西暦二百四年の半ば。
公孫瓚を討ち果たし、その本拠地であった幽州を完全に平定した曹操の勢力は、中原において他を寄せ付けない圧倒的なものとなっていた。
長年にわたり背後を脅かしてきた北方への直接的な脅威は、これで事実上消滅した。
残る懸念といえば、国境付近での散発的な烏桓族の動きと、遼東の公孫度の動向。そして、海を隔てて底知れぬ不気味さを放つ極東の『大日本』に対する備え程度である。
しかし、この巨大すぎる軍事的成功と、背後の安全の確保は、中原の覇王の心に一つの決定的な『毒』を落としていた。
――慢心である。
かつて、董卓や呂布、袁紹や公孫瓚といった強敵たちと死闘を繰り広げていた頃の曹操は、常に氷の上を歩くような緊張感を保ち、あらゆる可能性を想定して緻密な策を練る男であった。
だが、巨大な版図を手に入れた今、彼の思考は少しずつ、しかし確実に『変質』を始めていた。
「……南の劉表など、自ら動く度胸もない老いぼれよ。江東の孫権も所詮は若造。西の益州に至っては、山に引きこもるだけの臆病者の群れに過ぎん」
曹操は、もはや長江以南に位置する荊州の勢力や、西の益州、そして孫呉を『さほど恐るべき敵ではない』と軽視し始めていたのである。
その曹操の思考の変質を、誰よりも早く、そして冷徹に感じ取っていた男がいる。
かつて益州の宮廷を飛び出し、曹操の元で兵站と算段を支えてきた天才軍師、班稀である。
(……殿の様子が、おかしい)
班稀は、曹操が発する言葉の端々や、他国へ送る外交の書状の文面に目を通すたび、背筋に冷たいものを感じていた。
最近の曹操が群雄たちに向けて放つ使者や書状は、極めて傲慢であった。相手を対等の諸侯として扱うのではなく、まるで『自らが皇帝であるかのような』不遜な態度で、一方的な要求や恫喝を突きつけるようになっていたのだ。
日本国の底知れぬ外交術の恐ろしさや、南方の地形の険しさを計算すれば、決してそのような油断はできないはずである。だが、今の曹操の耳には、慎重論よりも自らの覇道を讃える声の方が心地よく響くようになっていた。
(このままでは、いずれ足元をすくわれる。……人は、圧倒的な力を持った時、自らの『理』すらも歪めてしまうというのか)
班稀は、自らが選んだ覇王の背中に差す昏い影を見つめながら、静かに息を吐き出した。
曹操の慢心が膨れ上がるのと比例するように、許昌の宮廷において、本来の主であるはずの献帝・劉協の影は、ますます薄く、そして孤独なものとなっていた。
だが、この頃。
班稀は、政務や軍議の合間を縫うようにして、度々この劉協の元へと顔を出すようになっていた。
「……おお、班稀ではないか。今日も大儀であるな。息災であったか」
煌びやかだが虚ろな玉座の間。曹操の監視の目が光るその場所で、劉協は班稀の姿を認めると、まるで古い友人に会ったかのように柔らかな笑みを浮かべた。
劉協は、自分が曹操に擁されているだけの傀儡の皇帝であることを痛いほどに理解している。
それでも彼は、決して漢王朝の再興を諦めてはいなかった。かつての宮廷を知る者が少しでも臣下として残っているのならば、彼らの心に訴えかけ、漢の復興を助けてくれるかもしれないと、一縷の望みを抱き続けていたのである。
ゆえに彼は、曹操を頼るだけでなく、班稀のような『曹操の配下』の者たちに対しても、決して憎しみや敵意を向けることなく、分け隔てなく温かく接していた。
「陛下。本日は、北方の書物の整理に上がりましてございます」
「うむ、ご苦労。……班稀よ、お前は本当に博識だな。お前のような者が支えてくれれば、この国も少しは良くなるのだろうがな」
劉協の言葉には、覇権を争う者たちのような野心も、権力への執着もない。
ただ純粋に「国を良くしたい」「血の流れない世を作りたい」という、痛切な願いだけが込められていた。
班稀は、深く頭を下げながら、劉協という若き皇帝の横顔を静かに観察していた。
中原の歴史家や、野心に溢れる群雄たちは、漢の皇帝を「時代遅れの神輿」と呼び、力なき愚か者だと嘲うかもしれない。
だが、数字と理を重んじ、人間の本質を冷徹に見極める班稀の評価は、それらとは全く異なっていた。
(……この方は、決して愚鈍などではない)
班稀は、心の中で静かに断言した。
劉協は聡明である。物事の道理を理解し、人の心の機微を察する優しさを持っている。かつて、漢王朝を腐敗のどん底に叩き落とし、黄巾の乱を引き起こした暗君・霊帝のような、強欲で汚濁に塗れた性質は微塵もない。
(……霊帝の血を引いているとは信じられぬほど、まるで湧き水のように清らかな御方だ。ただ……)
班稀は、微かに目を伏せた。
(ただ、時代が合っていないのだ)
劉協がもし、平和な治世の時代に皇帝として生まれていれば。彼は間違いなく、民を慈しみ、学問を奨励する最高の名君として歴史にその名を刻んだであろう。
しかし、彼が産み落とされたのは、血で血を洗う戦乱の世であり、極東からは冷酷な国家が迫るという、史上最も過酷な時代であった。
この狂った乱世において、「清らかさ」や「純粋な優しさ」は、国を統べる力にはならない。曹操のような泥を被る覚悟と、時には非情に徹する覇気がなければ、生き残ることすら許されないのだ。
「……班稀。どうしたのだ、そんな悲しそうな目をして」
「いいえ、陛下。少し、目に埃(ほこり)が入ったのみにございます」
曹操が傲慢という名の『乱世の毒』に染まっていくその足元で。班稀は、ただただ時代とすれ違ってしまったがゆえに座敷牢に囚われ続ける『清冽なる天子』の孤独を、誰よりも深く、そして静かに見つめ続けていた。
曹操の心に慢心の影が差し始めていることを危惧していたのは、班稀一人ではなかった。
曹操の覇業を内政と戦略の両面から支え続け、「我が子房(張良)」とまで絶賛された最大の功臣、荀彧もまた、主君の思考の変質に強い危機感を抱いていた。
「……殿。南方の劉表、江東の孫権に対するその書状の文面は、いささか傲慢に過ぎます。大漢の丞相たる者、諸侯に対しては威厳と共に『徳と礼』を以て接せねば、無用な反発を招くのみにございます」
許昌の政務室にて、荀彧は曹操に対して幾度となく釘を刺す言葉を投げかけていた。
だが、かつては荀彧の言葉に熱心に耳を傾け、その諫言を素直に受け入れていた曹操の態度は、この頃から明らかな変化を見せ始めていた。
「……分かっている、文若。だが、北を制した我が軍の威を前にすれば、南の輩など恐れるに足らん。些細な言葉尻にこだわる必要はあるまい」
曹操は、軍事的な進言(兵糧の算段や戦術の是非)に関しては一定の理解を示し、説得に応じることもあった。しかし、自らの政治的な振る舞いや、他国への態度に対する荀彧の苦言に対しては、露骨に顔をしかめ、時には完全に耳を貸さないことすら増えてきたのである。
曹操が荀彧の言葉を煙たがるようになった根本的な原因。
それは、荀彧と、そして軍師・班稀の二人が抱く『大漢の復興』という共通の理念にあった。
彼らは曹操の覇業を助けてはいるが、それはあくまで「戦乱を鎮め、正当なる漢王朝(献帝・劉協)の威光を再び天下に取り戻すため」である。彼らの根底にあるのは、漢の時代から続く誇り高き『官僚としての魂』であった。
だが、曹操の目はすでに漢王朝の枠組みを越え、己自身が天下を創り変えるという絶対的な野望(あるいは簒奪への道)へと向き始めている。
「漢の忠臣であれ」と説く荀彧や班稀の言葉は、今の曹操にとって、己の巨大な翼を縛り付けようとする古い鎖のように感じられ始めていたのである。
「……殿は、変わられた。いや、力を得たことで、本来の覇気がむき出しになってきたと言うべきか」
政務の帰り道、並んで歩く班稀に対し、荀彧がポツリとこぼす。
「我らは殿を大漢の柱石と信じて支えてきたが……。このままでは、我々の掲げる理想と殿の道は、いずれ決定的に分たれてしまうやもしれん」
班稀もまた、深く同意するように無言で頷いた。献帝の
この荀彧たち「旧き忠臣(漢の官僚)」の憂鬱に拍車をかけたのが、曹操の周囲を固め始めた『比較的新しい者たち』の存在である。
ここ数年のうちに、曹操陣営では一つの大きな世代交代があった。
古参の軍師であった戯志才が病に倒れて世を去り、その後任として荀彧自身が推薦した一人の若き天才が、凄まじい勢いで頭角を現していたのである。
名を
その知略と軍略の冴えは神がかっており、曹操をして「わしの真意を理解しているのは奉孝だけだ」と言わしめるほどの奇才であった。
だが、この郭嘉には致命的な問題があった。極端に『素行が悪かった』のである。
朝から酒を飲み、軍議の場にもふらふらと遅れて現れ、儒教の礼儀作法など鼻で笑って全く意に介さない。漢の厳格な官僚制度を重んじる者たちからすれば、眉をひそめるどころか、即座に追放すべき破天荒な振る舞いであった。
しかし、曹操は郭嘉のその素行不良を、彼の持つ圧倒的な『奇才』ゆえの愛嬌であるとして、完全に不問に付していたのである。
「殿! 郭嘉殿の振る舞いは目に余ります! 軍紀を乱し、大漢の礼法を蔑ろにするあのような者を重用し続けては、他の将兵への示しがつきませぬ!」
当然のごとく、規律を重んじる旧来の官僚や諸将たちから、郭嘉を弾劾する声が次々と曹操の元に寄せられた。
ここで曹操がとった行動は、極めて打算的で、そして荀彧や班稀から見れば『嫌らしい』ものであった。
曹操は、郭嘉を処罰しなかった。だが同時に、郭嘉を弾劾してきた堅物たちを叱り飛ばすこともしなかった。
「うむ。お前たちが軍紀を重んじるその忠義、見事である。お前たちのような規律正しき者がいるからこそ、我が軍は強いのだ」
曹操は、弾劾する者たちの言葉を『平等に、しかし格下の意見』として受け入れ、形ばかりの称賛を与えて宥めすかしたのである。
それは「お前たちの厳格さも使える道具だ。そして郭嘉の才能も使える道具だ。どちらも俺の手のひらの上で役立てばそれでいい」という、究極の
この対応により、曹操は不満を持つ諸侯や官僚の離反を見事に防いだ。
しかし、その冷酷なまでに実利のみを重んじる態度は、漢の法と道徳を信じる荀彧や班稀の心に、決定的な冷や水を浴びせることとなった。
「……殿にとって、大漢の法も、礼節も、もはや自らの軍を動かすための『便利な手綱』に過ぎないのだな」
許昌の宮廷の奥深くで。漢の時代から国家を支えようとする班稀や荀彧ら『旧き官僚たち』と、郭嘉をはじめとする曹操の覇道のみに従う『新しい実力主義者たち』との間に、決して埋めることのできない暗く深い軋轢の土壌が、静かに、そして確実に出来上がりつつあった。
―――
許昌の夜は、秋の深まりと共に肌寒さを増していた。
曹操の陣営において、新旧の家臣たちの間に静かな軋轢が生まれつつある中。
漢の時代から続く古い官僚の矜持を持つ班稀と荀彧の二人は、政務の後に度々、荀彧の屋敷の奥の部屋で密かに酒を共にするようになっていた。
「……郭嘉殿が、また軍議の席に酒の匂いをさせて現れた。殿はそれを『才気ゆえの愛嬌』と笑って済まされたが……大漢の軍を率いる者の振る舞いとして、どうにも承服しがたい」
「分かります。才があれば法も礼も無視して良いとなれば、国家の根本たる『理』が崩れる。我々のように、帳簿の数字と兵站の規律で軍の屋台骨を支えている者からすれば、ため息しか出ませんな」
誰の耳にも入らない密室で、二人は杯を交わしながら、心を許し合って愚痴をこぼし合っていた。
共に数字と法を重んじ、国家という巨大な機構を裏から回し続ける実務家同士。自らの出自の苦労や、日々の終わりの見えない政務の愚痴、そして何より――主君である曹操の、目に余る傲慢さに対する「共通の不満」が、二人の間に奇妙な連帯感を育んでいた。
「殿の覇道は、もはや我々が信じた『大漢の復興』という道筋から、少しずつ外れようとしているのかもしれん……」
荀彧が、盃の酒を見つめながらポツリと漏らしたその言葉には、隠しきれない深い憂慮が滲んでいた。
その言葉を聞いた班稀は、手元の盃をコトリと卓に置くと、少し酔いが回ったのか、普段の冷徹な彼には珍しく、遠い目をしてポツポツと自らの『昔話』を語り始めた。
「……荀彧殿。私がなぜ、あの極東の島国……『大和国』の底知れぬ恐ろしさを、これほどまでに熟知しているか、お分かりですか?」
「ふむ? 確かに、貴殿は誰よりも早くあの異国の脅威を察知し、見事な算段で警戒を解かなかった。かつて益州にいた頃に、独自の密偵でも放っていたのかと思っていたが」
「いいえ。密偵などではありません」
班稀は自嘲するように笑い、首を横に振った。
「私はかつて、この大漢の『正使』として、あの極東の海を渡ったことがあるのです」
「……何だと?」
荀彧が驚きに目を見開く中、班稀は静かに過去を回想した。
「あの国で、私は見たのです。中原の群雄たちが覇権や名誉を巡って血を流している間に、すでに国家そのものを一つの巨大な『機械』へと作り変え、無駄な感情を一切排して大陸を呑み込もうとしている、化物のごとき国の姿を」
班稀は、漢の将来に恐るべき破滅が迫っていることを肌で感じた。
だからこそ、帰国後、彼は漢の宮廷に対して「ただちに極東の島国に対する認識を改め、国家の体制を立て直さねば、漢は必ずあの国に内側から食い破られる」と、文字通り血を吐くような思いで『正直な報告』を行ったのである。
「しかし、腐敗しきっていた当時の宮廷は、私の報告を鼻で笑いました。『東の果ての野蛮な小島が、大漢の脅威になるなどと妄言を吐くか』と。……私は、朝廷を惑わす狂人として弾劾され、すべての地位を奪われ、薄暗い牢屋へと幽閉されたのです」
だからこそ、彼は中原の権威を見限り、冷徹な算段のみを信じて生きる道を選んだ。彼が誰よりも大和国を警戒し、また大和国に似た合理主義を持つようになったのは、その絶望の原体験があったからである。
班稀の告白を聞いていた荀彧の顔に、みるみると複雑な色が広がっていった。
「……まさか。あの時の……」
荀彧の唇が、微かに震えた。
荀彧は、まだ若い頃に宮廷の噂話としてその事件を聞いたことがあった。
『東の海の向こうの蛮族の島を、化物の国だと恐れ、大漢の危機だと叫んで牢に放り込まれた馬鹿な正使がいる』と。
当時の荀彧もまた、その噂を聞いて「どれほど臆病に生まれつけば、そのような妄言を吐くのか。馬鹿な男もいたものだ」と、周囲と共に冷ややかに嘲笑っていたのである。
「……班稀殿。あの時の『愚かなる正使』とは……貴殿のことであったか」
荀彧のその言葉に、班稀は自らを嘲うように、クックッと喉の奥で笑い声を立てた。
「ええ。天下の笑い者となった、愚かで滑稽な男の正体です。……あの時、私がもっと上手く立ち回って、宮廷の者たちが信じやすいように嘘を交えて報告していれば、あるいは少しはマシな備えができたのかもしれません。ですが、若かった私は、漢の国を憂うあまり、馬鹿正直すぎた」
荀彧は、目の前の男の顔をまじまじと見つめた。
漢の未来を憂い、命懸けで真実を語り、その愚直さゆえに弾劾され、天下から嘲笑われた男。
そして今、荀彧自身もまた、漢の未来を憂い、曹操に忠言を尽くしながらも、その真っ直ぐさゆえに主君の耳を遠ざけさせ、時代から取り残されようとしている。
形は違えど、二人の行き着いた先は、あまりにも似通っていた。
「……くっ」
荀彧の口から、不意に笑いが漏れた。
「はっ、はっはっはっ……!」
いつも礼節を重んじ、隙のない荀彧が、腹を抱えて笑い出した。
それは決して愉快な笑いではない。どうしようもない歴史の皮肉と、己の無力さに対する、底抜けの『自嘲』の笑いであった。
「そうか……! あの馬鹿な男が、貴殿だったとは! ……いや、笑っているのは貴殿のことではない。あの時、貴殿の血の滲むような忠言を鼻で笑い、今になって『大漢の復興』などと夢見ている、私自身が……あまりにも滑稽でならないのだ!」
荀彧の笑いにつられるように、班稀もまた、肩を揺らして笑った。
「はっはっ……ええ、滑稽です。我々は、揃いも揃って時代に合わない愚か者だ。……どれほど帳簿の数字を合わせても、どれほど完璧な兵站を敷いても。この国を蝕む『驕り』だけは、計算式ではどうにもならない」
薄暗い部屋の中で、二人の天才官僚の自嘲気味な笑い声が、静かに響き合った。
時代は、彼らの理想を置き去りにして進んでいく。
冷徹に大陸をシステムに組み込もうとする極東の化物と、漢の枠組みを壊して覇道を突き進む覇王。その巨大な濁流の中で。
どれ程に身を粉にして力を尽くそうとも、自分たちの愛した『清らかで正しき漢の時代』は、もう二度と戻ってこないかもしれない。
その冷酷すぎる真実を、許昌の夜の静寂の中で、二人は心の底から理解してしまったのであった。
―――
中原において曹操が覇権を確立し、江東で孫権が防衛線を固めていた頃。大陸の西の深奥、天険の山々に守られた『益州』においては、史実の三国志とは全く異なる、極めて特異な政治的進化が遂げられようとしていた。
本来の歴史におけるこの時期の益州牧・劉璋は、漢中に独立した宗教勢力である
しかし、この世界線においては違った。
日本国から持ち込まれた極東の合理――その断片である『緻密なる算段(算術と兵站管理)』を完璧に使いこなす若き文官、班竣の存在が、益州の構造を根本から創り変えていたのである。
班竣が帳簿を握り、益州全土の税収と物流を『数字の理』によって完全に可視化したことで、長年はびこっていた役人や豪族たちの中抜き(横領)は激減した。蔵には腐るほどの麦と銭が溢れ、兵たちの武具は常に最新の状態で維持され、物流の動脈は滞りなく脈打っている。
「……見事だ、班竣。お前の算段のおかげで、我が軍の蔵は底を知らぬ。これならば、北の張魯がどれほど狂信の徒を集めようとも、十分に討伐の軍を差し向けることができる」
成都の宮廷にて、劉璋は積み上げられた報告書を前に、穏やかだが自信に満ちた声で語った。
史実では張魯に怯えきっていた暗愚な君主は、強固な経済基盤と兵站という『絶対的な安心感』を得たことで、その内面に眠っていた「慎重だが繊細な、民を愛する君子」としての真の姿を完全に開花させていたのである。
益州の軍事力は張魯を討伐できる規模にまで膨れ上がっていた。しかし、劉璋と班竣が選択した「張魯との戦い方」は、単なる武力による蹂躙ではなかった。
彼らが仕掛けたのは、思想と経済による『善政の競い合い』であった。
漢中の張魯は、宗教的指導者として「義舎」と呼ばれる無料の宿泊所や食堂を街道に設け、罪を犯した者もすぐには罰せず道を修めさせるという、当時としては極めて民衆に寄り添った統治を行っていた。それが五斗米道の強烈な求心力となっていた。
「ならば、我ら益州の公儀も、それ以上のことを為せばよい。宗教の狂信に頼らずとも、理と算段をもって民を救うことはできるのだから」
劉璋の決断と、班竣の計算により、益州全土に前代未聞の政策が敷かれた。
張魯のやり方を徹底的に分析し、益州の各所の街道を石畳で整備し、要所要所に公儀の資金で運営される『義舎(無料の宿と炊き出し所)』が次々と建設されていったのである。
さらには、余剰となった莫大な税収を、貧しい農民への農具の貸し出しや、不作時の無償配給といった形で『民への再分配』として還元し始めた。
「馬鹿な……! 張魯のような賊徒の真似事をして、我々から徴収した税を、なぜ泥にまみれた平民どもに分け与えるのだ!」
「劉璋様は狂われたか! 豪族たる我々の特権を削り、下賤な者たちを肥え太らせるなど、天地の理に反している!」
当然のごとく、荊州の蔡氏らのように既得権益を貪ってきた益州の古き豪族たちは、劉璋と班竣のこのやり方に激しい不満と怒りを抱いた。彼らは幾度となく反発し、宮廷で劉璋を吊るし上げようと画策した。
だが、劉璋は一歩も引かなかった。
「お前たちが肥え太るために、民が飢えるのが天地の理であるものか。私の治めるこの地では、一人の餓死者も出すことは許さん」
臆病と言われた男が、民を守るために見せたその強固な意志。
豪族たちがどれほど不満を抱こうとも、圧倒的な多数派である益州の民衆たちは、劉璋のこの『徹底的な善政』を熱狂的に支持したのである。
「劉璋様こそ、真の明君だ!」
「我らの納めた麦が、回り回って我らの飢えを救ってくれる。こんな世があったとは!」
成都の街は、中原の血生臭い戦乱とは無縁の、活気に満ちた人々の笑顔で溢れかえっていた。
それはまさに、許昌の冷たい玉座に囚われている若き皇帝・劉協が、血の涙を流しながら夜毎に夢見ている『誰も飢えることのない、清らかで正しき漢の理想郷』そのものであった。
皇帝が望んだ理想の国が、皮肉なことに中原の覇王の元ではなく、この遥か西の辺境において、一人の「暗愚」と嗤われた君主と、算術を操る一人の文官の手によって、ひっそりと、しかし確実に顕現していたのである。
『劉協が夢見た理想郷』の土台となる複雑怪奇な計算式と物流を、その双肩に背負いながらも。
益州の変革の最大の功労者であるはずの班竣は、決して自らの功績を誇ることはなかった。
「……よし、これで漢中方面への街道整備費用の算出は終わりだ。次は、南中の義舎への兵糧配分だな」
成都の薄暗い政務室で、班竣は今日も黙々と竹簡(ちくかん)に数字を書き込んでいた。
どれほど劉璋から「もっと高い地位に就け、豪族たちの上に立て」と勧められても、彼は頑なにそれを固辞し、ただの「一官僚」としての地位に留まり続けていた。
彼には、権力欲も名誉欲もない。
ただ、この平和な益州の地で算術の才を活かし、慎ましく、しかし確実に『家族を養うこと』ができれば、それで十分であった。
政務を終え、成都の街角にあるこぢんまりとした屋敷に帰ると、そこには彼が何よりも大切にしている家族が待っている。
彼自身の妻ではない。兄の妻(義姉)と、その子供たちである。
「叔父上、お帰りなさい!」
「おお、良い子にしておったか」
駆け寄ってくる幼い甥や姪の頭を撫でながら、班竣の目元が優しく和らぐ。義姉もまた、慎ましい夕食を用意して彼を温かく出迎えてくれた。
班竣にとって、兄は誇りであった。天才的な頭脳を持つ兄。
しかし、その兄はもうこの世にはいない。
数年前。兄が日本への正使としての任務から帰還した後。
『極東の島国は化物の国だ。直ちに備えなければ漢は滅びる』という妄言を吐き、気が狂ったと見なされて洛陽の冷たい地下牢に幽閉され、そのまま『獄中死した』という絶望的な報告が、この益州の班家へと届けられていたのである。
(……兄上。貴方が命を懸けて憂いた漢の未来は、中原の濁流に飲み込まれてしまいました。ですが、この益州だけは、貴方が守りたかった『民が笑う世』を実現してみせます。どうか、安らかにお眠りください)
班竣は、夜な夜な夜空を見上げては、冷たい牢屋の中で孤独に狂い死んでいった(と信じている)不遇の兄へと、祈りを捧げ続けていた。自分がこの家族の防波堤となり、兄の遺した血筋を何があっても守り抜くのだと、静かな決意と共に。
だが、西暦二百四年の秋。
その静かで確固たる班竣の日常を、根底から覆す『一つの噂話』が、中原から流れてきた行商人たちの口を通じて益州へと持ち込まれた。
「……いやあ、今の曹操軍は飛ぶ鳥を落とす勢いですがね。その背後には、化け物みたいな天才軍師たちがいるんですよ」
「荀彧様や、新進気鋭の郭嘉様……それに、すべてを数字で計算し尽くし、あの覇王の巨大な兵站を裏で完璧に支え切っているという、恐ろしい軍師がおりましてな」
市場の視察に出ていた班竣が、ふと足を止めてその商人の世間話を耳にした時である。
「何でも、その軍師の名は……確か、『班稀』、字を唯才と申したかな。いやはや、凄まじい頭脳を持った男だそうですぜ」
「…………え?」
班竣の手に握られていた木簡が、カラン、と乾いた音を立てて石畳の上に転がり落ちた。
「……今、なんと言った?」
班竣は、血相を変えて商人の胸ぐらを掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。
「ひっ!? な、何ですかお役人様! 私はただ、曹操様の軍師の名前を……班稀、字を唯才と……」
「馬鹿な……。同姓同名か? いや、字まで同じなど、そんな偶然があるはずがない……ッ!」
班竣の頭の中で、巨大な鐘が乱打されたような衝撃が走った。
死んだはずだ。洛陽の牢で、朝廷から弾劾され、狂人として惨めに死んでいったと、公式な報告が届いていたではないか。
それがなぜ、今になって中原の覇王・曹操の軍師として、天下にその名を轟かせているというのか。
(……生きている。兄上は……生きている!!)
驚嘆。混乱。そして、魂の底から湧き上がるような、強烈な『喜び』。
膝から崩れ落ちそうになるほどの感情の奔流に襲われながら、班竣は信じられない思いで天を仰いだ。
だが、生きているという圧倒的な喜びの直後、班竣の心に重く冷たい『苦悩』が圧しかかってきた。
(……この事実を、義姉上や子供たちに、一体どのように伝えるべきだ?)
彼らは何年もの間、夫であり父である男が「非業の死を遂げた」と信じ、毎日涙を流して仏前に手を合わせてきたのだ。
それが実は生きていて、あろうことか、大漢の朝廷を実質的に幽閉し、天下を我が物にしようとしている最大の奸賊・曹操の片腕として権勢を振るっているなどと。
あまりにも数奇で、あまりにも残酷な真実である。
班竣は知る由もなかった。
中原の許昌で、曹操の傲慢さに心を痛め、荀彧と共に『大漢の復興』を真剣に憂いながら酒を飲んでいる兄・班稀が。
まさか自分の弟が、益州で『漢の理想郷』を完璧に作り上げ、さらには自分が「狂って獄中死した」という絶望的な偽報に何年も苦しめられているなどとは、夢にも思っていないことを。
班稀は、弟の班竣が「益州で一官僚として慎ましく、平和に自分の家族を養ってくれている」と信じ切っている。
自分が漢の朝廷(当時の腐敗した宮廷)から公式に『死亡』として処理され、その偽りの死亡通知が家族に叩きつけられていたという『闇』に、あの冷徹な天才軍師すら、全く気づいていなかった。
天下を二分しようとする東西の地で。
二人の兄弟は、互いの真実の姿を全く知らぬまま、深い愛と壮絶なるすれ違いの渦の中で、ただ時代という巨大な歯車を回し続けていたのであった。