【書籍発売中】転生宰相のダンジョン魔改造録 ~ポンコツ魔王様に頼られたので、壊滅した魔王軍を再建します~ 作:パンダプリン
けたたましい魔力音が鳴り響く。
しかしながら、それを不快と思う者はここにはいない。
人によっては耳障りな騒音と感じるだろう。だけど、俺を含めた誰しもが、この音にどうしようもなく惹かれているのだ。
ふと、見知ったハーフリングの男が近づいてくるのが見えた。
賑やかな場所ではあるが、スロットから響く魔力音は、この空間中を支配しているというわけではない。
談笑や休憩を可能とするスペースも設けられているため、俺はそちらへと歩みを進める。
「リズワンの旦那。今日は朝からかい?」
「ああ、今日は勝てると思う」
俺の言葉に、ロペスは困ったような表情で笑った。
侮られている。心配されている。申し訳ないと思われている。
このカジノのオーナーである以上、こうして言葉を交わす仲であれ、最後は敵というわけだ。
俺との一騎打ちに連戦連勝しているため、ばつが悪くなったというところか。
「それじゃあ、宝箱は」
そう言いかけた男の言葉を止めるように、手のひらを向けて言葉を制す。
悪いがまだだ。挑まないという選択肢はないが、いつ挑むかが重要だからな。
そんな俺の考えを理解しているからか、ロペスはやはり苦笑するだけだった。
「まあ、楽しんでいってくれ」
「無論だ」
運気を調整し、祈りを確かなものとし、そうして宝箱へと挑む。
そうするだけの価値がある。そうしなければ、勝ちはない。
まずは、宝箱以外のギャンブルで、コンディションを整えるのが良いだろう。
改めて、戦場にふさわしい騒音にまみれた店内を闊歩する。
大声で敗北に打ちひしがれる者。声もなくしみじみと勝利の余韻に浸る者。皆この戦場で死力を尽くした戦友であろう。
であれば、こちらが知った顔も非常に多く、もはや見知らぬ顔というものは珍しくもある。
それが、人だかりの中で大いに目立っているのであればなおさらだ。
「お、リズワンさん」
「うむ、大した人だかりだな。大当たりでもあったか?」
割り込むような真似はせず、その者を取り囲む人だかりの外にいた顔見知りへと話しかけ、事情を尋ねる。
すると男は、彼自身にもその熱が伝染しているかのように、嬉々として彼女のことを教えてくれた。
「いや、ほんとすげえんだよ。どうやら開店直後から来ているみたいなんだけどな。あの美人ずっと、迷わず賭け続けているんだ」
なるほど、たしかに美しい。空色の長い髪に、飾りすぎていないが高貴さを思わせるドレス。
そして、その顔は万人が美しいと称するほど、整った顔立ちだった。
やはり、見覚えがないな。あれほどの者であれば、一目見たら忘れることも難しかろう。
「七番に全賭けです」
女の言葉に周囲がどよめく。迷いがない。臆することなどまるでない。
まるで、自分が勝利の女神に愛されていると言わんばかりに、堂々とルーレットの数字に全てのチップを賭けていた。
その行為は周囲の者たちをも狂わせ、同じ番号へ次々とチップが賭けられていく。
その結果は——。
「すげえ。また勝った……」
騒音だらけのこの空間だというのに、負けじとばかりに耳を突く歓声が響いた。
ルーレットの目は七。女が賭けたのと同じ数字だった。
便乗した者たちは大いに喜び、女に感謝する。
しかし、女はそんな感謝にも、ギャンブルに勝ったことさえも興味がなさそうに、無垢な瞳で次の目にやはり全てのチップを賭けるだけだった。
「あれだけ当たってまだ続けるのか……」
「賭博の鬼だな」
「見ろよあの表情。勝つだけでは、もはや飽き足らないんだろうさ。きっと彼女は、ひりつくような勝負を求めているだけなんだ」
彼女の暴挙とも思える行動に、さすがに周囲の者も頭を冷やされているらしい。
今度は続く者がいなかった。しかしそれも仕方がない。
先ほどあれだけ勝利した以上、再び全てを賭けるなど誰も真似したくないだろう。
手元にそれだけの資金があるからこそ、人は狂気に身を投じることもできず、勝負から退いてしまうわけだ。
「ま、また勝った……」
ゆえに、稼いだ額など気にしていないあの女こそが、真のギャンブラーということになる。
そんな女がいくら稼いでも止まるはずもなく、チップの全賭けと勝利が繰り返されていった。
もはや熱などまるでない、周囲の者たちは恐れすら感じながら、彼女の行動を静かに見守っていた。
◇
「全て魔力回復薬に」
「かしこまりました」
女の言葉に、周囲は大いにどよめいた。
あれだけ大勝しておきながら、購入するものが魔力回復薬?
それも、またも全賭けだ。儲かった資金全て……いや、一部はさすがに残しているから、ほとんどを使った買い物。
そもそも、それだけ在庫がある提携の商店も商店だ。
店長らしきウサギの獣人が、オーガの女性を引き連れて持ってきたアイテムの量は、カジノの一角を完全に埋め尽くしているではないか。
「何考えてんだ……あの女」
「わかんねえ……。あれくらい意味不明なことしないと、カジノで勝つことはできないのか?」
俺も同感だ。
全賭けし続けるのはまだわかる。共感こそできないが、理解はできる。
だが、それで得た資金をなぜあんなアイテムに……。
注目の的となった女は、俺たちの視線などまるで気にしていないように、次のギャンブルへを目指し進んで行く。
彼女が向かったその先、それは奇しくも俺が本命としていた宝箱だった。
「これで、挑戦できるだけお願いします」
「は、はい!」
慣れているはずの店員が動揺する。
それほどの意志、それほどの狂気、なるほど……あれこそが、勝利するために必要な志だったか。
ならば見守らせてもらおう。同志ともいえるお前の挑戦を、俺はこの目に焼き付けようではないか。
女は、店員が用意した宝箱に魔力を注入し始めた。
いいぞ。しっかりと祈りも込めているようだな。
孤独に一人で戦うお前を、せめて俺が応援しようではないか。
そうして準備を終えた女は、初めて感情を出すかのように、緊張した面持ちで店員を呼んだ。
「あなたが開けてください」
「え、ですが……」
「何が出ても責めません。なので、お願いします」
「か、かしこまりました……」
む? それはいかんぞ。
最後まで自分の手で行うべきであろう。そうして、自分の手で手繰り寄せるからこそ、勝利をつかめるのだ。
……いや、もう何も言うまい。その真剣な表情、それに水を差すのは無粋極まる。
「あ、あの……不死鳥の羽ですね」
「ぐっ……」
と、とんでもないものが出てくるものだ。
さすがの女も、表情を崩すのは仕方あるまい。
震える手でアイテムを手に取る姿を笑う者はどこにもいなかった。
というか、見ている者たちですら震えている。
あれほどの希少なアイテムが宝箱から出る瞬間を目撃するとはな……。
「次です」
だというのに、女はいまだ満足していないらしい。
先ほど購入した魔力回復薬を浴びるように飲み……いや、それ無駄ではないか?
宝箱を連続して開けるために、魔力回復薬を服用する者は他にもいるが、あの量はどう見ても多すぎるだろう。
……なるほど! 一見無駄に思えるどころか、事実無駄なことではある。
だが、その不合理を以て勝利を手繰り寄せようということだな!
「万能薬です」
「……」
こうして、カジノ中の店員と客に見守られながら、女は次々と希少なアイテムを入手し続けるのだった。
すさまじい……。あれほどの者がいるとは。
俺も、負けてはいられんな。そう思ったのは俺だけではなかったようで、女が立ち去った後のカジノは、普段よりも活気づいているように思えた。
◇
「なぐさめなさい!」
「俺に怒らないでくださいよ……」
それは、魔本の話が切欠だった。
性別を変えられる魔本や、動物になれる魔本。
それらの魔法が込められているというのは、本当に魔法の技術力が高い証明である。
ということは、魔力が高いし制御もできているフィオナ様って、似たようなことができるのかな? という、ちょっとした疑問だった。
結果として、フィオナ様はさすが魔王というだけあって、魔本なしで男性になったり犬になったりした。
犬になって頭をなでることをねだられた。
そこまでいくと、一つ気になるのが、別の種族へと変装できないかということ。
それができるのであれば、もしかしたらフィオナ様を勇者の襲撃から隠せるからな。
そんな俺の思惑は、残念ながら半分だけが成功した。
目の前の空色の髪の美人は、フィオナ様が変装した姿であり、人間にしか見えない。フィオナ様とは全くの別人だ。
だが、勇者や女神には、さすがにばれるらしい。魔王という存在のため、女神やその直属の駒をごまかすことはできないらしい。
使い道はないかと諦めたところ、この魔王様とんでもないこと提案してきた。
ちょっとカジノに行って、宝箱に挑戦してきます。
楽しそうにそんなことを言うものだから、俺としては見守るしかなかった。
「心がこもってませんよ! もっとなぐさめなさい!」
その結果が、大敗というか。いつもどおりの負けだな。
カジノの客にバレた様子はないから良いけど、目立つだけ目立って敗北して去っていったのは、なんとも残念だ。
「あ、そういうことですか」
そんなことを考えていると、俺に抱きついているフィオナ様は、何かに気付いたように声をあげた。
そして魔力を操作したかと思えば、空色の髪は見慣れた金色の髪へと変わり、その姿は魔王であるフィオナ様のものへと変化する。
「どうですか! これで、レイが大好きな私に戻りましたよ~。さあ、思う存分なぐさめなさい!」
「いえ、まあ……」
「ほら、さっきより心がこもっています。まったく、失念していました。レイは変装していない私が大好きということを」
「合っているのでそれでいいです」
「でしょう? ふふん」
なんか、勝手に上機嫌になってくれているし、この分だともう少しなでていたら、元通りのフィオナ様に戻ってくれそうだな。
そんな計算をしながら、今日も俺は魔王様の機嫌を取り続けるのだった。
◇
「なあ、ボス」
「どうした?」
「もしも、ビッグボスがカジノの客に、リズワン王たちにバレた場合、まずかったんじゃねえか?」
「そのときは、カジノごと潰そうかと思っていた」
「まじか……。え、ビッグボスを止めるという選択肢は?」
「フィオナ様が遊びたがっていたからな。最優先はフィオナ様だ。それでカジノを潰すことになっても、しょうがない」
「そ、そうか……」