シュンたちが王城を脱出してから一週間が経った。一行はエルロー大迷宮を半ばほどまで踏破し、あと数日もすればエルフの里まで到着するだろう。
その間、こちらはアリエルさんたちと合流し、エルフの里の結界を解析している。…三分とかからず解析が終わり、もはや今すぐにでも突入できるのは内緒である。
ポティマスの結界は突っ込まれたエネルギー量だけは大したものだが、そのセキュリティがあまりに脆い。実際この世界の人間に破れるような技術者がいないからとはいえ、一切更新された形跡のないファイアーウォールとか舐めてんのかお前。そんなんハッキング・クラッキングしてくれって言ってるようなもんだろ。
ちなみにスーもスーで自身の最終調整に余念がない。一度フィリメスに煮湯を飲まされたからか、今度こそは確実に殺してやるとばかりに意気込んでいる。
作戦としては至極単純。白とダークダイヤモンドたちがポティマスの量産兵器を押さえている間に本体または分体をアリエルさんと俺で強襲する。この間ソフィアとラースには付近のエルフたちの無力化を図ってもらう。
強襲の際には保険のため、アリエルさんにはわざと苦戦するフリをしてもらうことになった。万が一にもポティマスが逃走に踏み切ることを防ぐためであるが、奴の性質からして最後の保険でしかない。十中八九それがなくとも逃げたりはしない。
そしてその最中に奴の『勤勉』スキルを収奪する。そのためにアリエルさんには奴が『勤勉』スキルを限界近くまで出力を上げさせるよう戦ってもらうため、原作にはなかった方法で基礎スペックを鍛えてもらうこととなった。具体的にはシステムアシストを切った状態で常時百倍近くの大気圧をかけてまま過ごしてもらう、とか。
『奴を確実に仕留めるためなら、そのくらい安い対価さ。…代わりに、確実に奪い取ってくれよ?』
との言葉をいただき、そのつもりは元よりないが失敗するのが一層許されなくなった。
そして『勤勉』スキルを奪取した後はスーとシュン達の戦いに乱入して四人の支配者スキルを収奪する。確かにスーは強く、今ではたくさん経験を積んだが、カティアとフィリメスの支配者スキル、何よりシュンという『慈愛』による蘇生持ち、つまり最大の障害を殺せない性質から戦況が膠着するのは火を見るより明らか。
一方でシュンも『正義』を発動させれば戦況は打破できるだろうが、奴の精神状態からしてスーを『悪』とは認定できないだろう。『正義』によるステータスブーストは『自身の認知』こそが最大のアクセルであり最大のブレーキでもある。一定以上の認知がなければそもそも発動すらしないのだ。
そして、この四人の支配者スキルを奪取することでこの作戦は我々の勝利となる。ソフィアなんかは勝利一歩手前だからかかなり浮かれているが…フラグにならない程度に構ってあげなくては。
……とはいえ、委細問題ない。万事予定通りだ。
◇ ◆ ◇ ◆
(はぁ……♡ようやく。ようやく、彼が私を……♡)
ソフィアはエルフの里付近に展開した魔王軍のベースキャンプにて、一人悶えていた。
吐息は熱を帯び、目は蕩け、成熟した美貌を自ら抱きしめることで滲み出る色気はあらゆる男の理性を瞬時に溶かし尽くすほどの危険な雰囲気を醸し出していた。
決戦の時が近いとラースがソフィアに声をかけようとし、その姿を見ただけで即座に回れ右して明らかに不自然なほど前屈みになりながらその場から立ち去ったくらいである。
最高潮に昂っているとはいえ、これに近しいものを真正面かつ至近距離から七年もの間浴びて耐え続けてきたユーゴーの理性の強靭さが窺い知れるというものだ。
(そのためなら私はどうなっても……いえ、違いますわ。『五体満足で無事に』任務を終えませんと。そうでなくては彼を無駄に不安がらせてしまいます)
理性と狂愛の狭間で揺れながらも、ソフィアは一人精神を整える。万が一にも彼の計画に妨害を入れられないように。
◇ ◆ ◇ ◆
シュン達はエルロー大迷宮を脱出して案内人のバスガスと別れ、サリエーラ国の転移陣を用いてエルフの里に転移しており、そこで名目上の歓待を受けていた。
とはいえエルフの排他的な性質から、露骨に警戒と嫌悪の感情が読み取れるほどの態度での接待であったが。
直接戦争の最前線へ行かなかったのはエルフの里にて準備を整えるためであり、また魔王軍がエルフの里に進軍しようとしているという情報をフィリメスがキャッチしたからでもある。
エルフに拉致同然で保護された転生者たちと旧交を温めつつ、夜になる。シュンはフェイ、カティア、フィリメスの三人と自分たちに与えられた居住空間に集まっていた。
「___ですので、十中八九ユーゴーは魔王軍の尖兵。スーちゃんは彼によって言葉巧みに誘導されているのでしょう。『色欲』スキルを持っているスーちゃんが逆にステータスを喪失したユーゴーを操っている可能性もありますが」
「……ですよね!やっぱり原因はユーゴーなんだ。スーは騙されているだけなんだ!」
フィリメスが今まで得た情報を総括すると、早々にシュンは全ての原因がユーゴーだと結論づける。その眼はどんよりと濁りつつも爛々と輝き、対極に位置する感情が悍ましい形で同居していた。
それはそこかしこに穴があるこじつけにも等しい推論だが、シュンの中では揺るぎない絶対の事実と化していた。
だからこそ、そこに水を差すカティアの発言にシュンは激昂する。
「落ち着きなさい、シュン。スーを完全に被害者だと断定するのは時期尚早でしてよ」
「何を言うんだカティア!まさか君はスーが元からあんな悍ましい感情を持っていたとでも言いたいのか!?いくら君でもそれは見過ごせない!発言を取り消すんだ!」
「ですが、現に彼女は支配者スキルを得ているのでしょう?洗脳されたり誘導されたりした程度で発現するのであれば、世界中そこかしこで支配者スキル持ちが跋扈しているはずですわ。彼女には、もとより素養があったのでしょう」
「っ〜〜〜!!!君までスーを『悪党』呼ばわりするって言うのか…!?」
「はぁ…あなた、物事を善か悪かで考えすぎですわよ。あくまで『下地があった』と言っているだけで、彼女の本質そのものが悪人だと言っているわけではありません」
ひたすらに感情的になるシュンと、ひたすら論理的に穴を指摘するカティアの口論は止まることなくヒートアップする。
そしてこれ以上の収拾がつかなくなる前にフィリメスが二人を強引に仲裁した。
「二人とも、そこまでにしてください。カティアちゃんの言っていることは事実ですが、シュンくんのことも考えてあげてください。シュンくんも、気持ちはわかりますが今は一旦落ち着きましょう」
しかしその仲裁は両者の顔を立てるだけで何一つとして問題を解決していない。そんな妙に的外れな仲裁に物言いたげに黙り込むシュンと、相変わらず絶対零度の視線を向けるカティア。
空気が最悪になりかけている中、端から見ていたフェイが念話で会議に混ざる。
『要するに、まず夏目をぶっ飛ばす!次にスーを止めて正気に戻す!この二つを達成すればいいってことでしょ?難しく考える必要なんてどこにもないじゃないの』
流れをぶった斬るかのように、あまりにも乱暴でそれでいて簡潔なまとめを提示する。人であった頃ならばもう少し悩んだのかも知らないが、龍として生きた年数の方が長い今では思考や感性がかなり龍に寄っていた。
しかしてその単純化した思考の果てに出した結論は、この場にいる四人の中で最も正鵠を射ているものであった。
「………あまりに暴論ですが、それもそうですわね。ひとまずはそれを達成することだけを考えましょう」
「…異論はない」
そしてそれぞれ明日の朝に備えて早めに就寝することにした。
もちろん彼らは明日の朝から特訓が始まる、と想定している。
決して明日の未明からエルフの里が火の海に沈むなどとは1ミリも考えていなかった。
◇ ◆ ◇ ◆
森の中を二体の地龍が疾走していた。
その巨体で走れば周囲のものを薙ぎ倒しつつ進みそうなものだが、予想外にも走った後は微風が起こるだけで破壊痕は皆無に等しい。
___それにしても意外でした。まさか貴方までユーゴーの元へ行こうとするとは。
走りながらも地龍の片方がそんな意思を込めた龍の言葉を発する。余人には唸り声にしか聞こえないが、またもう一方はその意図を難なく理解する。
___奴の元へ行けば面白そうなことが起こる予感がしたのでな。飛び入り参加というのも悪くはあるまい。
もう片方の地龍はわずかに上機嫌に唸る。その眼はギラギラと輝き、牙を剥き出しにする獰猛な顔つきであった。
二体の地龍、名はそれぞれバアラとカグラ。エルロー大迷宮にてユーゴーによるスキルのオーブ化実験に自ら積極的に参加した『変わり者』の地龍である。
特別演習の際にユーゴーに会いに行ったカグラは一度大迷宮に戻り、自身の鍛錬としてバアラ含む他の地龍たちとの闘争に明け暮れた。
そうしてまた時を置き、ふと『再び会いに行ってみようか』と思い至った。
今度も迷宮を出て己の直感に従い、褒められ認められるべくユーゴーの元へ行こうとしたカグラであったが、それを引き留め、今度は自分も一緒に行くと申し出たのがバアラである。
ユーゴーが忙しくなってからというもの、実験がひと段落ついたのかあれほど頻繁に来ていた観察対象がすっかりこなくなり、バアラは再び暇に殺されそうになっていた。
故にこそ、カグラのそれに乗じて
___貴様は彼奴に撫でられたいのだったか?愛玩動物のごとき様よな。
___何を言いますか。矜持を一度そばにおけば、病みつきになりますぞ。あやつの技量は他に類を見ないものですれば。
___我は好かん。我はあくまで龍。異端ではあれど捨てて構わん矜持と捨ててはならぬ矜持の区別くらいついておる。
___戦いにて敗北を喫するのは構わないので?
___それはそれ、これはこれよ。そも、あれは契約による取引の結果であってそれ以上の意味などない。実験とやらに付き合っておるのも暇を殺すためよ。
___それは人間の言葉で『屁理屈』というのではありませんでしたかな?
___言わせておけば…獲物の前に貴様から食い殺してやろうか?
___おぉ怖や怖や。
二体はそんな掛け合いをしつつも、その走る速度は全く緩めず森の中を疾走する。
龍ということで人智を超えた身体能力とスタミナを誇る二体にとって、人間が3〜4ヶ月かかる命懸けの道のりは一日未満で到達する程度でしかない。本人たちにしてみれば『ちょっとそこまで散歩してくる』くらいのものだ。
数年の月日を経て二体も成長しており、バアラは6万ほど、カグラは2万ほどまで全てのステータスが上昇している。
さらにユーゴーの実験によって己のスキルが『自分のものなのか、与えられたものなのか』という疑問を抱いた二体は、独力でそれらを再現しようと試行錯誤してみることに。自らの力の象徴が与えられたものだというのは、彼らの矜持としては許し難いことだったのだ。
結果として、燃費や操作性は数段劣るもののスキルに頼らぬ力として再現することができた。その過程でシステム外の基盤も鍛えられており、ステータスには劣るもののどちらも数値にして1万を超えるほどの完成度を誇っている。
…ユーゴーやソフィアはそれを遥かに凌駕しているのはいうまでもない。
___む?遠方に見えていた結界のようなものが壊れましたな。
___彼奴だな。あんな大胆なことをしでかすのは彼奴以外おらぬ!
二体は遠くに見えていた結界が破壊されたことを察知し、その下手人が自分たちの思っている人物であると悟り、その足をさらに速めるのだった。
◇ ◆ ◇ ◆
スキルというものは、システム内のアプリケーションにすぎない。
それに意思などなく、ただ設定された機能を設定された通りに実行するのみである。
意思があるように見えるのは総じて『そう見えるように設計されている』というだけだ。
少なくとも、定説ではその通りだった。
___あぁご主人様…♡こんなに壊れないなんて素敵…♡
ユーゴーが本来持つはずだった『帝王』というスキル。Dがユーゴーに付与していたのは、この世界線でも『帝王』スキルだった。
それが最初の誤算であり、最大の誤算であった。
___どれだけ制限しても壊れない…♡それどころか、もっともっとって求められちゃってる…♡
付与された『帝王』スキルを媒介として、スキルが根本から変質した。『支配・統率・君臨』の力を持つスキルから、『制限・圧縮・自己鍛錬』の性質を持つスキルへと変質したのだ。
本来『試練』などというスキルをDは設定した覚えなどなかった。しかし、実際にはユーゴーの保有スキルの中に存在している。
Dは観測した当初、呆然と口を半開きにして持っていた箸ごとポテチを落としてしまうという失態を晒した。全知全能に程近いDですら、その挙動はあまりに想定外だった。
___ご主人様のために、私はご主人様を縛るね♡それが私の存在意義で、ご主人様が私に求めることだもん♡
スキルの変質はDですら想定していない、『世界のシステムによるユーゴーへの忖度』であった。彼に付与されたスキルがあまりに
そしてその過程で、『意思』が芽生える余地が生まれた。
報酬が確約されているとはいえ、その前段階の制限があまりに苦しいことが自明の理であるこのスキル。
それをユーゴーは『効率がいい』とシステムの想定を超えて使い熟していた。
最大の適合者が、最大効率で自分を使ってくれている。元よりバグ同然に生み出された不確定要素の塊たる新たなスキルが『意思』という変数を持つに至ったのも、天文学的に低い確率ではあるがそれも彼の前では必然に収束したのだろう。
___あのクソ女に引き剥がされた時は殺してやろうかと思ったな〜…その程度で私のご主人様への愛が消えるわけないじゃんね?
意思を持つに至ったスキルは自ら思考し、『ご主人様の要望に応えるため』にユーゴーの意思を無視して制限をかけ始めた。全ては彼のためを思ってのことだったが、ありがた迷惑この上ない所業である。
だが彼は『勝手にいじられるのは不気味だけど、役に立つならいいか』と完全にスルーし、そのまま負荷と状況に順応してしまった。スキルに『存在意義』と『裁量』を自ら与えてしまったのだ。
故にこそさらに意思は強固となり、フィリメスによってステータスが引き剥がされた際にも何食わぬ顔でひょっこり戻ってくるほどに成長していた。端的に言えばアプリケーションからシステムへの逆ハッキングに等しい所業だが、愛のためにスキルは敢行し、難なく成功を収めた。
余談だが、システム外の基盤が鍛えられすぎていたことによって剣を三回素振りしただけでステータスが三桁単位で上がったり、試練スキルが再稼働したことによってさらに成長が加速して三日で元通りのステータスに戻ったりした。それを見たアリエルが憤死しそうになったのはまた別のお話。
___ご主人様のために、ご主人様を壊さないように壊すね♡
それがユーゴーの保有するスキル『試練』の誕生経緯とその本質であった。
___だから…逃げちゃダメだよ?ご主人様♡もっと出来るよね?ご主人様♡
『まぁ効率はいい。俺の役に立つならそれくらい見逃すさ』
___っ♡♡♡♡