列王
田英たち使節団は、大和軍の陣営で奇妙な光景を目にした。
数千の屈強な兵士たちが、武器を鍬や土均しに持ち替え、無言で山を切り崩し、道を舗装しているのだ。彼らの背中の筋肉は汗に光り、その動きには一切の無駄がない。
そして夕刻。土木作業を終えた兵士たちは、陣の片隅に描かれた円(土俵)の中で、裸のまま組み合って汗を流していた。
力と力がぶつかり合う凄まじい熱気。しかし、田英は戦慄した。彼らはどれほど激しく組み合おうとも、絶対に相手の顔を殴らず、腹を蹴らない。組み伏せ、押し出すだけだ。
一方、港に停泊した関船の上では、日焼けした静かな顔つきの男たちが、奇妙な金属の道具(測量儀)を用いて太陽の高さを測り、無言で木簡に数字を書き込んでいる。海の無法者特有の粗暴さなど微塵もない。彼らはまるで、星の運行を計算する学者のような冷徹な眼差しで、半島南部の海を「記録」し続けていた。
それから数ヶ月…
遼東の中心、
半島南部という「異界」から生還した田英は、疲労困憊の身体を引きずりながら、主君である遼東太守・公孫度の御前に平伏していた。
広間には重苦しい沈黙が満ちていた。
田英がもたらした報告は、公孫度の予想を遥かに超えるものだった。軍律の行き届いた土木作業、独自の死生観に基づく無慈悲な処断、自然の理を読み取った橋の設計、そして漢の文字を解体・再構築した異形の文字体系。
「……彼らは、野蛮な
田英は、枯れた声で最後にそう締めくくった。
「独自の高度な法と知性を持ち、一切の無駄なく軍を動かす、途方もない『化け物』にございます。そして彼らの将軍は、進軍の限界線を『西は
報告を聞き終えた公孫度は、玉座の上で腕を組み、彫りの深い顔に深い影を落としたまま、微動だにしなかった。
その沈黙の間に、公孫度の脳内では凄まじい速度で打算と計略が交錯していた。
「……郁里河から、東濊港か」
公孫度は、傍らに広げられた地図に視線を落とした。
半島の腰を横断するそのラインのすぐ北には、大漢帝国が設置した
「太守様」
傍らに控えていた腹心の文官が進み出た。
「ただちにこの異常事態を、中央の朝廷へご報告なされるべきかと存じます。未知の巨大勢力が楽浪郡の南にまで迫っているとなれば、国家の存亡に関わる一大事。朝廷に援軍と指示を仰がねば……」
「馬鹿を言え」
公孫度の低く、底冷えのするような一喝が、広間の空気を凍りつかせた。
彼は玉座から立ち上がり、冷笑を浮かべて文官を見下ろした。
「今、洛陽に『朝廷』などというものが存在していると本気で思っているのか?」
公孫度の元には、中原の最新の情勢が間断なく届けられていた。
曹操が放った檄文によって反董卓連合が結成され、袁紹や孫堅らが大軍を率いて洛陽へと迫っている。それに恐れをなした董卓は、洛陽の宮殿や民家に火を放ち、歴代皇帝の陵墓を暴いて財宝を奪い、献帝を無理やり引き連れて、西の長安へと逃亡を図り始めているというのだ。
「四百年続いた大漢の都は、今や董卓の放った炎で灰燼に帰そうとしている。皇帝は西涼の豚に首根っこを掴まれて引きずり回され、諸侯どもは正義の顔をしながら、実のところ誰が次の覇権を握るかで互いに腹の探り合いをしているに過ぎん」
公孫度は、吐き捨てるように言った。
「そんな泥沼で殺し合っている連中に、『東の海から正体不明の大軍勢がやってきたから助けてくれ』と泣きついて、一体誰が兵を差し向けてくれるというのだ? 援軍など来るはずがない。それどころか、我々が弱みを見せれば、中原の軍閥どもはそれにつけ込んでこの遼東を呑み込もうとするだろう」
大漢帝国は、もう終わったのだ。
公孫度は、この現実を誰よりも冷徹に受け入れていた。
すでに中央政府としての機能は完全に死に絶え、腐臭を放つ死骸となっている。そんなものに義理立てして報告を入れるなど、自らの手足を縛るだけの無意味な行為であった。
「田英よ」
公孫度は、疲労の底にある使者を見下ろした。
「よくぞ生きて戻り、相手の『底』を測ってきた。お前の持ち帰った報告こそが、この遼東の運命を決する」
「はっ……」
「相手は確かに恐るべき存在だ。だが、欲望に任せて際限なく領土を広げる董卓のような獣ではない。明確な国境を定め、自らの理屈でそこに留まるというのであれば……これほど『交渉』のしやすい相手はいない」
公孫度の目に、辺境の覇者としての野心の炎が赤々と燃え上がった。
「私は、中央の指示など仰がん。長安に逃げ込む皇帝の許可も不要だ。……我ら遼東軍の独断を以て、その東の軍勢と『不可侵の約定』を結ぶ」
「独断で、条約を……!?」
文官たちが息を呑んだ。
それは、大漢帝国の一介の地方官としての権限を完全に逸脱する行為である。他国と独自の外交を行うということは、すなわち「公孫度が独立した一国の王として振る舞う」という決定的な宣言に他ならなかった。
「相手の将軍に、再び書状を送れ」
公孫度は、大股で歩きながら矢継ぎ早に指示を飛ばし始めた。
「彼らが郁里河と東濊港を結ぶ線を越えぬというのであれば、我ら遼東の軍もまた、その境界線より南へは決して干渉しない。楽浪郡や
「太守様、よろしいのですか? 楽浪郡の南半分が事実上、彼らに切り取られることになりますが」
「構わん。くれてやれ」
公孫度は冷酷に言い切った。
「半島の南の果てなど、我々にとっては治めるにも金と手間がかかるだけの無用の長物だ。そんな辺土の維持に血道を上げるより、彼らを南の『分厚い防波堤』として使わせてもらう」
公孫度の戦略は極めて現実的であった。
未知の軍勢が半島南部に居座り、強固な国境を築いてくれるのであれば、遼東の背後からの脅威は完全に遮断される。彼らが南で大人しくしている間に、公孫度は全軍を北と西へ向け、高句麗や烏桓といった厄介な北方民族を徹底的に叩き潰し、遼東の支配を盤石なものにすることができるのだ。
「使者には、高価な毛皮と、遼東で産出された良質な馬を数十頭引かせて行け。向こうが軍律を重んじる集団であれば、こちらが『対等な隣人』として礼を尽くしている限り、無用な牙を剥くことはあるまい」
公孫度は、広間の巨大な窓から、凍てつく北の大地を見渡した。
「長安の朝廷も、洛陽の諸侯どもも、せいぜい中原で血を流し合うがいい。……私はこの北の地で、漢の枠組みを捨て、真の王となる」
西暦一九〇年。
中原の諸侯が「董卓討伐」という大義名分の下で殺し合い、大漢帝国がその四百年の歴史に致命的な終止符を打とうとしていた狂乱の裏側で。
遼東の太守・公孫度は、東の海から這い上がってきた未知なる脅威を前にして、中央政府を完全に見限り、独自の判断で「不可侵の密約」を結ぶという道を選んだ。
それは、公孫度という男が実質的な「遼東の独立王」として覚醒した瞬間であり、同時に、大和国が一切の中原の干渉を受けることなく、半島南部に悠々と「絶対的な軍事・兵站拠点」を築き上げることを許された瞬間でもあった。
赤と白の旗がはためく大和の防衛線と、公孫度が支配する凍てつく北の独立王国。
中原の狂騒から切り離された東の辺境に、誰にも知られることなく、氷のように冷たく、そして強固な「二つの異界の境界線」が、静かに引かれた。
大漢帝国の歴史を語る上で、決して欠かすことのできない一族がある。
かつて前漢の歴史を記した大著『漢書』を編纂した
文字と歴史、そして辺境の理を知り尽くした名門——
時は後漢末期、霊帝の治世の末。
洛陽の中央政府に仕えていた班稀、字を唯才もまた、その偉大なる班氏の直系の末裔であった。彼は正使として東の果て、日本国へと派遣されるほどの高い身分と教養を持っていたが、洛陽に帰還した直後、「東夷の島国に、我が国を凌ぐ大国がある」という報告を行ったことで、朝廷を惑わす狂人として投獄され、死罪の判決を受けた。
公式の記録では、彼は獄中で病死したことになっている。
その「死」の報せが届いた夜。
洛陽の片隅にある班氏の屋敷では、班稀の弟である
班峻は、ただ兄の死を悲しんでいたのではない。己の過去の傲慢さと、兄の本当の苦しみを何一つ理解していなかったことへの、血を吐くような悔恨に苛まれていたのだ。
班稀という男は、一族の中でも際立って優秀であった。幼い頃から経書を暗唱し、歴史の真理を見抜く鋭い眼力は、かつての班固の再来とまで謳われていた。弟の班峻は、そんな光り輝く兄に対して、深い尊敬と同時に、どうしようもない嫉妬を抱いて育った。
しかし、彼らが青年になり、十常侍と呼ばれる宦官たちが洛陽の権力を握り始めると、班稀の態度は豹変した。
一族を粛清から守るため、班稀は己の類まれなる知性をひた隠しにし、無能な
宦官たちに高価な賄賂を贈り、酒の席で道化のように媚びへつらい、泥に塗れて一族の安全を買い漁った。
若く、潔癖であった班峻は、そんな兄の姿を見るたびに軽蔑の眼差しを向けた。
「兄上は、班氏の誇りを捨てた。あの金に群がる豚どもと同じになり果てた」と、面と向かって罵倒したことすらあった。
妻の柳氏もまた、夜な夜な酒の匂いをさせて帰ってくる夫の背中を見て、幾度も一人で涙を流した。だが、彼女だけは、夫が眠りについた後に見せる、死んだような暗い横顔を見て、彼がどれほどの屈辱を一人で抱え込んでいるのかを薄々と察していた。
そして、東の海へ正使として赴き、数年ぶりに洛陽へ帰還した兄は、かつての「泥に塗れた阿呆」ではなくなっていた。
彼の瞳には、班氏の祖先たちが持っていた、歴史の真実を直視する「記録者としての恐ろしいほどの矜持」が宿っていたのだ。
「……私は、見たものをありのままに奏上する。それが、いかなる破滅を招こうとも」
そう言い残して宮中へ参内した兄は、そのまま捕縛され、帰らぬ人となった。
「あなた……。どうして、どうしてこんな……」
柳氏が、夫の残した衣を抱きしめて咽び泣く。
班峻は、固く拳を握りしめ、兄が捕縛される数日前に、最も信頼する古参の召使いを通じて密かに託された「一通の木箱」をじっと見つめていた。
「開けましょう、義姉上。……これが、兄上が己の命と引き換えにしてでも遺したかった、真実です」
班峻が小刀で木箱の封を切ると、中には何巻もの分厚い竹簡と、家族に宛てた一通の私信が収められていた。
竹簡には、大和国の地理、農法、港の構造などが詳細に記されていた。しかし、班峻たちが最も目を奪われたのは、兄・班稀の人間としての本音が切々と綴られた、その手紙であった。
そこには、中原の英傑たちが恐れるような「冷徹なシステム」や「完璧な超大国」といった無機質な言葉は一つも書かれていなかった。ただ、一人の心優しき歴史学者が見た、美しくも哀しい異国の風景が描かれていた。
『我が愛しき妻よ。そして、誇り高き弟、峻よ。
この手紙を読んでいる時、私は既にこの世の者ではないか、あるいは日の当たらぬ牢の底に繋がれていることであろう。
まず何よりも、二人に深く詫びねばならない。
長年、一族を守るためとはいえ、醜く媚びへつらう姿を見せ、そなたたちに恥をかかせ、心を痛めさせてしまった。そして今度は、私の勝手な矜持のせいで、一族を滅びの危機に晒そうとしている。いかように私を恨んでもらっても構わない。ただ、子どもたちだけは、どうか頼む。
私が東の海を渡り、大和という国で何を見たか。
洛陽の役人どもは、あそこを毛皮を着た夷狄の巣窟だと思っている。だが、それは決定的に間違っている。
私はそこで、我ら中原がとうの昔に失ってしまった「漢の華やかりし頃」の幻を見たのだ。
あの国の人々は、決して無感情な獣ではない。
春になれば桜の花の下で酒を酌み交わして笑い、秋の収穫の時期には実りに感謝して涙を流す。親は子を慈しみ、子は親を敬う。市井の民は日々の営みの中に、我らと何一つ変わらぬ、温かな喜怒哀楽を持って生きている。
市場には活気があり、女たちは美しい布を織り、子どもたちは泥だらけになって広場を駆け回っていた。
しかし、洛陽と決定的に違うことが一つある。
あの国には、法を私物化し、民から財を奪い尽くす宦官も、力任せに村を焼き払う軍閥も存在しない。
天皇という絶対的な御柱の下、法は厳しくとも極めて公平に敷かれ、民はその法と統治を心から信頼して日々を送っているのだ。飢える者がいれば倉が開き、道が壊れれば皆で直す。
かつて我が班氏の祖先たちが書き記した、古の聖王が治めていた時代の理想の統治が、海の向こうには確かに、そして美しく存在していた。
私は、あの国の統治機構の大まかな記録を、この箱の中に遺す。
彼らの国は、決して我ら大漢帝国に劣るものではない。むしろ、今の腐りきった洛陽よりも遥かに正しく、そして恐ろしいほどに穏やかな国だ。
私は、班氏の末裔として、歴史の記録者として、この眼で確かに見た「真実」を偽ることはできなかった。
洛陽の朝廷にこの事実を告げれば、彼らは己の無能を棚に上げ、私を狂人として処断するだろう。それは分かっていた。だが、私があの国を「野蛮な未開の地だ」と嘘をつけば、大漢帝国は迫り来る真の危機に気づかぬまま、いずれあの美しい国に呑み込まれて滅び去る。
私は、大漢を愛していた。そして、あの海の向こうで笑う人々を見たことで、この国がどれほど病み、狂ってしまったのかを悟ってしまったのだ。
峻よ。お前は私よりも真っ直ぐで、そして賢い。
私の死罪が確定すれば、連座を恐れて宦官どもが班家を皆殺しにしに来るだろう。
一刻も早く洛陽を捨てよ。財宝は置いていけ。古き書物と、子どもたちの命だけを持って、逃げてくれ。
どうか、生きてくれ。
いつか、この狂乱の時代が終わり、再び中原に「人が人らしく笑える、正しき法」が戻るその日まで。』
「兄上……。ああ、兄上……っ!」
手紙を読み終えた班峻は、床に額をこすりつけ、獣のような声を上げて号泣した。
兄は狂ってなどいなかった。誰よりも正気で、誰よりも大漢帝国の未来を憂い、そして誰よりも「人が人として生きる美しい世界」を愛していたのだ。
自分が兄の才能に嫉妬し、軽蔑していたあの泥に塗れた日々も、すべてはこの家族を生かすための、血を流すような自己犠牲であったことを、班峻はようやく理解した。
「泣いている暇はありません、義弟殿」
柳氏が、涙で顔を濡らしながらも、気丈に立ち上がった。彼女の瞳には、夫の遺志を継ぐ強い光が宿っていた。
「あの人が命を賭けて遺してくれた時間を、無駄にはできません。子どもたちを起こしなさい。夜が明ける前に、この洛陽を立ちます」
かくして、班稀の死の直後。
名門・班氏の残された一族は、最低限の荷物と、兄が残した「東の国の記録」だけを懐に忍ばせ、腐敗の極みにある洛陽の都から闇に紛れて脱出したのである。
彼らが向かった先は、西の古都・長安(ちょうあん)であった。
洛陽が後漢の都となる以前、前漢の時代に帝都として栄えたこの場所には、古くからの班氏の親族や、かつての祖先たちが恩を施した名家が多く残っていた。
道中の関所や検問は、班氏が持つ古い繋がり(コネクション)と、班稀がかつて宦官にばら撒いていた賄賂の裏人脈を駆使して、どうにか潜り抜けることができた。
長安に辿り着いた班峻たちは、親族の屋敷の離れに身を隠し、ひっそりと息を潜めて暮らし始めた。
洛陽の喧騒に比べれば、長安はまだ古い秩序が辛うじて残っており、彼らもようやく一息つくことができた。
「ここでなら、子どもたちを無事に育て上げることができるかもしれませんね……」
夜、眠る子どもたちの寝顔を見つめながら、柳氏が安堵の吐息を漏らす。
班峻もまた、兄が残した竹簡を灯りの下で書き写しながら、静かに頷いた。
「ええ。兄上が見たという東の国には及びませんが……この古都で、静かに歴史の記録を紡ぎ続けましょう」
しかし、彼らのそのささやかな安寧は、たった数年で無残にも打ち砕かれることとなる。
西暦一九〇年。
洛陽から、信じがたい凶報が次々と長安へと飛び込んできた。
西涼からやってきた軍閥・董卓(とうたく)が洛陽を制圧し、少帝を廃して献帝を擁立したこと。
反董卓連合の諸侯が洛陽に迫っていること。
そして何より……追い詰められた董卓が、洛陽の街に火を放ち、歴代の陵墓を暴き、数百万の洛陽の民を強制的に引き連れて、この長安へと遷都してくるという、絶望的な知らせであった。
「……なんということだ。あの魔王が、この長安へやって来るというのか」
班峻は、親族が密かに集めてきた情報を聞き、顔面を蒼白にさせた。
歴史を記録することを生業としてきた班氏の一族は、代々「極めて耳が良い(情報網が広く、真実を見抜く力がある)」ことで知られていた。
巷の噂では、「董卓様が長安を再び大漢の中心にしてくださる」などと無邪気に喜ぶ者もいたが、班峻たちは全く違った。
西涼の兵たちが洛陽でどのような乱暴狼藉を働き、どれほど多くの名家が財産を奪われて一族皆殺しにされたか。その凄惨な事実を、彼らは逃れてきた商人や間者の口から正確に把握していたのである。
「義弟殿。董卓が来れば、この長安も洛陽と同じ、血の海と化します。董卓の配下には、かつて兄上が対立した宦官の息がかかった者たちも多い。我ら班氏の残党がここにいると知れれば、間違いなく略奪の標的にされます」
柳氏が、震える子どもたちを抱き寄せながら言った。
「分かっています、義姉上。……ここはもう、安住の地ではない」
董卓という、一切の法と理を持たない暴力の化身。
兄・班稀が「法と信頼で結ばれた大和国」の美しさを絶賛し、それと比較して絶望した「中原の病」の最悪の症状が、まさに董卓という男であった。
これ以上、この狂気に巻き込まれるわけにはいかない。
「どこへ逃げますか、義弟殿。もはや中原に、安全な場所など……」
「一つだけ、あります」
班峻は、長安の南、果てしなく連なる険しい山脈の方角を指差した。
「
のちに劉備が入り、
四方を険しい山々に囲まれた「天府の国」と呼ばれるその地は、古くから中原の戦乱を逃れるための巨大な避難所としての機能を持っていた。
さらに、班氏の一族は、前漢の時代から西南の異民族との交渉や、益州の太守たちと深い学問的な繋がりを代々受け継いでいた。長安や洛陽の政治的腐敗が届きにくく、董卓の騎馬隊であっても容易に攻め入ることのできない天然の要塞である。
「蜀の道は、天に登るよりも険しいと言われます。ですが、董卓の剣の餌食になるよりは、遥かにましです。……それに、あの地ならば、兄上の遺した『真実の記録』を、誰にも奪われずに後世へ伝えることができる」
班峻の言葉に、柳氏も力強く頷いた。
「行きましょう。あの人が命を懸けて守ってくれたこの子たちの命、悪鬼どもに奪われるわけにはいきません」
決断は早かった。
長安が董卓の到着を前に異様な混乱と恐怖に包まれる中、班氏の一族は再び家財を捨て、みすぼらしい流民の姿に扮して、密かに長安を脱出した。
目指すは、南の険しき山岳地帯。
幼い子どもたちの手を引き、山道を一歩一歩踏みしめながら、班峻は幾度も振り返り、やがて黒い煙に包まれていくであろう長安の空を見つめた。
(兄上……。大漢は、あなたが危惧した通り、自らの血で溺れ、修復不可能なほどに壊れてしまいました)
班峻の胸元には、兄が遺した大和国の記録と、家族への愛が綴られた手紙が、お守りのようにしっかりと抱き抱えられていた。
(ですが、私たちは生きます。あなたが教えてくれた、人が人らしく笑い、法を信じて生きる『古の漢の姿』が、海の向こうには確かに存在しているという、その希望の記憶だけを胸に抱いて。……いつか、この記録が、後の世を正す光となることを信じて)
歴史の真実を知る名門・班氏の血脈は、中原の死の連鎖から完全に脱却するため、険しき蜀の山中へとその姿を消していった。
彼らは知る由もなかった。
処刑されたとばかり信じていた兄・班稀が、実は曹操孟徳という稀代の英傑の手によって密かに救い出され、
狂気と絶望が西へ西へと伝染していくその大波から逃れるように、歴史の記録者たる班氏の生き残りたちは、険しき山岳地帯へと足を踏み入れていた。
「皆、足元に気をつけて。遅れないでください」
柳氏が幼い子どもたちの手を引き、班峻が背に重い木箱——兄・班稀が命と引き換えに遺した『東の国の記録』——を背負い、一歩一歩、急峻な岩山を登っていく。
彼らが歩む「
だが、流民の汚れた衣服に身を包んだ彼らの瞳には、決して消えることのない希望の光が宿っていた。董卓の暴政という泥沼から遠ざかるほどに、背負った記録を後世へ残せるという確信が、彼らの疲れた足を前に進ませていたのである。
奇しくも、険しき蜀道を、全く別の目的で、しかし同じ成都を目指して進む巨大な集団があった。
「進め! 立ち止まるな。この険しき山を越えれば、そこは我らだけの天地である!」
何百台もの荷車と、重武装の兵士たち、そして豪奢な天蓋を掲げた馬車の列。
その中心で悠然と
劉焉は、長安の朝廷が董卓によって完全に支配され、漢の命脈が尽きようとしていることを誰よりも早く見切っていた。
彼が自ら望んでこの辺境の益州牧に赴任したのは、決して漢室を復興するためではない。洛陽や長安の泥沼から安全な場所へ逃れ、山に囲まれた「天府の国」で、事実上の『独立王国』を築き上げるためであった。
「……愚かな諸侯どもは、中原で玉座を巡って血を流すがいい。私はこの益州で、誰にも邪魔されず、天子として君臨してやる」
馬車の中でほくそ笑む劉焉の荷物の中には、皇帝のみが使用を許される「千乗の車」の部品が、すでに密かに積み込まれていた。彼の野心は、董卓の暴政にも、中原の動乱にも縛られない、新たな王国の建設へと向かっていたのである。