人の生き様大好き系上位存在が蔓延る世界に生まれ落ちた生存本能極振り転生者 作:せぞんのう
ラススはこの世界をつまらないと思っていた。
悪魔とかいうふざけた連中が跋扈するこの世界が、大嫌いなのだ。
名門魔術師一族の娘として生まれたラススは、知識欲が旺盛だった。
どんなことでも知ろうとし、この世の全ての知識を欲しがったのである。
しかし、ラススが周囲に分からないことを質問した時、大人もその質問の答えを知らない場合、大人はこぞってこう言う。
「きっと、それは悪魔が知ってるはずだ」
と。
その言葉の悍ましさに気付いたのは、ラススが悪魔について学び始めてすぐだった。
悪魔はこの世界の上位の世界に存在し、人々を見守っているという。
そしてある時、見守るだけでは飽きてしまったのか、悪魔は人間界に降臨してきた。
以来、人類の中から悪魔と契約して力を手に入れる契約者が生まれるようになったのだ。
そして上位の世界に存在する悪魔は、下位の世界であるこの世界のことを知り尽くすことなど造作もないらしい。
だから悪魔は、この世界のあらゆる知識を知っている。
こんなにもふざけたことがあるだろうか。
それでは、人類が知識を知る楽しみはどこにもない。
ただ悪魔に与えられたものを、そのまま使えばいいだけだ。
そんな世界、つまらないに決まってる。
何より最悪なのは、多くの悪魔が契約の際に渡すことのできる力の中に、ついでのように「知識」が混じっていることが多い点。
彼らにとって知識とは、彼らが好む人類の輝きとやらに比べたら、つまらない些事でしかないのだろう。
そしてそんなラススの怒りは、悪魔と契約する基準を満たすには十分な感情だった。
ラススの実家は、一定の年齢になると悪魔を子供に召喚させる。
その中から悪魔が選んだ子供が、次なる一族の長候補となるのだ。
ラススの世代で、悪魔と契約できたのはラススだけだった。
そのことがきっかけで、ラススは家から逃げ出した。
最悪だ、あまりにも最悪だ。
悪魔は自分の怒りを助長するかのように、全ての知識を授けようかなどと言ってくる。
そんなものはお断りだ。
それでも、家を抜け出すと決めた以上、悪魔との契約は必要不可欠である。
契約による力は不要だが、副産物として手に入る魔力は必要だ。
だからラススは悪魔に願った。
「二度と、ボクに悪魔の知識を与えると囁くな」
そうして外の世界に飛び出したラススは、自身の好奇心の赴くままに生きることとなった。
元々、世界の情勢になど興味はない、悪魔から遠ざかることができるならそれでいいのだ。
錬金術を志したのも、悪魔からできるだけ遠い学問を学びたかったからである。
例えこの世界が悪魔たちの作った茶番劇の世界だとしても、少しでも自分の好きに生きれればそれでよかった。
そんな時だ、ルセラと出会ったのは。
ラススはその時、致命的なミスを犯してしまっていた。
ガルグイユと呼ばれる魔竜に追われていたのだ。
これは蛇のような姿の水竜で、魔物ではない。
アンドラスという悪魔に騙されて、魔竜に変えられてしまった元人間だ。
今では完全に魔物と変わらない生態をしているが、その強さは魔物と比べて異次元であるため、契約者でも近づくものはいない。
ただ、ガルグイユには厄介な性質がある。
どこからとも無く水場に転移してきて、しばらくのあいだそこに居座るのだ。
今回ガルグイユが現れたのは山の奥深くにある沼地で、ラススはこの近くに霊草の採取へ来ていた。
それを使って新たな霊薬を作ろうとしていたのだが、運悪く最悪な相手に遭遇してしまったのである。
ひたすらにラススは逃げた。
普通の人間ならともかく、契約者ならばまだ逃げられる余地はある。
しかしラススは、戦闘が得意ではない上に戦闘系の力は持っていない。
少しずつガルグイユに追い詰められ、逃げ場を失っていった。
最後に、ガルグイユと出くわしてしまった泥の沼地まで戻ってきたラススは、泥に足を取られてしまう。
万事休す、もはやここまで。
ラススがそう思った時だった。
泥の中から突然現れた手が、ラススを泥の中へと引きずり込んだのは。
これが、ルセラとの初めての出会いだった。
ガルグイユがちょうど視線を外しているタイミングで、ルセラはラススを泥に引きずり込んだのである。
結果として、ガルグイユには突然ラススが消えたように見えただろう。
それからしばらく、ラススとルセラは泥の中でガルグイユをやり過ごすこととなった。
息が持たないのではないか、と思うかも知れないが、魔力で身体を強化すれば一般人でも一時間程度は水の中に潜っていることが可能だ。
とはいえ、ラススは意味がわからなかった。
この男は、一体なぜここにいて、何のために泥の中に潜んでいるのか。
ガルグイユがその場を離れた後、一時的に外へ顔を出したルセラは言った。
「この場所に、あまり存在を知られていない悪魔の祭壇があるという伝承があったから、調査に来てたんだ。そしたら偶然ガルグイユがここに出現して――」
――
言っていることの意味がわからなかった。
「ガルグイユは見ての通り、視覚と聴覚でしか周囲を察知できない。元が人間だからな。そしてガルグイユが出現するのって、魔力に満ちた水場の側なんだよ。魔力って、身体に取り込めば栄養の代わりになるだろ?」
つまり、それは――
「だから、
ルセラは、生き残るためならどんなことだってする男だった。
生き残るというその目的のためだけに、3日間も泥を食って生き延びたのだ。
しかも、呼吸の問題もある。
彼は契約者ではない、一時間に一度は外へ出ないと窒息してしまう。
そんな状態で、ガルグイユを相手に――生き延びた。
「けど――君が来てくれて助かった。君は契約者だろ」
ただ、この男はそれで満足するような器ではなかったのだ。
「
そしてそれが、ルセラとラススの関係の、すべての始まりだったと言えるだろう。
――ルセラ曰く、ガルグイユが転移するのは、魔力の豊富な水という最高の餌を求めているかららしい。
どうしてそんなことになったのか、ガルグイユのもとになった人間の来歴まで調査していたらしいルセラが語ってくれたが、正直興味ないので覚えていない。
ルセラは生き残るためには情報こそ最大の武器だと言うが、他人の来歴が面白い知識につながることは少ないので、ラススにとってはどうでもいいことだ。
何にしても、大事なのはその後のルセラの策。
「膨大な魔力の入った水が目の前にあれば、ガルグイユはそれにつられて隙だらけになると思うんだ」
理論上は、確かにそうなるだろう。
ラススを執拗に追いかけたのも、ラススの魔力を求めていたからだとすれば頷ける。
なにせラススは元々名門魔術師一族の生まれであり、契約者だ。
魔力量には自信があった。
――そこまで考えて、ふと嫌な予感がしてルセラの方を見る。
「つまり――」
ルセラは、ラススを指さして言った。
「ちょっとこの泥の中で、全力で魔力を放出しながら沈んでみてくれないか?」
えぇ――――
――だが、この作戦は上手く行った。
行ってしまった。
見事ルセラとラススはガルグイユの討伐に成功し、二人は生き延びたのだ。
討伐の手際も見事なものだった。
まず、ガルグイユが魔力の泥に夢中になっている隙にこっそりルセラが後ろから忍び寄り、限界まで魔力によって身体強化した腕でガルグイユを泥に押し付ける。
冷静になれば魔力で息をしなくても問題ないとはいえ、冷静になれなければいきなり泥で呼吸ができなければ大変なことになるのは契約者だって変わらない。
そうしてパニックになったガルグイユの首を、ラススはルセラと二人がかりで切り落としたのだ。
この時、ラススは
知識とは、ただの土台に過ぎない。
結局、それを扱う存在次第なのだ。
少なくともその点において、悪魔は下の下。
最悪と言っていい使い方しかしない。
ただ与えるか、死蔵するだけの知識に何の価値がある。
ルセラのように、知識を活用し己の願いを叶えてこそ、知識は意味を成すのだ。
何よりルセラは、生き残るためならばその知識をあらゆる方法で活用する。
契約者すら利用してしまうのがルセラなのだ。
今回だってそうだ、この村の周囲にはオークがいる。
きっとルセラは
そんなルセラが、ついに悪魔と契約を果たした。
どころか、悪魔を祭壇の外に連れ出してしまったのである。
きっとその方法を聞けば、ラススはまた理解できずにフリーズしてしまうだろう。
だが、どちらにせよ大事なのはそんなことじゃない。
ルセラが悪魔を連れ出したということだ。
そんなことをしたら、ルセラがどんなことをしでかすか解ったものじゃない。
きっと、世界はとんでもないことになっていくだろう。
ああ、楽しみで仕方がない。
ルセラは次に、どうやって自分を使ってくれるのだろう。
どんな”知恵”を披露してくれるのだろう。
それを思えばもう、ラススはこの世界をつまらないとはとてもじゃないけれど言えなくなっていた。