彰子ことソフィアと再会し、俺の魔王軍での生活が始まって数日。俺は基本的に魔王城で過ごし、帝国には魔術の結界を応用して俺そっくりに仕上げたダミーを設置することにした。いきなり第一皇子が失踪するなど外聞が悪すぎる。
ダミーは自立行動や思考能力などは持たせておらず、俺が遠隔で操作しているだけだ。鳴子としての役割さえ果たせば良いので、その辺は丸々オミットしてある。この程度のマルチタスクは負荷なくこなせるため、今のところ支障は出ていない。
そんなこんなで魔王軍で生活を送っているわけだが、最初は人間で、しかも子供の俺が自分達の上に立つことに不満を燻らせる者が非常に多かった。
据えたのもアリエルさんだし、表立って反対することはアリエルさんの顔に泥を塗るようなものだが、彼女はそもそも強引なやり方で魔王軍をまとめ上げているため人望自体はないに等しい。だからこそ、反対の声が収まることはなかった。
どうしたものかと頭を悩ませていたところ、第一軍団長のアーグナー氏が自ら名乗りをあげ、反対勢力を代表して俺と力比べをすることに。原作でも最古参かつ魔族の今後を第一に考える傑物として描かれていたが、実際に見ると本当にできた人である。
結局彼が正面から敗北し、俺を地位に相応しい力があると認める旨の宣言を表明したことで『あの人が反対しないなら…』と反対の声は収まり、魔王軍の内部分裂は未然に防がれた。
アーグナー氏は自らが負けることで、俺が上に立つ正当性を担保したのだ。
…自分の今後すらも踏み台として魔族の未来に貢献しようとするこの人の人格者っぷりには頭が下がる。こんな出来た人を散々ぱら利用した挙句にゴミのように捨てた原作の二人の所業を考えると、非常に度し難いものがある。この恩は絶対に返そう。
___そして飛んできた極太レーザーを術式を切り裂いて消滅させる。
しまった、今の生活を懐かしんでいる場合ではないのだった。白による『特訓』が行われている最中に、そんなことを考えている暇などないというのに。
「余裕そう」
「まさか。一歩間違えれば死ぬ環境が余裕なわけないでしょう」
だからこれ以上キツくしないでください死んでしまいます。ユーゴーヲイジメヌンデ…。
「んじゃ増やす」
知ってたよクソが。一気に100倍近くに増え、性質も一つ一つ全く違う魔術の砲撃が雨霰と降り注ぐ。やめてください!こっちはあなたと違って当たったら死んじゃうか弱い生き物なんですよ!?
…内心で弱音を吐きつつ、優先順位を瞬時につけて都度対処することした。出来ないと死んじゃうからね。仕方ないね。
◇ ◆ ◇ ◆
「今日はここまで」
ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ…。
っしゃオラァぁぁぁぁぁぁっ!!!!今日も生き残ってやったぞ!!!途中で次元魔術によるトラップまで仕掛けてきやがった時はマジで殺意が湧いたけどな!!!
…とはいえ、この特訓で自主練に必要な要素が浮き彫りになったり、研究の成果を試すことができたりするのでその点は有益なのだ。白という完全上位存在相手に組み手ができるのはメリットが極めて大きい。おかげで特訓のたびに研究が飛躍的に進む。…毎度面白がって殺しにくるのだから、礼は言わないぞ。
「お疲れ様、ユーゴーくん」
いつの間にかすぐそばにいたソフィアからいい感じに冷えた濡れタオルを渡された。…うん、もう何も突っ込まない。ちなみに俺とソフィアはお互いに公の場では今世での名前を、二人きりの時は前世の名前を呼び合うことにした。ソフィアはどちらでも良かったみたいですんなり決まって安心である。
聞いた話によるとソフィアは『嫉妬』ではなく『狂愛』なる支配者スキルを獲得しているらしい。そして俺の魂と接続しているから居場所や思考、記憶や知識やステータスなどを読み取れるんだとか…合点がいった。
「ふふっ。どうかしたの?」
「…いや、なんでもない」
「…………そう♪」
腕を組むことで浮き彫りになった肢体から急いで目を逸らすが、ソフィアは意味深に微笑むのみ。…失態だぞ、ユーゴー。
ソフィアは年齢にそぐわぬ色気と魅力を有している。どういうわけか俺の好みに沿って成長したかのように。
幼少の頃から性癖やら何やらがバレており、本人のやる気と能力があって今のソフィアへ成長しているようなのだ。…うん、そこには突っ込まないでおこう。俺のプライバシーとかは彼女にはないも同然だが、ソフィアなら悪用はしないはずだ。問題なし。
魔王軍に入ってからは毎日のようにこうやって色っぽい仕草をしたり、距離を縮めてきたりして誘惑してくるため、こちらも理性を総動員して本能を御さなければならない。責任を取り切れるかも確約できないのに、軽々と手を出すことは断じてあってはならないからだ。
…それも彼女は理解しているはずなのだが、今も妖しく微笑むばかりで誘惑の手は緩めてくれない。
『狂愛』によって思考がリアルタイムで筒抜けなので勘違いや深読み、心理戦が起こらず、最大効率かつ最大火力の誘惑を行うことが可能なのだ。お願いだからもう少し手加減してくれ…。
閑話休題。
ちなみにソフィアは『憤怒』に理性を呑まれかけていたラースとも戦ったが、
しかし、そんな懸念は彼女の言葉で打ち砕かれた。
「健吾くんはそんなことはしない人でしょう?私が分かるのは知識だけじゃありません。感情や思考だって分かるんですから。…逆に、健吾くんの隠し事をこんな形で暴いてしまってごめんなさい」
…。
………。
……………。
俺は決心した。未来が不安定な以上は軽々と約束できないが、必ずや世界を安定させてから責任をとって彼女を幸せにすると。そのために行動することに躊躇いはなかった。
冷たく濡れたタオルで身体を拭い、身なりをきちんと整えてから俺はある人物に会いに行った。
この世界でもソフィアの保護者を務めている元人間の現吸血鬼、メラゾフィスに。
◇ ◆ ◇ ◆
メラゾフィスは魔王軍の一つの軍をまとめ上げる軍団長にして、ソフィアに仕える従者の筆頭である。身分違いの恋心を抱いていたセラス夫人の忘れ形見であるソフィアを立派に育て上げると誓い、紆余曲折あってソフィアの眷属として蘇った。
主人たるソフィアだが、彼女は幼少の頃から非常に多才であった。貴族の教養教育は文句一つ言わずに黙々と取り組み、その全てを完璧にこなす。
人格にさしたる問題もなく、振る舞いは理想的な貴族のそれ。本人の意図しないところで学園中にシンパが増えているのも無理はなかった。
さらに、本人は武芸の鍛錬に特段注力していた。白というメラゾフィスには想像すらできないほどの超常の存在による拷問紛いの鍛錬を嬉々として受け、都度乗り越えていく主人の姿に彼は恐れ慄くことすらあった。
そんな貴族の手本とでも言うべきソフィアだが、一つだけ重大な問題を抱えていた。『婚約者』についてである。
ソフィアは幼少の頃から『心に決めた者がいる』という一点張りで、婚約の話を悉く蹴っていた。中にはメラゾフィスから見ても類い稀な優良婚約者がいたにもかかわらず、その全てを門前払いにしていた。
その『心に決めた者』とは具体的に誰のことを指しているのかメラゾフィスも尋ねたことがある。その時の返答はこうであった。
『夏目健吾…この世界ではユーゴー・バン・レングザンドとして生まれ変わっている殿方。全身で愛する私を正面から受け止め、全霊の愛を返してくれる男性よ』
ナツメケンゴなる人物は知らないが、後者であればメラゾフィスも耳にしたことがある。
ユーゴー・バン・レングザンド。魔族と国境を接する実力主義国家レングザンド帝国の第一皇子であり、初代剣帝の生まれ変わりとされるほどの才を持ち、頭角を表している天才なのだとか。
主人の前では言えないが、彼と主人は会ったこともなくお互いすらろくすっぽ知らないはずである。お嬢様とはいえ元伯爵令嬢と、第一皇子…失礼極まりないが『あまりにも夢を見過ぎではなかろうか?』とすら思ったこともある。
子孫を作ることが半ば義務である貴族において、これは言うまでもなく非常に大きな問題である。さりとてその他の欠点は何もない以上、強く言うに言えない。原作の世界線とはベクトル違いの問題児であり、メラゾフィスの頭痛の種となっているのがこの世界線でのソフィアであった。
◇ ◆ ◇ ◆
メラゾフィスは軍団長のために設けられた執務室にて作業をひと段落つけ、肩をぐるりと大きく回す。
ポキポキと小気味いい音を立てつつ凝り固まった身体をほぐしていると、丁重にドアが数回ノックされる。
「誰だ」
『魔王軍相談役、ユーゴーです。メラゾフィス第四軍団長がおられるとお聞きしました。入室してもよろしいでしょうか?』
「…ユーゴー?」
確かそんな名前の人間が魔王アリエルと白によってスカウトされ、自分たちの上司として着任したという知らせをつい数日前に聞いた。
主人が執着している人物と同じ名前の人物…勘違いだろうとメラゾフィスは切って捨てる。
(そんな人物がわざわざ私に?何の用だ?)
「どうぞ、お入りください」
『失礼します』
メラゾフィスは居住まいを正し、件の相談役を部屋に招き入れる。入ってきたのはソフィアと同年代くらいの少年であった。
しかしメラゾフィスは気づく。この少年が極めて異質な存在であることに。もしかするとソフィアと同類の存在なのかもしれない、とも。
(…歩き方からして途轍もない実力者。それをこの年で?長命種特有の成長速度が遅いだけだとしても、それはそれで異常。そしてこの眼と雰囲気、年齢が見た目通りだとすればあまりにも理性的すぎる)
そう分析するメラゾフィス。思考は止めないまま備え付けのソファの対面にユーゴーを座らせ、用件を聞き出すことにした。
「本日はどんなご用で?」
「はい。本日はソフィアさんの件で話を通しに来ました」
「………お嬢様の?」
「えぇ」
突然ソフィアの名前が出てきてわずかに声色に困惑が混ざるメラゾフィス。一拍置いて、ユーゴーは再び話し始める。
「『ユーゴー・バン・レングザンド』。それが私の本名です。ソフィアさんからお聞きしたことはありませんでしたか?」
「っ………!!」
思わず、といった様子でメラゾフィスは目を見開く。同名とは気づいていたが、まさか同一人物だったとは思わなかった。
しかし、そうなってくるとなぜ魔王軍などに?自国にバレれば大変な事態になるのでは?脳内でそんな疑問が乱舞するが、メラゾフィスはそれを理性を以て一瞬で鎮圧し、今最も彼に問いたいことを問うた。
「…お嬢様の件、とは?」
メラゾフィスの目は相変わらず理性的な光を宿しつつも、わずかに剣呑な光が混ざる。
目の前の男が主人の意中の人であることは理解した。だがしかし、それが主人を害する存在であれば自分は認めるわけにはいかない。
たとえ天と地ほどの実力差があろうとも、主人を守るためならば死ぬまで楯突く所存である。
「単刀直入に言います。私は彼女の想いに応え報いたいと思っております」
しかし、目の前の男にその覚悟は不要だった。彼はしっかりとメラゾフィスの目を見据え、そう言い切る。
「ただ、世界の趨勢が不安定極まりない現状ではそれを軽々に約束することはできません。しかし、世界を安定させた後は必ず責任をとって彼女を幸せにします。それをあなたにお話しすることが私の今できる最大限の義理通しです」
今通せる筋は全て通した上で一人の女性の人生を背負う責任感や周囲への義理通しから一切逃げず、真正面から向き合い、軽々と約束はしない。
そんなユーゴーの態度にメラゾフィスはしばし思考に耽る。
(責任感あり、倫理あり、甲斐性あり…性格問題なし。実力、経済力、地位、全て十分。……もはやケチのつけようがない)
考え得る主人の伴侶の条件を全てクリアし、非の打ち所がないユーゴー。更には『先行きが見えない中で軽率な約束をしない』という誠実さまで持っていると来た。
(あの時は夢物語としか思っていなかったが…お嬢様の発言は何一つとして間違っていなかった、ということか)
___流石の慧眼にございます、お嬢様。
そう内心で自分の見抜けなかったことを認め、主人の審美眼を称賛する。
そしてユーゴーに改めて向き直り…
「お嬢様を、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げた。
それに対しユーゴーもしっかりと応じたことで、ソフィアとユーゴーの婚約が非公式ながらも確定した。
余談ではあるが、この後メラゾフィスがソフィアを守れる力があるかを確かめるためにユーゴーに模擬戦を申し込み、ソフィア本人以上に磨き抜かれた異次元の強さを体感するのはまた別のお話。
◇ ◆ ◇ ◆
時はわずかに遡り、ユーゴーがメラゾフィスにソフィアとの関係の件で話を通している最中。ソフィアは二人の談合中の部屋の前におり、静かに涙を流していた。
悲しみ?否。
歓喜である。
ユーゴーが自身との将来を真剣に考えていたことは『狂愛』のスキルにて知っていたが、現に行動に移されると感極まってしまったのだ。
ソフィアとて、ユーゴーが自身の誘惑に応えないのは自身を想ってくれているからだと理解している。それには共感するし感謝もしているが、それはそれとして直接的に愛してもらいたいのも事実。だからこそ、彼に刺さるよう特化した肢体、仕草、声のトーンなどの全てを駆使して誘惑しているのだ。
もちろん吸血鬼の能力である魅了など一度も使っていない。そんなもので勝負をする気などソフィアには元から存在せず、彼を誘惑する時に使うのは自身の魅力のみ、と固く決めているのである。
現に今までの人生でソフィアは一度も人の血を啜ったことがない。真祖であることから吸血衝動に駆られていないことも大きいが、吸血するのであれば相手はユーゴーのみと決めていたのもある。
だからこそ原作のように男を侍らせて魅了をかけた上で吸血したり、逆ハーレムを作って人形遊びに耽ったりはせず、平民枠ながら模範的な貴族としての風格を漂わせていた。それがまた事件を呼び、メラゾフィスの胃へ原作とは別の方向でダメージを与えているのは内緒である。
ともかく、自身の想いに応えてくれることを明言してくれたユーゴーに対し、ソフィアの思慕はより熱を帯び、粘度を増し、重量を増していた。
そしてユーゴーが話が終わったのかメラゾフィスの執務室から出てくる。すぐそばにソフィアが控えていたことを察知し、そちらへ向き直った。
「……彰子」
「健吾くん。私、とても嬉しいです」
「…今はまだ、約束はできないぞ」
「それでも、です。私も協力しますから、一緒に頑張りましょう?」
「……ああ」
ソフィアのハグをユーゴーは正面から受け止める。
ちなみにこのことがきっかけとなり、ソフィアはユーゴーの理性をよりギリギリまで誘惑して攻めるようになった。照れ隠しの一種だが、逃げられなくなり本人も腹を括った以上、ユーゴーは更に理性の働きを強めて本能を制御するのに苦心することになった。
それを見たアリエルや白はラブコメとして完全に鑑賞する構えであり、メラゾフィスは『仲がよろしくて結構』と後方腕組み保護者面をしていた。
サリエーラ国
「誠に遺憾である」
(作者に小国扱いされた挙句サラッと修正された)