更に時は過ぎ、魔王軍加入から七年が経過。学園に入学してからは二年が経過したことになる。
計画はいよいよ大詰めになり、人魔大戦もところどころで戦火が上がり始めた。まだ大規模衝突には至っていないが、それも時間の問題だろう。こちらとしてもスー主導の元準備を整え、次の作戦を実行予定である。
…ちなみにこの世界でも予想通りアーグナー氏がクイーンタラテクトの投入によって殺されかけていたので、直前で救助。本人は助けられたことに呆然としていたが、これで魔王軍加入直後の借りは返したってことで。
幸い今代勇者ユリウスと一対一をしていたからか周囲に部下はおらず、ユリウスの方もギュリエディストディエスの分体であるハイリンスがなんとかしているだろうからノータッチ。
そしてこのクイーンタラテクトの投入された原因は原作ではサリエルの所業にブチ切れた白の仕業だったが、この世界でもおおよそ似たような経緯を辿ったらしい。
強いて違う点を挙げるとすれば、『どうなるか見てみたかった』という好奇心が大半だっらくらいだろうか?
軽い気持ちでアリエルさんの最高の手駒を無断で持ち出し、全壊一歩手前まで壊したことでアリエルさんはかなり真面目に怒っていた。ギュリエディストディエスもすこぶる難色を示していたが、『これもまた我の管理のツケか』と強引に納得していた模様。
一連の犯人である白本人は完全に他人事。お前マジで、神性存在なのか人間なのかハッキリしろよな…。帯に短し襷に長しってよく言うだろ。かといってDくらいまで振り切られると逆に困るが…。
《ユーゴー様、全ての準備が終わりました。作戦を開始しようと思います》
これまでのことを思い返していると、スーからスキルによる念話を受け取った。どうやら件の作戦とやらを実行するようだ。
…途中まではうまく計画していたとはいえ、まさかここまで原作通りの展開をなぞる羽目になるとはな。これも全部Dってやつが悪いのだ。
◇ ◆ ◇ ◆
『勇者くん殺したら、山田くんを勇者にしやがった。サリエル許すまじ』
珍しく白が苛立ちを露わにしながら報告してきたことによって、シュンが新たに勇者として認定されたことが確定した。
やはりというか、白なりにサリエルの負担を軽減しようとしたのを他ならぬサリエル自身に妨害されたことがいたく腹に据えかねているらしかった。
…だが、そのおかげで決行のタイミングを確実なものにすることができた。シュンの兄のユリウスには悪いがな。
作戦といってもこちらがやることはほとんどなく、アナレイト王国現国王がシュンを王太子に指名するのを邪魔しないというもの。現国王がユリウスに続いてシュンまで失いたくないとの判断をスー曰く"尊重"するそうだ。
シュンのお付きの侍女や護衛騎士であるアナとクレベアにも話をつけ、こちら側の人間とすることに成功。そしてその結果が今である。
「アナ…クレベア…なんで、お前たちまで……」
「理解していただかなくても結構です。私は…シュレイン様をみすみす死地に送ることが正しいことだとは思えないのです」
監視カメラ的機能を持たせた結界を通して見る王城の王の執務室にて、現国王とシュン、そしてアナとクレベアにカティア、他に数人の騎士が集まっていた。シュンはまるで裏切られたかのような絶望の表情で、アナとクレベアは苦々しい顔つきである。
取り繕わず言えば、二人はシュンを戦場に行かせないための人質へと志願した。もちろん二人を洗脳などはしておらず、『シュンを死地に送ることが本当に忠誠と言えるのか?』と疑問を投げただけである。
誘導したことは認めるが、判断の一切は彼女らの意思によるものだ。流石にスキルや魔術による洗脳などは速攻で足がつくのでしなかった。
そしてこのシュンの戦地からの隔離に思いの外協力的だったのがカティアだ。
「シュン、あなたの言うことも思いも十分理解できます。…ですが、私たちとてあなたをみすみす死なせたくはないのです」
「死なないために俺は強くなった!あの時のような無力な俺じゃない!!俺だって、フェイだって、あの時よりずっとずっと強くなってる!!」
「魔王軍は力だけで勝てるような単純な相手ではないのです。それに、あなたも理解しているはずです。その力は使えば使うほど貴方自身が消えていってしまうものだと」
「っ……………」
シュンは何も言い返せなかったのか、黙り込んでしまう。今や神性領域拡張スキルもLV9となり、拡張限界がすぐそこまで迫ってきている。外道耐性は未だに一つもなく、平時でも精神の汚染と変質が進んでいる。それを自分でもうっすらと自覚しているのだろう。
そしてそのまま、自室へ軟禁___否、『自分の意思で部屋へと戻る』こととなった。
こうすることもスーの作戦のうちだと言うが、今度こそフィリメスの抹殺を企むスー。…白見逃してくれているうちにやめておいた方が良いと思うのだが。
◇ ◆ ◇ ◆
「くそっ……俺は勇者になったんだ。ユリウス兄様の後を継いで、人族のために戦わないといけないのに…!」
軟禁された自室で一人、シュンは拳を握りしめて無力感に打ち震える。
今こうして呑気にしている間にも、戦争の最前線では兵士たちが命懸けで戦っているというのに。そう思えば思うほど、彼の自らの拳を握る力は強まるばかりであった。
既に何度も皮膚は裂けては血が流れるものの、自らの持つ「HP高速回復」スキルはすぐさま効果を発揮し、怪我の存在を痕跡ごと消し去る。あたかも、苦悩すること自体が無駄だと吐き捨てるかのように。
「なら、諦めるんですか?今そうやって嘆いていたところで、状況は好転しませんよ」
「っ!?」
内心の葛藤を見透かされたかのようなタイミングで、見透かしたかのような言葉がかけられる。
思わず声の主を探すべく振り返れば、ユーゴーを無力化した時と同じくらいに真剣な表情をしたフィリメス…オカちゃん先生が立っていた。
「せ、先生…なんでここに…」
「今はそれは重要ではありません。今最も重要なのは…シュンくん、あなたの意思です」
「俺の?」
「ここでこのまま鳥籠の中の鳥として生きるのか、外に羽ばたいて自らの使命を果たすのか…君はどちらを選びますか?」
問いつつ、フィリメスは内心自嘲する。自分ではもはやどうにもできないからと生徒に責任を押し付け、死地に向かわせる。そんな所業を行う自分のどこが教師なのかと。
そして、本人が望むからと生徒を死地に向かうよう誘導する。…もはや、自分は教師ではない。ただの詐欺師だ。
(…ですが、もはや私一人でどうこうできる段階を超えてしまった。その事実から目を背けてはいけません)
だからこそ、警備の者に外道魔法を一瞬だけ掛けることで意識を飛ばし、それを繰り返すことでシュンの軟禁された部屋へと忍び込んだのだ。手段を選り好みしたり綺麗事を抜かしたりできる段階はもうとっくに過ぎている。
(…アナもクレベアも、カティアも…みんな人質になってるんだ。自分から志願したなんて嘘だ、きっと誰かに唆されたに決まってる…)
シュンの脳内はぐちゃぐちゃだ。味方と思っていた三人が自分を守るという名目で自ら人質となり、自分に檻の中へ入ることを強いた。
彼女らを信じたい。でもならばなぜ彼女らは『正義』の実行を邪魔する?
(……ユーゴーだ。アイツがスーにやったのと同じく、言葉巧みにみんなを洗脳したに違いない!)
フィリメスに無力化されたのをこの目で見ていただろうに、シュンは全ての責任をユーゴーへと転嫁した。…普通ならば言いがかり甚だしいが、あながち間違っていないのがタチが悪い。
(だからこそ、ユーゴーを俺がこの手で成敗しなくちゃならない!ステータスを奪われて残り滓になったあいつなんて、もう怖くない!!)
そして己の歪んだ眼鏡はさらに歪み、見えたもの全てが正しいものとして認知する。
「……ありがとうございます、先生」
「シュンくん?」
「俺、目が覚めました!俺はみんなを救いたい。だからこそ、ここをいち早く出なくちゃいけない!」
「……そうですか」
フィリメスはそんなことはつゆ知らず、無知な教え子を見事に言いくるめた以上のことは感じていなかった。
だからこそシュンの心の歪みを、見えていたのに見逃した。それがどんな結末を導くのかは、まだ誰も知らない。
◇ ◆ ◇ ◆
部屋から脱出し、二人は城内を駆け抜ける。外道魔法で一時的に警備の者を行動不能にしていくフィリメスの姿から、シュンは苦々しいものを感じながら目を逸らす。
「……先生、その…あまり外道魔法を使うのは…」
「それは今は聞けません。こうする以外に、誰も傷つけずにここを脱出する手段はないんです」
「…………」
シュンの方を見向きもせず、申し出を却下するフィリメス。
代案を提案することもできないシュンはただ黙り込むしかなかった。
そうして脱出経路を駆けていくと、一人の人影が壁にもたれかかっているのが見えた。
その人物は長く真っ赤な髪をしたとても見覚えのある姿だった。
「っ、カティア…!」
「はぁ…二人のことですし、どうせここを通ると思って張っていましたが…正解だったようですわね」
呆れたようにため息をつき、シュンとフィリメスを視界に収めつつ二人の前に立ち塞がるカティア。
「カティアちゃん、申し訳ありませんが先生たちは今あなたのごっこ遊びに付き合ってる場合じゃないのです。そこを退いてくれませんか?」
「生徒をむざむざ死地に送り込む教師がそれを言いますの?呆れてものも言えませんわ。死ににいくとわかっているならば、止めるのが本来の役目ではなくて?」
フィリメスの圧にも動じず、カティアはフィリメスの最も弱い部分を的確に抉る。フィリメスが言葉を詰まらせるのを見たカティアは彼女から視線を外す。もう用はない、と言わんばかりに。
カティアのフィリメスに向ける視線は、最後までとても冷たかった。
「頼む……道を開けてくれないか、カティア」
「………一つだけ聞かせろ」
「?」
「お前、死ぬつもりか?せめて死ぬなら魔王軍と戦って相打ちだ…なんて吐かすつもりか?」
いつもの気品ある言葉遣いから、前世の頃の口調へと戻ったことでシュンは僅かに戸惑う。
だが次の瞬間にはしっかりとカティアの目を見つめ返して返答する。
「死ぬつもりはない。…だけど、俺一人だと死んでしまう可能性が高い」
「………」
「敵は依然として脅威だ。流石に…それは分かる。でも、俺は戦う。義務感なんてものじゃない、それが俺のやりたいことだからだ」
カティアは僅かに目を見開く。
シュンの瞳に、いつからだろうか失われていた光が戻っているように見えたからだ。
それまでシュンの瞳にはドロリと濁ったものしか映っていなかった。だが今だけは、その濁りが消えていた。
あの頃の、ユーゴーに対する劣等感を覚えていなかった頃のシュンに戻ってきてくれたように感じられた。
(………コイツは…この人は、本当に放っておけないのですから)
一瞬だけ瞠目したカティア。
「フェイのいる竜舎はこの先ですわ。今の時間帯なら警備は少ないはずです」
「っ…恩にきる!」
道を開け、その隣をシュンとフィリメスが通り抜け…そしてカティアも二人に併走する。
「えっ?カティア??」
「放っておいたらあなた、また無茶するでしょう?でしたら私の目の前で無茶される方がよほどマシですわ」
「……あぁ!」
先ほど立ち塞がった相手がサラッと同行している事に戸惑うシュンだが、すぐにいい事だと思い直す。
(……私はあなたを…)
《条件を達成しました。個体名:カルナティア・セラ・アナバルドがスキル『純潔』を獲得しました》
《支配者権限を確立しました。称号『純潔の支配者』を獲得しました》
◇ ◆ ◇ ◆
『あーもう!ようやく解放されたーっ!もう狭くて暗いところはこりごり!!』
___クルルォォン!
思いっきり伸びをしながら一鳴きするフェイは、以前の間抜けた雰囲気が消えさりどこか神聖さ漂う姿へと変化していた。
見た目は地龍アラバから威圧感を少しだけ引き、代わりに美しさと神聖さを足したような姿のフェイ。あれからシュンたちと共に魔物との戦いを繰り返すうちに進化し、新たな姿になっていたのだ。
名は聖龍。黄金の鱗を纏い一対の大きな翼を持つ龍である。
『で、今から外に向かうってわけね?』
「あぁ。警備が来ない今のうちに」
『よし来た!ほら、全員乗りなさい!最高速で突っ切るわよ!』
念話でそうやり取りをし、屈んだフェイの背に飛び乗る三人。
だがそこで、予期せぬ訪問者が現れる。
「っ…アナ、クレベア……」
シュンのお付きの侍女と護衛騎士のアナとクレベア。二人が竜舎の入り口に立っていた。
「っ、仕方ありません」
「!先生待ってくださ___」
邪魔をされてはならぬとまたもや外道魔法を発動させようとするフィリメスをシュンは止めようとする。
しかし、その努力は無駄だった。
「……クレベア。
「はい。アナ先輩」
目を合わせたはずの二人が、どういうわけか去っていく。
そしてその意図に気付かぬ鈍感はここにはいなかった。
「……ありがとう」
「…………」
フェイは四人を背に乗せたまま、二人の横を通り過ぎる。
後に残るは二人の女性のみだった。
「………シュレイン殿下…」
___私の決定は、正しかったのでしょうか…。
どちらからともなく溢れた呟きに応えるものは、いない。
◇ ◆ ◇ ◆
「あぁ…必死で走っておられる兄様も素敵です…♡私に五秒で追いつかれてしまう程度の全速力で走っておられる兄様、なんて健気なのでしょう……」
王城のテラスにて、スーは恍惚とした表情で城から脱出したシュンたちの姿を眺めていた。
ユーゴーやスーにとってシュンたちの脱出は想定内であり、むしろすぐさま脱出せずに数日もの間城に留まっていたことの方が予想外ですらあった。
「惚けてる場合ではありませんよ。そちらを手伝ったのですから、こちらにも手を貸して働いていただきますからね」
そしてすぐ後ろから一連の事件の協力者であるユーゴーに声をかけられる。
シュンへの想いを迸らせている時間を邪魔され、すこぶる不機嫌になったスー。
「……チッ、無粋な方ですね」
「そうでもしないと貴女、シュレイン殿下が見えなくなっても三日三晩惚けているでしょうが」
「…………」
その言葉に反論できなくなったのか、スーは気まずげに目を逸らす。
スーのそんな態度には特に反応せず、ユーゴーはこともなげに空間に亀裂を入れる。
「先回りしますよ。彼らが来るまでもう少し時間がかかるとはいえ、この前のような失敗は繰り返したくないでしょう?」
「……まんまとあのエルフの外道魔法で操られたくせに」
「何度も演技と言っているでしょう。それに、あなたの『色欲』を弾いた時点でフリだと分かるはずですが」
「……はいはい。で、私は遠慮なくあの雌猫どもを縊り殺せばよいのですね?」
「そういうことです」
(無理だろうがな)
そんな会話をしながら、二人は空間の裂け目へと入り込む。そして裂け目が閉じ、後には何も残らなかった。