破滅予定の皇子ですが、なにか?   作:爛れ炭化したサーロイン

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第16話 切り離される神、犠牲の終焉

 ダスティンから『節制』を回収したことで、七大罪と七美徳の全ての支配者スキルがこちらの手に渡ったことになる。

 

 『怠惰』、『傲慢』、『嫉妬』、『色欲』、『強欲』。

 

 『勤勉』、『謙譲』、『純潔』、『救恤』、『慈愛』、『節制』。

 

 ラースの『憤怒』、アリエルさんの『暴食』、そしてメラゾフィスの『忍耐』。

 

 …ついでに番外として『叡智』と『正義』。

 

 全十四種のうち十一個がオーブ化されているのはなんとも不思議な光景である。

 

 エルロー大迷宮の深層、システムに囚われたサリエルがいる場所に魔王軍の中枢が勢揃いしていた。

 

「回収し終わったかい?」

 

「抜かりなく」

 

 おちゃらけたような笑顔を貼り付けて問うアリエルさんに、オーブ化した支配者スキルを周囲に浮かべることで答えとする。

 

「うへぇ…こんなにスキルオーブ、しかも支配者スキルがこの場にあるってすんごい光景だねぇ…」

 

「同感です。……それでは、仕上げにかかっても?」

 

「いいよ。全部持ってっちゃって」

 

 冗談なのか本気なのか判断に困るような言葉と共に両手を広げて待ち構えるアリエルさん。

 

 …支配者スキルを抽出するだけなのに、なぜこうも大仰に?という疑問をしまい込み、言葉ではなく行動で応える。

 

「……相変わらずノリが悪いねぇ」

 

「ご期待に沿う働きを約束いたしますよ」

 

「……うん」

 

 不貞腐れたようなアリエルさんだったが、途端に真剣な顔つきになる。

 

 ……どうすれば良いのかわからないし、俺の出る幕でもあるまい。

 

 アリエルさんから『暴食』スキルを抽出し、オーブ化した。

 

「……恐れながら、ご期待申し上げております」

 

「必ず応えると約束しよう」

 

 一礼するメラゾフィスからも『忍耐』スキルを抽出し、オーブ化する。

 

 そして最後の一人であるラースはといえば。

 

「……な、なぁユーゴー。やっぱり僕はちょっと辞退したいかなって」

 

 問答無用で抽出・オーブ化した。

 

「僕の基本的人権は!?いや構わないけどさぁ!もうちょっとなんかこう、あってもよくない!?」

 

「……すまんが、俺も余裕があるわけじゃないんだ」

 

 狭量な男ですまない。だが、失敗が世界の崩壊を意味する作業を前にして心の余裕がないのは事実。

 

 ラースもラースで奴なりに緊張をほぐそうとしてくれたのはありがたい。それを受け取れないのは申し訳ないがな。

 

「これより全支配者スキルを用いたシステム中枢へのアクセス、および女神サリエルの分離を行います」

 

 世界システムの外科手術。

 

 それを前にして俺の声は震えていないだろうか。

 

 顔はちゃんと引き締めることができているだろうか。

 

 わからない。だがここまで来た以上は、俺は俺のなすべきことをなすだけ。そう思うことで僅かに気が楽になる気がした。

 

 まさか必死に生き抜いてきただけの俺が、壊れかけのシステムからサリエルを分離する手術をやることになるとは。人生どうなるかわからないものである。

 

「ソフィア、頼んだ」

 

「えぇ。頼まれました」

 

 にこりと微笑むその笑顔が、今はとてつもなく頼もしい。…いや、彼女が頼もしいのはいつもか。本当に俺は彼女がいないとダメな男である。

 

 システムの改変自体は俺一人で行う。ギュリエディストディエスでは精密さが足りず、アリエルさんでは権限が足りず、白ではやる気と根気が足りない。

 

 …前者二人が名乗り出てくれたのは嬉しい。だが、成功率を上げるためにも改変には参加せず、周囲による妨害が入らないように護衛する役割を担ってもらうことにした。

 

 そして権限こそ足りないものの、唯一俺の思考をリアルタイムで把握し、必要なことを先回りして行うことができるソフィアは俺の補佐に回ってもらうことになった。

 

「始めます」

 

 誰に言うわけでもなくそう呟き、そっとサリエルの頭部に手を翳す。白がやったように手を突き刺すのはサリエルからの抵抗を高めて彼女を余計に傷つけてしまうので却下。

 

 そこから解析を行い、支配者権限の上位___管理者権限の鍵穴を発見、それを出現させる。

 

 七大罪系、七美徳系、合わせて十四の支配者スキルのオーブを合成し、一本の鍵とする。

 流石に支配者スキル、それも十四も束ねるとあっては情報量が莫大だ。最大効率で、最短経路で、精密に処理し、ようやく一本の鍵が出来上がった。

 

 鍵を作るのに5秒とかかっていないはずだが、体感ではすでに1時間は経過したような気さえした。

 

 それを鍵穴に挿して捻る。

 

 …僅かに抵抗があった。ぴくりと動いたサリエルに心臓が跳ねるが、サリエルは何事もなかったかのように沈黙した。

 

 肝が冷える思いをしつつも入り口をパスし、システムの中枢インターフェースへとアクセス可能となった。

 

 …さて、ここからが正念場だ。気合い入れていけよ、夏目健吾(ユーゴー)

 

 

 

 

 

◇    ◆    ◇    ◆

 

 

 

 

 

 ユーゴーによるシステムの外科手術が始まって一時間。アリエルはいつもの飄々とした笑みではなく、かすかに眉を寄せる顰めっ面をしていた。

 

 顰めっ面という点ではギュリエディストディエスも同様だが、こちらはアリエルよりも俯きがちであった。

 

 無理もない。二人とも『サリエルを助けたい』という思いは溢れんばかりに存在するにもかかわらず、実力不足で手伝うことすらできないのだから。

 

 特にギュリエディストディエスの無力感は相当なものだった。助けられる資格はあるのに、『エネルギー操作精度不足』によってそれができないのだから。

 ギュリエディストディエスのエネルギー操作精度は悪くない。だが、ユーゴーの求める基準には全く届いていなかった。

 

 感情を出すことが許されるならば、歯を砕かんばかりに噛み締め、手を血が滲むほどに握りしめていたことだろう。或いは『もっと操作精度を上げていれば』とも後悔したかもしれない。

 

 だが、二人は今自分の為すべきことをしっかりと為すために立っている。感傷に浸っている場合ではないのだ。

 

 サリエルのいる空間はすでに巨大な機材が二機鎮座している。

 

 アリエルもギュリエディストディエスも、何の説明もなければ淡い光を放ちながら稼働するその装置がなんの役割を果たしているのかを当てるのは至難の業だっただろう。

 

 片方は演算処理装置。サリエルが単独で行っていたシステムの演算処理を代替し、彼女が行ってきたものを肩代わりするためにある。

 

 もう片方はMAエネルギー供給装置。サリエルが文字通り身を削って供給していたMAエネルギーを、外部からの供給によって内部へもたらすための装置である。

 

 MAエネルギー供給装置にはユーゴーが今まで研究しており、ダークダイヤモンドにも応用されている理論が使われている。その詳細は『宇宙に漂うエネルギーを精錬・加工することでMAエネルギーを得る』というもの。

 

 MAエネルギーとは星の生命エネルギーであり、ならばその起源はなんだろうか?という疑問をユーゴーは持ち、宇宙に漂うエネルギーにその起源は由来するのではないかと仮説を立てた。

 

 宇宙に漂うエネルギーを解析した結果、その仮説はかなり的を射たものだとと言えた。精錬するだけでMAエネルギーとして利用可能なのは、宇宙エネルギーの5%ほど。残る95%はそのままでは利用できなかった。

 

 世界のシステムの外科手術を行う構想は、ユーゴーが魔王軍にいた頃から存在していた。そしてユーゴーはこの95%にも手を伸ばした。5%でも理論上代替は可能だが、さらなる安定化を目指すために。

 

 その結果判明したことが、95%のうち容易く加工可能なのが30%、ギリギリ採算が取れるのが25%、採算度外視ならば加工可能なのが30%、残る10%は現時点で全く太刀打ちできない加工不能エネルギーであった。

 

 このうち採算が取れる60%分までの加工法を常時使える加工法として供給装置に取り入れ、緊急時には90%分までの加工法まで解禁する予定である。

 

 この理論や装置を開発するにあたり、最大の障害となったのがポティマスである。MAエネルギーに執着するかの存在にこのことが知られれば、間違いなく独占するために動く。

 

 だからこそユーゴーはギュリエディストディエスと不干渉協定を結んだ。そしてギュリエディストディエスは考えた末にポティマスにこれが知られるとよりまずい事態になると判断し、自らの責務を逸脱しない範囲で隠蔽に協力した。

 

 こうしてユーゴーは問題に優先順位をつけ、順次対処していくことで最大の関門を乗り越えたのだ。

 

 そんな背景があった演算処理装置とMAエネルギー供給装置が、今目の前で稼働している。

 

 ユーゴーによるサリエル分離の外科手術は順調に進んでおり、サリエルの作業がほぼ全て移行が完了していた。残すはサリエル本体の摘出のみとなっていた。

 

 アリエルとギュリエディストディエスの向ける視線に気づいたソフィアはにこりと微笑んで頷く。『順調に作業は進行しています』というメッセージである。作業に携わることのできない二人にとって、この確認は精神の生命線であった。

 

 突如としてユーゴーが作業の手を止める。

 

 その瞬間…否、その僅かに前からソフィアは動き出し、ユーゴーの行っていた作業のコンソールをピン留めする。

 

 そして別の作業を行なっていたユーゴーがその作業を再開する0.1秒前にピンを外し、ユーゴーはそのまま作業を続行する。

 

 ソフィアのやっていることはユーゴーが一時停止した作業をピン留めし、再開と同時にピンを外すという一見地味なもの。だがしかし、それが重要なものであることはユーゴーもソフィアも理解していた。

 

 ユーゴーは精密作業の連続ゆえに、少しでも演算領域に余裕を持たせたがっている。ピン留めするのに演算領域はさほど使わないものの、それだけのためにリソースを削るのは本来ならば避けたい。

 

 そこでソフィアの出番である。ユーゴーの意思をリアルタイムで把握可能かつユーゴーに準ずるエネルギー制御精度を持つ彼女であれば、直接作業には参加できずとも彼の停止した作業をピン留めすることで補佐できる。

 

 言わずもがな、それはどの作業をどれくらいの間ピン留めし、どの瞬間にピンを外すのか正確に把握していないとできず、また制御能力が一定以下であればそもそもピン留めすらできずに作業が崩壊してしまう。その問題をソフィアは全てクリアしていた。

 

 神の仕事を人の理論に落とし込む、その作業のための一心同体…否、一心()()の連携。片方だけでは成り立たず、二人が揃って初めて成立する超絶技巧。

 

 今のところ、問題はない。

 

 ___このまま問題なく終わってくれ…。

 

 そう願いながらも最悪の事態に備え、二人はより一層神経を研ぎ澄ませた。

 

 

 

 

 

◇    ◆    ◇    ◆

 

 

 

 

 

 どれほどの時間が経ったか分からぬ頃、ユーゴーが大きく息を吐いた。額に珠のような汗を浮かべる様子から、大仕事を終えたような様子だが、事実その通りではある。

 

 アリエルとギュリエディストディエスは即座にソフィアを見やる。彼女は先ほどよりも深い笑みを浮かべて大きく頷いた。

 

 それが何を意味するのかを二人が理解した瞬間。

 

 ___ぐらり。

 

 サリエルの身体がぐらつく。身体が世界から徐々に分離し、その全貌を露わにしていく。

 

「っ____!!!」

 

 全速力で駆け出したいのをグッと堪え、アリエルは素早く、だが静かにサリエルの元へと駆け寄る。

 

 ソフィアによって瞬時に簡易的な衣服を着せられた状態で倒れてきたサリエルを、アリエルは抱きしめる。

 

 ___いつからこの温もりを感じられなかっただろうか。

 

 アリエルの瞳に何かが溢れ、頬を伝う。

 

 それが何なのか、アリエルは知ってこそいたが今はその正体に辿り着く手間すら惜しかった。

 

 アリエルが優しく、そして強く彼女の体を抱きしめていると、むずがるような声が響く。

 

「ん……んぅ………?」

 

 声と共に、空色の瞳がゆったりと開かれる。ぱち、ぱち、ぱち、と何度も瞬きをしつつ、ゆっくりと目が開く。

 

「あら…ここは……?アリエル?それにギュリエ?」

 

 ___懐かしい。それでいながら、聴き慣れた声。

 

 ___サリエルが、生きている。

 

「_________ッ!!!」

 

 言葉にならない叫びが、アリエルの口から溢れる。

 

 目から、涙が溢れて止まらない。

 

 彼女を抱く力がより一層強まる。

 

「……俺の装置で、システムの崩壊は先延ばしにしました。少なくとも30分は時間を稼げるはずです。それまでに、話したいことは話しておいた方がいいですよ」

 

 ユーゴーからの言葉をかろうじて聞き取ったアリエルは、一度だけ控えめに首を縦に振る。

 

 戸惑いの最中のサリエルだったが、アリエルがどういうわけか泣いて自分に縋り付いているために、それをあやすために背中を優しくさする。

 皮肉にも、それがさらにアリエルの感情を爆発させていた。

 

「ギュリエディストディエス。俺たちはこちらに」

 

「分かっている」

 

「……ある種、最後の関門ですからね」

 

「………ああ」

 

 何やらギュリエとユーゴーが話しているのが聞こえたが、内容までは今のアリエルには分からなかった。

 

 しばらくの間、サリエルを抱きながら泣き続けたアリエル。数万年にもわたる感情の爆発は、止まるところを知らなかった。

 

 そしてアリエルがようやく泣き止んだのは、ユーゴーやギュリエたちが去って、しばらくしてからのこと。

 

 いつの間にか二人きりになっていた空間にて、アリエルはサリエルと話に花を咲かせた。

 

 ……すぐに訪れる破滅の前に、言いたいことを言える間に言っておくために。

 

 二人が何を話したのかは、二人のみが知っていれば良いことだ。

 

 

 

 

 

◇    ◆    ◇    ◆

 

 

 

 

 

『……………』

 

 サリエルとアリエルが二人で話している傍ら、ユーゴーとギュリエディストディエスは二人して数多表示されているログに目を通していた。

 

 何十、何百と表示されては切り替わるログのすべてに目を通していく二人。

 

 アリの一匹すら見逃しはしないとでも言いたげに集中しているギュリエディストディエスとは対照的に、ユーゴーは全く焦りを見せておらず平常運転そのものであった。

 

「………そろそろか」

 

「そうですね」

 

 言葉短かに二人は一瞬だけ視線を合わせ、アリエルたちのいる場へと戻ることにした。

 

 

 

 

 

◇    ◆    ◇    ◆

 

 

 

 

 

 ユーゴーたちがアリエルたちのいる場へと戻ってきたときには、ちょうど話が途切れていた様子だった。

 

「ギュリエ、どういうつもりなの?あなたが私を切り離すことに賛成したなんて…」

 

「サリエル…すまなかった」

 

「謝罪を聞きたいわけじゃないわ。そんなことをしたらシステムが……」

 

「…直に分かる」

 

 どこか詰め寄るような、責めるようなサリエルにギュリエディストディエスはただ無機的にそう返すのみ。

 

 どこか不満気なサリエルは、次にユーゴーに狙いを定める。

 

「ねぇ、あなた。今すぐ私をシステムに戻してちょうだい。私が支えないと世界は崩壊してしまうのよ」

 

「ギュリエディストディエスも言っていましたが、それはすぐに分かることです」

 

「っ……」

 

 悲し気な顔をして目を伏せるサリエル。確かに自分はシステムに一度繋がればしたが、それはあくまで外部が操作した結果のこと。

 

 自力で自身をシステムへ再接続する方法を今のサリエルは知らなかった。

 

「……今までサリエルに頼りきりだったツケを払うだけさ。私含めたこの世界の全部の生き物がね」

 

「…アリエル」

 

「サリエルから散々搾取してきた世界なんだ、その対価を払うのが少しばかり遅れただけだよ。…だから、そんな顔しないでよ、サリエル」

 

 アリエルが自嘲気味に、サリエルを励まそうとする。

 

 だがサリエルはますます悲痛な顔をするばかりであり、とてもではないが前向きに考えることなどできそうになさそうだった。

 

 ___まぁ、そんな優しい(ひと)だからこそ、私は救われたんだけどさ。

 

 アリエルの心は澄んでいた。一人の存在に依存し切ったツケを今から精算する。そう思えば崩壊など怖くなかった。

 

「…来たってことは、もうすぐなんでしょ?ユーゴーくん」

 

「そうですね。直に山場が来ます」

 

「……ふふっ」

 

 ___最後まで感情を見せないやつだ。

 

 出会った頃から変わらない冷静そのものなユーゴーにアリエルは苦笑した。

 

(彼だって、怖くないはずないだろうにな。…でも、そう言えば妙だよね?なんでシステムが崩壊することをギュリエが受け入れたんだろ?…ま、生き残ってから考えればいっか)

 

 さらりとシステム崩壊の余波から生き残ることを前提に考えているアリエル。ユーゴーのトレーニングプランによってシステム外の基盤が鍛えられ、魂にゆとりができたのもある。

 

 それに加えてユーゴーの提案によって魔術で再現できるようになったことで、不要となったスキルをオーブ化して破棄し、システムへの依存を低めてきた。

 

 これが可能だったのは魔王軍ではユーゴー、ソフィアを除いてアリエルくらいのもので、他のものは残念ながらそこまでには至らなかった。

 

「そろそろですね」

 

 ユーゴーがコンソールらしきもので確認しながら、そうつぶやく。…全く、秒単位で正確に把握しているとは食えないやつである。

 

「あはっ、時間が近いみたい」

 

「アリエル……」

 

「…行ってらっしゃい。そう言って欲しいな」

 

 心を痛めるサリエルに、儚気な笑みを浮かべたアリエルは頼む。せめて、そう言って送り出して欲しいと。

 

「…行ってらっしゃい」

 

 感情をぐっと堪えたサリエルは言った。その笑みは慈しみのそれではなかったが。

 

 そしてアリエルもそれを受けてニカっと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___行ってきます!」

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