西暦一九四年、秋。
朝鮮半島の西岸、
その船は、二本の強靭な「網代帆」を備えた、日本国の最新鋭の連絡船である。向かい風であっても帆の角度を細かく調整することで推進力を得られるこの早船は、
もたらされたのは、遼東の独立王・公孫度からの『
早馬によって直ちに長岡京の大内裏へと奏上されたその書状は、太政官の会議室に心地よい緊張感をもたらした。
「……公孫度め。中央の飢饉を他所に、随分と余裕があるようだな」
大蔵省を統括する広庭は、書状を読み上げながら顎を撫でた。
大内裏では、ちょうどこの年と前年に列島を襲った「二年連続の干ばつ」に対する被害集計と、土木普請による流民救済の割り振りが一段落したところであった。緻密な適地適作と巨大な水路網のおかげで、日本国は飢饉による致命的な被害を完全に抑え込んでおり、行政の余力が徐々に生まれ始めていた時期でもあったのだ。
「相手はあの狂った中原を生き抜いている軍閥だ。警戒するに越したことはない。橋を架けるということは、向こうの軍勢が容易にこちらへ渡ってこられる道を作ることと同義だからな」
広庭は、あくまで国家の防衛と財政を預かる者として、慎重な姿勢を崩さなかった。
しかし、その場に列席していた
「広庭様! 軍事的な懸念はわかりますが、これは大漢の誇る『最先端の土木技術』を間近で観察できる、またとない好機にございます!」
木工寮の長官が、身を乗り出して熱弁を振るう。
「中原の大河に橋を架ける技術。それは我々日本国がまだ完全には持ち合わせていない未知の領域です。これを断る手はありませぬ!」
「それに」と、広庭の姉でもある天皇・和那比売が、御簾の奥から静かに口を開いた。
「橋の構造そのものを我々が共同で設計し、施工の主導権を握ればよいのだ。いざという時に切り離せる構造にしておけば、軍事的な脅威にはならん。……広庭よ、彼らの技術を吸収し、同時に我が日本国の『圧倒的な技術と国威』を魅せつける絶好の舞台ではないか」
天皇のその一言により、方針は完全に決定した。
「……承知いたしました。では、ただちに向こうの提案を了承する旨の返書を送ります。同時に、我が国が誇る最高の算術士、大工、測量官の一団を国境へ派遣し、橋の構造について『技術検討会』を開くよう手配いたしましょう」
かくして、大内裏の決定は瞬く間に海を越え、公孫度の元へと届けられた。
数週間後。
漢江の河口、日本国の支配域と公孫度の支配域のちょうど境界線に位置する中州の島——喬桐島において、歴史的な会談が幕を開けた。
公孫度の陣営から派遣されてきたのは、鎧を着た武将たちではない。
中原の飢饉と戦火から逃れ、遼東へと流れ着いたばかりの、大漢帝国でも最高峰の知識人や、大規模な治水工事を手掛けてきた老練なる「漢の技師たち」であった。
彼らは、東の辺境の島国などと内心見下しているのではないか——日本側の官僚たちはそう警戒していたが、その懸念はすぐに払拭された。
漢の技師たちは、一切の驕りや傲慢さを見せなかったのである。
「お初にお目にかかる。我々は、洛陽や長安の狂気から逃れてきた技術屋の端くれに過ぎ申さん。……聞けば貴国は、この大飢饉の年にあって、民を一人も餓死させず、さらに巨大な水路を列島中に張り巡らせたとか。その奇跡の算術、深く敬意を表する次第である」
彼ら漢の技師たちは、権力者たちが領土のために城を壊し、民をすり潰す中原の空気に完全に絶望していた。だからこそ、「人を殺すため」ではなく「民を生かし、国を豊かにするため」に技術と数字を使いこなす日本国の人々に対し、技術者としての純粋な敬意と羨望を抱いていたのである。
「ご丁寧な挨拶、痛み入る。我々日本国の技師も、大漢が数百年かけて培ってきた巨大建築の数々に、大いなる憧れを抱いております。本日は、互いの知恵を惜しみなく出し合い、この大河に千年の架け橋を築きましょう」
日本側の算博士と木工寮の技師たちもまた、深く頭を下げた。
国境を隔てた島に立てられた天幕の中。そこには、大義名分や領土の奪い合いといった泥臭い政治は一切存在しなかった。
言語の壁すらも、彼らは紙の上に書き出される「算式」と「漢字の筆談」、そして精緻な「幾何学の図面」によって、完璧に意思疎通を図っていったのである。
「さて、漢江の架橋についてですが」
漢の老技師が、卓の上に広げた巨大な羊皮紙の図面を指し示した。
「この河口付近は、川幅が極めて広い。測量によれば、対岸までの距離は『二町六丁半』にも及びます。これほど長大な距離に、一本の木橋や石橋を架けることは物理的に不可能です」
日本の技師たちも、深く頷いた。
川の流れの速さと、川底の深さ、そして二町六丁半(※長大な距離)という桁違いのスパン。アーチ橋や桁橋では、自らの重みに耐えきれずに必ず崩壊する。
「そこで、我々大漢が黄河や長江で用いる『舟橋式』を提案したい」
漢の技師が描いた図面には、数百艘の強固な木造船が、川幅いっぱいに等間隔で横並びに浮かべられていた。
「巨大な平底船を鎖で繋ぎ合わせ、その上に分厚い板を敷き詰めて道とするのです。これならば、水面の上下にも柔軟に対応でき、馬の群れや重い荷車が通っても沈むことはありません」
「なるほど……! 水の浮力を利用して橋桁を支えるわけか。素晴らしい発想だ」
日本の算博士は、その図面を見て感嘆の声を上げた。船と船を繋ぐ鉄の鎖の鋳造技術や、揺れを逃がすための遊びの計算など、大漢の長年の経験に裏打ちされた完璧な技術であった。
「しかし……」と、日本の木工寮の長官が、筆で図面の中央に印をつけた。
「二町六丁半すべてを舟だけで繋ぐとなると、水流の圧力が中央部分に極端に集中しませんか? 春の雪解け水や、大雨の際に、中央の鎖が断裂すれば、橋全体が真っ二つに割れて崩壊する恐れがあります」
その指摘に、漢の技師は渋い顔をして頷いた。
「まさにその通りです。舟橋の弱点は、長すぎると水流に耐えきれないこと。……ゆえに、この巨大な橋を成立させるためには、川の途中の『中州』や『浅瀬』に、激流に耐えうる強固な『橋脚(中継地点)』をいくつか築き、舟橋の区間を分割して係留する必要があるのです。……ですが」
漢の技師は、悔しそうに図面を叩いた。
「この深い漢江の川底に、岩や木を組んで巨大な人工の島を築く技術は、我々にもありません。無理に石を沈めても、数年で水流に削り取られて流されてしまうでしょう」
天幕に、重い沈黙が落ちた。
大漢の技術をもってしても、大河のド真ん中に永遠に崩れない橋脚を築くことは不可能なのか。
その時。
日本の木工寮の若き技師が、ふっと自信に満ちた笑みを浮かべ、懐から一枚の麻紙を取り出した。
「……ならば、その『川の中に絶対の橋脚を築く技術』は、我々日本国が提供いたしましょう」
「川の中に橋脚を築く技術だと……? 馬鹿な、石を積むだけでは必ず崩れるのだぞ!」
漢の技師たちが驚愕する中、日本の技師は涼しい顔で図面を書き込み始めた。
「石を積むのではありません。『石を流し込んで、川底と一体化させる』のです」
「石を……流し込む?」
「まず、橋脚を立てたい浅瀬や中洲の周囲に、隙間なく巨大な木の杭を円状に打ち込みます。そして杭の隙間を粘土で完全に塞ぎ、川の水を遮断する。……我々が『
それは、遥か西方のローマ帝国で用いられていたものと全く同じ、水中の基礎工事における革命的な技術であった。
(※日本国は、独自の土木進化の中でこの理に辿り着いていた。)
「枠の中の水を、足踏み式の水車(踏み車)で完全に掻き出せば、川のド真ん中であっても、そこには『乾いた川底』が露出します。その乾いた空間に、我が国が誇る最新の建築材を流し込むのです」
日本の技師が胸を張って言い放ったその素材の名。
「『混凝土《こんごうど》』にございます」
漢の技師たちは、聞いたこともない単語に首を傾げた。
「こんごう…ど……? それは、どのようなものか」
「火山の灰と、石灰、砂、そして水を極めて精緻な割合で練り合わせた『泥』のようなものです。しかし、これを枠の中に流し込み、数日待てば……岩よりも硬く、そして水に溶けない『巨大な一つの人工石』へと変貌を遂げるのです!」
さらに、日本の技師は得意げに言葉を継いだ。
「ただの泥ではありません。この混凝土の強度を極限まで高めるため、中には『骨材』を混ぜ込みます。……使うのは、各地方から集めた『割れた瓦』や『割れた壺の破片』です。焼き物の破片は極めて硬く、混凝土と強固に噛み合い、ひび割れを防ぐのです。ゴミとして捨てられるはずの破片が、橋を支える最強の骨となるのです。
そして、水流が直接当たる外周部分には、川の『玉砂利(たまじゃり)』を美しく並べて覆い固めます。これにより、水流を受け流し、永遠に削られることのない美しい人工の中州(橋脚)が完成するのです!」
漢の技師たちは、日本の技師が語るその「魔法のような液体石」と、割れ瓦を再利用するという極めて合理的で洗練された土木技術に、完全に度肝を抜かれた。
彼らは震える手で日本の図面を手に取り、その計算式の美しさと構造の完璧さに、思わず感極まって涙を流した。
「ああっ……! なんという恐るべき発想か! 泥を石に変え、砕けた瓦に再び命を吹き込むとは……! 貴国は、神の如き技術を手にしておられる!」
老練な漢の技師は、日本の若き技師の手を固く握り締めた。
「我々大漢の『舟橋』の技術。そして日本国の『締切り枠』と『混凝土』の技術。……この二つが融合すれば、二町六丁半の漢江など、もはや恐れるに足らぬ水溜まりに過ぎん!!」
「ええ! 我々の算式と、貴方がたの鉄の鎖があれば、必ずや完成します!」
国境の島、喬桐島の天幕の中で。
大漢の老技師と、日本国の若き技師たちは、互いの知恵と技術に心からの敬意を払い合い、まるで長年の友のように肩を抱き合って歓喜の声を上げた。
中原では、覇王や狂帝たちが、少しでも多くの領土を奪うために人間を虫けらのように殺し、城を壊し、畑を焼き払っている。
しかし、この極東の境界線では。
言語も文化も違う「技術者(モノを創る者)」たちが、互いの持てる最高の知識を持ち寄り、自然という巨大な壁を乗り越えるために、目をキラキラと輝かせながら『巨大な橋』の図面を引き続けていたのである。
それは、血塗られた乱世において。
人間の持つ「知の探求」と「創造の喜び」が、いかに気高く、美しいものであるかを証明する、奇跡のような饗宴(きょうえん)であった。
数ヶ月後。
公孫度と和那比売の正式な調印を経て。漢江の広大な河口には、大漢の誇る数百の木造船が連なる「舟橋」と、日本国の最新技術「混凝土」によって築かれた巨大な人工中洲が融合した、東アジア史上最大にして最も美しい架け橋の建設が、高らかに開始されることとなる。
西暦一九五年。
中原の大地が未だ飢餓と戦乱の余韻に苦しめられていたこの年、朝鮮半島の中心を流れる大河・漢江(かんこう)の河口において、東アジアの歴史を根底から覆すほどの『超巨大土木事業』がいよいよその幕を開けた。
「……放て! 決して綱を
川幅二町六丁半という、絶望的なまでの距離を跨ぐ橋の建設。
その偉大なる第一歩は、極めて原始的で、しかし計算し尽くされた緻密な作業から始まった。
まずは、日本国の誇る操船技術を駆使した一艘の小舟が、漢江の激しい水流に逆らいながら対岸へと漕ぎ出す。
舟の尾からは、一本の細く丈夫な『絹の紐』がスルスルと引き出されていた。
小舟が無事に対岸の
「よし、紐が繋がったぞ! 次は麻縄を引き渡せ!」
細い紐の端に太い麻縄を結びつけ、対岸から巻き上げる。
麻縄が渡り切れば、今度はさらに太い『綱』を。そして最後には、舟橋を固定し、あるいは巨大な木材を運搬するための、人間の腕ほどの太さがある『鉄の鎖』や『藤を編み込んだ大縄』へと、少しずつ、しかし確実に太く強靭なものへと変換していくのである。
この何本もの巨大な綱が両岸の間にピンと張り渡されたことで、大河の上の空中に、見えない「作業用の道」が完成した。
技師たちはこの綱をガイドラインとして使い、激流のド真ん中へと作業用の平底船を正確に固定していく。
「ここだ! ここが天然の渡河点(中洲の浅瀬)だ! 基礎を打ち込めェッ!!」
綱を頼りに固定された船の上から、昨年の技術会談で合意された通り、日本国の『締切り枠』を作るための巨大な木の杭が、幾本も幾本も川底に向かって打ち込まれ始めた。
ドォォォン……! ドォォォン……!
重さ数百斤の鉄の重りを、数十人の人足が綱で引き上げ、一斉に落とす。巨大な槌音が、かつては決して交わることのなかった漢江の南北の岸に、一定のリズムで力強く響き渡り続けた。
この巨大事業を北岸で支える公孫度は、中原の朝廷が完全に機能不全に陥っていることを見越し、自らを遼東の王、すなわち『燕』の君主であると自称し、実質的な独立政権を樹立していた。
そして彼は、この漢江架橋という歴史的事業を成功させるため、そして中原から押し寄せてくる大量の難民を処理するために、極めて合理的な行政区画の再編を行った。
それが、漢江の北岸一帯を統括する巨大な物流と開発の拠点——『
「聞け、中原から逃れてきた流民ども! 燕の地に入ったからには、飢え死にさせることはない! だが、ただで飯を食わせるわけでもない!」
新たに赴任した帯方郡の太守は、広場に集まった数万の流民たちに向かって高らかに宣言した。
「我が燕は今、南の日本国と共に大河に橋を架けている! 木を伐り出せ! 石を運べ! 飯を炊き、鉄を打て! この大事業に参加する者には、漏れなくその日の麦と塩を与え、さらにはこの帯方郡に新たな住まいを約束する!!」
「おおおおっ!! 飯が食えるぞ!」
「橋を造れば、生き延びられるのだ!」
前年まで飛蝗を食らい、泥水を啜って生き長らえていた難民たちにとって、この帯方郡の熱気はまさに極楽浄土であった。
彼らは喜んで斧を握り、モッコを担ぎ、山から巨大な木材を切り出しては漢江の河口へと運び続けた。公孫度のこの政策は、日本国がかつて飢饉の際に行った『土木普請による失業者救済』のシステムを、完全に見様見真似で、しかし完璧に大陸の地で再現したものであった。
帯方郡は、またたく間に数万の労働力と、それを管理する元朝廷の優秀な官僚たちが集う、巨大な「兵站・工業都市」へと急成長を遂げていったのである。
漢江に架けられる二町六丁半の橋。
それは単なる交通の便ではない。国家と国家を物理的に繋ぐ、巨大な「動脈」である。ゆえに、その橋の根元を守るための防衛施設もまた、両国が国の威信を懸けて築き上げる最高傑作でなければならなかった。
北岸の帯方郡側に築かれたのは、大漢帝国の築城術の粋(すい)を集めた『燕の北城』であった。
「土を突き固め、さらに外側に煉瓦を焼き付けて積み上げよ! 騎馬の突撃にも、投石機の岩にも耐えうる絶対の防壁とするのだ!」
一方、大河を挟んだ南岸。
日本国が橋の南の入り口(鎮守府側)に築き上げたのは、燕の城とは全く思想が異なる、異様な威容を誇る城郭であった。
「……これが、日本国の城か。なんという、美しくも恐ろしい造りだ」
対岸から視察に訪れた燕の技師たちは、その城を見て息を呑んだ。
それは、日本国が誇る独自の築城思想——『水城』であった。
高い土壁や石垣だけで防ぐのではない。漢江の水流そのものを巧みに引き込み、幾重にも連なる巨大な「水堀」と「泥の湿地帯」を人工的に造り出し、城そのものが水面に浮かんでいるかのように設計されているのだ。
「敵が渡ってこようとも、この入り組んだ水路と堀に足を取られ、陸戦の軍勢は完全に機動力を失う。そこへ、櫓からの強弩の雨を降らせるのだ」
日本の木工寮の長官は、胸を張ってそう語った。
基礎には、橋脚工事でも使われた『混凝土』が水面下で強固に城の土台を支え、その上には精緻な木組みによって美しく反り返った屋根を持つ城郭が、幾層にも重なってそびえ立っている。
それは、自然の地形と水の流れを完全に味方につけた、極限の『柔』の要塞であった。
漢江という大河のド真ん中で。
大陸の重圧を体現する『北の土城』と、海洋国家の水を操る技術を体現する『南の水城』。
設計思想も姿形も全く異なる二つの巨大な橋頭堡が、未完の巨大な橋の根元で、互いの国威を静かに見せつけるように、巨大な双頭の竜のごとく睨み合い(見つめ合い)始めていたのである。
燕と日本国が、技術と国力を総動員して漢江の架橋に狂奔していた頃。
燕と直接国境を接する、大漢帝国の北方の重鎮・劉虞は、己の治める幽州の庁舎で、各地から上がってくる報告書を並べ、深い皺の刻まれた眉間に手を当てていた。
「……妙だ」
劉虞は、卓の上に広げた中華の地図を、鋭い眼光で見下ろしていた。
中原では、相変わらず曹操や呂布、袁紹の残党らが、わずかな食糧と領土を巡って小競り合いを続けている。
しかし、劉虞の目は、その血生臭い中原ではなく、東の果て——公孫度が自立した遼東と、その先の半島へと向けられていた。
「幽州を通過して東へ向かう、流民の数が異常だ。それだけではない。我が領内を通り抜ける商人たちが、鉄、塩、そして莫大な量の『木材と石材』を、こぞって公孫度の領地へと運び込んでいる。……そして、公孫度からは、それらの代金として、見たこともないほど質の良い『砂金』や『見事な布』が惜しげもなく支払われているというではないか」
傍らに控えていた将が、首を傾げて言った。
「公孫度が、我らへの防備を固めるために、新たな城でも築いているのではないでしょうか?」
「いや、違う」
劉虞は、静かに首を振った。
「軍事的な要塞を築くのであれば、前線であるこの幽州との国境付近に物資が集まるはずだ。だが、報告によれば、公孫度はそれらの莫大な物資と人員を、国境には一切留めず、すべて半島の南……新設された『帯方郡』とやらへ、滝のように流し込んでいるのだ」
大漢の法の番人であり、数十年にわたって北方の異民族や諸侯を束ねてきた劉虞の「老練なる政治の嗅覚」が、猛烈な警戒信号を発していた。
「城を一つや二つ造る程度の物量ではない。……公孫度は今、我々中原の人間には想像もつかないような『何か途方もなく巨大なもの』を、半島の南に築き上げようとしている」
劉虞は、地図の「漢江」のあたりを指先でトントンと叩いた。
そこから先は、彼ら大漢帝国の知識では『蛮族の住む海の果て』でしかない場所だ。
しかし。
「……公孫度は、我々に背を向けているのではないか?」
劉虞の口から、無意識のうちに、背筋の凍るような仮説が漏れ出た。
「中原の覇権争いなど、もはやどうでもいいとでも言うように。……奴は、南の海の向こうにいる『何か強大な存在(日本国)』と、直接手を結び、我々の手の届かない場所に、全く新しい経済と物流の『世界』を創り出そうとしているのではないか……?」
もしそれが事実であれば。
それは、中原の群雄たちがどれほど集まろうとも太刀打ちできない、恐るべき巨大な「東の怪物」が誕生することを意味していた。
西暦一九五年。
北方の幽州を治める老将・劉虞の眼が、漢江に架けられる巨大な橋と、そこに渦巻く日本国の「未知なる物流の影」に完全に引き摺り込まれていた、まさにその頃。
大漢帝国の心臓部たる西の都・長安では、帝国の息の根を止めるかのような凄惨な内部崩壊が引き起こされていた。
董卓の死後、長安の実権を握っていた李傕と郭汜である。
この二人の権力欲と疑心暗鬼はついに限界に達し、長安の市街地を二分する激しい「内戦」へと発展した。かつて前漢から続く壮麗な都は、彼らの軍勢が放つ火矢と略奪によって瓦礫(がれき)の山と化し、宮廷のすぐ外まで血の悪臭と民の悲鳴が絶え間なく響き渡る地獄の様相を呈していたのである。
「……もはや、一刻の猶予もない。このままでは、大漢の命脈がこの瓦礫の下で完全に絶たれてしまう」
燃え盛る長安の空を宮殿の窓から見つめながら、第十四代皇帝・献帝・劉協は、固く拳を握りしめていた。
かつては周囲の大人たちに怯えるだけの幼き天子であったが、飢饉の際に自ら飛蝗を咀嚼したあの悲壮な決意を経て、彼の心には、決して折れることのない「帝としての強靭な意志」が育まれていた。
「
劉協は、密かに宮殿の奥深くに呼び寄せた三人の将に向け、凛とした声で勅命を下した。
「私を、この地獄から連れ出せ。……李傕と郭汜が殺し合いに目を奪われている今のうちに、長安を脱出する。目指すは、我が大漢の本来の都、旧都・洛陽である!」
「ははっ!! 帝の御身、我らの命に代えましてもお守りいたします!」
建前は「荒廃した長安を離れ、旧都へ帰還する」という名目であったが、実態は李傕らの支配からの『決死の逃避行』である。
西暦一九五年、秋。
董承、楊奉、張済らの軍勢に護衛された天子の
しかし、天子という「最大の権力の象徴」が手元から消えたことに、李傕と郭汜が気づかないはずがなかった。
「馬鹿な! 帝が逃げただと!? 追え! 何としてでも連れ戻せ!!」
内戦を一時休戦した二人の猛将は、慌てて数万の追討軍を編成し、土埃を上げて献帝の車列を猛然と追いかけ始めたのである。
長安脱出という、天下の勢力図を根底からひっくり返すほどの超特大の激震。
この情報が長安の関所を越え、中原の群雄たちの耳に届くまでには、通常であれば数週間から一ヶ月の時間を要する。
しかし、天下で最も早く、そして最も正確にこの「天子の動静」を掴んだ勢力が存在した。
それは、長江の南、江東の地で急速に地盤を固めつつあった若き猛虎・孫策の陣営である。
「……長安で李傕らが内戦。それに乗じて、献帝陛下が洛陽へ向けて脱出。現在、李傕の追討軍が猛烈な速度で迫っている、だと?」
曲阿の庁舎。
孫策は、大和国(日本)の工作員である「辰砂(しんしゃ)売り」が構築した非合法の高速情報網から届けられた暗号木簡を読み、驚愕に目を見開いた。
「公瑾(周瑜)! 大事だぞ! 天子が野に放たれた! もし我々が天子を保護し、この江東にお迎えすることができれば、大漢の正統は我々『孫』のものになる!」
孫策の顔に、野心の炎が燃え上がった。
しかし、その対面に座る親友の天才軍師・周瑜は、冷静に首を横に振った。
「落ち着け、伯符(孫策)。確かに天子を擁立できれば、天下の覇権に最も近づくことができる。……だが、地図を見てみろ」
周瑜は扇子で、中原の地図を叩いた。
「我々がいる江東から洛陽までは、あまりにも遠すぎる。今から長江を渡り、軍を北上させたところで、洛陽に着く頃にはとっくに献帝は李傕に捕まるか、他の諸侯の手に落ちている。……物理的に、我々には手が出せない盤面だ」
「くそっ……! これほどの極上の獲物が転がっているのに、指をくわえて見ているしかないというのか!」
孫策は悔しそうに卓を叩いた。
「我々が手を出せないのなら、『代わりに動ける者』に動かせればいい」
周瑜の瞳の奥に、氷のような冷徹な策謀の光が宿った。
「……長江の北、南陽にいる飛将・呂布だ」
「呂布だと!? あの裏切りの獣にか!」
「今の呂布は、袁術を討って『漢の忠臣』を気取っている。そして何より、南陽から洛陽までは目と鼻の先だ。……この辰砂売りの最速の情報を、我々の名ではなく『匿名の密書』として呂布の陣営に流すのだ」
周瑜は、流麗な手つきで密書をしたため始めた。
「呂布が天子を救うために動けば、中原は大混乱に陥る。最悪でも、曹操という最大の敵が天子を独占することへの『強烈な妨害』になる。……伯符、我々は江東の平定に専念しつつ、この情報という毒餌を使って、中原の化け物同士を噛み合わせるのだよ」
かくして、孫策と周瑜の放った最速の情報は、長江を越え、長安へ向かう刃を研いでいた呂布奉先の元へと一直線にもたらされることとなったのである。
江東の孫策からわずかに遅れて。
兗州(えんしゅう)の覇王・曹操の元にも、長安に潜ませていた間者から「献帝脱出」の凶報……いや、千載一遇の吉報が届けられていた。
「……ついに、天子が長安の檻から抜け出されたか」
濮陽城の奥深く。
曹操は、手にした木簡を力強く握りしめ、全身からぞっとするような歓喜と野心のオーラを放った。
彼を支える王佐の才・荀彧(じゅんいく)が、上気した顔で進み出る。
「明公! これぞ天の配剤! ただちに全軍を挙げて洛陽へ向かい、陛下を我らの手でお護りするのです! 天子を擁して諸侯に号令をかければ、明公の覇道は完全なる『大義』を得ることになります!」
「分かっている、文若。だが、焦るな」
曹操は、血走った目で北の空を睨みつけた。
「天子を自らの手元に置く。その圧倒的な政治的価値は、中原のどの諸侯よりも、あの北のジジイ……幽州の劉虞が最も強く理解しているはずだ。
もし、この天子脱出の情報が劉虞の耳に入ればどうなる? 奴は『大漢の法の番人』という名目の下、公孫瓚の白馬義従を洛陽へと一気に南下させるだろう」
曹操の脳裏に、かつて徐州での復讐戦を静かに見下ろしていた、あの強力無比な北方軍閥の姿が浮かんだ。
今の曹操の軍勢であっても、公孫瓚の圧倒的な機動力と、劉虞の持つ完璧な大義名分が合わされば、天子の争奪戦において遅れをとる可能性が極めて高かった。
「……班稀よ。お前の配下の諜報部隊と、街道を封鎖する部隊をすべて動かせ」
曹操は、無機質な表情で控える兵站長官に冷酷な命を下した。
「長安から北の幽州、および冀州へ向かうすべての早馬、商人、流民の口を塞げ。物理的な通行止め、間者の暗殺、いかなる手段を用いても構わん。
劉虞と公孫瓚の耳に、この『天子脱出』の情報が届くのを、我々が洛陽で天子を保護し終わるまで、徹底的に遅延させるのだ。……できるか?」
「……承知いたしました。情報網の物理的遮断、および偽情報の散布。ただちに手配いたします」
班稀は深く一礼し、音もなく部屋から消え去った。
武力による激突の前に、見えない『情報の戦争』が幕を開けた。
曹操は己の軍勢を洛陽へと神速で進軍させると同時に、北方の覇者の眼を塞ぐための、極めて高度で冷血な情報統制を敷いたのである。
曹操の情報遮断作戦は、完璧なまでに機能した。
長安からの使者や噂は、黄河の手前でことごとく曹操軍の網に掛かり、劉虞のいる幽州へと届くルートは完全に麻痺していた。
だが、この情報統制において、一つだけ「例外」が存在した。
徐州牧として、飢えた民の救済に奔走していた劉備玄徳の元にだけは、長安からの逃亡兵の口を通じて、献帝脱出の情報がもたらされたのである。
「なんということだ……! 陛下が、李傕の追手を逃れて洛陽へ向かっておられるだと!?」
徐州の庁舎で報告を受けた劉備は、青ざめた顔で立ち上がった。
「いかん、一刻の猶予もない! 陛下をお守りしなければ! ……関羽、張飛! すぐに軍の支度をせよ!」
「兄者、我らだけで洛陽へ向かうのか?」
関羽の問いに、劉備は強く頷いた。
「いや、我らの軍勢だけでは追討軍を防ぎきれん。ただちに早馬を出し、幽州の劉虞様にこの事態をご報告するのだ!劉虞様と公孫瓚殿の軍勢が動けば、必ずや陛下を安全に保護できる!」
劉備は、自らの後ろ盾であり、最も信頼する漢の忠臣・劉虞への報告を最優先に行おうとした。
それが、曹操が最も恐れていた「最悪のシナリオ」であった。
しかし、劉備が早馬を放とうとしたまさにその時。
徐州の庁舎に、曹操からの『特使』が堂々と乗り込んできたのである。
「劉備殿! 兗州の曹操様より、急ぎの書状にございます!」
特使がうやうやしく差し出した木簡には、曹操の直筆でこう記されていた。
『玄徳殿。長安の帝が洛陽へ向かわれた件、すでに我が耳にも届いている。
安心されよ。私はすでに、この情報を最速の早馬にて、北の劉虞様および公孫瓚殿へとご報告申し上げた。
現在、私は劉虞様からのご指示を待って、洛陽への救援軍を出す準備を進めている。玄徳殿におかれては、未だ飢饉に苦しむ徐州の民の安定に専念されよ。我ら大漢の臣、心を一つにして陛下をお救いしようぞ』
「……曹操殿が、すでに劉虞様に報告を?」
劉備は、その書状を読み、ふっと安堵の息を漏らしてしまった。
本来であれば、かつて徐州で虐殺を行おうとした曹操の言葉など、疑ってかかるべきであった。
しかし、劉備の持つ「人はかくあるべき(大漢の臣ならば協力し合うはずだ)」という純粋な善意と、劉虞という絶対的な上位の権威を盲信する姿勢が、彼の判断を致命的に狂わせてしまったのである。
「そうか。曹操殿も、父を殺された復讐心を乗り越え、大漢の忠臣としての道を歩み直したのだな。……ならば、私がしゃしゃり出て無用の混乱を招く必要はあるまい」
劉備は、完全に「曹操の虚報」に騙された。
彼の中で『すでに劉虞様は知っている。ならば北の軍勢が動くはずだ』という安心感が生まれ、自ら劉虞へ早馬を出すという行動を、自発的に取りやめてしまったのである。
「我らは、この徐州の地で、万が一の事態に備えて待機する! 民の救済を第一とするのだ!」
劉備から劉虞へ、という最後の「情報のバイパス」は、曹操の周到な心理戦(嘘)によって見事に切断された。
天下無双の仁徳を持つ男は、その真っ直ぐすぎるがゆえの愚直さによって、結果的に曹操の覇道を完璧にアシストしてしまうこととなったのである。
西暦一九五年、秋深く。
漢江の架橋という東の巨大な物流プロジェクトに目を奪われ、西の激震に全く気づいていない北方の老将・劉虞。
江東から情報の毒矢を放ち、高見の見物を決め込む若虎・孫策。
曹操の巧妙な罠に嵌まり、徐州から一歩も動けなくなった仁徳の将・劉備。
そして。
「……陛下! この呂布奉先、必ずやお救いしに参りますぞォォォッ!!」
孫策からの匿名情報を受け取り、積年の忠義を爆発させて南陽から洛陽へと赤兎馬を駆る、天下無双の飛将・呂布。
「天子は私が頂く。邪魔立てする者は、すべて粉砕する」
情報の網を完璧にコントロールし、誰よりも早く、そして最も冷酷な計算をもって洛陽へと進軍する、覇王・曹操。
瓦礫の長安から逃れ、洛陽の荒野を血まみれになって逃げ惑う献帝の周囲には、巨大な情報の空白地帯が人為的に作り出されていた。
その空白の舞台に向かって、決して交わることのない最強の猛獣たちが、大漢帝国の最終的な命運を懸けた、避けられぬ死闘へと猛然と突き進んでいったのである。