EMBRACED BY FLAMES~ 作:風音 のえる
すみません
『流泉の衆』から『こだまの子』へはそれなりに距離がある。
近くに辿り着いた頃には日が暮れ始めており、二人は一旦一晩休むことにした。
なにせ『こだまの子』は峡谷の中にある。『流泉の衆』と違って開けてはいない。
夜にそんな閉じた暗い場所を探索するなど、得策ではないのだ。
翌朝、しっかり日も登った頃にもう一度全景を確認する。
入口となりそうな谷底は穢れに覆われており、二人は上から回り込むことにした。
陰鬱とした谷から流れ出る空気には、微かに腐敗臭のようなものが混ざっていた。
「…しずかだね」
「ここの穢者、あんまり動けないみたい。このまま奥に進もう」
「うん」
穢れが縦横無尽に走り、その下に穢者が力なく倒れていた。
それでも時折襲ってくる穢者を蹴散らす。
焼け落ちた後のような集落跡地を抜け、開けた場所へと降りる。
谷の内部はほとんど穢れだけで、他に何かがあるとすれば、奥への道を塞ぐ岩と、谷底にある何かが抉れたような大穴だった。
どうやら空洞になっているようで、僅かに風の流れが感じられた。
「これ、穢者が開けたのかな…だとしたら、相当ヤバいのが奥にいることにならない?」
「『こだまの子』がほろびた原因がいるのかも」
「…前もだけど、後ろにも気を付けながら降りよう」
リアンカに支えられ、空洞を降りていく。
規則的な風の音と鼻をつく臭いがだんだんと鮮明になっていく。
光の差さない暗闇の中、ポーナがゆっくりと灯りを取り出した。
空洞内部は地上と同じように穢者たちが多く転がっていた。
しかし、その全てがもう動かなくなっていて、オシカ・ナタの時のようになっていた。
どの穢者も、体の一部が潰れていたり、ひしゃげていたりしていた。
まるで、何かに潰されたかのように。
風──呼吸音は奥から聞こえる。
気味の悪い悪寒が背筋を通り過ぎていく。
ポーナは手汗の滲む手を握り込み、そっと奥を照らした。
照らしきれない程の巨躯の何か──首の無い巨大な穢者が、そこにいた。
おそらく首元の隙間から吹き出しているのだろう空気が、腐敗臭とともに二人へ流れる。
穢者はまだ二人には気付いていないのか、動く気配は無い。
ココウィクが目配せする。
ポーナがココウィクの手を引きゆっくりと後退し、入れ替わるように仲間たちが現れ武器を構える。
「…ッ行って、みんな!」
その声で、一斉に飛び出した。
聴覚は生きていたのか、声と音に反応して穢者が身を起こす。
それよりも前に刃がその足に届きはしたが、見た目通り随分と肉が分厚いらしい。表面に微かな傷を付けられただけで、すぐに弾かれた。
だが、その巨体はそれほど速くは無いらしい。
まともに喰らえば簡単に潰れてしまいそうな踏み潰しがそう簡単に彼らを脅かすことはない。
ユパンキが穢者の右前脚に微かに傷をつけ、その場所をウヌクが貫く、或いはリアンカが爆撃する。
一度に大打撃を与えられないのなら、小さなダメージを蓄積させていけばいい。
そうやって一箇所への攻撃を重ね続ければ、その太く重い脚もじわじわと支える力を失っていく。
傷が開き、抉れ始めたところをシネイラが限界まで圧縮した水の刃で切り裂けば、あっという間に傷が半分まで進んだ。
とはいえ、ここまで来てやっと半分である。
「やっぱり見た目通りしぶといね…あの肉の分厚さじゃ、ハンドキャノンも効かなそうかな」
「どんなこうかのものか分かれば、使えると思うんだけど…」
シネイラの時に使ったのだって、何でもいいから効けばいいぐらいのもので、どんな風に有効か分かったものではなかった。
確かに残弾数は増えたが、だからと言って試しまくる訳にもいかない。
そう話している間にも、穢者の肉体はじわじわと削られていく。
とうとう地に付けられなくなったらしいその脚を狙ってユパンキが大剣を振り抜けば、穢れが飛び散り、肉塊が音を立てて落下した。
「やっと一本…でも、多分これじゃ駄目だ」
「ポーナ、たま、見せて」
「え?良いけど…」
古く色褪せたそれ手に取って、じっくりと眺める。
「これは、ばくはつ。これは、氷。これは、雷…」
「待って、どれが何か分かるの?」
「うん」
迷いなく選び取るココウィクにポーナはそっと確信する。
記憶が戻りつつあるのだと。
…ポーナはそう考えているが、実際は僅かに異なる。
取り戻している記憶はココウィク自身のものでは無いのだ。
当然、そんなこと彼女は知る由も無いし、知ることも無いが。
「シネイラが水の力を使えるから、それと合わせれば氷や雷がきくはず。
シネイラにそうしたみたいに、リアンカのばくはつでけずろう」
「分かった!」
ココウィクに渡された弾を装填する。
こちらの話を聞いていたのか、仲間たちは穢者を引き付けてくれるようだ。
「まだ、まだだよ、まって…」
ハンドキャノンを構えたポーナが穢者を見据える。
巨体の側面にウヌクが何度も攻撃を重ね、その一箇所だけが凹む。
そこにシネイラが水を浴びせれば、攻撃の準備は整った。
「あそこ!」
「オッケー任せて!」
穢者が反応するよりも前に、駆け出したポーナが傷にハンドキャノンを向け、発砲した。
相変わらず大きな反動に、走っていたポーナは姿勢を崩して転倒する。
放たれた雷の弾が水と反応し、穢者が感電する。
すかさずリアンカがその箇所へ爆撃をし、衝撃で洞窟が揺れた。
煙が晴れた時、穢者は完全に崩れ落ちており、不愉快そうに太い尾が振り回される。
爆発で内側から大ダメージを受けたのか、体の至る所に破裂したあとのような小さな傷が出来ていた。
それでもまだ止まらないのは穢者の不死性ゆえだろう。
「あともう少し…みんな、押し切って!」
傷があるならそこから攻めればいい。
一気に傷の増えた穢者は格好の的でしかなく、どんどんとダメージが蓄積していく。
耐えきれなくなりつつあるのか、肉がぼとぼとと落ちていく。それと共に、腐敗臭も広がっていく。
やがて、誰かがとどめを刺すまでもなく、穢者は完全に倒れ伏した。
「…終、わった?」
「おわったね」
穢者はもう動かない。空気を吐き出す音もしない。
ただの肉塊だけが、そこにあった。
だが、ココウィクは穢者には近寄ろうとしなかった。
「ココウィク?行かないの?」
「…何も、かんじないの」
「えっ?」
「このけものは、他のみんなとはちがうみたい…ただのけものと、ほとんど変わらないよ」
「そうなの?」
「他のばしょに、だれかがいるかも…うえをさがそう」
踵を返し、洞窟を後にする。
先程は探しきれていなかった集落の奥、地図を見るに国境に近い方。
よく見れば、崩れた小さな横穴があるようだ。
きっと当時は身を潜めるのに使っていたのだろう。
かつては穴を塞いでいたのかもしれない残骸をどかして中に入る。
穢者が一体、何かを抱えて蹲っていた。
「…あの人だ」
ココウィクが近寄れば、それに気付いた穢者が顔を上げる。
何かを伝えようとしているのか、微かに口元が動いた。
震える手をココウィクがそっと握り締める。
「逃げないよ。あなたを助けに来たんだ」
穢者の滲んだ視界の隅で、聖火が輝いていた。
『ここももう長くは持たない』
『早くに出口を塞いだのは正解だった。この惨劇は、外に出してはいけない』
『結局、長として成すべきことはほとんど成せなかった。彼は、何と言うだろうか』
『…彼も、上手くやれるといいのだけれど』
『今はただ、私のすべきことを………』
『ごめんなさい、兄上。これ以上、あなたに苦しんで欲しくないの』
穢者に囲まれて戦い続ける誰かは、ほとんど正気を失っていた。
その苦しみを取り除くには、穢者となる前に眠らせてやる他なかったのだろう。
そうして、最後には全て火の海に沈んだのだ。
「一緒に行こうね、イキ。もちろん、お兄さんも一緒だよ」
力を無くした彼女の腕から転がり落ちたそれを、ココウィクはそっと撫でた。
「それじゃあ、西に戻ろうか。このまま行こう」
「上に戻らないの?」
「大丈夫、見てて」
ココウィクが谷底の穢れを指差す。
その影から現れたイキが腕を振るえば、大木ほどの太さのある巨大な竜の腕が現れて、穢れの塊を破壊した。
「うわぁ!…す、凄い破壊力…
というか、あの腕って…」
「兄妹は一緒、だもんね」
外へ出れば、日はすっかり高くなっていた。
だが、次の目的地に辿り着く頃には夜に差し掛かっているかもしれないだろう。
「それで、聖火競技場を通り抜けて、『謎煙の主』に行くので良いんだよね?」
「うん。ほとんど全員そろうはずだよ」
「分かった。君の指示に従うよ」
そう言うポーナの顔が沈んでいるのは、前を歩くココウィクには見えていない。
一体いつからあったのか、ターコイズに紛れるように耳の後ろに細長い肉腫が生えていた。
▶『こだまの子』
国の東部、峡谷の中に住んでいた部族。
宝石の採掘や加工、戦士たちの武器製造などで国を支えていた。
火山から離れており、守りも固めやすい地形だっため新たな要の一つとして選ばれたが、閉鎖的な地形は穢れの滞留を招く原因となってしまった。
▶首のない巨竜
火山の麓に住まう部族『
火山から吹き出す穢れから逃れるため、民を率いて『こだまの子』までやってきた。
『こだまの子』の防衛線の要だったが、狂気に飲まれる前に妹によってその首を落とされた。
残された肉体は穢者と化したが、意識を失ってもなお愛する妹を守るために峡谷に留まった。
▶イキ
かつて焔の国を支えた鍛冶師。
友の頼みで、火山より最も離れた地の一つである『こだまの子』を新たな主要都市の一つとするため民を導いたが、部族に未来は訪れなかった。
立ち篭める穢れと燃え盛る炎の中、大切に抱えたそれを手放すことはなかった。