【書籍発売中】転生宰相のダンジョン魔改造録 ~ポンコツ魔王様に頼られたので、壊滅した魔王軍を再建します~   作:パンダプリン

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第458話 宰相様の誘惑

 朝の準備というものは、かつての世界も今の世界も似たようなものなのかもしれない。

 特に、地底魔界においては、基本的には集団用にまとめてしまうことも多く、食堂はマギレマさんでなければ立ち回らない。

 宿舎代わりの宿は、今は昆虫人の兵隊たちが寝床の片付けをしてくれているが、前までは個々で行っており、オーガたちなんかは、わりとだらしないと思ったものだ。

 

 今こうして賑わっている場所も、そんな集団用の設備の一つといえる。

 洗面所というか、要するに鏡と水回りが完備された部屋だ。

 個別に作っているのではなく、大きめに作っているため、利用者は多岐にわたる。

 

「タケミくん、寝癖」

 

「あ、ごめん」

 

「はいできたわよ。新」

 

「ありがと~。友香ちゃん」

 

 風間たちのように、三人仲良く身だしなみを整える者たち。

 

「こうか? いや、こうか」

 

「鏡の前でポーズをとってたら邪魔だぜ。ナルカミ」

 

 大きな鏡の前で、なぜかポーズの練習をする者。

 

「女王様。これで振り向いてもらえますよ」

 

「誰に!? いや、良い。言わなくて良い。そういうのじゃないんだけどねえ……」

 

 女王らしく、従者たちに甲斐甲斐しく世話をされる者等様々だ。

 まあ、広めに作ってあるし、それで誰かを待たせているわけでもない。

 各自思うままに利用すれば良いと思う。

 

 そんな中、時任は歯磨きをしながら、しきりに歯を気にしているようだ。

 

「虫歯か? 気になるのなら、テラペイアに診てもらったほうが良いぞ」

 

「レ、レイひゃん!」

 

 口元を泡だらけにして、時任が体を震わせた。

 垂れてるぞ。口から歯磨き粉がこぼれてる。

 

「いやぁ、私転生者じゃないですか?」

 

「そうだな」

 

「それで、こんなかわいい耳とお手々になったわけですけど」

 

 まあ否定はしない。

 出会った頃からそうだったため、時任のウサギの姿や奥居のネコの姿は、よく似合っていると思う。

 

「ですが、獣なので、牙とか生えないのかなあと思いまして」

 

「ウサギだからなあ……切歯ならあるだろうけど」

 

 それなら、奥居のほうが可能性はありそうか。

 いや、あっちはあっちでたぶん犬歯だろうな。

 

「牙なら、エピクレシさんじゃないかしら?」

 

「あ、そっか。吸血鬼だもんね」

 

 なるほど。

 彼女ほど牙が似合いそうな種族もなかなかいないかもしれない。

 そんな話をしていたためか、俺たちは一斉に歯磨き中のエピクレシに視線を向けた。

 

「な、なんでしょうか……」

 

 当然ながら、急に見つめられたことでエピクレシが戸惑う。

 歯磨き中か、ちょうどいいな。

 

「エピクレシって牙生えてる?」

 

「え、ええ。吸血鬼ですので」

 

 吸血鬼なんだよな。

 どちらかというと、アンデッド使いのイメージが大きいため、どうにもそちらを忘れそうだ。

 そんな考えを浮かべながらも、エピクレシを見つめ続けてしまったためか、彼女は遠慮がちに口を開いた。

 

「え、えっと……見てみますか?」

 

「見たい」

 

「見たいです!」

 

 俺と時任の言葉に、エピクレシは大きく口を開く。

 なるほど……犬歯に当たる部分の歯がやけに長く鋭い。

 

「へえ。立派だなあ」

 

「これで血を吸うんですよねえ。あれ、もしかして牙をストローみたいにできるんでしょうか?」

 

 それは無理だと思う。

 牙に穴とか空いていないし、あくまでも獲物の皮膚や肉を傷つけて、そこから血を吸うのだろう。

 

「触ってみていい?」

 

「え!? き、汚いですよ!」

 

「大丈夫。綺麗だから」

 

 歯磨き後ということもあり、むしろとても綺麗な牙だ。

 硬さと鋭さがとても気になる。

 俺のそんな気持ちが通じたのか、エピクレシは少しの逡巡の後に、小さく頷いた。

 

「なるほど。やっぱり固い。あと思っていた以上に鋭いな」

 

「あ、あお~……」

 

「この牙って、どのくらいの獲物まで貫けるんだ? やっぱり、ゴーレムとかは無理?」

 

「む、むいえす~」

 

 無理かあ。となると、ゴーレムより柔らかい獲物から血を吸うってことになる。

 そもそもだ。エピクレシって、普段血を摂取しているのだろうか?

 そんな姿見たことはないな。マギレマさんも、普通に料理を出しているし、輸血パックから血を飲むようなよくある姿は見たことがない。

 テラペイアのところに通っている姿も見かけし、医務室で血をもらっているとか?

 

「レ、レイさん。レイさん! エピクレシさんが、大変そうです!」

 

 ……本当だ。

 なんか、プルプルと震えている。

 そりゃあ、長時間口を開かされて、牙を触られ続けていたらそうなるか。

 

「ごめん。つい夢中になった」

 

「い、いえ。ええとタオルをどうぞ。すみません、私の唾液で手を汚して」

 

 たしかに、指が若干べとついている。

 女の子相手に、わりととんでもないことしたような気はするが、まあエピクレシだし平気か。

 本人も特に気にしている様子はないようだしな。

 

「おわびに俺の血でも飲むか?」

 

「え!? う……さ、さすがに魔王様に怒られそうなので、とても魅力的な提案ですが遠慮しておきます」

 

「じゃあ、私の血とかどうですか! ウサギ系の味がするかもしれませんよ」

 

「い、いえいえ。皆さん血を気軽に提供しすぎでしょう」

 

 まあエピクレシだし。

 血を吸われすぎて干からびたり、なんか悪いことになるとは疑っていない。

 

「牙ですか……やはり犬ですか? 犬の何がそんなに、あなたを引きつけるんですかねえ!」

 

「あ、フィオナ様」

 

 朝から元気だなあ。この魔族。

 そして今は牙の話だから、犬の話はしていませんが?

 

「むむむ……やはり、エピクレシも危険かもしれません」

 

「いえ! そのようなことは、決して!」

 

「魔王的に、牙を生やすべきなんですかね?」

 

「フィオナ様がそうしたいのなら、止めませんが」

 

「他人事のように! 私よりも、レイがどうしてほしいかのほうが、大事だと自覚しなさい!」

 

 俺の意見に左右されないでくださいよ……。

 宰相って、魔王のそういう部分まで決めないといけないのか?

 

「まあ、そういうことなら、俺は普段のフィオナ様が好きですけど」

 

「なら、他にうつつを抜かさないように! あなたは、私のものなのですから、私だけをしっかりと見なさい!」

 

「……」

 

「……」

 

 試しに見つめてみたら、目をそらされた。

 ほら見たことか。しっかりと見たら気まずくなってしまうくせに、勢いで変なこと言わないでください。

 

「ちなみに、フィオナ様も犬歯はあるので、伸ばすとしたらそこですね」

 

「マイペースな宰相に振り回される魔王について、どう思いますか?」

 

「かわいいんじゃないですか?」

 

「むぅ……。それなら良しとしておくべきなのか、お仕置きすべきなのか……」

 

 お仕置きされる理由がないと思うんですけど……。

 なんということだ。フィオナ様が暴君になってしまわれる。

 

「とりあえず、牙はないので、私の犬歯を触らせてあげます」

 

「触らせてもらうというよりは、人差し指を噛まれているんですが」

 

 そして相変わらずの力加減だ。

 その気になれば、俺の指に穴をあけることも、なんなら食いちぎることも容易だろうに。

 そんな素振りは一切見せずに、フィオナ様は俺の指を歯でチクチクと刺激し続ける。

 

「わ、私たちはお邪魔しちゃいけないので、お店行きますね!」

 

「私も、アンデッドの研究に戻ります」

 

 そんなトップの馬鹿なやり取りに呆れたらしく、部下たちは散り散りに解散してしまった。

 まあ、だからといって舐められるわけでもないし、これが魔王軍での常識だと考えれば、なんとも平和なものだ。

 相変わらず下から愛される魔王様だなあ。

 

    ◇

 

「血……吸ってみたかった~!」

 

「エピクレシちゃん……。魔王様と……レイ様の間に入るのは……解釈違い……」

 

「わかってますよ! でも、レイ様の血ですよ!? そんなの、吸いたいに決まってるじゃないですか!」

 

「私も……レイ様の魂……もらえるなら欲しいけど……」

 

「でしょう!? あ~、もったいないことしましたかねぇ……」

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