【書籍発売中】転生宰相のダンジョン魔改造録 ~ポンコツ魔王様に頼られたので、壊滅した魔王軍を再建します~ 作:パンダプリン
朝の準備というものは、かつての世界も今の世界も似たようなものなのかもしれない。
特に、地底魔界においては、基本的には集団用にまとめてしまうことも多く、食堂はマギレマさんでなければ立ち回らない。
宿舎代わりの宿は、今は昆虫人の兵隊たちが寝床の片付けをしてくれているが、前までは個々で行っており、オーガたちなんかは、わりとだらしないと思ったものだ。
今こうして賑わっている場所も、そんな集団用の設備の一つといえる。
洗面所というか、要するに鏡と水回りが完備された部屋だ。
個別に作っているのではなく、大きめに作っているため、利用者は多岐にわたる。
「タケミくん、寝癖」
「あ、ごめん」
「はいできたわよ。新」
「ありがと~。友香ちゃん」
風間たちのように、三人仲良く身だしなみを整える者たち。
「こうか? いや、こうか」
「鏡の前でポーズをとってたら邪魔だぜ。ナルカミ」
大きな鏡の前で、なぜかポーズの練習をする者。
「女王様。これで振り向いてもらえますよ」
「誰に!? いや、良い。言わなくて良い。そういうのじゃないんだけどねえ……」
女王らしく、従者たちに甲斐甲斐しく世話をされる者等様々だ。
まあ、広めに作ってあるし、それで誰かを待たせているわけでもない。
各自思うままに利用すれば良いと思う。
そんな中、時任は歯磨きをしながら、しきりに歯を気にしているようだ。
「虫歯か? 気になるのなら、テラペイアに診てもらったほうが良いぞ」
「レ、レイひゃん!」
口元を泡だらけにして、時任が体を震わせた。
垂れてるぞ。口から歯磨き粉がこぼれてる。
「いやぁ、私転生者じゃないですか?」
「そうだな」
「それで、こんなかわいい耳とお手々になったわけですけど」
まあ否定はしない。
出会った頃からそうだったため、時任のウサギの姿や奥居のネコの姿は、よく似合っていると思う。
「ですが、獣なので、牙とか生えないのかなあと思いまして」
「ウサギだからなあ……切歯ならあるだろうけど」
それなら、奥居のほうが可能性はありそうか。
いや、あっちはあっちでたぶん犬歯だろうな。
「牙なら、エピクレシさんじゃないかしら?」
「あ、そっか。吸血鬼だもんね」
なるほど。
彼女ほど牙が似合いそうな種族もなかなかいないかもしれない。
そんな話をしていたためか、俺たちは一斉に歯磨き中のエピクレシに視線を向けた。
「な、なんでしょうか……」
当然ながら、急に見つめられたことでエピクレシが戸惑う。
歯磨き中か、ちょうどいいな。
「エピクレシって牙生えてる?」
「え、ええ。吸血鬼ですので」
吸血鬼なんだよな。
どちらかというと、アンデッド使いのイメージが大きいため、どうにもそちらを忘れそうだ。
そんな考えを浮かべながらも、エピクレシを見つめ続けてしまったためか、彼女は遠慮がちに口を開いた。
「え、えっと……見てみますか?」
「見たい」
「見たいです!」
俺と時任の言葉に、エピクレシは大きく口を開く。
なるほど……犬歯に当たる部分の歯がやけに長く鋭い。
「へえ。立派だなあ」
「これで血を吸うんですよねえ。あれ、もしかして牙をストローみたいにできるんでしょうか?」
それは無理だと思う。
牙に穴とか空いていないし、あくまでも獲物の皮膚や肉を傷つけて、そこから血を吸うのだろう。
「触ってみていい?」
「え!? き、汚いですよ!」
「大丈夫。綺麗だから」
歯磨き後ということもあり、むしろとても綺麗な牙だ。
硬さと鋭さがとても気になる。
俺のそんな気持ちが通じたのか、エピクレシは少しの逡巡の後に、小さく頷いた。
「なるほど。やっぱり固い。あと思っていた以上に鋭いな」
「あ、あお~……」
「この牙って、どのくらいの獲物まで貫けるんだ? やっぱり、ゴーレムとかは無理?」
「む、むいえす~」
無理かあ。となると、ゴーレムより柔らかい獲物から血を吸うってことになる。
そもそもだ。エピクレシって、普段血を摂取しているのだろうか?
そんな姿見たことはないな。マギレマさんも、普通に料理を出しているし、輸血パックから血を飲むようなよくある姿は見たことがない。
テラペイアのところに通っている姿も見かけし、医務室で血をもらっているとか?
「レ、レイさん。レイさん! エピクレシさんが、大変そうです!」
……本当だ。
なんか、プルプルと震えている。
そりゃあ、長時間口を開かされて、牙を触られ続けていたらそうなるか。
「ごめん。つい夢中になった」
「い、いえ。ええとタオルをどうぞ。すみません、私の唾液で手を汚して」
たしかに、指が若干べとついている。
女の子相手に、わりととんでもないことしたような気はするが、まあエピクレシだし平気か。
本人も特に気にしている様子はないようだしな。
「おわびに俺の血でも飲むか?」
「え!? う……さ、さすがに魔王様に怒られそうなので、とても魅力的な提案ですが遠慮しておきます」
「じゃあ、私の血とかどうですか! ウサギ系の味がするかもしれませんよ」
「い、いえいえ。皆さん血を気軽に提供しすぎでしょう」
まあエピクレシだし。
血を吸われすぎて干からびたり、なんか悪いことになるとは疑っていない。
「牙ですか……やはり犬ですか? 犬の何がそんなに、あなたを引きつけるんですかねえ!」
「あ、フィオナ様」
朝から元気だなあ。この魔族。
そして今は牙の話だから、犬の話はしていませんが?
「むむむ……やはり、エピクレシも危険かもしれません」
「いえ! そのようなことは、決して!」
「魔王的に、牙を生やすべきなんですかね?」
「フィオナ様がそうしたいのなら、止めませんが」
「他人事のように! 私よりも、レイがどうしてほしいかのほうが、大事だと自覚しなさい!」
俺の意見に左右されないでくださいよ……。
宰相って、魔王のそういう部分まで決めないといけないのか?
「まあ、そういうことなら、俺は普段のフィオナ様が好きですけど」
「なら、他にうつつを抜かさないように! あなたは、私のものなのですから、私だけをしっかりと見なさい!」
「……」
「……」
試しに見つめてみたら、目をそらされた。
ほら見たことか。しっかりと見たら気まずくなってしまうくせに、勢いで変なこと言わないでください。
「ちなみに、フィオナ様も犬歯はあるので、伸ばすとしたらそこですね」
「マイペースな宰相に振り回される魔王について、どう思いますか?」
「かわいいんじゃないですか?」
「むぅ……。それなら良しとしておくべきなのか、お仕置きすべきなのか……」
お仕置きされる理由がないと思うんですけど……。
なんということだ。フィオナ様が暴君になってしまわれる。
「とりあえず、牙はないので、私の犬歯を触らせてあげます」
「触らせてもらうというよりは、人差し指を噛まれているんですが」
そして相変わらずの力加減だ。
その気になれば、俺の指に穴をあけることも、なんなら食いちぎることも容易だろうに。
そんな素振りは一切見せずに、フィオナ様は俺の指を歯でチクチクと刺激し続ける。
「わ、私たちはお邪魔しちゃいけないので、お店行きますね!」
「私も、アンデッドの研究に戻ります」
そんなトップの馬鹿なやり取りに呆れたらしく、部下たちは散り散りに解散してしまった。
まあ、だからといって舐められるわけでもないし、これが魔王軍での常識だと考えれば、なんとも平和なものだ。
相変わらず下から愛される魔王様だなあ。
◇
「血……吸ってみたかった~!」
「エピクレシちゃん……。魔王様と……レイ様の間に入るのは……解釈違い……」
「わかってますよ! でも、レイ様の血ですよ!? そんなの、吸いたいに決まってるじゃないですか!」
「私も……レイ様の魂……もらえるなら欲しいけど……」
「でしょう!? あ~、もったいないことしましたかねぇ……」