レングザンド帝国における齡五つとなる第一皇子、ユーゴー・バン・レングザンドの評判は極めて高い。
曰く、日々武の修練に励み、剣聖と共にその技量を練磨している。
曰く、魔法の修練を欠かさず、師である筆頭宮廷魔導士すらも今や超えている。
曰く、次期剣帝としての教養にも精進し、名君の片鱗を見せている。
曰く、曰く、曰く……。
初代剣帝の生まれ変わりと称されるのも無理はないほどに、彼を称える声は大きい。
しかしながらその反面、あまりに完成されすぎた人格や能力に恐れを抱くものも一定数いた。
彼の父親である現剣帝もその一人であり、人として完成されすぎている息子をまるで怪物か何かのように心底恐れていた。
彼は一度だけユーゴーの訓練風景を見たことがあった。なんの気はない、息子が普段どのような鍛錬をしているのか直接見ようと思ったのだ。……そして、その軽率極まりない判断を心底後悔した。
(……なんだ、これは)
常軌を逸した圧力が全身を襲っているのか全身から血が吹き出し、満身創痍と言っても過言ではない有様である。
しかしその剣筋や体捌きには一切の淀みがなく、あたかも舞でも踊っているかのように流麗であった。
……それが、現剣帝には酷く悍ましいものに見えた。
(こんなものが、人の強さなどであるものか)
あぁ、確かに能力は認めざるを得ないだろう。人格も聞く限りは大した問題はあるまい。
…人の理解を拒絶するほどの鍛錬をしなければ、の話であるが。
それ以降、現剣帝はより一層ユーゴーを好きにさせることにした。こちらからあれこれ言うより、放っておいた方が遥かに国のために尽くしてくれる。こちらは方針だけ伝えてやり方は自由にさせるのが最良である。
自身の平凡を十分に認めている現剣帝だからこそ、この程度で済んだ。真に有能な者であればユーゴーの恐ろしさを理解してしまおうとして発狂していたが、現剣帝はそれを『踏み込まない』ことで回避した。
無知の知ならぬ無知の無知とはよく言ったものである。
◇ ◆ ◇ ◆
レングザンド帝国の帝城にて、二人の老人が言い争っていた。
片やレングザンド帝国の筆頭宮廷魔導士であり、帝国における最高峰の魔法使いして知られるロナント。
片やレングザンド帝国の将軍であり、剣聖として武威を誇るニョドズ。
どうやら二ョドズが一方的にロナントへ絡んでいたようで、高笑いするニョドズとは対照的にロナントは辟易していたが。
「ハッハッハッハッ!ロナント殿も強情ですなぁ!素直にユーゴー殿下の神童っぷりを褒めればよろしいものを!」
「…ニョドズ。貴様、あやつが素晴らしいと本気で言うておるのか?」
「本気ですとも!先代のライガー様とは方向性が違いますが、かのお方は武の才能にも溢れておりますれば!逆にロナント殿はユーゴー殿下の何がそんなに気に入らないのです?あれほど魔法の才に恵まれた方もそうはおりますまいに」
ニョドズの返答に呆れ果てたのか、ロナントはこれ見よがしに大きくため息をつく。その仕草にニョドズはムッとするも、いつものことかと思い直す。
「そもそも儂はあやつが気に食わん。むしろ嫌いじゃ」
「なんと………」
しかし直後に放たれたあまりにも歯に衣着せぬ物言いに、思わず仰天してしまった。
確かにロナントは辛口な評価で有名だが、こと魔法においては嘘や不当な評価は絶対にしないことでも有名だからだ。
「ならば、いったいなぜ?」
「ニョドズ、貴様はあやつが『魔法』を使っておるのを見たことがあるか?」
「…?何をいきなり。あるに決まっているではありませんか。魔法の訓練の際に使っておられるでしょう?」
「はぁーーーーっ……そこから分かっておらなんだか」
「……どういう意味です?」
意味深なことを言うロナントに、素直に疑問を提示するニョドズ。ロナントは軽くため息をつき、腰を据えて説明してやることにした。
「そもそもの話じゃが、貴様は魔法というのをどのようなものじゃと考えておる?」
「魔法?魔力を使って何かを為すことではないのですか?」
「20点。落第じゃな。…まぁそこはよい。魔法とは『魔力を使い、法に則って事象を呼び起こすこと』じゃ」
「法…ですか」
「うむ。その法に則って魔力を操作し、術式を構築することで魔法として現象をこの世界に顕現させる。その際には法による補助がある程度働き、スキルを取得することでそれがより強まる。デキる魔法使いほど魔法スキルが多くレベルが高いのはそのせいじゃな」
「は、はぁ………」
そこでロナントはニョドズが話について来れていないことを理解したのか、頭を掻きむしる。そしてしばし唸った後、思いついたように言葉を続けた。
「そうじゃ。ニョドズ、貴様ユーゴーの鑑定の儀のときにあやつのステータスを見たことがあったじゃろう?どう思った?」
「あ、あぁ…ステータスは凄まじいの一言でしたな。剣の才能や剣の天才といったスキルはなかったのにも関わらず、アレほど剣を扱えることに驚きました。……おや?そういえば魔法スキルを殿下はお持ちでしたかな……??」
「断言するが、『重魔法』とやら以外は一つも持っておらんかったぞ。魔法の訓練の際には火や水、風を起こしておったにもかかわらず、な」
「…確か魔法訓練は鑑定の義よりも前にあったはず…ユーゴー殿下はスキルなしで魔法を発動できる天才…では、ないのでしょうな」
「察しが良いではないか。ロナントの名にかけて言うが、あやつが使っておるのは断じて魔法ではない。法に従わず、己の力のみで事象を顕現させておった」
「…ですが、ロナント殿はかの迷宮のナントカにも目を輝かせておられたでしょう?それしきのことで嫌悪感を持つのですな」
「迷宮の悪夢様じゃ。二度と間違えるな」
ギロリと睨まれ、怯んだニョドズはこくこくと頷いた。
「…あのお方の使うものは確かに次元が違ったが、まだ『理解できる範疇』じゃった。じゃがな、ユーゴーのやつが使っておったものは違う。あれは『人が手を出すには早すぎる』代物じゃ」
「……そう警戒なさる割に、ユーゴー殿下を排除しようとはなさらないのですな」
「まーあやつは何故かは知らんが世のため人のために動いておるからの。排除するのであれば、やつがボロを出したときにすれば良いだけのこと。それまでは精々国のために働いてもらおうではないか」
「………左様でございますか」
___結局、殿下が可愛いだけではないか。
ニョドズは憎まれ口を叩くものの、結局は弟子に愛着のある老師に苦笑をこぼした。
◇ ◆ ◇ ◆
最近やたらと自由時間が増えた。父上の取り計らいで『優秀な者には方向性だけ提示して裁量を持たせる』という方針に切り替えたらしい。
経緯はどうあれ、今の俺にとっては非常にプラスであることは間違いない。
あれ以降特段スキルは獲得せず、ひたすらエネルギー操作の習熟や、重力増加によってシステム外要素である基礎スペックの強化に邁進した。今では重魔法すらも魔術で再現できるため、魔法系スキルは総じてお役御免である。今までありがとう。
システムに依存しないという方針ゆえにシステム内の数値など参考程度にしかなりはしないが、それでも今では全項目が3万を超えた。『試練』を発動させて100まで制限しているため、制限率は1/300で熟練度やら技術の成長速度は9万倍。システム内でしか効果がない可能性があるとはいえウハウハである。
…だがしかし、それでこそ蜘蛛子改め白の規格外さを痛感する。二年と少しでシステム外へと突入するなど、いくらDのお気に入りとはいえ常軌を逸しすぎだ。
原作ユーゴーのような横暴は働かないつもりだが、Dの差金や修正力云々によってラースが突然襲来し、『なんかよく分からんがとりあえずイラつくから死ね!』と殺しにかかってくる可能性がなきにしもあらず。それに備える意味も込めて力は必要である。
管理者はおろか、魔王軍の面々とは金輪際関わりたくない。ラース、ソフィア、アリエル、白、ギュリエディストディエス…これだけでもご遠慮願いたいメンツである。
…ただ、放っておくとシステムを破壊するのは事実なんだよな…。そうなっても問題ないように鍛えているとはいえ、みすみす見逃せるかと言うと…。
閑話休題。
今の俺のシステム外での実力はどんなものだろうか?と思い軽くシステムアシストを切って試してみたが、システムアシストありの時の『ちょうど半分くらい』の実力であった。数値で表すならばシステム表記と同等くらいのシステム外の基礎スペックが備わっている、ということになる。…うむ、理想的。
この調子で成長できれば、彰子を迎えに行く際にも十分な力を得ていることだろう。…彼女がどんな姿に生まれ変わっているかは分からないが、俺は前世からの責任を果たすまでである。
◇ ◆ ◇ ◆
「……………」
寮の一室で、五歳ほどの幼女が憮然とした表情でむっつりと黙り込んでいた。幼女___ソフィアが自身の運命の相手である
(……どうして他のことは覚えているのに、私のことは忘れているの?直接生死に関わらないことは幼馴染のことでも忘れちゃうってこと?)
端的に言えば、ソフィアは拗ねていた。自分はユーゴーのことを片時も忘れたことがないというのに、向こうは『生死に直結しないから』という理由で脳の片隅に押し込められていたのだ。それは厳密に言えば忘れているわけではなく思い出せていないだけなのだが、ソフィアにとっては『覚えていない』という点でどちらも同じことなのだろう。
漫画の表現であれば、外見がデフォルメされて『むっすー……』という擬音がつきそうな可愛らしい拗ね方ではあるが、それでもソフィアは少なからずショックを受けていた。
ソフィアとてユーゴーの判断基準は理解するし、今後の人生や生命に支障が出る情報の方が優先順位が高いことは分かる。だが、それを納得できるかは全くの別問題である。
(…忘れちゃうのは構わない。けどね___)
___私は君を逃さないよ。
ソフィアの目が剣呑に細められる、一瞬だけ捕食者の眼光を帯びた。
そうやって拗ねていたソフィアだったが、部屋の隅にいる白い蜘蛛が動いたことを察知すると即座に居住まいを正し、丁重に蜘蛛へと触れた。
次の瞬間ソフィアの周囲の空間が歪み、ソフィアは寮の一室から消えた。
◇ ◆ ◇ ◆
「今日はここまで」
真っ白な美女がそう告げる。美女の前には満身創痍のソフィアが倒れ伏し、指一本動かすこともできないのか荒い呼吸をするだけで反応を返さない。
だが意識はあることを確認した美女___白は反応がないことを意に介さず、ソフィアを観察する。
(やーっぱり増えてんねー、吸血っ子の神性領域。でもこの子『神性領域拡張』スキル持ってないのに変だな?私と訓練するたびにシステム内の力もシステム外の基盤も強固になってってるし)
白の眼はソフィアの神性領域…いわば魂魄の容量や強度が昨日より確実に成長していることを示していた。
(そもそもおかしいとは思ってたんだよなー。『狂愛』なんてどー考えても支配者スキルっぽい代物を持ってる割に思考はかなりまとも寄りだし。精神汚染がないなんて妙だとは思ってたけど、なんでか獲得してた外道無効によって軽減されてたと
スゥ、と白の目が細められる。ソフィアは
それをみてもうしばらくかかりそうだと判断した白は少しだけ当時の状況を思い返すことにした。
◇ ◆ ◇ ◆
白がソフィアを拾った当時から、ソフィアは白の拷問まがいの鍛錬を積極的に嬉々として受けていた。
白は預かり知らぬことではあるが、ソフィアはユーゴーの隣に立つ者として相応しくあるべく自身の修練に貪欲である。だからこそ、白の常軌を逸しつつも根性さえあれば成果は確約されている訓練は朗報であった。
白も白で成果と効率を最大化するように嬉々として訓練を受けるソフィアを面白がり、さらに訓練をハードにしていった。結果、原作世界よりもさらに人外の強さをソフィアは会得するに至った。
そうやってソフィアを鍛え続けてきた白であるが、ソフィアに違和感を抱き始めた。
『魂が成長している』のである。しかも、本人の精神は変質することなく安定したまま。これに違和感を抱いた。
ザナ・ホロワであった頃、白は一度ソフィアを見たことがあった。その時からすでに魔法系ステータスやSPが千を超え、スキルが蜘蛛子よりは劣れども人間では見たことがないくらいに一つ一つが高レベル、という有様だった。転生者でなく敵対していたならば、迷わず殺して経験値としていたほどである。
それから紆余曲折あって拉致することになった際にも、抵抗するメラゾフィスをむしろ冷静に宥めているほどに余裕があった。どころか、ポティマスによる拉致を妨害するために白がやってきた際にもソフィアに驚きはなく、『定刻通りに電車がやってきた』くらいの感情しかなかった。
何もかもが異質な吸血っ子ことソフィア。その謎を解明するべく白が目をつけたのは、やはりというべきか『狂愛』スキルであった。
そしてソフィアを通じて解析を進めるうちに理解する。
___あ、これスキルなんてチャチなモンじゃねーわ。世界のシステムから独立した極小のシステムじゃんね。
『狂愛』とはスキルというアプリケーションではない。支配者スキルというOS権限でもない。その最上位とでもいうべきシステムの根幹である。
さらに言うなれば、『狂愛』は『高次存在に接続し、その残滓が流入することでそれに適応できるようにする』ためのインターフェースである。
精神を歪める原因がないから精神汚染が存在しない。
魂魄を適応・進化させるから精神変質も存在しない。
OS権限より上位だから支配者スキルは通用しない。
高次存在に直接接続しているから高次存在の全てを把握できる。
それがソフィアの『狂愛』スキルの正体。狂おしいほどの愛によって生まれた結晶なのだ。
◇ ◆ ◇ ◆
ではその『高次存在』とは何か?
白がパッと思いつくのはDだが、ソフィアとの間に関係があるとは思えない上に奴はそんなことを許すような存在ではない。ギュリギュリことギュリエディストディエスも同様の理由で棄却。
ならば一体どんな存在か?
ある日ふとソフィアに問うてみた。
「健吾くんでは?」
白の脳内に五年にわたって蔓延り続けた疑問は、『何を当たり前のことを』とばかりに宣うソフィアの言葉によってあっさり氷解した。