【書籍発売中】転生宰相のダンジョン魔改造録 ~ポンコツ魔王様に頼られたので、壊滅した魔王軍を再建します~ 作:パンダプリン
一人でいたい。
一人は嫌だ。
コーヒーとミルクのように、ぐるぐると溶け合って混ざり合う。
綺麗な螺旋はほどよく歪となり、私は私の感情がわからなくなる。
あなたが嫌いになったわけじゃない。
決してそんなことはありえない。
それだけは、未来永劫ありえない。
隣を見る。
ちゃんといる。
それがどれだけ嬉しいか。
それがどれだけ救いになっているか。
きっとあなたはわからない。
「フィオナ様……? おはようございます」
「ええ、おはようございます」
いつもの朝。
いいえ。少し良い朝です。
毎日一緒に寝ているわけではないので、一緒に眠れた翌日は、それだけで良い朝と言えるでしょう。
だから、私は一人になりたくて、一人になりたくないのです。
「今日の予定は?」
「昆虫人が来なくなったので、いつも通りですね。モンスターの補充。罠の点検。あとは、各施設の報告を受けて、必要なら対応って感じです」
「では、私もたまにはダンジョンを見回りますか」
「一緒に見て回ります?」
「いいえ、それには及びません。魔王らしく、私だけの視点で見てあげましょう」
「なんか、緊張しますね……」
「ふふ。厳しくチェックしてあげましょう」
これは嘘だ。
本当なら一緒に見て回りたい。
だけど、あなたの仕事を邪魔して、嫌われたくはない。
……これも嘘。あなたはきっと許すでしょう。
私が何をしてもあなたは許してくれる。
だけど、それに甘えっぱなしは良くないのです。
私は、たまには一人にならないといけない。
あなたのありがたみを感じるために、いつかあなたがいなくなったときに、平静でいられるために。
常に一緒にいられるわけではないのだから。
「ハラとセラは、すごいですね」
カザマにぴったりなあの二人。
時に離れることで、三人はより仲良くなっていました。
それにならうではないけれど、レイのありがたみをたまには一人でゆっくりと考えても良いのでしょう。
「まあ、まずはご飯なんですけどね」
忙しい時間帯をずらして、遅めの朝食をとる。
働き者ばかりの私の軍は、早めに朝の支度を終わらせるため、そこにかぶらないようにしてみました。
わりとのんびりした時間が流れて行き、厨房の慌ただしさは感じられない。
「お待たせしました~。今日はパンを注文されたんですね」
「ええ。レイと一緒じゃないので」
あの子、お米派ですからね。
なんとなく、同じものを食べていましたが、私は実はパン派なのです。
「それにしても……」
「どうしました?」
「いいえ、なんでもありません。いただきます」
私の注文に、何か意見を述べるというのが、嬉しかったとは言えません。
――今日は……では、お菓子だけにします! どうですか? さすがに料理長として、そんな食事は見過ごせないでしょう?
――お待たせしました~。ご注文の菓子類です。
――疑問を抱いてもくれませんねえ。
思えば、なかなか投げやりな試みもしてみたものですね。
悲しいはずの記憶は、今では楽しいものとなり、私は感謝とともに食事を終えた。
お腹がいっぱいになったので、のんびりと歩き回ることにしましょう。
稼働中のダンジョンのほうは、さすがに邪魔になってしまうので、侵入者がいないダンジョンか、あるいは地底魔界本拠地のほうの見回りですね。
「カール! もっと推進力が必要っす!」
「お前さんは、安全性にもっと気を配るべきだ。トビウオじゃあるまいし、海を走るどころか飛ぶつもりか」
「まずは、勢いを最大にして、そこから調整するのが良いっすよ!」
「それで無事なのは、一部の頑丈な者だけだろうが。宰相様あたりが乗ったら、怪我しかねんぞ」
「むむむ……。レイ様が怪我をしたら一大事っすね。今回は、折れてやるっす」
「お前さん、宰相様と組んで行動していたせいか、思考が似てきているぞ……」
「褒め言葉っすね!」
テクニティスとカールが、今日も白熱した言い争いをしていました。
たしか、海の上を走る乗り物を作るという話でしたが、あの様子ではまだまだ大変そうです。
「あ、魔王様! すみません、気づかずに熱中してしまいまして!」
テクニティスが頭を下げ、カールもそれに続いて無言で頭を垂れました。
気にしなくて良いのですけどねえ。
「邪魔しにきたのではありません。私のことは気にせず続けてください」
「了解っす!」
……融通が利くようになりましたねえ。
本当にそれで良いのかと困った様子のカールと違い、テクニティスはすでに話を戻したようです。
「安全ギリギリの魔力機構を考えるっす!」
「魔王様の御前で……いや、安全ギリギリなんて言っているうちは、確実に失敗するからやめろと言っているんだ」
カールはカールで、十魔将相手にも本来の彼らしい姿で接することができているようですし、やはりみんな良い方向へと変化しています。
しばらく二人の言い争いを眺めていると、最終的には上手く折り合いがついて、今度は仲良く協力して作業を進め始めました。
案外相性が良いですねえ。この二人。
――平伏は不要です。作業を優先しなさい。
――できません。自分は十魔将であり、魔王様の下僕っすから。
――人手が足りないのであれば、やはり魔族以外と協力してみましょうか?
――魔族以外は信用してはいけないっす。それくらいなら、自分一人で作業するっす。
……変わりましたねえ。
嬉しくなって、足取りも軽くなる。
さて、次はどこへ行きましょうか。
そうだ。畑にでも行ってみましょう。今の時間なら、プリミラがいるはずですから。
「というわけで、暇つぶしに来ました」
「暇なら手伝ってみますか?」
「魔王である私なら、畑から蘇生薬を収穫できるかもしれませんからね」
「その……さすがに、期待しすぎると後で辛いかと存じます」
「冗談に、本気の憐れみは精神にきますねえ」
そう言うと、この子も笑ったのがわかった。
表情は変わらないし、声に出たわけでもない。
だけど、この子はたしかに笑っていた。
この子も、またずいぶんと変わった子ですね。
――プリミラ~。仕事ばかりじゃ人生つまらないですよ~? 趣味とかないんですか~?
――私の時間は全て、魔王軍のために費やします。
――一緒に遊んでみます?
――それが魔王様の望みならば。
――やっぱりやめておきます……。
「プリミラ」
「なんですか? まずは、土の魔力を調整していただけると助かります」
「……こんな感じですか?」
「はい、お上手です。魔王様の膨大な魔力では、本来ならば大変な作業のはずですが」
「魔王ですからね! 力の制御を試みる時間なんて、いくらでもありました!」
「以前、リピアネム様に同じことを頼んだところ、畑に大きな穴が空きました」
「……あの子も、がんばってはいるんですよ?」
「ですから、責めることはありませんが……」
まあ、もう一度お願いすることもできなかったでしょうねえ。
今なら上手に制御できそうですが、あの子はあの子でマギレマのもとで働いていますし、きっとあれも良い成長のうちの一つなのてしょう。
「プリミラ」
「なんでしょうか?」
先ほど言いかけたことを、改めて尋ねてみる。
「趣味とかありますか?」
「土いじり全般ですね。畑だけでなく、花を育てたりするのも好きです」
「そうですか。それは、とても良い趣味です」
「そして行く行くは、レイ様の植物系モンスターたちを大幅強化いたします」
「アナンタがかわいそうなので、加減はしましょうね」
「善処します」
しますかねえ……?
この子、熱中したら周りが見えなくなるみたいですからね。
それも知らなかった。趣味も知らなかった。
十魔将も四天王も、魔王である私ですら、あのときとは違う。
それは、転生者のおかげなのでしょう。
タイミングが合ったといえばそれまでなのでしょう。
だけど、私にはわかるのです。
全てはあなたのおかげだと。
こうして歩いているだけで、あなたと一緒にいる気がする。
隣を向けば、あなたが笑っている気がする。
それがたまらなく嬉しくて、たまらなく淋しくて、すぐにでもあなたに会いに行きたくなる。
やはり一人になって正解でした。
あなたがより好きになれた。
あなたがいないことに、わずかに慣れることもできた。
今後永遠に共に歩むために、やはりこんな時間も必要なのでしょう。