四國志   作:丸亀導師

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列王 終

 

西暦一九一年。

 

洛陽を業火で焼き払い、数百万の民を泣き叫ばせながら強行された長安への遷都は、大漢帝国の歴史において最も凄惨な汚点として刻まれた。

 

その血塗られた道程の果て、古都・長安の未央宮(びおうきゅう)の最奥に、一人の少年が事実上の「軟禁状態」として幽閉されていた。

大漢帝国第十四代皇帝、献帝(けんてい)劉協(りゅうきょう)

 

この時、わずか十一歳である。

 

「陛下。相国(董卓)様より、本日は宮中の外へ出ることを固く禁ずるとの命が下っております」

 

冷たい鉄の鎧を鳴らし、西涼(せいりょう)の兵士が無骨に告げる。

 

それは「護衛」という名目の、完全なる「監視」であった。董卓は長安の西に巨大な要塞である郿塢(びう)を築き、自らはそこに引き籠もりながら、皇帝である劉協の周囲には己の息のかかった荒くれ者たちを配置し、外部との接触を徹底的に遮断していたのである。

 

「……分かった。下がってよい」

 

劉協は、幼いながらも極めて静かで、澄み切った声で答えた。

恐怖に怯えることもなく、癇癪(かんしゃく)を起こして泣き叫ぶこともない。そのあまりにも落ち着き払った態度に、粗暴な西涼兵でさえ毒気を抜かれたように一礼して扉を閉めた。

一人になった部屋で、劉協は静かに息を吐き、机の上に積まれた分厚い竹簡の束へと向き直った。

 

『論語』『春秋左氏伝』『礼記』——歴代の皇帝が学ぶべき、儒教と帝王学の経典である。

 

(……私は、泣かない。泣いて許しを乞うたところで、あの魔王の心が動くはずもないのだから)

 

劉協の脳裏には、洛陽で無惨に毒殺された兄・少帝(劉弁)の最期の顔が焼き付いている。

自分は、皇帝である前に、董卓が権力を握るための「便利な操り人形」に過ぎない。いつ機嫌を損ね、いつ兄と同じように毒杯を賜るか分からない、薄氷を踏むような絶望的な日々。

だが、劉協は決して心を折らなかった。

 

(私は、大漢帝国の天子である。四百年の歴史を背負う、劉氏の血を引く者だ。……肉体が鳥籠に囚われようとも、私の魂まで董卓の豚に差し出すつもりはない)

 

彼は、己の無力さを誰よりも冷徹に理解していた。剣を振るう力も、兵を動かす権限もない。

だからこそ、彼は「学ぶこと」を己の唯一の闘いとした。

 

いつか董卓が滅び、再び天子としてこの国を導く日が来た時、無知で暗愚な皇帝であってはならない。歴代の聖王たちがどのようにして乱世を治め、民を安んじたのか。その知恵を頭脳に刻み込むことだけが、囚われの幼き皇帝に許された、唯一の「漢室への忠義」であったのだ。

 

薄暗い部屋の中、小さな背中をピンと伸ばし、ただ黙々と竹簡を読み耽る幼き天子の姿。

それは、暴虐と狂気が支配する長安の宮中において、唯一残された「漢の正統なる光」であった。

 

その劉協の静かな闘いを、宮中の柱の陰からじっと見つめている一対の鋭い眼光があった。

董卓の養子であり、天下無双の武を誇る飛将・呂布(りょふ)奉先(ほうせん)である。

 

「……解せぬ」

 

呂布は、腕を組みながら低く呟いた。

 

彼は董卓の命により、定期的に宮中の警護(という名の監視の総責任者)を務めていた。彼が最初に献帝の警護を任された時、内心では「どうせ毎日泣き喚き、乳母を呼んで駄々をこねるガキの守りなど、欠伸が出る」と高を括っていた。

だが、実際に見た十一歳の少年帝は、呂布の予想を完全に裏切った。

 

毎日毎日、薄暗い部屋で一人、姿勢を崩すことなく書物を読み続けている。董卓が無理難題を押し付けても、静かに頷き、決して取り乱さない。

 

(あの年齢で、あの静けさ。……奴は、死を恐れていないのか?)

 

呂布は、これまで無数の人間を殺してきた。

死の恐怖を前にすれば、どんな立派な建前を語る名士も、皆一様に無様な命乞いをして泣き叫んだ。己の養父であった丁原(ていげん)でさえ、呂布が裏切りの刃を向けた時は驚愕と絶望に顔を歪めたのだ。

 

しかし、この幼い皇帝の瞳には、死に対する怯えがない。いや、怯えを完全に制圧するだけの「凄まじい矜持」が宿っているように見えた。

 

ある凍てつくような冬の夜。

呂布は、不意の視察のために献帝の寝所の前に立ち、無言で槍を構えていた。

吐く息が白く凍るほどの寒波である。西涼の屈強な兵士たちでさえ、こっそりと物陰で身を寄せ合って暖を取っている中、武を誇示する呂布だけが、仁王立ちで身動き一つせずに扉の前を守っていた。

 

その時、ギィ、と微かな音を立てて、寝所の扉が開いた。

現れたのは、質素な衣を羽織った劉協であった。

 

「……陛下。このような夜更けに、いかがなされましたか。便所であれば、宦官をお呼びしますぞ」

 

呂布が冷たく見下ろして尋ねると、劉協は小さく首を振った。

「いや、違う。……呂布将軍。外はひどく冷えるだろう」

 

劉協はそう言うと、自らが寝台で被っていた一枚の温かな『毛皮の外套』を両手で抱え、呂布の巨大な足元へと差し出したのだ。

 

「将軍は、我が大漢を支える無双の柱石である。董卓相国の命とはいえ、このような夜更けまで立たせておくのは忍びない。……これを羽織り、どうか体を冷やさぬようにしてくれ」

 

「……っ」

 

呂布は、思わず息を呑み、目を見開いた。

差し出された毛皮からは、少年帝の小さな体温が微かに伝わってくるようだった。

 

「陛下。……(それがし)は、董卓の犬ですぞ。陛下の自由を奪い、監視している逆賊の配下だ。なぜ、そのような情けをかける」

 

呂布の声には、無意識のうちに鋭い棘が混じっていた。

しかし、劉協は呂布の威圧的な眼差しを真っ直ぐに見つめ返し、静かに微笑んだ。

 

「将軍が誰に仕えていようと、将軍が類まれなる武勇を持ち、この長安の治安を守ってくれていることに変わりはない。……私は大漢の天子として、我が国の将軍が凍えるのを黙って見ていることなどできないのだ。それだけのことだ、呂布将軍」

 

劉協は外套を呂布の腕にそっと押し付けると、「夜警、ご苦労である」とだけ言い残し、再び静かに扉の奥へと戻っていった。

残された呂布は、腕の中に残された柔らかな毛皮を見つめたまま、微動だにすることができなかった。

 

(……この俺を、逆賊の犬ではなく、『大漢の将軍』と呼んだ、だと?)

 

呂布の胸の奥底で、かつて感じたことのない奇妙な熱が、ドクンと音を立てて脈打った。

天下の諸侯も、洛陽の廷臣たちも、誰もが呂布を「裏切り者の獣」「董卓の番犬」として忌み嫌い、恐怖し、影で唾を吐きかけていた。呂布自身も、己を圧倒的な暴力の装置として割り切り、他者の感情など一切信じていなかった。

 

だが、あの幼い皇帝だけは違った。

一切の打算も、恐怖も、媚びへつらいもない。ただ純粋な「主君としての慈悲」をもって、この血塗られた自分に毛皮を差し出したのだ。

 

(……なんと、清らかで、そして悲しい強さか)

 

呂布は、無意識のうちにその毛皮を己の肩に羽織っていた。

凍てつく夜風が、急に温かくなったように感じた。そして同時に、あの暗愚で狂気に満ちた養父・董卓の姿と、薄暗い部屋でひたむきに本を読む少年帝の姿が、呂布の脳内で強烈な対比となって浮かび上がったのである。

 

天下最強の獣の心に、董卓への絶対的な忠誠を揺るがす「決定的な(くさび)」が、静かに、しかし深く打ち込まれた瞬間であった。

 

献帝の存在によって心が揺れ動いていたのは、呂布だけではなかった。

むしろ、皇帝のその静かな闘いを誰よりも間近で見て、己の(はらわた)がちぎれるほどの怒りと忠義の炎を燃やし続けている男がいた。

 

大漢の司徒(しと・最高位の文官)王允(おういん)、字を子師(しし)である。

王允は、長安の宮廷において、誰よりも深く「二重の仮面」を被り続けていた。

 

彼は、董卓が開く狂気の酒宴には必ず顔を出し、顔を真っ赤にして阿諛追従(あゆついしょう)の言葉を並べ立てた。董卓が拷問で人を殺せば「さすがは相国様、逆賊には相応しい罰ですな!」と手を叩いて笑い、董卓から「我が最も忠実な腹心」と呼ばれるまでに取り入っていたのである。

 

だが、それはすべて、董卓の警戒を解き、内側から喉笛を掻き切るための、血を吐くような忍従(にんじゅう)の日々であった。

 

ある日の午後。

王允は、政務の報告のために献帝の部屋を訪れていた。

西涼兵が扉の外で目を光らせる中、王允は慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度で献帝の前に進み出た。

 

「陛下。本日は相国(董卓)様より、この書状に御璽(ぎょじ・皇帝の印)をいただくよう仰せつかっております。……あぁ、内容の確認など不要でございます。相国様のお考えに、間違いなどあろうはずがございませんからな」

 

わざと大きな声で、外の兵士に聞こえるように媚びた声で言う。

劉協は、王允の顔を静かに見つめた。

 

かつては漢室を支える清廉な忠臣として名高かった王允が、今や董卓の靴の泥を舐めるような男に成り下がってしまった。その事実に、普通の主君であれば軽蔑の目を向けるところだろう。

しかし、劉協は違った。

 

彼は書状を受け取りながら、王允の震える指先と、その瞳の奥に隠された「張り裂けそうな苦悶」を、見逃さなかった。

劉協は、御璽を押し、竹簡を巻き直すと、それを王允に手渡す瞬間に、誰にも聞こえないほどの微かな声で、こう囁いたのだ。

 

「……王允。そなたの忠義は、決して汚れてはいない。真の忠臣とは、泥を被ってでも国を思う者のことだ。……どうか、己を責めるな」

 

王允は、雷に打たれたように全身を硬直させた。

十一歳の少年に、己の被り続けた醜悪な仮面の奥の「本心」を、完全に見透かされていたのだ。しかも、咎めるどころか、その泥に塗れた忠義を(ゆる)し、慰めてくれたのである。

 

「へ、陛下……っ」

 

王允の目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。

彼は慌てて袖で顔を隠し、「ははっ、これはありがたき幸せ……っ」と、兵士たちには嬉し泣きに見えるように声を震わせながら、深く、深く平伏した。

 

床に額をこすりつけながら、王允は己の魂が業火のように燃え上がるのを感じていた。

 

(おお、天よ! 我が大漢帝国は、まだ死んでいない! この絶望の長安の底に、これほどまでに気高く、聡明な真の天子が輝いておられるではないか!!)

 

王允は、泣きながら己に誓った。

この気高き幼い皇帝を、一刻も早くあの董卓という魔獣の毒牙から救い出さねばならない。そのためならば、我が命も、一族の血も、すべてこの長安の泥の中に捨て去って見せる。

 

「……董卓。貴様の命運も、これまでだ」

 

自邸に戻った王允は、密室の中で一人、研ぎ澄まされた刃のような冷たい目をしていた。

彼の頭脳は、董卓を暗殺するための具体的な「計略」の構築へと完全に移行していた。

 

(董卓を討つには、董卓を常に守っている『あの男』を引き剥がすしかない。いや、あの男の刃を、逆に董卓の喉元へと向けさせるのだ)

 

王允の目に浮かんだのは、無双の飛将・呂布の姿であった。

王允は、宮中で見せる呂布の態度の「微かな変化」を、鋭い政治家の眼で見逃していなかった。

かつては董卓の命令通りに機械のように動いていた呂布が、近頃は献帝の警護にあたる際、どこか思い詰めたような、あるいは献帝を気遣うような視線を向けることが増えていたのである。

 

(呂布の獣の心に、人間としての隙(感情)が生まれている。……ならば、その隙を突く!)

 

王允の頭の中に、恐るべき暗殺の設計図——後に「連環の計(れんかんのけい)」と呼ばれる、大漢の歴史を変えることになる巨大な陰謀のシナリオが、ゆっくりと形を作り始めていた。

武威を笠に着て、長安のすべてを支配したと錯覚し、酒と狂気に溺れる董卓。

 

しかし彼は気づいていなかった。

彼が「無力な操り人形」として鳥籠に閉じ込めたはずの幼き皇帝・劉協の、その純粋で気高き「光」こそが、周囲の人間たちの心を動かし、絶対的であったはずの恐怖の支配に、致命的な亀裂を生み出していたことに。

 

凍てつく冬の宮中で、本を読み続ける一人の孤独な少年帝の矜持が。

最強の(呂布)の心に人間性を呼び覚まし、老獪な忠臣に修羅の覚悟を決めさせた。

中華の動乱は、群雄たちが戦場で矛を交えるよりも遥かに深く、暗く、血の匂いに満ちた「密室の暗殺劇」へと向けて、不気味な胎動を響かせ始めていた。

 

―――

 

 

大漢帝国の古都・長安の未央宮(びおうきゅう)において、若き天子・劉協が、董卓という魔獣の暴力に怯えることなく、暗い鳥籠の中で静かなる知の闘いを続けていたのと同じ頃。

海を隔てた極東の地、日本国においてもまた、一人の絶対権力者が「鳥籠」の中に囚われていた。 

 

天皇——和那比売である。

 

彼女は、劉協のように悪意ある暴君に軟禁されているわけではない。彼女を縛り付けているのは、他ならぬ彼女自身がその頂点に君臨する「日本国の律令そのもの」であった。

 

大和国において、天皇とは国家の最高祭祀王であり、政治的・宗教的な絶対的権威の象徴である。巨大なからくり時計の「中心軸」である彼女が、己の感情や気まぐれで勝手に動き回れば、それに連動している太政官をはじめとする数万の官僚機構という歯車が、一瞬にして機能不全に陥ってしまう。

 

建国の王たる血筋を持つ絶対者が、最も自由を持たない。

故に、和那比売の日常における行動範囲は、都である長岡京の内裏と、その周辺の都市部のみに厳格に制限されていた。それは幽閉ではなく、国家を完璧に運営するための「冷徹な物理的制限」であった。

 

しかし、その日は違った。

一年の中で数少ない、天皇が遠方へと堂々と足を伸ばすことが許される国家的な神事——「鹿狩り(ししがり)」の日であった。

 

長岡京を出立した天皇の豪奢な大行列は、よく整備された舗装路と海路を使い、遠く北陸道に属する広大な越後平野へとやって来ていた。

 

秋の冷たい風が吹き抜ける、見渡す限りの枯れ(すすき)の野。

本来、鹿狩りとは豊穣の神に対して、野生の命(生贄)を直接血を流して捧げることで、来年の狩猟と農耕の無事を祈る極めて原始的で神聖な儀式である。天皇が自ら弓を引くことこそが、大地への最大の祈りであった。

 

「……烏見から、合図が上がりました」

 

傍らに控える近衛の武官が、低く通る声で告げた。

和那比売が視線を向けると、遥か遠く、平野を見下ろす小高い丘の上や、意図的に残された巨木の上に配置された観測兵——『烏見』たちが、赤と白の旗を規則的に振っているのが見えた。

 

烏見とは、鳥のように高い場所から獲物の動きを完全に俯瞰し、地上の部隊へと正確に情報を伝達する大和軍特有の索敵部隊である。彼らの誘導により、平野の奥に(たむろ)していた繁殖期の野生の鹿の群れが、和那比売の待つ射程圏内へと、まるで盤上の駒のように正確に追い立てられてきた。

 

「見事な誘導だ。だが……群れが小さいな」

 

和那比売は、風に揺れる芒の向こうに姿を現した数頭の鹿を見つめながら、静かに呟いた。

彼女は、身に纏っていた儀式用の豪奢な外套を脱ぎ捨て、動きやすい狩衣(かりぎぬ)の袖をたすき掛けで固く縛り上げた。

 

和那比売は、近衛兵から和弓(わきゅう)を受け取った。

それは、彼女の細身の体躯にはおよそ似つかわしくない、分厚い漆塗りの強弓である。

 

彼女は天文学者・数学者であったが、同時にこの武骨な儀式を執り行うための過酷な鍛錬も積んでいた。

 

ギリ、ギリギリ……ッ。

和那比売の細い腕の筋肉が張り詰め、弓が美しい半月を描いて引き絞られていく。

 

その弓の張力(引く重さ)は、およそ『二十キロ』。

 

一般の人間であれば、弦を引くことすら困難な重さである。しかし、これでも日本国の基準からすれば「儀式用の軽い弓」に過ぎなかった。

 

現在、日本国の正規軍が戦場で用いる軍用弓の張力は、「平均して三十五キロ」。腕力の優れた剛の者が扱う強弓に至っては、「六十キロ」を超える規格外の代物である。 

 

大和の長い弓は、中原の騎馬民族が使う短い合成弓とは根本的に設計思想が異なる。極端なまでの張力を持たせることで、重い矢を遠くまで、かつ甲冑を貫通するほどの恐るべき破壊力で放つための「重兵器」なのだ。

 

しかし、三十五キロから六十キロもの強弓を連続して引き絞れる屈強な兵士は、大和の厳しい軍事教練をもってしても数が限られる。

 

だからこそ、大和軍の遠距離部隊は「強力な和弓を扱う少数の精鋭弓部隊」と、「特別な腕力がなくとも機械的な装填で安定した威力を出せる『弩』を扱う多数の部隊」が、極めて合理的な計算の下に混在して編成されているのである。

 

和那比売の指先から、鋭い風切り音と共に矢が放たれた。

二十キロの張力から弾き出された一矢は、一直線に空気を切り裂き、見事に先頭を走っていた見事な雄鹿の頸動脈を貫いた。

 

「命中! さすがは大王であらせられる!」

 

周囲の官僚や近衛兵たちが、一斉に歓声を上げて平伏する。

しかし、弓を下ろした和那比売の顔に、獲物を仕留めた高揚感や、祭祀を成し遂げたという達成感は微塵も浮かんでいなかった。 

 

彼女の目は、血を流して大地に倒れ伏す一頭の鹿と、怯えて蜘蛛の子を散らすように逃げていく残りの数頭の小さな群れを、どこまでも冷徹に、そしてひどく憂いを含んだ眼差しで見つめていた。

 

(……少ない。ここ越後平野ですら、これほどまでに野生の鹿が減っているとは)

 

和那比売が憂いているのは、自らの弓の腕前ではない。大和国の大地から、確実な速度で「野生の命」が消え去ろうとしている、その冷酷な現実であった。

 

大和国における野生の鹿の生息数は、この三百年の間に激減していた。

その最大の原因は、皮肉なことに、大和国が誇る「極めて合理的な農業・牧畜システム」そのものである。

かつて大和の祖先たちは、食料源を狩猟の運に頼る不安定さを嫌った。

 

そのため、彼らは牛や馬だけでなく、列島に無数に生息していた「鹿」をも大規模に捕獲し、柵で囲い、国家管理の牧場において『「家畜」として計画的に繁殖』させる道を選んだのだ。

 

その結果、鹿肉は安定した食料として民の胃袋を満たし、その皮は中原の刃を弾き返す強靭な甲冑の素材として、軍需産業を爆発的に発展させた。 

 

だが、大自然の理は等価交換である。

人間の手によって山野が切り拓かれ、牧場や田畑に変えられていく一方で、住処を奪われた「野生の鹿」たちは、行き場を失い、ゆっくりとその数を減らし続けてきた。

繁殖期を迎えても、かつてのように平野を埋め尽くすような大群を見ることは、もはや叶わない。

 

(……完全に、形骸化している)

 

和那比売は、近衛兵たちが倒れた鹿に駆け寄り、儀式用の白布を被せる様を冷ややかに見下ろした。

豊穣を願い、自然の神々に祈るための神聖な生贄。

 

しかし今や、大和の都市部において、民が口にする鹿肉の九割以上は牧場で管理・飼育された家畜の肉である。自然の神に「獲物が獲れますように」と祈る必要など、とうの昔に失われているのだ。

 

今、彼女が行っているこの鹿狩りは、もはや祈りではない。

「建国以来の伝統だから」「律令に定められた祭祀だから」という、ただそれだけの理由で、残された僅かな野生の命を定期的に摘み取るだけの、中身が完全に空洞化したただの『行事』へと成り果てていた。

 

 

(……計算するまでもない。このまま牧畜と開拓が拡張し続ければ。あと数百年もすれば、この大和の列島から『野生の鹿』は一頭残らず消え去るだろう)

 

数学者である和那比売の頭脳は、残酷な未来の予測を瞬時に弾き出していた。

野生は死に絶え、すべてが人間の手によって規格化され、管理された家畜だけが生き残る世界。

 

それは、大和国の律令が目指す「飢えのない完璧な社会」の完成形である。しかし同時に、それはこの列島が本来持っていた豊かで荒々しい自然の神々(神秘)を、日本という名の巨大な胃袋で完全に消化し尽くしてしまうという、取り返しのつかない悲劇の予告でもあった。

 

その悲劇を誰よりも正確に理解しながら、和那比売には、この鹿狩りを止める権利はなかった。 

 

彼女が「野生が減るから儀式をやめよう」と言えば、太政官の官僚たちは「大王が神事を放棄した」としてパニックに陥り、国家の運営に致命的な誤差が生じるからだ。

 

(私は、この国を回すための中心軸に過ぎない。民を飢えさせぬためならば、大自然の神々が死に絶えようとも、私はこの冷たい矢を放ち続けねばならないのだ)

 

和那比売は、冷たくなった弓を近衛兵に返し、静かに空を見上げた。

越後の鉛色の空には、孤独な鷹がただ一羽、虚空を舞っている。

長安の未央宮で、董卓という『暴力』に囚われながらも、かつての大漢帝国が持っていた「人間の誇りと理想」を未来へ繋ぐために、一人静かに経書を読み続けていた幼き献帝。

 

越後平野で、律令という『構造』に囚われながら、それがもたらす「自然の喪失という残酷な未来」を誰よりも正確に予測し、それでもなお形骸化した儀式の矢を放ち続ける大王。

 

二人の権力者は、全く違う場所に立ち、全く違う檻の中にいながら、同じように世界の『黄昏』を見つめていた。

 

「……還るぞ。長岡の、私の鳥籠へ」

 

和那比売は短く命じると、倒れた獲物を振り返ることなく、豪奢な馬車へと歩みを向けた。

 

 

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