スーを誘導して支配者権限を確立させてから時が経ち、学園生活が始まって一年が経過していた。それまではスーを適度にエルロー大迷宮に連れ出し、魔物と戦わせて力をつけさせていた。
…しかし、『色欲』と『強欲』のコンボには思わず膝を打った。まさか『色欲』の力でで魔物を洗脳・魅了して無抵抗にさせ、その状態で魔物にトドメを刺して『強欲』の力でスキルやステータス、スキルポイントを収奪する。そしてそれで膨れ上がったステータスを反復練習にて身体に馴染ませ、正しく自らの力にする。
…原作でもスーは天才だと何度も念押しされていたが、いやはや想像以上だ。現状でもステータスが2000前後、魔法系は4000近くまで成長している。スキルもそれに相応しく多数揃えられており、とんでもない成長性を秘めた女子である。これがシュンのためだけに力をつけているんだから、健気なものだ。
ちなみにスーは地龍相手にもその狩りをやろうとしたが、どうにも人から離れるほど洗脳や催眠などの効きは悪くなるという支配者スキルの仕様と、龍という種がそもそもそれらに対する耐性が高いことも相まって、見事に無効化されて殺されかけていたのは記憶に新しい。その後救助したが、力を得て思い上がってしまったのだろうな。気持ちは分かる。
そういえばそうと、シュンの方は予想通りというべきか支配者スキルを獲得していた。…まさかソフィアが取得しなかった『嫉妬』をお前が取得するとは思わなかったが。そして見慣れない『正義』なんて支配者スキルを取得しているが…確実にDの仕込みだな、こりゃ。
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『正義』
神に至らんとするn%の力。己の正義の心を奮い立たせ、現在のステータスを大きくはね上げる。また、Wのシステムを凌駕しMA領域への干渉権を得る。
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はい、どう考えても一番の地雷です。少し前からやたらと正義正義とうるさくなったのも、精神が変質していたせいだろうな。そして『慈愛』や『嫉妬』スキルまで保有して精神の汚染と変質がダブルパンチで進行している上、外道系への耐性を持っていないせいでそれらを一切の軽減なくモロに受けている。
……ん?『慈愛』?『慈悲』ではなく??
ふと疑問に思って解析した結果、どうにもこの世界での『慈愛』は『慈悲』の互換となっており、蘇生の制約が緩くなった代わりに神性領域の消費が代償に加わったものらしい。…知らなかった。
探知と鑑定による熟練度稼ぎで『外道大耐性LV7』を獲得したスーはまだマシだが、シュンはその手の耐性スキルを一切持っていない。……大丈夫かこれ?勇者としてはこれ以上なく完璧だが、いつの間にか『神性領域拡張LV7』まで取得してるし。LV10になったらそれ以上広がらずに壊れるぞ?
…ま、そこは俺の関与するところではないか。万が一にも早々に壊れそうなら早めに収奪しておくとしよう。
そして今日の予定は校外の森林にて魔物討伐演習。…原作にて俺がシュンを襲撃した事件の起こる日である。
更には今日、スーがある作戦を実行する予定らしい。不思議と嫌な予感しかしないな。
◇ ◆ ◇ ◆
スーは紛うことなき天才である。故にこそ二つも支配者スキルを獲得してなお潰されず、そのカルマを飼い慣らしている。
それまでにユーゴーの手助けを幾度か借りたとはいえ、主体はあくまで自分。故にスーは自らの力をきちんとした正当性のあるものだと認識していた。
だからこそ、その事実に気づくことができたのはある種必然だったのだろう。
支配者スキルを獲得した数日後、唐突に自らを襲った『鑑定』をかけられたことによる不快感を覚えると同時に今まで現れたことのない文章が表示された。
《個体名:フィリメス・ハァイフェナスによってステータスが閲覧されています》
《支配者権限を使用して鑑定を妨害しますか?
はい/いいえ》
(………妨害する)
《支配者権限を発動。鑑定を妨害しました》
そして、いきなり鑑定が妨害されたフィリメスが目を見開く。あたかも、『自分と同じことを他者が行なっている』ことに驚愕しているかのように。
(……なるほど。『鑑定』が通らなかったのは支配者権限によるものでしたか)
当然の如くその事実へ辿り着いたスーは、フィリメスもまた自らと同じく支配者スキルを有していることに思い至る。
(……
___あの計画はより慎重に行う必要が出てきましたね。
最大の障壁を目の当たりにしたスーは当初の計画を根本から見直し、慎重に慎重を重ねて実行することを決意した。
これにより、フィリメスとスーの間で奇妙な均衡が今まで成立していたのである。
◇ ◆ ◇ ◆
故にこそ、スーは万全の準備を以てフィリメスを排除できる算段をつけていた。事実としてステータスだけ、スキルだけを参照すればフィリメスの勝機はゼロだっただろう。
だが、支配者スキルによって視野狭窄を起こしたスーは『実戦での経験』という変数を過小評価した。本来のスーであれば絶対に見落とさなかったであろう変数を、今の彼女は見落とした。
結果として___
(…くっ、戦い方が鬱陶しい!明らかに
(ステータス自体は彼女が上、スキルは量も質も負けている…ですが、彼女には経験が圧倒的に足りない。ここまで練り上げているのは想定外ですが、それでも穴はある)
予想外にもフィリメスが健闘し、まんまと時間を稼がれてしまった。それはスーの探知にも反応しており、二人の存在がこちらへ近づいてくる様子が映っていた。
内心で増援を強引に『色欲』で支配し、記憶を弄って逃走することを考えていると、その増援が到着した。
___フィリメスとスーは二人とも目を見開く。その理由は二人それぞれ異なっていたが。
現れたのは、ボロボロのシュンを拘束して引き摺るユーゴーであった。
「____時間をかけすぎですよ、スーレシア殿下。高々エルフ一匹にどれほど時間を浪費するおつもりですか」
「この女が予想以上に粘ったのですから仕方ないでしょう。それと今すぐ兄様を癒してください。あと拘束も解いてください。兄様に対するそこまでの仕打ちを認めた覚えはありません」
「注文の多い方ですねぇ…」
スーは増援が自分の側だったことに安堵しつつ、それはそれとして必要最低限とはいえ愛する兄を痛ぶったユーゴーに対して強気に出る。この程度の要求であればこの男は気を害さないとラインを理解した上での発言である。
対するフィリメスは想定し得る最悪な状況を引き当てたことに冷や汗を流す。状況を好転させるために頭を回転させるが、一向に逆転の案は思いつかない。
「…スー?一体どうして、コイツと……」
「『手を組んだのか』ですか?兄様の周りに蔓延る害虫を駆除するために一時的に手を組んだだけです。私の身と心は常に兄様の元にあります。誤解なさらないで?」
訳がわからないままに打ち据えられ、そのまま無力化されたシュン。
強くなったはずの自身の力が全く通用しないユーゴーとやけに親しげなスーの姿にシュンは愕然とするが、スーの返答はいつもの彼女と全く変わらないものであった。
その眼はどろりと濁ったものを湛え、シュンへの執着と愛執を隠していない。しかし彼はそれを『ユーゴーに洗脳されて結果』だと受け取った。
こんな悍ましいものをスーが抱くはずがない。元より重い気持ちを持っていることは知っていたが、ここまでではなかったはずだ。歪みに歪んだ色眼鏡はシュンの現実認知をさらに歪なものにする。
しかし、それが今回は自分たちに味方することとなった。
「……美しいスーの心を捻じ曲げるなんて!俺は絶対にお前を許さない!許さないぞユーゴーーーっ!!!」
「「っ!?」」
今まで自身を捕らえていた拘束を引きちぎり、それまでとは比べ物にならない出力を放つシュン。
(___いける!これなら勝てる!!)
その思いのままに、シュンは今までとは比べ物にならない速度でユーゴーへと殴りかかる。
《正義》の出力が悪への義憤によって底上げされ、彼の力を『憤怒』と同じく十倍へと引き上げたのだ。
理性を完全に保ったまま憤怒と同じ倍率を得る。それがどれだけ異常なことかをユーゴーは即座に理解した。
そして突然の事態に対処しきれなかったのか、シュンの攻撃を避けるために体勢を崩して飛び退く。…奇しくも、フィリメスの方へと。
「隙を見せましたね、ユーゴーくん」
「______っ、しまっ」
突如降って湧いた好機を逃さず、フィリメスは即座にユーゴーの頭を鷲掴みにし、魔力を流す。
「なるべく傷つけないよう、スーちゃんを無力化しなさい!!」
そして、本来であれば愚策中の愚策を採用する。『外道無効』を持っているユーゴーに外道魔法なんて効くはずがないというのに。
しかしフィリメスは実行した。彼女はそれが正しいと心底信じてしまっていた。ユーゴーの常軌を逸したステータスとスキル群に埋もれたそのスキルを『問題なし』としてラベル付けしてしまった。
それに気づいていれば、この状況も仕込まれたものだと気づけたかもしれなかった。
「…承知しました」
無機質な声をしたユーゴーは、かくして味方に牙を剥く。『色欲』で強引に支配権を取ろうとするスーを先制し、一瞬で意識を刈り取ることに成功した。
「……君はあまりにも危険すぎる。今ここで、無力化しておかなくてはならない」
場を制したフィリメス。彼女は更に外道魔法で操ったユーゴーに対して支配者権限を発動させ、彼のステータスを引き剥がそうと画策した。
(…スーちゃんの支配者スキルを出来れば引き剥がしたかったのですが…仕方ありません。今は彼の方が優先です)
「支配者権限を使用。支配者の要請により、支配者専用スキルを発動。発動の合意を」
「……合意します」
虚な目をしたユーゴーの口から機械的な声が出る。いつの間にか『正義』スキルが時間切れになったのか、膝をついて荒い息をつくシュンの視界には、怨敵のステータスが急速に弱体化していくのが見えていた。
(あの災害そのものなステータスが…やっぱり、先生はすごい)
99999という暴威の化身だった彼のステータスが、最弱たる1まで減衰する。スキルは『n%I=W』を残して全て消滅し、ようやく外道魔法の効果が切れた頃には、彼は持たざる者へと転落していた。
(……こんなもの、ですか)
フィリメスは来ると思っていた奇跡の反動が『ほとんどない』ことに毒気を抜かれる。確かに奇跡発動の対価としてHPMPSPを全消費するため徐々に力が抜けていく気怠さはある。その上で更なる反動が来ると想定していたのだが、そんなものは少なくとも感じられなかった。
「これからは普通の人として生きることをお勧めします。スキルなんて取って強くなっても、いいことなんてありませんから…」
そしてそう呟くフィリメスを、無機質ながらも奥底に理性が眠っている目でユーゴーは見つめていた。
◇ ◆ ◇ ◆
やはり気づいていなかったか。ステータスを剥がした際の反動が全くないことにも、さらには俺が提示したヒントにすらも気づかなかった。
でなければ『外道無効』を持っている俺に対して外道魔法で精神を操るなんて真似をするはずがない。
俺とスーはあの後拘束され、自室へと軟禁された。ソフィアも別室にて取り調べを受けているらしい。
…担当した奴が不埒なことを働くなら処理しておくとしよう。ソフィアの安息は関係ない人間百京人の命より重いのだ。
ふと自身のステータスを解析する。鑑定ではないのでシステムに依存せず使えるのは非常に便利だ。
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人族 LV1
個体名:ユーゴー・バン・レングザンド
《ステータス》
HP:1/1(緑)
MP:1/1(青)
SP:1/1(黄)
:1/1(赤)
平均攻撃能力:1
平均防御能力:1
平均魔法能力:1
平均抵抗能力:1
平均速度能力:1
《スキル》
「n%I=W」
スキルポイント:0
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「………『試練』も消えた、か」
なんとも寂しいラインナップとなったステータスを見てふと呟く。十数年一緒であり、もはや半身でもあった『試練』スキル。四六時中1まで制限されて強制的に成長速度をバグらせていた存在が、もういない。
なんというか、いつの間にか巣を作っていた燕の一家が翌朝には巣を捨てて飛び立って行ったかのような心境だ。寂しいことは寂しいが、元々の関係に戻っただけというか。
システム外の基盤をガチガチに固めていたためにほとんど影響はなかったが、それでも愛着があったのは確かだ。そんな『試練』の消失を悼みつつ次の計画のことを考えようとしていると、ステータス画面が変化する。
___生えた。
何事もなく、さっきまで『n%I=W』しかなかったスキル欄に『試練』が生えてきた。それはもう、『私さっきからいましたけど、なにか?』とでも言いたげな様子で。
「………まぁ、いいか。よろしくな」
その際、スキルに『こちらこそよろしくね、ご主人様♡』とヤンデレメンヘラ量産型ファッションの地雷女のような姿が見えたような気がした。…俺の役に立つならその程度は目を瞑ろう。
「手間が省けた」
「……はぁ。年頃の女性が夜に異性の部屋にノックもせずに入るのは」
「感心しない?」
「分かっているならもう少し改善してください」
「面倒」
いつの間にか現れていた白と初対面の時のようなやり取りをする。心なしかドヤ顔をしているように見える面をぶん殴ってやろうか。
「優しいね」
「貴女にだけは言われる筋合いはありませんね」
「………?」
雑に褒める白だが、その完全に他人事な態度に少しむかっとする。
…ほんとこの自己中怠惰邪神候補がよぉ…そのためだけに俺がどれだけ骨を折ったと思ってやがる。
フィリメスの起こす奇跡の出力が小さくても剥がれやすいようステータスをマジックテープ方式に調整し、外道魔法にかかったフリをし、更にはフィリメスの負うはずだった代償の補填まで。
サリエルのシステム管理をハッキングするよりはるかに低負荷でこれをこなさなくてはならないのは、リソースこそ食わないものの非常に手間がかかった。
「今回の件、私が何も対策をしていなければフィリメスは___岡咲先生はその場で死んでいました。遥か格上の私のステータスを強引に引き剥がそうとした彼女を手助けした結果、貴女もMAエネルギーを大量消費してそれどころではなかったはず。別にそれに感謝しろとは言いませんが、『優しい』と貴女に言われるのは違います」
「………何が言いたい?」
白がわずかに不機嫌な声を出す。…ほんと、今までの俺ならこうは考えられなかったな。白の顔色を窺って極力怒らせないようにするのに苦心していた。
だが彼女をある程度理解することで、『ライン』というものを把握した。その結果がこの軽口である。スーが俺に対して色々と注文をつけるのと同じか。
「貴女はフィリメスに執着する割に、彼女を守ろうとすることは一切しない。にもかかわらず、彼女が傷つくなり死ぬなりすると途端に怒りを露わにする。守りたいなら責任を持つべきだ。どうでもいいならハナから諦めるべきだ。執着するのに守らないのは、筋が通らない」
「………守っては、いる」
「そうですか。なら訂正しましょう。
俺の言葉に考えているのか、白は黙り込む。…ま、この程度で白が変わるなんて楽観視はしていない。スタンスが数ナノメートルでも変われば御の字だろう。コイツはそういう存在だ。
「……守るのは、面倒。でも、死ぬのは嫌」
そしてそっぽを向く白の口から吐き出された答えは、予想通り矛盾だらけなものだった。同時にひどく人間臭いものでもあった。
「………そうですか」
その後は今後の計画を再度確認して白は去っていった。
◇ ◆ ◇ ◆
一週間後、俺は祖国が事件の諸々を握りつぶしたことで釈放され、ソフィアと再会した。スーの方は停学措置となったが、裏では俺と共に次なる作戦のための準備中である。
…そして登校してすぐに、俺の理性に対する地獄が幕を開けた。
「あらあらあら、まあまあまあ…♡あんなに逞しかったご主人様がこんなにか弱くなってしまわれるなんて♡」
「大丈夫ですよご主人様♡このソフィア、あなたの命が尽きるまでお側におりますから♡」
「道中は私が完璧に護衛いたしますわ♡もちろんお食事中や雉撃ちの最中、果ては浴室や寝室でも…私は問題ありませんわよ♡」
表面上のステータスが弱くなったことに気をよくしたのか、しきりに距離を詰めては揶揄ってくる。…なまじ本当の意味では弱体化していないと理解しているの分たちが悪い。
おかげで俺が登校するまでソフィアに向けられていた欲情の眼差しが完全に消え失せ、代わりに俺への殺意と嫉妬が混ざった視線が飛んでくるようになった。
…その中にはシュンもおり、どころかコイツが一番の発生源らしかった。ソフィアはそいつらに一瞥もくれず、真っ直ぐに俺へと向かってきてくれた。…嬉しい。
だが、それはそれとして我慢するのがきちぃ…!!!
しかしソフィアと離れ離れにしてしまった分、この程度は我慢して甘やかしてあげなければなるまい。
その思考が伝わったのか、ソフィアによる攻勢はさらに増し、ほぼゼロ距離からのインファイトになった。もちろん俺は耐えた。ソフィアからの誘惑にも、俺の内部で暴れようとする本能にも、危ないところはあったが落とされることはなかった。
ソフィアの魅力と誘惑にも、周囲から浴びせられる嫉妬と殺意の視線にも耐えてみせた。…前者がほとんどで後者は誤差のようなものだったが。