「……ふふ。ひと段落、と言ったところですわね」
エルフやポティマスの量産兵器の一部を殲滅していたソフィアは、奴らの首魁であるポティマスから『勤勉』スキルが回収され、その上で二度と転生できないように丁寧に殺されたことを知る。
「ぐっ……化け、ものめ…!平和に暮らしていただけ我らの里に、何故攻め込んできた…!」
周囲のエルフは皆殺しにされた中、唯一息のあったエルフが憎しみに目をそめてそう問う。
だがソフィアの返答は攻撃のみ。脳天を撃ち抜かれ、エルフは崩れ落ちた。
(『平和に暮らしていただけ』、ですか。…真相を知った後では妄言としか思えませんわね)
ソフィアは特段エルフに対して思うところはない。彼らは直接的にユーゴーに何かしたわけではないから。
だが、最後まで被害者のふりをする態度に関しては冷めた感情を抱いていた。
こうしている間にも、白やラースによってエルフは続々と殺されているはずだ。
ソフィアは万が一にも取りこぼしがないよう最新の注意を払いながら、エルフを駆除していった。
◇ ◆ ◇ ◆
「とりあえず…バアラ、それはお前のオモチャじゃない。一体でも作戦に必要なやつなんだ。あとでいくらでも相手してやるから今は一旦退いてくれないか?」
___グルルルル…。
「『溜まっていた分まとめて支払ってもらうぞ』って?それは構わんが…お前もカグラに似てきたな。方向性は違うが」
___グルォォォォォン!!!
「『心外だ。取り消せ』?…分かった分かった」
カグラの時と同じく、まるで知り合いかのように話すユーゴー。
ステータスをフィリメスに奪われたにも関わらず、何故こんな天災そのものな地龍と普通に会話することができている?
そんな疑問はフィリメスを見ることで氷解した。
「そんな…!?どうして、復活して……」
目を大きく見開き、わなわなと震えるその様子から、どうやらユーゴーは『以前の強さ』を取り戻しているらしい。
そのことがシュンによる鑑定にも映っていた。鑑定にはフィリメスによってステータスが奪われる前と丸々同じステータスが表示されていたのだから。
シュンたちが動揺している間にもユーゴーがバアラとあれこれ話し、バアラは結晶兵器の上から退いて走り去って行った。
「ところで、貴女は一体何度同じ失敗を繰り返せば気が済むのです?スーレシア殿下」
「…………チッ」
どこか責めるような視線がスーに突き刺さり、スーは何も言い返せずそっぽを向いて舌打ちすることしかできなかった。
一度目の反省を踏まえ、きっちりと対策してきたつもりだったスーはあろうことか似たようなミスでシュンたちにまんまと時間を稼がれてしまっていた。
自身の中途半端な対応こそがこの事態を招いたと理解しているスーは、だからこそ歯噛みする。
「…まぁいいでしょう。予定にさしたる変更はありません」
ユーゴーはスーから目を逸らし、シュンたちにその感情を感じさせない無機質な目を向ける。
「『収穫』にはちょうどいい頃合いか」
ゆったりとした動作で歩いてくるユーゴーをシュンたちは何故か棒立ちのまま眺めていた。
理性では警戒すべき対象と言っているのに、それは無害だと本能が言っている。
理性と本能の食い違いを即座に修正する技量は、今のシュンたちには持ち得ないものであった。
「___一つ」
だからこそ、ユーゴーがカティアの背後に現れる瞬間を捉えることはできなかった。
ユーゴーの手には一つのピンポン球のようなキラキラとした宝玉が握られていた。
シュンたちにはそれがなんなのか具体的には分からなかったが、ユーゴーが今取り出したものではなく、同時にそれが自分たちにとって大事なものであることだけは理解した。
「___二つ」
しかし、ユーゴーの歩みを止めることはできない。攻撃態勢に映った瞬間には既に、ユーゴーはフィリメスの背後におり、また別の宝玉を握っていた。
「___ついでに」
___パチンッ。
ユーゴーが指を一つ鳴らしただけでカティア、フィリメス、フェイが崩れ落ちる。全員の顔はとても安らかな寝顔であり、戦場にはあまりに似つかわしくない心地よさげな寝息を立てていた。
咄嗟にその宝玉と皆の状態を鑑定したシュン。そして、表示された結果に怒髪天を衝く。
=====
『純潔』のオーブ
スキル『純潔』が物質化したもの。酷く不安定であり、使用者に『純潔』のスキルを付与することができる。
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『救恤』のオーブ
スキル『救恤』が物質化したもの。酷く不安定であり、使用者に『救恤』のスキルを付与することができる。
=====
=====
状態:安眠
心地よい深い眠りについている状態。8時間の時間経過で自動的に目が覚め、HPMPが全回復しあらゆる状態異常が治癒した状態で覚醒する。
起床まで残り 7:59:48
=====
「大人しくしておいてください。悪いようにはいたしません」
奪われたものは、彼女たちが代償を支払って得た力。そしてそれまで支払った代償を嘲笑うかのように、ユーゴーは収奪したのだ。
ただ一つ言えるのは、それはシュンの堪忍袋の緒を切るには十分すぎる光景であった。
___一瞬だけ、あたりに静けさが満ちる。
次の瞬間、爆発的な力の奔流がシュンから溢れ出した。
「ユーゴォォォォォォォォォッ!!!!」
『正義』の出力が今まで類を見ないほどに跳ね上がる。五倍、十倍、十五倍、二十倍………五十倍。
許されざる『巨悪』と認定したユーゴーに対し、シュンの正義の心はかつてないほど燃え上がっていた。
(絶対に、絶対に許さない!!成敗してやる!!!)
全身に力が満ちるのを感じるシュン。一時的ではあるもののシステムの限界に到達した力を持ってユーゴーに斬りかかる。
「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
自らの正義の心と神性領域を燃料とした線香花火。本来ならば一瞬すら持たずに燃え尽きるだろうそれは、あろうことか『天の加護』によって一時的に代償が激減していた。
ステータスがの強化倍率が最大になる奇跡。
奇跡による代償が一時的に軽くなる奇跡。
そのぶっ壊れた倍率のステータスを自在に操れる奇跡。
三重の奇跡の存在があって、今のシュンが成立していた。
史上最強の勇者は今、ここに誕生した。
だからこそシュンは、曲がりなりにもそんなステータスを扱うことができる。振りかぶった剣は真っ直ぐにユーゴーへと吸い込まれ___
「____手間が省けた。助かる」
___しかし、届くことはなかった。
数秒間の全能感は消え失せ、全身が鉛の塊にでもなったかのように重くなって倒れ伏す。
『正義』が強制的にキャンセルされ、代償が降りかかったのだろう。
ユーゴーの手には『純潔』『救恤』のオーブ以外に三つのオーブが新たに握られていた。
「あ……………」
もはや鑑定しなくてもシュンは理解する。
自分の力はいとも簡単に奪われてしまった。
自分の最大は、目の前の存在に届いていなかった。
目の前の存在は自分のことをもう見ていない。
「……ち、く、しょう………」
涙が滲む。
惨めだった。鍛え上げた全てがユーゴーには通用しなかった。それどころか、同じ土俵にすら立てていなかった。切磋琢磨していると思っていたシュンは、独り相撲をしていた道化に過ぎなかったのだ。
「……癪ですが、礼は言っておきます。ありがとうございました」
不承不承という様子で礼をいうスーをユーゴーは冷めた目で見るのみ。
明らかに味方に向けるものではない視線がシュンには不気味であった。
「礼は必要ありません」
「…チッ、せっかく私がお礼を言ってあげたのに無粋な人ですね」
「何を勘違いなされているので?『礼などいいから対価を頂戴する』という意味ですよ」
「は?対価?何を言って___」
そう言うや否やユーゴーはスーの頭を鷲掴みにし、二つの宝玉を抜き取った。
「…………えっ??」
「どうしました?まさか自分だけは対象外だとでも?」
「っ!騙したのですか!!」
「騙したとは人聞きの悪い。貴女の目的はすでに達せられているではありませんか。もはやこれは無用の長物のはず。…それとも何ですか?『
「……………」
ユーゴーの凍てついた視線と言葉に絶句するスー。
わなわなと身体を震わせるが、その目の奥に激しい感情を宿らせるだけでついぞ実行に移すことはなかった。
(お前は……仲間まで切り捨てると言うのか……!)
ユーゴーの所業に憤るシュンだったが、もうすでに『正義』の力なき今はただの負け犬の遠吠えでしかなかった。
「___お疲れ様でした、ご主人様」
そんな空間に鈴を転がしたような声が響く。
「……そ、ふぃ、あ、さ…」
それは、今まで以上に美しくなったソフィアの姿。そして彼女がユーゴーに向けるのは、あの時と全く同じ心からの思慕。
「そっちもな。アリエルさんたちは?」
「すでにこちらから事情を伝え、戻られておいでです」
「了解した。残る支配者スキルは一つのみ。最後まで万全の用意を整えておいてくれ」
「かしこまりました」
宝玉を懐にしまいつつ、ユーゴーはソフィアとそんな会話をして、シュンたちを置いてどこかに去ろうと空間に裂け目を作る。
___ここを逃せば二度と
そんな思いからシュンは絞り出すように言葉を紡いだ。
「だめだ、ソフィアさん…!!」
届かない。
「そいつは、仲間を、平然と、切り捨てる、悪党なんだ…!!」
…届かない。
「今なら、戻れる…!目を覚ますんだ…!!」
………届かない。
「俺が…
ソフィアが足を止めた。
___届いた!俺の言葉は彼女に届いたんだ!
そんな希望を抱いたのも束の間、ゆっくりと振り返ったソフィアの表情は一切の感情を感じさせない冷え切ったものであった。
「……勘違いなさっているようなので言っておきます」
「……え?」
「私は物語のプリンセスではありません。無力で、自分で何も考えられず、何も選べない存在ではありません。私は、私の意志で彼の隣に立っています」
言葉の一句一句がシュンへと突き刺さる。
自らの信念が、正義が、壊れていくような錯覚に陥る。
いつもの『ユーゴーによる洗脳』は、もう思いつきもしなくなっていた。
「上っ面だけの言葉で彼を語らないでください。非常に不愉快です」
___あぁそれと。
シュンから視線を外し、見向きもしないままソフィアは最後に告げる。
「遥か高いところに見える果実より、足下になっている果実にも目を向けてみてはいかがですか?」
そしてそのままユーゴーの腕に抱きつき、彼に身を委ねた。
その間ユーゴーは何も言わず、ソフィアが抱きついてきた後は彼女のしたいようにさせていた。
「なら俺からも。先生に伝えておいてくれるか?山田。『これからは普通の人として生きることをお勧めします。スキルなんて取って強くなっても、いいことなんてありませんから』…んじゃ、そういうことで」
スーもシュンも理由は違えど呆然としたまま、ユーゴーとソフィアは空間の裂け目に入って行き、裂け目が閉じた。
後には満身創痍のシュンと、抜け殻のようになったスー、そしてスヤスヤと眠りこけるフィリメス、カティア、フェイだけが残された。
◇ ◆ ◇ ◆
神言教の中枢、その一室にダスティン61世はいた。
何やら書類仕事をしている様子のダスティンだったが、ふとドアをノックする音が聞こえ手を止める。
(ノックの仕方からして枢機卿の誰かではない。大司教以下も同様。騒ぎの音が一切聞こえなかった。念話もつながらないことから既に暗部も無力化済み。…だが生命反応はある。眠っているだけか?睡眠無効を持っている者もいたが関係なく眠っている。騒ぎを大きくしたくない?…これ以上は考えていても埒が明かんか)
わずか一秒未満の時間で『思考超加速』スキルを用いて思考するダスティンは、下手人を『黒龍神と同格の上位存在かそれに類する者』と断定。
ご丁寧にノックまでしていることから様子を見るべく部屋に招き入れる決断をした。
「どうぞ」
そして丁寧な所作で入室してきたのは、一人の少年であった。
少年というには威風堂々としており、精悍な相貌を合わさって幼さのかけらもないが、年頃からして少年の域を出てはいまい。
「初めまして、ダスティン猊下。私はユーゴーと申します。手荒な真似をいたしたことに関しては申し訳ありません」
その名を聞いてダスティンは即座にこの少年の正体を理解する。
ユーゴー・バン・レングザンド。レングザンド帝国の第一皇子で、初代剣帝の生まれ変わりとされるほどの傑物だというのは耳にしていた。
だがしかし、ここまでの怪物だとは流石に想定の範囲外であった。
(…これほどの怪物がよくもまぁ潜みきれていたものだ)
自身の諜報網を容易く潜り抜け続けてきたことに内心衝撃と畏怖を受けながらも、その顔は崩れない。
一切の動揺を出さないままダスティンは尋ねた。
「次からは事前に約束をつけていただきたいものですな。それで、本日はどんなご用向きで?」
「単刀直入に申し上げましょう。貴方の有する支配者スキル『節制』を頂戴しに参りました」
ダスティンの目元が微かに引き攣る。スキルを奪うという彼の常識を飛び越えたことを告げられたこともそうだが、よりにもよって支配者スキルを奪いに来たと告げられたからだ。
定着したスキルは『スキル消去』を除いて剥離できず、また抽出もできない。それはダスティンのみならず世界の常識だ。
目の前の存在からは一切の感情が読み取れない。最古の神獣や黒龍神でさえ多少なりとも読み取れるそれが、こと目の前の存在においては全くのゼロである。
常人ならば法螺と唾棄するのが自然なそれを、ダスティンは同じことができるほど耄碌とはしていなかった。
(この男はやると言ったら必ずやる。わざわざ口にしたのはせめてもの慈悲のつもりか?)
理解不能であるという点では黒龍神も似たようなものだが、あちらはまだ情というものがある分ラインの把握がしやすかった。
対してこちらはダスティンの目を以てしてもその判別が全くつかない。だが『言ったからにはできる』というのを理解させる『圧』というものがあった。
「………『断る』、と言えば?」
「こちらの対応は変わりませんよ。そのまま頂戴するか、抵抗を捩じ伏せて頂戴するかの違いです」
___あぁそれと。
ダスティンの気勢を削ぐかのようにユーゴーが追い討ちの如く告げる。
「事前に言っておきますが…自害や『スキル消去』は無意味かつ無駄です。まぁ信じようが信じまいがどちらでも構いませんが」
無機的かつ機械的にユーゴーは告げた。そこに情の介在する余地はない。
ダスティンは深く長い思考に耽る。
30秒、1分、3分…どれほどの時間そうしていたのか、もはや誰にもわからない。
だがユーゴーはダスティンのそれを邪魔するでもなくただ無言で待っていた。返事を待っているかのように、唯々静かに。
そして徐にダスティンは立ち上がる。ユーゴーは何も言わずにそれを見ていた。
___刹那。
紫電一閃。そのような表現がふさわしいほどに研ぎ澄まされた一撃であった。
次元魔法を展開して愛用の剣を抜き、そのままユーゴーへと斬りかかったダスティン。
最速の踏み込みで、最短距離で、最大の一撃を叩き込む。
剣を振り切った姿勢のまま無傷のユーゴーの背後に立つ。
そして理解した。
(手応えがない)
___キィィン。
幾ばくか遅れて冷たい金属音が部屋に反響する。ダスティンの足下に、根本から綺麗な断面で切断された刃が転がっていた。
理解する。自身の中にあったはずのスキルが失くなっていることに。
ユーゴーはその右手に一つの宝玉を握っていた。今まで持っていなかったはずのもの。それが意味することを察せないダスティンではなかった。
「……最後に、二つだけお聞きしたい」
「どうぞ」
敗者となったダスティンにもはや提案や質問などをする権利は本来ならばない。だがユーゴーはその点寛容だったようだ。
「なぜ私を殺さなかったのです?」
「ポティマスと違って貴方は生かして働いてもらったほうが効果的だからです。拒否権はございませんので悪しからず」
働かせる。
その言葉の詳細を聞きたいダスティンだったが、ぐっと堪える。
それよりも聞かなければならないことがあるのだから。
「……では、最後に。『
ここが正念場、とでも言いたげにダスティンはしっかりとユーゴーに向き直り、その眼を見据えて尋ねる。
機械的な印象しか受けなかったが、その眼には静かな理性の光の奥に燃えるような情熱の炎が灯っている。
目と眼を合わせる、という簡単なことすら少し前のダスティンはできていなかったのだ。
一つ間を置いてユーゴーは告げる。
「 ですよ」
それを聞いたダスティンはポカンとする。
そして数秒後、意味を理解したのか呵々大笑した。
目元から一筋の涙を流しながら。