それは、記録として残っていない。
正確には——
残されなかった。
壱岐家の起点は、禁忌だった。人と神。本来、交わらないはずのもの。壱岐家初代当主、壱岐ひよりは、それを越えた。理由は、きっとありふれたものだったのだろう。壱岐ひよりは夜卜と同じ名を冠するあの禍津神と繋がりたいと思ってしまった。記録は残っていない。ただ一つ、断片だけが残っている。
「境を、越えた」
その結果、何が起きたのか。
誰も正確には知らない。
ただ——
その血を引く者は、例外なく“境界”に触れた。
ある者は、死者の声を聞いた。ある者は、触れたものの“形”を変えた。
そして、一人。完全に、越えた。名は、残っていない。いや、残されていない。その者は、人の魂に名を与えた。意味を与え、形を与えそして、“器”にした。それは、神の御業だった。人の手で、触れていいものではなかった。
結果——
「消えた」
人も、記録も、記憶もすべて。まるで最初から、存在しなかったかのように。それ以降、壱岐家には、いくつかの言葉が残された。
「境を越えるな」
「魂に触れるな」
「名を与えるな」
そんな言葉も歴史と共にしだいに消えていった。
そして、壱岐家の血を引く者、壱岐夜卜もまた同じ、境界を越えた。
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気が付くと、札が張り巡らされた部屋にいた。窓はなくて、外は見えない。あるのは椅子だけ。
「まぁ、形式上ね」
声をした方を振り返ると、五条悟がいた。
「君も一応、“そっち側”だから」
「ここ、前にも使ってたんだよ。面白いやついれるのに」
五条悟は冗談みたいに言うが、こっちからしたら笑えない
「壱岐、ね」
五条悟が呟く
「壱岐と名乗る君が歪な呪力を出してたから連れてきたけど」
視線が後ろに座ってる緋色に移る
「やっぱり」
五条悟が緋色を指さす
「その子、普通じゃないよね」
「・・・ああ」
「なにかはわからない。でも、歪だ」
「・・・」
否定はできない。五条が俺を見て小さく息を吐く。
「やっぱりか」
俺の目の前に戻ってくる
「壱岐家ってさ、昔やらかしてるんだよね。人のくせに、神の真似事してさ。魂に触れて、名前をつけて、形にした。その結果、消えた。全部、何もかも消えた。だから、隠された。壱岐って名前と術式ごとね。君は両親から歴史のある呪術師の家系ということしか聞かされてないんじゃない?」
思い当たる点がある。両親は家の歴史について詳しく語ってはくれなかった。術式の使い方も基本的に自分で見つけた。
「でも、君は優秀だった。だから、やり方なんて教わらなくてもやった。いや、できちゃったかな?完全にアウトだね」
五条悟は軽い調子でしゃべる。けど、目が笑っていない。
「しかもさ、中途半端なんだよね。神でもないし、人でもない」
五条が夜卜を指さす
「だから、不完全で――混ざってる。記憶とか、感情とか。そのうちさ、」
夜卜と緋色、両方を指す。
「分からなくなるよ、どっちがどっちが」
「・・・それ、緋色は助からないってことか?」
五条はすぐには答えない。
そして、
「手遅れじゃない。まだ、ね」
その一言で十分だった。空気が重くなる。
「・・・どうすればいい?」
ようやく出た言葉に五条は口角を上げて、
「簡単じゃないけど、方法はある。だからここにいる。壊れる前に拾った。安心していいよ。ちゃんと見てるから。」
五条はそこで言葉を切って、低い声でこう言った
「最悪の場合は――消す。もちろん君も、緋色ちゃんも。」
冗談には聞こえない
「で?」
五条は俺の目をみつめる
「このまま、壊れる?それとも――抗う?」
選ぶのは夜卜だった。
緋色ちゃんはrom専になってました