西暦二百七年。荊州にも、厳しい冬の足音が近づきつつある頃。
比企景明の江夏の屋敷は、かつてないほどの異様な緊張感と喧騒に包まれていた。
「お湯を! 早く、もっと新しいお湯を沸かして!!」
「清潔な布を切らさないで! 奥様、しっかりと息を吸って……っ!」
屋敷の奥、厳重に幕が張られた産屋から、産婆や侍女たちの切羽詰まった声が絶え間なく響いてくる。
そう、景明の妻であり、かつて天下無双の騎兵を率いた飛将・呂綏が、ついに臨月を迎え、お産が始まったのである。
「…………」
景明は、産屋から少し離れた廊下に立ち尽くし、ただただ無言で拳を握りしめていた。
その背中は、いつもの冷徹な算段官のそれではなく、焦燥と不安に押し潰されそうになっている、ごく普通の『父親になろうとする男』の姿であった。
(……くそっ。どれだけ帳簿の数字を完璧に弾き出せようと、国家の律令を組み上げられようと。この時ばかりは、男の俺には何一つできやしない)
景明は、己の『無力さ』をこれほどまでに痛感したことはなかった。
戦場であれば、兵糧の動線を組み替え、間諜を放ち、勝率を九割九分まで引き上げる算段を打つことができる。しかし、新しい命の誕生という『大自然の摂理』の前には、人間の知恵や計算式など一切通用しないのだ。
痛みに耐える妻の悲鳴を聞くたびに、景明の心臓は鷲掴みにされたように縮み上がった。
「旦那様。男衆がここにいても、邪魔になるだけです。……奥様の強さを信じて、お仕事に向かわれては?」
長年仕える年配の侍女が、見かねたように景明の背中を叩いた。
「……ああ、そうだな。ここにいても、俺はただオロオロと廊下を歩き回るだけの邪魔者だ」
景明は、深く一つ深呼吸をすると、未ろ髪を引かれる思いで屋敷を後にし、強引に己の足を荊州軍の陣所へと向けた。
陣所に到着した景明は、己の不安を無理やり押し殺すように、山積みになった木簡(もっかん)の処理――益州(えきしゅう)との律令の細部調整や、冬営に向けた兵糧の計算――に没頭しようとした。
「……違う。この関税率の計算は、これだと一分ほど狂う。やり直しだ」
だが、どうしても身が入らない。
数字を追っていても、ふとした瞬間に呂綏の顔が脳裏をよぎり、筆がピタリと止まってしまう。何度も同じ行を読み返し、計算ミスを連発する景明の姿は、周囲の事務官たちから見ても明らかに「上の空」であった。
「……おいおい。あの氷のように冷たい算段の化物殿も、今日ばかりは借りてきた猫のようだな」
「わっはっは! 無理もねえ! 戦場でどれほど豪胆な男でも、女房の初めてのお産とくりゃあ、生きた心地がしねえもんだ!」
ふと、景明の肩をバンッと力強く叩く大きな手があった。
見上げれば、張飛と関羽、そして趙雲といった、劉備軍の猛将たちが、人の悪い笑みを浮かべて覗き込んでいた。
「張飛殿、関羽殿……」
「景明殿。妻の出産という大事業に比べれば、曹操の十五万など児戯に等しい。……かく言う俺も、最初の子供が生まれる時は、槍を磨く手が震えて使い物にならなかったものだ」
関羽が、立派な髭を撫でながら苦笑いする。
「男ってのはな、産屋の前じゃただの木偶の坊なんだよ! だからこそ、外でどんと構えて、『俺が家族を食わせていくんだ』って気を確かに持っておくしかねえんだ」
張飛が、豪快に笑いながら酒の入った瓢箪を差し出してきた。
幾度も妻の出産を経験し、親としての修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の父たちからの、不器用で温かい慰めの言葉。
「……全くだ。お前たちの言う通り、俺は今、戦場に立つ新兵よりも震えているよ」
景明は、珍しく弱音を吐き、自嘲気味に笑って張飛の瓢箪から酒を一口煽った。その強い酒の熱さが、少しだけ景明の強張った神経をほぐしてくれた。
それから、半日が経過した頃。
太陽が西に傾き、陣所に夕闇が迫り始めたその時であった。
「旦那様!! 景明様!!」
陣所の入り口から、景明の屋敷の若い従者が、転がるような勢いで駆け込んできた。その顔は、極度の興奮と喜びで真っ赤に紅潮している。
ガタッ!
景明は、持っていた筆を投げ出し、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
心臓が、早鐘のように打ち鳴らされる。
「生まれたか!? 綏は……妻と子は、無事か!!」
景明の、普段の冷静さなど微塵もない、必死の形相での問いかけ。
「は、はい!! お生まれになりました! 母子ともに、何の異常もございません!」
従者は、息を切らしながら、しかし弾けるような笑顔で報告した。
「それにしても、奥様は凄まじかったです! 痛みに叫ぶどころか、『曹操の軍勢を蹴散らした私が、たかがお産しきれんでどうするゥッ!』と、気合いの咆哮を上げられまして……っ!」
「……っ! ふ、ふはっ、あははははっ!」
その報告を聞いた瞬間、景明は張り詰めていた糸がプツリと切れ、天を仰いで大声で笑い出した。
なんという女だ。生命誕生の神聖な瞬間にすら、飛将としての矜持と気合いを爆発させて押し切るとは。
「して、子は? どちらだったのだ」
張飛が、横から身を乗り出して尋ねた。
「女の子でございます! 奥様に似て、とても元気で声の大きな、美しい姫君です!」
女の子。
その言葉の響きが、景明の胸の奥深くに、じんわりと温かく、そして甘く染み渡っていく。
「……行くぞ」
景明は、机の上に散乱した木簡など見向きもせず、一直線に陣所の出口へと向かった。
「おう! 早く顔を見てやれ!」
猛将たちからの祝福の声を背に受けながら、景明は己の屋敷へ向けて、文字通り飛ぶような速さで駆け出していった。
屋敷の産屋に飛び込んだ景明が目にしたのは。
汗で髪を額に張り付かせ、酷く顔色を蒼白にしながらも、すべてをやり遂げた安堵の笑みを浮かべて寝台に横たわる妻・呂綏の姿であった。
「……綏」
景明は、膝をつき、震える手で彼女の冷たくなった手を握りしめた。
「よくやった。……本当によく、頑張ってくれた。ありがとう」
言葉は、それしか出てこなかった。極東の天才算段官の口から出たのは、ありふれた、しかし世界で最も純粋な感謝の言葉だけであった。
「……ふん。遅いぞ、算段の化物め」
呂綏は、掠れた声で憎まれ口を叩きながらも、その瞳には溢れんばかりの涙を湛えていた。
「見ろ。お前にそっくりの……涼しい目をした、私たちの娘だ」
呂綏の腕の中。
清潔な布に包まれた、信じられないほど小さな、赤みがかった命の塊。
景明が恐る恐る指を伸ばすと、小さな小さな手が、彼の指をギュッと力強く握り返してきた。
『おぎゃあ、おぎゃあ!』
その元気な産声を聞いた瞬間。景明の目から、これまで彼が一度も流したことのなかった、大粒の熱い涙がポロポロと零(こぼ)れ落ちた。
(……この血で汚れた戦乱の世に。こんなにも無垢で、小さな命が生まれてきてくれた)
景明は、指を握る娘の小さな温もりを感じながら、胸の中で一つの決意を岩のように固く打ち立てた。
(必ず、守り抜く。曹操の野望からも、諸葛亮の算段からも、中華の血塗られた歴史からも。……俺が組み上げる『律令の檻』で天下を縛り上げ、この子が、そして綏が、明日死ぬかもしれないという恐怖を抱えずに済む『平和な法治の国』を、絶対に創り上げてみせる)
それは、一人の冷徹な官僚が、一人の『父親』へと真に生まれ変わった瞬間であった。
―――
遥か南方の地で、新たな時代の希望となる無垢な産声が響き渡っていたその頃。
中原の覇王・曹操が座す許昌の宮廷は、それとは真逆の、底知れぬ暗鬱と機能不全の泥沼に沈み込んでいた。
「……計算が合わん! なぜ前線への輸送が三日も遅れているのだ!」
「申し訳ありません! しかし、各州からの徴税記録と消費量の帳尻が全く合わず、どこから米を捻出すべきか……っ!」
許昌の兵站局。
かつて、極東の算段の徒・班稀が絶対的な支配者として君臨していたその部署は、今や処理しきれない木簡の山に埋もれ、文官たちが血走った目で右往左往する阿鼻叫喚の地獄と化していた。
班稀が去った後、兵站を統制する文官の数は決定的に足りていなかった。
いや、大漢帝国の歴史や、史実の曹操陣営の規模からすれば、決して少ない数ではない。彼らは皆、科挙や推挙で選ばれた優秀な知識人たちであった。
だが、班稀という男が構築していた物流システムは、彼ら中原の常識を遥かに凌駕する『高度な情報一元化』であった。
「矢一本、米一粒」に至るまで。
全軍の消費量、気候による腐敗率、輸送馬の疲労度から関所の通過時間まで、あらゆる要素を変数として観測し、記録し、その膨大な情報をたった一人の脳内で『算段』し続けていたのだ。
班稀自身、いつ自分が倒れても――あるいは裏切りが露見して処刑されても――システムが完全に崩壊しないよう、自身の『秘書官』たちを教育し、引き継ぎの準備は行っていた。
しかし、大和国の右大臣・広庭すらも一目置いたその『怪物の思考回路』を、中原の文官たちがたった数年で完全に模倣できるはずがなかった。
結果として、心臓を失った曹操軍の兵站網は、血管に血が詰まるように各地で大渋滞を起こし、かつての圧倒的な機動力を完全に喪失してしまっていたのである。
「……班稀め。我が軍の兵站を、己がいなければ回らぬ『怪物』へと造り変えてから死におったか」
報告書を放り投げ、曹操は執務室の椅子に深く沈み込んだ。
今更になって、彼は現実を直視させられていた。あの男を具五刑で八つ裂きにしたところで、失われた『算段の臓腑』は二度と戻らないという冷酷な事実を。
「……ぐ、ぅぅ……ッ」
突如、曹操は自らのこめかみを両手で強く押さえ、苦悶の声を漏らした。
頭が割れるように痛い。
元々彼が抱えていた持病の『頭痛』であったが、赤壁の大敗以降、その痛みは尋常ではない頻度と激しさで曹操を襲うようになっていた。
「丞相様。お薬の用意ができました。すぐにお飲みください」
傍らに控えていた白髪の老人が、静かに湯気を立てる椀を差し出した。
天下に名高い神医・華佗である。
曹操は震える手で椀を受け取ると、黒く苦い煎じ薬を一息に飲み干した。
華佗の調合した薬は確かに効果があり、飲むと少しの間だけ頭を締め付ける鈍痛が緩和される。だが、それはあくまで対処療法に過ぎず、病の根源を絶つものではなかった。
「……華佗よ。最近、ますます眠りが浅い。少し目を閉じれば、長江の炎に焼かれる兵たちの声と、あの班稀の透き通った無表情が夢枕に立つ」
曹操は、脂汗を拭いながら荒い息を吐いた。
「心労でございます、丞相様。お身体は極限まで疲弊しておられます。薬で痛みを散らすことはできても、貴方様の御心に巣食う『憂い』を取り除かねば、いずれこの頭痛は御命を奪いかねません」
華佗は、深く頭を下げて忠告した。
曹操の疲労と心労のピーク。
それは単なる敗戦のショックだけではない。彼を取り巻く天下の情勢が、覇王の精神を休む間もなく削り続けていたからである。
「……休む暇など、あるはずがなかろう」
曹操は、痛む頭を抱えながら、卓の上に広げられた巨大な中華の地図を睨みつけた。
いつ、この中原が北と南から挟み撃ちにされるか分かったものではない。
南の荊州には、劉備と諸葛亮が陣を構え、背後の江東には孫権が牙を研いでいる。もし奴らが、西の益州という天然の要害と結びつきでもすれば、巨大な『反曹操の連合軍』が長江の南に完成してしまう。
そして、憂いの種は南だけではない。
「北方の異民族どもの動きが、また活発化しているというではないか」
曹操がかつて討伐し、平定したはずの北方の騎馬民族・烏桓。
彼らもまた、曹操の赤壁での敗退という隙を突き、再び分裂と離反の兆しを見せ始めていたのだ。遼東の地を支配する公孫康の方へなびく勢力と、辛うじて曹操側に従う勢力とが、国境地帯で一触即発の睨み合いを続けている。
(北の反乱分子を完全に叩き潰さねば、安心して南へ軍を向けられん。……だが、今の崩壊した兵站システムでは、北の果てまで大規模な遠征軍を送り、長期間維持することなど不可能だ!)
ジレンマであった。
動かねば挟み撃ちにされる。しかし、動くための兵站が組めない。
天下の覇権を目前にしていた曹操にとって、この手足をもがれたような不自由さは、拷問にも等しいストレスであった。
だが。曹操の頭痛を極限まで悪化させ、彼の自尊心を最も深く抉っている最大の原因は、南の劉備でも、北の異民族でもなかった。
それは、許昌の宮廷の奥深くに座す、大漢帝国の象徴。
皇帝・劉協の存在である。
「……班稀。貴様という男は、死してなお、私をこれほどまでに苦しめるというのか」
曹操の口から、ギリッと奥歯を噛み砕くような音が漏れた。
あの処刑の日。
班稀は、自らの『具五刑』というこの世の地獄のような苦痛と引き換えに、曹操に最後にして最悪の一撃を見舞っていた。
彼は曹操からの私刑を拒絶し、皇帝・劉協の御口から直接『死刑の勅命』を引き出した。
その政治的行為が意味するところは、曹操にとって致命的であった。
宮廷の百官たちの目に、「班稀を裁いたのは曹操ではなく、大漢帝国の正統なる天子である」という事実を、これ以上ないほど鮮烈に焼き付けてしまったのだ。
それはすなわち、『曹操の立場は完全に皇帝の下であり、彼はいかに巨大な武力を持とうとも、大漢帝国の枠組みの中の【一介の丞相(臣下)】に過ぎない』という強烈な事実の再確認であった。
これまで曹操は、皇帝を事実上の傀儡とし、自らが天下の絶対者であるかのように振る舞ってきた。誰もが曹操の顔色を窺い、天子など飾り物に過ぎないと思っていた。
しかし、班稀が己の命と引き換えに提示した『儒教と法の天秤』によって、皇帝の権威は息を吹き返し、曹操の絶対権力には目に見えない『巨大なヒビ』が入ってしまったのである。
「……百官どもの目が変わった。私を恐れながらも、心のどこかで『所詮は天子の臣』と見下すような、あの忌々しい視線……ッ!」
頭痛が、再びハンマーで殴られたように激しく脈打つ。
班稀の遺した『天子の呪縛』は、曹操が自らの力で帝位を簒奪しない限り、永遠に彼を縛り続ける見えない鎖となっていた。
疲労、焦燥、そして権威の失墜。
中原の覇王は、極東の算段の徒が仕掛けた幾重もの毒によって、その強靭な精神と肉体を内側からボロボロに蝕まれながら、訪れる気配のない天下泰平の夢に、ただ一人、頭を抱えて呻き続けるのであった。
―――
西暦二百八年。
季節が巡り、赤壁の大敗から年が明けてもなお、曹操の精神を蝕む重圧と頭痛が晴れることはなかった。
「……また、南で反乱の兆しがあるだと? 北の烏桓はどうなっている。……ええい、皆で示し合わせて私を陥れようというのか!」
許昌の執務室で、曹操は届いた報告書を床に叩きつけた。
周囲の者たちは恐れおののき、ただ平伏するしかない。実際のところ、反乱の兆しなどは小規模なものであり、烏桓の動きも国境の小競り合いに過ぎなかった。
だが、今の曹操の目には、天下のすべてが己の寝首を掻こうと包囲網を敷いているように映っていたのである。
それは、疲労と頭痛が引き起こした『妄想』であり、杞憂に過ぎない。
しかし、極東の算段の徒・班稀(はんき)が命と引き換えに宮廷に刻み込んだ「皇帝の権威」という劇薬は、確実に曹操の心を疑心暗鬼の沼へと引きずり込んでいた。
(……この宮廷にいる文官どもも、武将たちも。表では私に傅きながら、腹の底では『漢室の逆臣』と私を蔑んでいるのではないか?)
曹操は、血走った目で周囲の人間を睨みつける。
これまで共に覇道を歩んできたはずの者たちの顔すら、今は見えない仮面を被った敵のように思えてならなかった。
「丞相様。ご報告がございます。宮中の祭祀の件と、先日の税の取り立てについてですが……」
その日も、曹操の執務室に一人の男が訪れていた。
大漢帝国の尚書令(しょうしょれい)であり、曹操の覇業を最も古くから支え続けてきた『王佐の才』――荀彧である。
「……あ、ああ。荀彧か。ご苦労」
曹操は、努めて平静な声を取り繕ったが、その内側では泥のような嫌悪感がドロリと湧き上がっていた。
荀彧の、どこまでも澄み切った忠義の瞳。大漢帝国の再興を心から信じ、そのために曹操を支えようとする真っ直ぐな姿勢。
かつては、その清廉さが曹操にとって最大の支えであった。しかし、班稀が「儒教の矛盾」を命懸けで突きつけて処刑されて以来、曹操にとって荀彧のその『漢室への忠誠』は、己の権力を否定する猛毒にしか見えなくなっていた。
(……この男もだ。私が皇帝の位を簒奪しようとすれば、必ずや牙を剥き、私に背を向けるに違いない)
曹操は、荀彧の顔を見るたびに、こめかみの奥で血管がドクン、ドクンと脈打つような激しい頭痛と、俄にこみ上げるムカムカとした不快感を覚えていた。
感情の歯止めは何とか堪えている。ここで荀彧を怒りに任せて切り捨てれば、宮廷は完全に崩壊するからだ。
だが、曹操の孤独な心の中で、荀彧をはじめとする「漢室を憂う者たち」は、もはや同胞ではなく、いつか自分を裏切るであろう『仮想敵』へと完全に分類されてしまっていたのである。
曹操の精神が疑心と疲労で軋(きし)む一方で。
彼に付き従う武将たちの心境は、主君のそれとは少し異なるものであった。
「……赤壁での敗北は、我々にとって骨身に染みる痛恨の一撃であった。だが、己の甘さを知るには良い薬だったと言えよう」
陣所で槍の手入れをしていた徐晃等が静かに語った。
百戦百勝を誇り、天下に敵なしと驕り昂っていた曹操軍の武将たち。彼らは、長江の炎と疫病によって叩きのめされたことで、「いつまでも自分たちの思い通りに上手くいくわけではない」という現実を冷酷に突きつけられた。
だが、彼らは決して折れてはいなかった。
身についた『慢心』と『油断』という贅肉が削ぎ落とされ、より現実的で、より冷徹な戦局眼を持つ歴戦の将として、不気味なほどの落ち着きを取り戻しつつあったのである。
どれほど傷つこうとも、十五万を失おうとも。
中原という広大な土地が持つ生産力と、そこに根を下ろす兵士や武将たちの層の厚さは、そうやすやすと弱体化するものではない。彼らは、傷ついた獣が嵐の過ぎ去るのを待つように、じっと牙を研ぎながら次の出陣の時を待っていた。
そんな中原の陣営において、崩壊しつつある兵站網と、父・曹操の衰弱を見かねて、一人の若者が歴史の表舞台へと静かに、そして確実に歩みを進め始めていた。
曹操の次男であり、事実上の後継者と目される若者――曹丕である。
「父上。これ以上の政務は御身体の毒です。あとの決裁は、私が引き受けましょう」
激しい頭痛に耐えかねて机に突っ伏していた曹操の背後に、冷たくも理知的な声が響いた。
曹丕は、山積みになっていた兵站の木簡や、各地の太守からの上奏文を次々と己の手元へと引き寄せた。
「……丕か。お前に、この崩れた算段の帳尻が合わせられるのか」
曹操は、片目で息子を見上げながら掠れた声で問うた。
「あの班稀という男が組んでいたような、魔術のような算段は私には不可能です。……ですが、崩れた糸を力ずくで結び直し、最低限の軍を動かすだけの『常識的な兵站』に戻すことなら可能です」
曹丕の目は、父に対する純粋な心配と同時に、次代の覇権を確実に己の手中に収めんとする、氷のような冷徹な野心に満ちていた。
彼は、父・曹操の絶対的なカリスマ性に依存しきっていた軍と内政の仕組みを、徐々に自らの手で再構築しようと試みていたのである。
「私が政務を代行いたします。父上はどうか、御身体を休め、ただ玉座から睨みを利かせておいでください。……漢室を憂う古い文官どもも、私が適宜、実務から遠ざけておきますゆえ」
「……頼むぞ、丕」
弱り切った覇王は、ついに自らの政務の一部を息子へと譲り渡し、深い溜息をついた。
次代を担う曹丕という若き冷刃は、父の威光を背に受けながら、中華の覇権を盤石なものとするための『新たな体制づくり』へと、音もなくその辣腕を振るい始めるのであった。
―――
中原の曹操が病と猜疑に苦しみ、荊州の劉備陣営が益州との見えない法制統合に向けて暗闘を繰り広げていた西暦二百八年の頃。
長江の下流域、孫権を主君に戴く孫呉の陣営は、奇妙なほどの『静けさ』に包まれていた。
いや、「静か」であるというのは語弊があるかもしれない。
正確には、軍を外に向けて派手に動かす余裕がなく、足元の『三呉周辺の平定』という、泥臭い内政と治安維持に専念せざるを得なかったというのが正しい。
曹操の十五万を長江の底へと沈め、天下にその名を轟かせた孫呉の水軍。
しかし、その赤壁の大勝が彼らにもたらした現実は、決してバラ色の未来ではなかった。曹操の敗北と、それに乗じた劉備陣営の異常なまでの躍進は、孫呉の首脳陣が描いていた最も理想的な戦略――『天下二分の計』の完全な挫折を意味していたのである。
天下二分の計とは、孫呉が荊州を丸ごと飲み込み、さらに西の益州へと軍を進めて長江の南半分を完全に支配し、北の曹操と天下を二分するという壮大な絵図面であった。
だが、現在の荊州は劉琦を御旗にした劉備軍がガッチリと抱え込み、北方の曹操に対する分厚い防波堤として機能している。これを力ずくで奪おうとすれば、泥沼の戦いになり、江東の国力そのものが干上がってしまう。
「……仕方あるまい。劉備という男が、我々の想定よりも遥かに巨大で、硬い存在に育ってしまったということだ」
建業の宮廷で、孫呉の大都督(軍の最高責任者)である周瑜は、深く息を吐きながら中華の地図を見つめていた。
周瑜は、決して夢想家ではない。
彼は現実の盤面を直視し、直ちに戦略の根本的なアップデートに取り掛かった。
「我が君、孫権様。天下を曹操と我らで二分する策は、現時点では不可能です。……方針を転換し、曹操、劉備、そして我々孫呉による『天下三分の計』へと算段を修正いたします」
周瑜は、若き主君にそう進言した。
荊州を力で奪うのは悪手である。今は劉備を防波堤として利用し、曹操の南下を彼らに押し付ける。そして、我々はその時間的猶予を利用して、未だ反乱の火種が燻る江東の山越(さんえつ・異民族)や不満分子を完全に平定し、国の基盤(内政)を岩のように固め上げることに専念するべきだ、と。
「……うむ。公瑾(周瑜)がそう言うのなら、間違いあるまい。今は力を蓄える時か」
孫権もまた、血の気は多いが暗愚ではない。周瑜の進言を受け入れ、三呉周辺の開発と平定に国のリソースを集中させたのである。
だが、孫呉の将たちの間に、不満が全くなかったわけではない。
特に彼らの自尊心を逆撫していたのは、赤壁の直後に諸葛瑾と諸葛亮の兄弟交渉によって『戦の対価』として劉備側から割譲された荊州南部の領土――桂陽と臨賀の実態であった。
「……なんという痩せた土地だ。これが、我々が血を流して曹操を打ち破った対価だというのか!」
老将の
確かに、地図の上では荊州の一部を手に入れたように見える。しかし、桂陽や臨賀といった地域は、険しい山々に囲まれた僻地であり、長江の豊かな水運からは完全に切り離されていた。
人口も少なく、税収も大して見込めない。守るにも攻めるにも不便極まりない、実質的に『形ばかりの割譲地(ババ抜きのババ)』を押し付けられたようなものであった。
「孔明め、よくも兄を騙しおって……。あのような山奥の土地、兵を駐留させるだけで兵糧の無駄だ!」
血気盛んな将たちは、今すぐ軍を動かして江陵などの荊州の豊かな中心部を奪い取ろうと息巻いた。
「……皆、落ち着け。孔明やあの比企景明という男が、我々に豊かな土地を素直に渡すはずがないことなど、最初から百も承知だ」
騒ぎ立てる諸将を、周瑜が冷ややかな一言で制圧した。
その美しい顔には、怒りよりも、極めて冷酷で合理的な『次なる算段』が浮かんでいた。
「北へ進めば、曹操の重装騎兵と直接刃を交えることになる。西の荊州へ進めば、劉備軍の精鋭と泥沼の戦いになる。……どちらに動いても、今の我々では出血が多すぎる」
周瑜は、卓上の地図に置かれた駒を、スッと手元へと引き寄せた。
「ならば、どうするか。北上も西征も難しいのならば……我々は『南下』すれば良いのだ」
周瑜の指先が、地図の遥か南。
桂陽や臨賀といった山深き割譲地をさらに越えた先にある、広大で未開の地――『
現在の広東やベトナム北部に至るその地域は、中原の動乱から切り離されているものの、海のシルクロードの起点として莫大な富が眠る土地である。
「孔明たちが押し付けてきたあの僻地(桂陽・臨賀)を、ただの足手まといと切り捨てるのではない。……あれを『交州侵攻のための前線基地』として最大限に利用し、南の海へと領土と富を広げるのだ」
それは、膠着した中原の盤面から視線を外し、孫呉だけが持つ『水軍』という機動力を最大限に活かすための、極めて老獪な一計であった。
西暦二百八年。
劉備と曹操が次なる時代の設計図と権力闘争に喘ぐ中。
江東の美周郎は、その冷徹な眼差しを未開の南方の海へと向け、天下三分を生き抜くための、新たなる富と領土の算段を静かに、そして確実に回し始めていたのである。