西暦二百一年の暮れ。
汝南で軍を再編し、曹操への抗戦を続けていた劉備の流浪軍は、ついにその南下の終着点へと辿り着いていた。
「……よくぞ参られた、玄徳(劉備)殿。我が荊州の北の護りを、どうか貴公にお任せしたい」
「はっ。同宗のよしみにてこの劉備を客将として迎え入れてくださったご恩、この命に代えましても報いる所存にございます」
荊州牧・劉表の温情(あるいは北方の盾として利用する打算)により、劉備は荊州の最前線である『新野(しんや)』の城を任されることとなった。
新野の城に入城する劉備軍の威容は、もはや「敗残兵の寄せ集め」と呼べるようなものではなかった。
先陣を切るのは、関羽と張飛。そして彼らの背後に続くのは、公孫瓚の遺した一万の『白馬義従』、呂綏と張遼が率いる『并州騎兵』、曹操の虐殺を生き延びた『徐州の民兵』、そして汝南で吸収した『黄巾の残党』たちである。
出身も、過去の主君も、戦う理由すらも全く異なる者たちが、ただ一つの旗の下に整然と列をなし、凄まじい士気を放っている。
その光景を馬上から振り返りながら、劉備自身が最も深く戸惑っていた。
(……なぜ、彼らはこれほどまでに俺を信じるのだ?)
劉備の半生は、敗北と逃走の連続であった。大義を掲げては打ち砕かれ、領土を得ては奪われ、数え切れないほどの仲間を死なせてきた。
それなのに、彼が立ち上がるたびに、人は吸い寄せられるように集まってくる。公孫瓚は自らの破滅と引き換えに最強の騎兵を託し、黄巾の賊すらも命を預けてくれた。
この異常とも言える『求心力』の正体が何なのか、劉備本人には全く分からなかった。ただ、自らの背中に圧しかかる「何万もの命と義の重み」だけが、彼を前へと歩ませる原動力となっていた。
劉備が治めることとなった新野は、曹操の勢力圏と劉表の勢力圏がぶつかり合う、文字通りの『境界の街』であった。
本来であれば、最前線の街など戦火に怯えて廃れるのが常である。しかし、この時期の荊州は違った。
「おお、こっちの荷を早く下ろせ! 洛陽から逃げてきた客人が、高く買ってくれるぞ!」
「美味い酒はいらんかね!
曹操の厳しい法と屯田を嫌い、あるいは中原の戦乱から逃れてきた莫大な数の難民や商人たちが、荊州の玄関口であるこの新野にも大量に流れ込み、皮肉なことに街は空前の繁栄を見せていたのである。
劉備は彼らを決して拒まず、兵糧と引き換えに市を保護し、新野を極めて活気ある軍事・商業の拠点へと作り変えていった。
だが、当然ながら曹操軍がこの状況を黙って見過ごすはずがない。
北からは、連日のように曹操の放った斥候や小規模な牽制部隊が、新野の隙を窺って接近してきていた。
「――殿! 北の森に曹操の斥候部隊、およそ五十騎!」
「よし、蹴散らせ! 手間をかけさせるな!」
張遼の号令と共に、呂綏の并州騎兵と白馬義従の一部が砂塵を上げて飛び出していく。
圧倒的な機動と歴戦の騎射技術。曹操の斥候部隊は、新野の城壁を拝むことすらできず、森の中で一方的に蜂の巣にされ、這々の体で逃げ帰る日々が続いていた。
野戦において、今の劉備軍(多国籍エリート騎兵軍団)を正面から打ち破ることは、いかなる大軍であっても極めて困難であった。新野は、劉備という「戦術的な怪物」が座すことにより、荊州にとっての最も強固な『鉄の扉』として機能し始めていたのである。
そんな新野での日々の最中。
劉備の元に、北の山島半島にて、曹操が『極東の日本国』と正式な通商条約を結んだという情報が飛び込んできた。
天子の名を私物化し、異国の利を独占しようとする曹操の振る舞いに対し、劉備は激しい義憤を覚えた。だが、その怒りが少しばかり落ち着いた後、彼の胸中に一つの静かな『興味』が湧き上がってきた。
(あの曹操が、だ。……天子を擁し、中原の半分を飲み込もうとしているあの覇王が、直々に『対等』として相手をする異国が存在するだと?)
劉備の頭の中で、猛烈な速度で思考が回転し始める。
曹操は決して無駄な外交を行わない。彼が頭を下げる(あるいは対等の起請文を結ぶ)ということは、その日本という国が、曹操軍十万の武力をもってしても「手出しができないほどの圧倒的な力(経済力・軍事力)」を持っているという証明に他ならない。
(……コレは、上手く利用できまいか?)
もし、その『日本国』という底知れぬ存在と、自分たちも接触することができれば。
ただでさえ強力な白馬と并州の騎兵たちに、異国の無限の兵站と最新の武具が加われば、曹操の覇道を中原から完全に叩き出すことができるのではないか。
それは、大漢の復興を掲げる劉備にとって、あまりにも魅力的な『劇薬』の誘惑であった。
日本の手がかりはないものか。
そう考えながら劉備が護衛を連れて新野の市場を巡回していた時のことである。
活気ある市場の片隅に、周囲の商人たちとは少し毛色の違う、奇妙な一団が店を構えていた。
彼らは流暢な言葉を話すが、どこか顔立ちや身のこなしが中原の人間とは異なる。そして彼らの店先には、極めて純度の高い鉄器や、見たこともない精巧な木器、そして鮮やかな赤い顔料(辰砂)が並べられていた。
「……あれは?」
劉備が地元の老商人に尋ねると、商人は声を潜めてこう嘯(うそぶ)いた。
「ああ、あれは『辰砂売り』と呼ばれる外からやって来た商人たちですぜ。良い品を安く売ってくれるんで、我々も重宝しております」
「外から? 西域の者か?」
「いやいや、海の向こうからだと言っとりますな。……何でも、彼らは何十年も前から、いや、俺の爺さんの爺さんの時代(百年以上前)から、この中原のあちこちを渡り歩いているらしいですぜ」
その瞬間。
劉備の脳裏で、バラバラだった『点』が、凄まじい音を立てて繋がり始めた。
曹操が対等に条約を結んだ、東の海の向こうの怪物。
百年以上も前から、誰の勢力圏にも属さず、中原の奥深くにまで入り込んで商いをしている正体不明の辰砂売りたち。
そして、曹操軍を震え上がらせているあの『極東の強弩』の存在。
(……もしや)
劉備の背筋を、氷のような悪寒が駆け下りた。
(この辰砂売りたちそのものが、あの『日本国』の放った草(間者)だとしたら? 百年以上も前から、中原のあらゆる場所に彼らが入り込み、情報を吸い上げ、我々の戦を『外から見世物のように操作』しているのだとしたら……?)
劉備は、市場の喧騒の中でただ一人、眩暈(めまい)に似た恐怖を覚えた。
もし自分の推測が正しければ。日本国という存在は、ただの「兵隊が強くて金持ちの異国」などではない。
中原の歴史そのものに深く根を張り、群雄たちの流す血を養分にして自らを肥え太らせている、『不可視の超巨大な化物』である。
(これを利用するだと? ……冗談ではない)
劉備がこれまで幾度もの死地を潜り抜け、絶望的な敗北の中から常に生き延びてこられたのは、彼の持つある種の**『尋常ならざる動物的な直感』**のおかげであった。
その直感が今、警鐘を限界まで打ち鳴らし、劉備の魂に向かって絶叫していた。
『触れるな』と。
『この深淵に近づけば、漢室の復興どころか、お前という存在そのものが、骨の髄まで奴らの盤面の駒としてしゃぶり尽くされるぞ』と。
「……殿? いかがなさいました。顔色が優れないようですが」
心配して声をかけてきた関羽に対し、劉備は咄嗟に顔を背け、誤魔化すように笑った。
「いや、何でもない。少し……昔の敗戦を思い出してしまっただけだ。城へ戻ろう」
流石に、自分の考えすぎだろう。それに、今は目の前の曹操を防ぐことだけで手一杯だ。
劉備は自らにそう言い聞かせ、辰砂売りたちの方へ二度と視線を向けることなく、急ぎ足でその場を立ち去った。
西暦二百一年の暮れから、二百二年の初頭にかけて。
新野の城で劉備が日本の底知れぬ深淵から本能的に目を背けていた頃。そこから目と鼻の先、同じ荊州の襄陽郊外・隆中の集落においては、ある意味で「中原の歴史を左右する大事件」が極めて個人的な規模で進行していた。
「……ふぅ。いや、しかし……」
後に「冷静沈着」「泰然自若」を絵に描いたような天才軍師として天下にその名を轟かせることとなる男、諸葛亮孔明。
普段は誰よりも理を重んじ、晴耕雨読の穏やかな日々を過ごす彼が、今日ばかりは全く様子が違っていた。
屋敷の外、土の庭を落ち着きなく右へ左へとウロウロと歩き回っている。
時折、母屋の戸口にすっと手をかけては、「いや、今開けては邪魔になるか」と思い直して手を引っ込め、またウロウロと歩き出す。額には季節外れの汗が滲み、手にした
「……兄上。そうやってウロウロしていても、産屋から赤ん坊が早く出てくるわけではありませんよ」
その無様とも言える兄の姿を見かねて、縁側に座っていた弟の諸葛均(しょかつきん)が呆れ顔で声をかけた。
「家に入りたければ入れば良いじゃないですか。……もっとも、そういう血の流れる場において、男という生き物は総じて『何の役にも立たない』と相場が決まっておりますがね」
「分かっている。頭では完全に理解しているのだ、均よ。……だが、理屈ではないのだ。どうにも、落ち着かん」
諸葛亮は、言い訳をするように羽扇で顔を扇ぎながら、再び戸口をチラチラと盗み見た。
そう。屋敷の中では今まさに、諸葛亮の妻が『初めての出産』に臨んでいたのである。
史実の世界線において、諸葛亮に実子(諸葛瞻)が誕生するのは彼が四十六歳(西暦227年)の時と、極めて晩年のことであった。しかし、この世界線においては、中原に吹き荒れる無数の「バタフライエフェクト(難民の流入による食生活の向上や、医薬の知識の変化など)」が重なり合った結果。
諸葛亮は二十代前半という若さで、第一子を授かっていたのである。
「……万が一のことがあったらどうする。難産であった場合、私ができることは何だ? お湯を沸かすことか? 気を紛らわせる琴を弾くことか?」
「兄上、ただ黙ってどっしりと座っているのが、夫としての一番の務めですよ。ほら、誰か来ましたよ」
弟にたしなめられ、諸葛亮がビクッと肩を揺らして振り返ると。
隆中のあばら家の門前に、数人の『見慣れぬ身なりの者たち』が立っていた。
「……ごめんください。こちらに、臥龍と渾名される賢人、諸葛亮殿がお住まいと伺いましたが」
門の前に立っていたのは、上質な絹の衣を纏った、中原の人間とは少し骨格や顔立ちの異なる者たちであった。彼らの背後には、護衛とおぼしき屈強な男たちが数名控えている。
その出立ちと流暢な言葉遣いは、新野で劉備が見かけた『辰砂売り』――すなわち、日本国が放った商人たちと全く同じものであった。
大和国の大内裏が掲げる「才能の吸い上げ」政策。
中原の戦乱を逃れてきた難民を受け入れるだけでなく、日本の工作員たちは積極的に中原の奥地へと潜り込み、「極めて優秀な頭脳を持つ者」をピンポイントで捜索し、極東の島国へと引き抜くという秘密裏の任務を負っていた。
そして彼らの情報網は、荊州の郊外で晴耕雨読の生活を送る『臥龍』という異常な才能の存在を、いち早く捕捉していたのである。
「……あ、ああ。いかにも、私が諸葛亮だが。何かご用かな?」
諸葛亮は、心ここにあらずといった様子で、上の空のまま返事をした。
「お初にお目にかかります。我々、東の海の向こうより参りし商人です。諸葛亮殿の類まれなる才覚を見込んで、一つ、折り入っての『ご提案』がございまして」
工作員のリーダーが、恭しく頭を下げ、日本のシステムがいかに優れているかを語り始めた。
「我々の国では、戦乱も飢えもありません。完全なる法と算段が国を治め、優秀な頭脳には惜しみない支援と、研究のための莫大な投資が約束されます。……諸葛亮殿。このような片田舎で野菜を育てている場合ではありません。我々と共に海を渡り、巨大な国家の頭脳として、その才を存分に振るうおつもりはありませんか?」
それは、乱世において自らの知略を高く買ってくれる主君を求めていた若き天才にとって、本来であれば喉から手が出るほど魅力的な、あるいは知的好奇心を極限まで刺激される『究極の誘い』であったはずである。
しかし。
日本の工作員がどれほど流暢に、どれほど論理的に「大和国の素晴らしさ」と「好条件」をプレゼンテーションしようとも。
「……あー、なるほど。海の向こう、ね。ふむ……」
「(ひっ、ふぅー……ひっ、ふぅー……!)」
諸葛亮の耳(意識)は、目の前の工作員ではなく、背後の産屋から聞こえてくる妻の荒い息遣いに『100パーセント完全に』向いていた。
「……お分かりいただけますか? 我が国では、鉄製農具の規格化と、合鴨を用いた農法により……」
「合鴨。……ああ、うん。合鴨は良いものだ。美味いしな。……(いや、声が少し弱くなっていないか? 水か、水が必要なのではないか!?)」
「さらには、天体の動きから作付けの時期を完全に割り出す暦の計算式が……」
「暦、素晴らしいですね。ええ。……(ああもう! なぜこんなに時間がかかるのだ!)」
冷静沈着な天才軍師は、この時ばかりはただの「焦り狂う一人の若い夫」へと完全に成り下がっていた。
工作員の話など、右の耳から左の耳へと綺麗に通り抜けており、相槌(あいづち)は打っているものの、その焦点は全く合っていない。
「……諸葛亮殿?」
日本の工作員も、流石に目の前の男の異常なほどの「上の空」ぶりに気づき、訝しげに眉をひそめた。
これが、水鏡先生(司馬徽)らも絶賛する天下の奇才、臥龍の姿なのか? と。
その時である。
「――オギャアアアッ! オギャアアアアッ!!」
屋敷の奥から、空気を切り裂くような、力強く、そして生命力に満ち溢れた赤ん坊の産声が響き渡った。
「っ……!! 産まれたか!!」
諸葛亮は、目の前の日本からの使者を「完全に無視」して、弾かれたように身を翻すと、履物を脱ぎ散らかしたまま産屋の方へと飛んでいった。
「お、おい兄上! まだ入っては駄目だって……!」
弟の均が止める声も聞かず、諸葛亮は戸を細く開け、中から「元気な男の子ですよ」という産婆の声を聞いた瞬間。その場にへたり込み、ボロボロと大粒の涙を流して安堵の息を吐き出した。
その一部始終を、開け放たれた門の外から静かに観察していた日本の引き抜き工作員たちは。
冷徹な顔を見合わせ、ただちに『状況の再評価』を行った。
「……対象には今しがた、初子となる赤子が誕生したようだ…」
「なるほど。この落ち着きのなさは、そういうことでしたか」
彼らの思考回路は、中原の人情や
「対象の引き抜き作戦ですが……、『不可能』と判断し、これより作戦を放棄します」
リーダー格の工作員が、即座に決断を下した。
その撤退理由は、極めてシンプルかつ論理的であった。
「生まれたばかりの乳飲み子と、産後の肥立ちが悪い妻を抱えた男は、絶対に土地から離れようとしない。無理に長江を下らせ、波の荒い東シナ海を横断させるような過酷な船旅を強要すれば、途中で妻子が死ぬリスクが極めて高い。……妻子の命を天秤にかけられれば、いかなる賢人であれ我々に恨みを抱き、日本国に忠誠を誓うことはないだろう」
『幼子を抱いた男は、身動きが取れない』。
日本の工作員にとって、対象者の「物理的な機動力」がゼロになった瞬間、どれほどの天才であろうと、これ以上の勧誘コストをかける価値はなくなったのである。
「……縁がなかったということです。我々には、他にも連れ帰るべき技術者や職人が山ほどいる。次へ行きましょう」
彼らは、歓喜に沸く諸葛家のあばら家に向かって一礼することもなく。極めて打算的に、そして機械のように冷徹に踵を返し、そのまま隆中の集落から姿を消した。
かくして。
バタフライエフェクトによってもたらされた「若き日の我が子の誕生」という極めて人間的な出来事が。極東のシステム国家が放った最も冷酷な算段を、完全に狂わせる結果となった。
日本の計算が少しでも違っていれば、あるいは赤子の誕生があと数ヶ月遅れていれば。諸葛亮孔明は間違いなく海を渡り、日本国の天才官僚として歴史に名を残し、中原の『三国志』の歴史は根本から消滅していただろう。
だが、極東の算段は彼を諦めて帰り。
臥龍は、日本の手に落ちることなく、この中原の地に留まり続けることとなった。
やがて彼が、新野で鬱屈とした思いを抱える劉備と運命の出会いを果たすまでの、ほんのわずかな猶予が、極めて奇跡的なバランスの上で保たれた瞬間であった。
―――
諸葛亮の屋敷を後にした日本の引き抜き工作員たちは、冷徹に「任務の放棄」を決定した後、その足をすぐさま次なる目的地へと向けていた。
距離にして約130〜140里
隆中の集落からほど近い、静かな村にひっそりと佇む一つの『私塾』である。
「……お前たちは、村の外で待機しろ。ここから先は、私一人で向かう」
私塾の近くまでやって来ると、工作員の代表を務める男は、背後に付き従っていた護衛と部下たちに集団の解散を命じた。
日本国の徹底した護衛マニュアルに反する行為であったが、部下たちは一切の異論を挟まずに頭を下げ、森の影へと散っていった。
代表の男は、衣服の乱れを整え、深く息を吐き出してから、ただ一人でその質素な私塾の門をくぐった。
彼が護衛を外した理由はただ一つ。これから会う人物の前で、下手に武力を誇示したり、集団で威圧するような『浅薄な真似』をすれば、一瞬にして見透かされ、交渉の場にすら立たせてもらえないことを痛いほど理解していたからである。
私塾の中は、書物の匂いと静寂に包まれていた。
奥の部屋に、一人の初老の男が静かに座し、竹簡に目を通している。
この私塾を切り盛りし、荊州に集う数多の若き知識人たちを育て上げている稀代の人物。
名を
世の人々からは、物事の本質を曇りなく映し出す『
代表の男が部屋に入り、恭しく一礼すると、司馬徽は竹簡からゆっくりと顔を上げた。
「……推薦して頂いた諸葛ですが……、残念です」
男は、一切の言い訳や前置きを省き、ただ結果のみを端的に報告した。
そう。日本の工作員が諸葛亮という隠れた天才の存在を捕捉できたのは、他でもない、この司馬徽が彼らに『臥龍という若者がいる』と情報を与えていたからである。
司馬徽は、目の前の商人たちがただの辰砂売りではなく、極東物国家の手先であることを完全に看破した上で、彼らと奇妙な情報交換の繋がりを持っていた。
報告を聞いた司馬徽は、少しも驚く様子を見せず、ただ穏やかに、どこか楽しげに微笑んだ。
「それは良い事だ。市井には、まだまだ多くの機会があるからな」
その言葉には、極東の合理から天才の若者が零れ落ちたことへの安堵と、人の運命が定まらぬことへの祝福が含まれているようであった。
だが、日本の工作員にとって、諸葛亮の獲得失敗はあくまで『手札の一つ』を失ったに過ぎない。
代表の男は、一歩前へと進み出て、その冷徹な声に微かな熱を帯びさせて言った。
「……本当であれば、貴方程の人物はいないと思うのだがなぁ……」
それが、日本国の、そして彼自身の『本音』であった。
諸葛亮のような若く未知数の天才も確かに魅力的である。しかし、荊州の知識人層の頂点に君臨し、天下の情勢を水面のように静かに見極め、数多の俊英たちを導くこの司馬徽という男の『完成された叡智』こそ、大和国のシステムに組み込みたい最高の頭脳であった。
男のその言葉に対し、司馬徽は表情を変えることなく、ただ一言、問い返した。
「私のような人の、何処が良いのかな?」
それは、決して自らを卑下するような言葉ではなかった。
代表の男が息を呑んだのは、その言葉を発した司馬徽の『瞳』であった。
好々爺のような穏やかな顔つきの中で、その瞳だけが、まるで遥か上空から獲物の骨の髄までを見透かす『鷹のような鋭さ』を放ち、男を真っ直ぐに射抜いていたのである。
司馬徽のその一言は、日本国が掲げる『打算と算段』の根本的な脆弱性を、見事に突き刺す鋭利な刃であった。
彼の言葉は本心である。日本国という巨大な機械の部品になることなど、彼にとっては少しも「良いこと」ではないのだと、その瞳が雄弁に語っていた。
「っ……」
日本の使節の額から、タラリと一筋の冷や汗が流れ落ちた。
大和国の法を背負い、曹操や周瑜といった天下の英傑たちを相手にしても決して動じなかった彼が、ただの私塾の主の視線を浴びて、初めて『本能的な恐怖』を抱いていた。
日本国の引き抜き工作は、「衣食住の完全な保証」や「知的好奇心を満たす環境」といった『欲』を刺激することで成立している。
しかし、目の前に座る司馬徽という大賢人には、その『欲の取っ掛かり』が完全に欠落している。
彼は自らの意思で野に下り、自らの意思で世界を観測している。どれほどの富や地位を積もうとも、この男の首に首輪をつけることは絶対に不可能であった。
「……愚問、でしたな。忘れていただきたい」
代表の男は、絞り出すようにそう言うと、深く、先ほどよりもさらに深く頭を下げた。
司馬徽は、日本国に敵対するつもりはない。ただ「従わない」だけである。
彼が諸葛亮の情報を教えたのも、おそらくは『日本国と、孔明という天才がぶつかった時、どのような化学反応が起きるか』という、底知れぬ好奇心から出た気まぐれに過ぎない。
―――
日本国の工作員たちが、水鏡・司馬徽の底知れぬ眼力に冷や汗を流して撤退していた頃。
同じ荊州の、とある街道から少し外れた丘の上に、一人の奇妙な男が腰を下ろしていた。
中原の厳しい戦乱を生き抜くような歴戦の武辺者のような逞しい体躯を持ちながら、どこか飄々とした空気を纏う男。年齢は三十代の半ばを過ぎたあたり(三十七歳)。その身なりは華外の旅人のようであり、特定の勢力に属している気配は微塵もない。
体躯としては6尺程(180センチ程)はあるか?
名を、
またの名を、
この男こそ、中原の群雄たちや劉備が正体を探ろうとしている極東の国家・大日本国の、紛れもない『正真正銘の王族』であった。
驚くべきことに、彼は大和国の基礎を築いた前王・大和健の末弟にあたる男である。
大内裏が放った間者でも、密命を帯びた将軍でもない。彼はただの「本物の旅人」として、この血で血を洗う中原の大地を、風の吹くままに放浪していたのである。
なぜ、大和国の王族がこのような大陸の片田舎をたった一人でうろついているのか。
理由は極めて単純にして、彼自身の強烈な気性によるものであった。
十数年前。日本国において冷徹なる合理が構築され、国家が巨大な一つの機械として動いている最中。
生来、自由を愛し、何かに縛られることを極端に嫌った景明は、皇位継承という重圧と、完全に規格化されていく息苦しい社会から外れることを強く望んだ。
「……俺は、鳥のように自由に生きたい。盤面の駒になるのも、駒を動かす退屈な王座に座るのも御免だ」
彼は前王である兄・大和健と真っ向から対立し、激しい口論の末に、自らその地位も名誉もすべてを放り捨てて日本から出奔したのである。
海を渡り、中原へと辿り着いた彼は、身分を隠して各地を巡り歩いた。
ある時は武辺者として野盗を叩き伏せ、ある時は華外の旅人として街の酒場に紛れ込み、大陸の広大さと、そこで生きる人々の泥臭い営みを、誰に縛られることもなくただ自由に見て回っていた。
この日、景明が座っていた丘の下では、荊州の北端、新野の境界線を巡って、曹操軍の斥候部隊と、劉備の部隊による小規模な、しかし命を懸けた激しい局地戦が繰り広げられていた。
怒号が飛び交い、矢が風を切り、馬の嘶きと刃が交わる金属音が響き渡る。
そんな凄惨な戦場の光景を、丘の上の景明は、まるで極上の演劇でも鑑賞するかのように、特等席から楽しげに眺めていた。
「おお、右翼が崩れたか。中原の騎兵もなかなかやるじゃないか。……おっと、あそこの歩兵、逃げ遅れたな」
独り言を呟きながら、彼は懐からゴソゴソと「ある物」を取り出した。
白い米を固く握り、塩をまぶした極東の携帯食――『握り飯』である。
大和国を出奔して十数年が経つというのに、彼は中原の麦飯や
「……うん、美味い。やはり戦を見物しながら食う塩むすびは格別だ」
眼下で人が死に物狂いで殺し合いをしているというのに、景明は片手に持った握り飯を美味そうに頬張りながら、目を細めて戦場を観察している。
彼にとって中原の戦乱は、どちらが勝とうが負けようが関係のない「他人の喧嘩」に過ぎない。広庭のようにそこから情報を抜き取って国益にしようという打算もゼロである。
ただ純粋に、人間が命を燃やしてぶつかり合うその熱量を眺めるのが、この出奔王族の何よりの『趣味』であった。
戦況が一段落し、握り飯を平らげた景明が「さて、次はどの街へ行こうか」と立ち上がり、丘を下って街道へと出た時のことである。
向こうから、奇妙な一団が歩いてくるのとすれ違った。
上質な絹の衣を着た、中原の者とは顔立ちの異なる者たち。先ほど、司馬徽の私塾から冷や汗を流して撤退してきたばかりの、大和国の工作員たちであった。
すれ違う瞬間。
工作員の代表を務める男の視線が、ふと、みすぼらしい旅人である景明の顔に向けられ――その直後、男の足がピタリと止まった。
「……っ!?」
工作員の男は、目を見開き、信じられないものを見るように景明を凝視した。
彼は古参の役人であり、大内裏の奥深くで「出奔した王の末弟」の顔絵を見たことがあったのだ。
間違いない。
体格は一回り大きくなり、無精髭を蓄えているが、その顔立ちは前王・大和健の面影を色濃く残す、あの『日置王』その人である。
(ば、馬鹿な。なぜ、こんな中原の片田舎の街道に、我が国の王族が……!?)
工作員が動揺のあまりその場に平伏しそうになった、まさにその瞬間。
景明は、工作員の男とバチリと目を合わせると、ニヤリと悪戯っぽく笑い、口の端についた米粒を指で拭いながら、小さく首を横に振った。
『声をかけるな。俺はただの通りすがりの旅人だ』。
その飄々とした視線の圧力に、工作員の男は息を呑み、硬直した。
日本のにおいて、出奔した王族に対する明確な対処など存在しない。
下手にここで身柄を拘束しようとすれば、この武辺者の王族が大立ち回りを演じ、工作員たちの『辰砂売りとしての偽装』が完全に崩壊してしまう。
「……お頭? どうかなさいましたか?」
背後の部下が怪訝そうに尋ねる。
「……いや。何でもない。ただの、通りすがりの旅人だ。……行くぞ」
工作員の男は、流れる汗を拭うこともできず、景明から強引に目を逸らして足早に歩き出した。
巨大な合理主義の塊である大和国の工作員が、自らの国が産み落とした『最大の不確定要素』を前にして、完全に沈黙し、黙殺することを選んだ瞬間であった。
「はっはっは。真面目な奴らだ、相変わらず肩が凝りそうな顔をして歩いてやがる」
景明は、足早に去っていく同郷の者たちの背中を愉快そうに見送ると、大きく伸びをした。
天下の覇権も、極東の算段も、彼にとっては吹く風と同じである。
出奔せし大和の王族は、次なる戦場と面白い人間を探すため、再び鼻歌交じりに荊州の土を踏みしめて歩き出していった。