【書籍発売中】転生宰相のダンジョン魔改造録 ~ポンコツ魔王様に頼られたので、壊滅した魔王軍を再建します~ 作:パンダプリン
「いらっしゃいませえぇ!!」
うるせえ。
鳴神奏一バイト一日目。
店内が活気に満ちた。というか、体育会系の空気に染まりそうになった。
「ナルカミく~ん。もう少し声小さくしよっか~」
「よし、わかった!」
「返事がもううるさい……。不安しかないなぁ……」
マギレマ直々に指導しているのは、彼女が根気強いからだろう。
彼女の部下たちが何度指導しても、声の大きさはさほど変わらなかったのだから。
いや、これでも改善しているほうか。
最初は、そもそもいらっしゃいませとも聞き取れない言葉だったし。
「鳴神って、昔似たようなバイトしてた?」
「む、店長」
「店長はマギレマさんな」
「そうだった。ではオーナー」
オーナー……。間違ってはいないのか?
まあ、些細なことを訂正するのも、こいつの場合労力使うし、この程度なら気にしないほうが良い。
「活気に満ちた飲食店でバイトしていたぞ! 任せると良い! あの店のように、ここも盛り上げてみせよう!」
「う~ん。たしかに、この店わりと賑やかだけど」
「だろう!?」
だからかえって良くないのかもな。
スタッフルームというか、地底魔界側はそうでもない。
だけど、壁の向こうには現地の人類たちが今日もたくさん来客している。
それだけでも賑やかだが、それらの客たちが談笑しながら食事をしているため、ともすれば店員の声も届かないほどに活気づいている。
であれば、鳴神の言葉にも一理あるのかもしれない。
店員も声を大きくすることで、スムーズにやりとりするというのは、あながち間違ってもいないだろう。
だが、さすがに鳴神のは大きすぎだ。
客と店員で声のボリュームを競い合うような状況になってしまうと、どちらも大変なだけだろう。
「よし、鳴神の配置を変える」
「バイト初日にしてクビだと!? 労働とは、かくも大変なものだな……」
大げさにがっかりしたようや鳴神の隣で、マギレマさんがホッとしているのが印象的だった。
すごいなお前。十魔将ですら制御不能なのか。
◇
「喫茶店?」
「前々から話にはあってな。試験的にだけど、開店してみることにした」
「なるほど、俺にコーヒーを淹れろと!」
「いや、表向きの店長はお前だけど。実際の店長は、マギレマさんの部下のポトに頼んである」
「ああ、コーヒーや茶を淹れるのが得意だったあいつか!」
マギレマさんも認めるほどに、飲み物に関しては極まっているからな。
ポトなら、喫茶店の店長も問題なくこなしてくれるはずだ。
なので、必要だったのは表向きの責任者だ。
鳴神なら、人間だし表に出ても問題ない。
トラブルに巻き込まれても、ポトと二人でなんとかしてくれるだろう。
なんなら、ポトより鳴神のほうが強いしな。
「よし、それではカフェ店員鳴神奏一。いざ出陣しよう!」
「喫茶店にあった感じで接客してくれ」
「心得た!」
走っていってしまった。
あいつ、喫茶店の場所知らないのにな。
まあ、気付いたら戻ってくるだろう。
◇
「ポト平気かな~。ナルカミくんって、ほら……うるさいじゃん?」
マギレマさんが、部下を心配している。
部下の仕事ぶりというより、ともに働く人間にペースを崩されないか心配している。
今日は、喫茶店開店初日のため、あの二人や昆虫人たちは、今ごろ人類相手にコーヒーを提供しているころだろう。
「様子を見に行ってみる?」
「う~ん。ちょっとだけ見てみよっか」
「プシシモやファギトのときは、そんな様子なかったのに珍しい」
「そりゃあまあ……奥居ちゃんやカーくんは、心配ないからねぇ」
たしかに、今までマギレマさんの部下たちが組んだ相手は、奥居やカーマルやガナといったように、優秀な者が多かったからな。
カーマルの仕事を引き継いだメルビンも、タイラーたちのパーティでは特に冷静な者だったので、これまた安心して任せられる。
「ナルカミくんは、元気だけどちょっと心配っしょ」
「全てに全力で取り組むからなあ」
マギレマさんが心配するのも無理はない。
だけどまあ、きっと大丈夫だろう。
あいつはあいつで、空気が読めないというわけでもないはずだ。
そうして、俺たちは新装開店した喫茶店へと歩を進めた。
「いらっしゃいませ。む……オーナーに店長か」
「ああ。順調そうだな鳴神」
喫茶店も食堂と同じ構造になっている。
地上側と地底魔界側双方から来店可能になっており、それらの客が顔合わせをすることがないように、一枚の壁で仕切られている。
店員たちの作業スペースだけは、どちらともつながるようになっているため、彼らは皆地上側と地底魔界側どちらに向けても接客しているというわけだ。
「ど、どうしちゃったの? ナルカミくん? いつもの元気は? お腹すいたの? ご飯食べる?」
「心遣い感謝する。店長。しかし、昼休憩の際にカロリーは摂取した。まだまだ働けるぞ」
マギレマさんも驚くほどに、鳴神は穏やかに接客をこなしている。
あの体育会系ぶりも鳴りを潜め、立派なカフェ店員だ。
「よくわからないから、とりあえずおすすめのブレンドってのを」
「あ、じゃああたしもそれで」
「ブレンド二つだな。承知した」
鳴神は、最後まで静かに注文を聞き、俺たちの前から立ち去った。
その後ろ姿をマギレマさんは、不思議そうに見つめている。
「レ、レイくん。ナルカミくんどうしちゃったの?」
「雰囲気に流されたんだと思います」
前まで働いていた食堂は、わりと騒がしかった。
様々なお客さんが好きに喋るような場所であり、マギレマさんも情報収集ができるほどだ。
そのため、鳴神は負けじと元気に接客をしていたんだろう。
しかし、この喫茶店はそういう雰囲気ではない。
どちらかというと、静かな時間を楽しむような店にしたため、今のところ店内は穏やかな時間が流れている。
鳴神は、それに適応した結果、静かな店員へと変わったようだ。
注文を俺たちの元へ運ぶときも、やはり彼は静かだった。
「た、単純なんだねぇ」
「なんせ自己暗示の加護を渡されるくらいですからね」
雰囲気に流され適応し変化する。だが芯はヒーローである。
それが鳴神という男なんだろう。
だからこそ、自分をダークヒーローと割り切って、うちでも上手くやれているのかもしれないな。
「ま、これなら心配いらないみたいだし、あたしはこれ飲んだら厨房に戻るね」
「マギレマさんも、無理しすぎないように」
「まあ……検討しておくよ」
しないな。きっと。
さて、せっかくだから、俺はこの店をのんびりと堪能させてもらおう。
「おや、レイも来たんですか」
「フィオナ様。お茶の時間ですか?」
入り口に見慣れた姿が見えると、彼女は俺の隣の席に座った。
後で誘おうと思ったので、手間が省けたな。
「まあ、私が淹れるお茶には敵わないでしょうが、利用してみようかと思いまして」
「まあ、味は良い勝負ですよ」
「そうですね。なかなか悪くない味です。ポトは飲料関係が得意ですからね。となると、見た目で私が勝っていると」
「いえ、見た目でフィオナ様の負けです。色とか淹れ方とか」
「な、なにをぅ……」
いつもなら叫ぶところだが、さすがにこの店で大声を出すのは自重したようだ。
いや、負けでしょう。フィオナ様のお茶は味は良いけれど、見た目がなんかおかしいから。
「ま、良いでしょう。それでもレイは私の淹れるお茶が好きですから」
「そこは否定しません」
「でも、それならどうして、喫茶店を? お茶ならいつでも淹れますよ?」
「フィオナ様、こういうの好きかと思いまして」
「ふむ……」
俺の言葉に、フィオナ様は店内の様子を改めて観察した。
物静かで、各々が思い思いのまったりした時間を過ごしている。
中には、読書をしている者も見受けられる。
「こういうお店で、ゆっくりとお茶を飲みながら読書するの、フィオナ様好きですよね?」
「たしかに、好きなことの重ねがけで良いですねえ」
ちょうど本を持っているようだし、フィオナ様が気に入ったのなら何よりだ。
さて、俺は邪魔しないようにそろそろ出て……。
行こうかと思ったら、しっかりと腕をつかまれていた。
「お茶と読書。さらにレイがいれば、好きなことがさらに重ねられて素晴らしいと思いませんか?」
「強欲ですねえ……」
「魔王ですから」
微笑む顔を前にすると、さすがに席を立つ気もなくなってしまう。
とりあえず、フィオナ様と二人で穏やかな時間を堪能するとしようかな。