【書籍発売中】転生宰相のダンジョン魔改造録 ~ポンコツ魔王様に頼られたので、壊滅した魔王軍を再建します~ 作:パンダプリン
「プリミラはすぐに撤退してくれ。オルナスに存在を知られるだけでもまずい」
ピルカヤの視界を共有しているから、プリミラもロペスも重々承知のはずだ。
だが、それでも二人にそう指示を出してしまう。
オルナスのやつ……。仲間よりもダンジョンの敵を倒すことを選びやがった。
いや、オルナスのほうが問題なんじゃない。
問題なのは、その部下である海人族のほうだった。
毒で体中がぼろぼろになりながら、オルナスの介抱すら不要と言ってのけた。
自分たちを見捨てて、オルナスに一人でこのダンジョンの敵を討てと……。
それほどの覚悟をもって挑みに来ていた。
『これだから……これだから、オレは!!』
ああ、くそっ。
勇者だ。間違いなく、どうしようもなく勇者だ。
仲間を無残にも殺されてしまい、その遺志を継いで悪に挑むその姿は、まぎれもなく勇者の姿だ。
急げ。前回のオルナスとは違うぞ。
こういうときの勇者は、強いと相場が決まっている。
毒に侵されていて弱体化しているが、それ以上にここに挑む覚悟が前回と別物だ。
イドと同じ。いや、それ以上。
覚悟を決めたオルナスは、もう目と鼻の先まで近づいてきている。
水辺ということもあり、プリミラ一人では下手したら……。
「リピアネム。悪いけど、俺のことをかついですぐに向かってくれ。」
「承知した」
まずは、地底魔界への退路となる道を作成しないければいけない。
となると、俺が直接向かうしかないだろう。
プリミラへの救援の役割もあることだし、ここはリピアネムに運んでもらうのが一番速そうだ。
「いえ。移動だけならば、私が転移させましょう」
だが、それに待ったをかけたのは、フィオナ様だった。
……たしかに、フィオナ様ならダンジョンの中を転移していたし、リピアネム以上に速いか。
「ですが、移動だけですよ? オルナスと戦おうなんて思わないでください」
転移できるとはいえ、さすがのフィオナ様でもそれには集中が必要だからな。
集中しすぎて転移前後に硬直が発生してしまうので、勇者の目の前に転移なんてしたら無防備になってしまう。
そもそも、姿を見られた時点で、たとえ勇者を殺しても面倒ごとしか起こらない。
「ええ、わかっています。ですが、それはあなたも同じですよ? レイ」
「……はい。もうイドのときみたいな間違いは起こしません」
方針は決まった。今すぐに、プリミラとロペスの救援に向かおう。
「プリミラとロペスも、そこから一番近い地底魔界につながる場所まで来てくれ」
二人は俺の言葉にうなずいた。
俺たちはフィオナ様の力で転移をし、二人がきたら道を作る。
その後に道を塞いでしまえば、どうにかオルナスをやり過ごすことができるはずだ。
問題は……その前にオルナスが来てしまうかどうかだ。
時間はない。だからこそ、決して焦らせることなく、二人に指示を出す。
だが、ピルカヤを通じて聞こえてきたのは、ロペスの焦るような声だった。
『プ、プリミラの姐御!?』
『先に行きなさい』
プリミラが、その場に崩れ落ちる。
心配するロペスの声に、いつもの冷静な声で返しているので、ほんの少しだけ安心した。
しかし、言葉とは裏腹に体はまるで動いていない。
……なんだ? もしかして!
「ロペス! プリミラに解毒薬を!」
『っ! そういうことか! 待ってろプリミラの姐御、すぐに!』
『麻痺毒です。それも、従来のものよりも複雑で強力な効果なので、様々な毒が複合されているようですね。通常の解毒薬では意味がありません』
ヨハン……。やりやがったな。
なんてやつだ。転生者という争いとは無縁の世界の人間だというのに。
俺と同じく、死など身近になかったはずの人間のくせに。
あいつ、死ぬ直前まで、最後の最後まで、こちらに牙をむいていた。
『行きなさい。あなたがいても、何もできることはありません』
『だがっ!』
『行きなさい』
これが、
だが、ロペスは非力なハーフリングだ……。
筋力はわずか一桁であり、俺にすら劣る。
当然、それ以外の様々な能力で優秀なのだが、この局面においては、その力の弱さが問題となった。
「ロペス落ち着け。お前はすぐにこっちまで走れ。プリミラもすぐに回収する」
『あ、ああ! 頼んだぜボス!』
いや、それよりも、プリミラの毒も早急に治療する必要が……。
ピルカヤに万能薬を運んでもらう……のは無理だな。ピルカヤ自身は自由に炎同士を移動できるが、万能薬ごとは移動できない。
だったら、ピルカヤにプリミラを運んでもらえばいいじゃないか。
俺は俺で混乱しているのか、そんな簡単な答えも出てこなかった。
「ピルカヤ。プリミラのところに分体を出して、プリミラを運んでくれ」
『了解』
「リピアネムも念のため、プリミラのところまで向かってくれ」
「承知した!」
一つずつ片付けていこう。
ロペスをここまで避難させる。
プリミラを回収してもらう。
回収したプリミラに、万能薬を使って治療する。
「フィオナ様。転移して、保管している万能薬を持ってきてもらえますか?」
「ええ。待っていてください」
これでいい。
あとは、プリミラをこちらまで回収するだけだ。
だけだったのに……。これは、ちょっと間に合わないか?
『ピルカヤ様。私のことはいいので、隠れてください』
『……レイ。ボクがオルナスと戦うべきじゃない?』
それしかないか……?
もうプリミラを運んでいる時間はない。
リピアネムも間に合わないようだし、このままではオルナスのほうが先に海エリアにたどり着く。
身動き一つとれないプリミラでは、オルナスに勝つことはできないだろう。
『レイ殿。あと少しだけ時間を稼げないか?』
たしかに、リピアネムはもう少しでたどり着く。
もう少しだけオルナスを足止めできれば……。
「プリミラ。体は動かせないけど、もしかして水は使えるか?」
プリミラは、水を自由に操れていた。
体の動きが止められていても、それが健在だというのなら……。
『あの……。さすがに、私自身を水流で流してそちらまで移動させたら、そちらの被害が大きいのですが』
「できるってことだな。じゃあ、プリミラとピルカヤにやってもらいたいことがある」
◇
部下ですらない。俺を信じてついてきてくれたアルマセグシアの兵隊たち。
その兵隊の遺言として、あの惨状を引き起こした敵を倒しにきた。
その敵はこの奥にいる。
あと少し、あと少しだというのに。
この期に及んでふざけた真似を……。
「こんなものが、海人族であるオレに通用するか!」
こちらの歩みを阻むかのように、突如進行先から激流が発生した。
通路を埋め尽くすほど、侵入者であるオレを押し流そうとするほどの水。それも海水だ。
たしかに、これほどの激しい勢いならば進むことは不可能だろう。
それどころか、入り口まで流されたっておかしくはない。
だが、舐めてもらっては困る。
これでも勇者だ。そして、この場だけはオレは他のどの勇者よりも適性が高い。
突然の出来事だったため、初動が遅れてわずかに流されてしまった。
だが、この水は却って好都合だ。
激流で流すだと?
その程度の水流であれば、いくらでも泳いでみせようじゃないか。
「ダンジョン中を毒で無差別に攻撃なんて、ふざけた真似してくれる。どんなモンスターがいるのか知らないが、オレが必ず倒してやる……」
水はこの先の部屋から流れてきた。
ならば、そこまでたどり着けば、あとは戦うだけだ。
海流の中を進んで行くと、開けた場所が見え……。
「ちっ! なんなんだ!」
誰かがいた気がするが、それを確認することはできなくなった。
突如発生した煙のせいで、視界は一歩先さえも見えやしない。
煙……。じゃないな。くそっ! 蒸気か!
だが、このくらいで蒸し殺せるほど、オレは貧相な勇者じゃない。
弱くても、最低限の耐久力くらい持っている。
がむしゃらに泳いで部屋の中までたどりつくと、そこは一層蒸気だらけの場所だった。
……罠? モンスターのしわざ? どっちでもいい。たしかに、とんでもない量の蒸気ではあるが、いつまでも発生させ続けることはできないらしい。
徐々に部屋中を満たしていた蒸気が晴れていく。
周囲にはまだ蒸気の塊のようなものがあるが、奥の方にひときわ濃度が濃い蒸気を発見した。
発生源はそこか!
「つまり、そこに敵がいるってことだろ!」
矛を当てずっぽうに突き刺す。
しかし、その感触は生き物ではなく、硬質なもので弾かれた手ごたえしか返ってこなかった。
それどころか、そのまま間髪入れずに、こちらを鋭利な刃物のようなもので斬り返してくる。
蒸気の発生源はこうしている間にもどんどん遠ざかって……。
遠ざかっているだと? ……なんだ? じゃあ、オレはいったい何を相手にしているんだ……。
いや、そんな疑問の前に攻撃を続けろ。
やっぱり駄目か。そんな言葉さえも脳裏に浮かんでしまうほど、オレは弱気になっていたらしい。
仲間の仇を討つはずだというのに、こんな及び腰だった自分に腹が立つ。
何かが邪魔をするというのなら、まずはそいつを排除すればいいだけのことじゃないか。
しかし、ことはそう簡単ではなかったらしく、オレの攻撃はいつまでたっても弾かれ続けるだけだった……。