魔王軍の生活が始まって四年が経つ。研究はとうとう大詰めに入り、ソフィアとの安定した未来のための布石がようやく全て出揃った。あとはこれを確実に打ち、詰将棋のようにミスなく行うだけである。
その布石の一つが今眼前で繰り広げられている戦いだ。
四脚二腕の結晶が人を歪に模倣したかのような姿をした生命体が、アリエルさんと白それぞれと一体ずつ戦っている。そう、戦っているのだ。
アリエルさんの殴打を受けて仰け反りつつも反撃する個体。白がエネルギーを収束させた拳を叩き込まれて吹き飛びながらも、そのまま立ち上がる個体。劣勢という有様ではあるものの、歴とした戦いが繰り広げられていた。
結晶生命体…造形と素材から取って『ダークダイヤモンド』と命名したそれらは、かろうじてではあるものの白やアリエルさんと戦いが成立するほどの強さを持つ。
試験運転として連れ出したそれらを見た二人が興味を持ち、俺の代わりに性能試験をやっている。
…とはいえ、効率厨の二人がわざわざ殴り合いなんて真似をしている背景には別の理由があるのだが。
「だーーーっ!!変換効率ゴミすぎでしょ!!『暴食』で食っても硬いわ消化しにくいわ得られるエネルギーゴミだわで全然元取れないんだけど!?」
「…………めんどくさい」
度々アリエルさんは『暴食』を発動してダークダイヤモンドを削り取ろうとし、白は魔眼をありったけ展開してエネルギーを吸い尽くそうとするが、あまりにも効率が悪すぎるようだ。例えるならば1の資源を得るのに100の資源を使うようなものか。…要するにエネルギー収支が大赤字なのだ。
魔術や魔法を魔力へと分解して自身の活動リソースへと変換するため、相手に物理戦闘を強いる特性。それに加えて構造を強化することでかなりの耐久性を誇っている。
現に白の打撃をモロにくらっても、ヒビは入るが決壊には至らない上にエネルギーを用いてすぐに再生する。元がダイヤモンド…つまりは炭素なのでその辺の樹木や大気から炭素を回収すればいくらでも生成可能なため、環境に優しいエコ兵器なのだ。
……あっ、白とアリエルさんが勝負を決めに行った。
一箇所に集中して攻撃を叩き込み続けている。たしかにダイヤモンドとて一箇所に応力が集中すればいつかは壊れるものね。
そして数分後、ついに亀裂が全身に及んだダークダイヤモンドが砕け散った。
「あーー!!しんどかった!!もうやらない!」
「……片付けよろしく」
それを見たアリエルさんと白が手をプラプラさせながら戦闘態勢を解く。…あの、まだ終わってないんですが…。
砕けた破片が自ずと集まって結合し、徐々に元の姿を取り戻したダークダイヤモンドが、完全に気を抜いていた二人の背後から尖った拳を叩きつける。
「おぼふっ!?」
「ごっ___」
そして二人は見事に犬神家状態となり、頭から地面にめり込んだ。ステータスの差からダメージ自体はさほどないはずだが、油断していたところにモロに衝撃を喰らったことで衝撃エネルギー自体は殺せなかった模様。
ダークダイヤモンドは丸ごと消滅させない限り半永久的に活動を続けられる優れものだ。壊したくらいでは停止しないので注意しよう!
ちなみにダークダイヤモンドは二体とも俺が機能停止させました。あのままだと白が消し飛ばしてしまうからね。何度でも作れるとはいえ、無駄に壊していいわけではない。
◇ ◆ ◇ ◆
プリプリと肩を怒らせながら去っていった二人を見届け、ダークダイヤモンドを点検する。そんなことはないとは思うが、万が一にも故障していたらまずいことになるからね。
ちなみになぜダークダイヤモンドが生まれたのかといえば、元々はスキルオーブを保管する容器をダイヤモンド製のカプセルにしたことがきっかけだった。
スキルオーブは単体では非常に脆く不安定であり、情報の塊というのもあってちょっとしたことで割れたり、すぐにエネルギーへと解けて揮発してしまうという性質があった。そこでその保護を担ったのがダイヤモンドだ。
ダイヤモンドはその分子構造から極めて硬く安定な物質であることは地球でも判明していたが、この世界ではさらに魔力を通さず遮断するという事実があった。どうにもダイヤモンドが電気を通さない理由と似た原理が働いているらしく、ダイヤモンド製のカプセルに封入した魔力は一切漏れず、劣化もしないという成果が得られたのである。
外殻の硬度はそのままに、内部は衝撃を分散する性質を付与したダイヤモンドのカプセルにスキルオーブを封入したところ、それらの問題が全て解決した。
スキルオーブはそもそもピンポン球くらいの大きさがある球体のため、そのカプセルたるダイヤモンドカプセルは中こそ空洞だが大きさはかなりのものである。
練習のために百個も千個も純ダイヤモンド球を作ったが、いつの間にか白やアリエルさんが失敗作を2〜3個ほどくすねていた。光りものが好きなのだろうか?言ってくれれば用意したのに。
そしてそれを見たソフィアが嫉妬したのか、より危ういラインの誘惑を仕掛けてくるようになった。今まで紙一重だった距離がミクロン膜一枚分となり、本能を抑えるのが大変になってきている。あんな失敗作とは別のちゃんとしたものを用意してあるから許してくれ…。
閑話休題。
ダークダイヤモンドを点検していると、近くで補佐してくれていたメラゾフィスが近寄ってくる。どうにもかなり焦っているようだが、用件はほぼわかっている。
「ユーゴー様、何度数えても連れてきていたダークダイヤモンドが一体足りません」
そしてその内容は思ったとおりのもので。
「その型番は?」
「F-83です」
想定通り。
隣でソフィアがにこにこ笑っているが、なんのことやら。
◇ ◆ ◇ ◆
「………なるほど」
ユーゴーたちの元からダークダイヤモンドの一体がいなくなったことが判明してから少し時間が経った頃。世界の文明とはかけ離れた技術力が詰まった空間に一人のエルフが作業をしていた。
エルフのすぐそばの空間には機能を停止し、バラバラに分解されたダークダイヤモンドがいた。よく見るとそのコアのそばには『F-83』と書かれている。製作者の刻んだ型番のようなものだろう。
「メインの構造は水晶…そしてコアはダイヤモンドか。性能は目を見張るものがあるが、量産するにはコストがかかりすぎるな。少数生産するのであれば問題はないか」
「この機構は…ほう、魔力を自身のエネルギーへと変換するのか。効率は悪いが…む?このログ……もしや、完成形が別にあるな?」
「ふむ、全体的な魔力回路にムラがあるな。発想自体は面白いが、不安定。…問題ない。私ならば完成形をさらに発展させられる」
あたかも技術を品評するように、それに詰め込まれたであろう技術を解析していく。その度に目を細めるのは、己とは別方面の、しかして己より確実に格下の技術を『貰ってやろう』という意思の表れか。
だが解析が進み、コアの解析に取り掛かった途端、エルフの目がくわっと見開かれる。
「っ!!これは……MAエネルギーの外部供給装置か!!欲しい。欲しい、欲しい欲しい欲しい!!!技術は未完成だが、完成形が必ずあるはずだ!!」
ずっと欲しかったものが目の前に転がり込んできたかのように、そのエルフの表情は喜色満面といった有様であった。
熱に浮かれ、澱んだ妄執と欲求に染まった瞳には、この夢の技術を手に入れ全知全能の存在になった自分の姿が映っていた。そしてその未来が来ることを、エルフは疑いもしていなかった。
「アリエルや白がこんな技術を考えつくとは思えん。だとしたら候補はあの三人のどれか…いや、この際誰かなどどうでもいい。三人まとめて攫ってしまえばいい」
熱で浮かれた表情を取り繕い、緻密に計算する。万が一にも邪魔が入ることによって己の崇高なる計画に水を差されないように。
「三人のうち二人は生意気にも支配者権限を手に入れたのか鑑定は通らなかったが…一人は手に入った。ユーゴー…奴には「n%I=W」のスキルがあったことから転生者で確定。ステータスはゴミ同然であったし、オカのやつにリークすればいいか」
___ユーゴーとやらを確保すれば、芋蔓式に二人も釣れるだろうしな。
そう呟くエルフの表情は脳面のように無表情だったが、声色には冷酷な戦術家のような響きが混ざっていた。
かくして道化は踊る。その先が火刑台であるとも知らずに。
◇ ◆ ◇ ◆
「___どうだ?」
「………少なくとも、私が分かる範囲で違和感はありません」
「収奪・再授与前後の魂魄安定率変化0.0000000004%、安全域を十分下回っていますわ」
「…………なら、よし。成功だ」
ほっと一心地つく。完璧だ。セーフティを多重にかけていたために万が一があっても即座になんとかできる体制を整えていたが、結果は大成功。『支配者スキルを人間から切り離し、再び授与して違和感なく再稼働させる』という実験は成功に終わった。
「おめでとうございます、ユーゴー様、お嬢様」
「……お前のおかげだメラゾフィス。その忠義に全霊の感謝を」
「…光栄の至り」
人間相手に支障や後遺症なく支配者スキルを奪い、再度授与する実験は成功し、これにて全てのピースが完全に出揃った。
___狩りの準備は終わった。あとは、実行を待つだけだ。
「アリエルさんにあの件を提案しにいく。ついてくるか?」
「もちろん。ユーゴー君のそばが私の居場所ですもの」
「お供いたします」
…さて、彼女にとっての吉報を持って行けそうである。
◇ ◆ ◇ ◆
「…………それ、本気で言ってるのか?」
アリエルさんに話を通し、場を整えてもらった上で俺の作戦を話した。
信じられないとばかりに目を見開くアリエルさんには申し訳ないが、全て事実である。
「はい。証拠としてこちらで実演を___」
「いや、いい。お前がそんなことで嘘をつかないことくらい理解している。………そうか」
アリエルさんが長く息を吐き、俯く。しばしあたりに沈黙が満ちる。
…なんかある程度は信頼されてたみたいで少し嬉しい。
俺が話したことはこれまでの実験の成果のほとんどと、それを用いた今後の展望の提案。言葉にすればそれだけだ。
「……だけど、一つだけ」
「何でしょう」
「あのクソ野郎は私がぶちのめす。それだけは譲るつもりはないよ」
俺の目を正面から見据え、アリエルさんは断言する。…そうだよな。あなたならそういうと思っていましたよ。
だからこそ、俺は遠慮なく用意していたものを亜空間から取り出して彼女に手渡す。
「そういうと思いまして」
「…何これ?」
「やるべき練習の一覧です。一年で仕上げてもらいますので、申し訳ありませんが暇な時間とはお別れですよ」
「………」
ポティマスを確実に仕留める技術を研究ついでに開発し、それをアリエルさんに習得してもらってトドメをさす。
俺がやっても良かったのだが、それだとアリエルさんは納得できないだろうからね。それにこの技術は感情によって威力や成功率が劇的に変動する。彼女ほどポティマスの死刑執行人として相応しい存在はいまい。
パラパラと書類の束に一通り目を通したアリエルさん。そして次の瞬間口を開けて閉じ、紙束を消滅させる。さらに何度か咀嚼して嚥下し、ニヤリと笑って鼻を鳴らす。
…機密情報の扱いが徹底しているな。流石は人の上に立つ存在というだけある。
「………ハッ。ユーゴーくんさぁ、私のこと甘く見過ぎじゃないかい?この魔王少女たるアリエルちゃんをさぁ」
悪戯っぽく…否、彼女の気迫からすると研ぎ澄まされた殺意が滲むオーラを放つ笑みを浮かべ、指を三本突き立てた掌を俺に向ける。
「三日だ。三日で"殺す準備"を終わらせる。クソ野郎を確実に仕留められる手段なんだ、それだけで習得してやるさ」
___アイツへの殺意は、誰にも負けない自信があるからな。
そう言うアリエルさんからは、どす黒いが純粋なやる気が迸っているように見えた。
…だがしかし、やる気に満ちているところに冷水をかぶせることをいうのは申し訳ないが、これは言わなくてはならない。
「……すみません。一年というのは作戦開始までの準備期間という意味であって、どれだけ早く習得してもそれを待たないと始められないんです」
「……………」
アリエルさんの凶笑がビシリと固まった。
…ごめんて。
ダークダイヤモンドのステータス(裏設定)
=====
ダークダイヤモンド LV???
《ステータス》
HP:40000/40000
MP:99999/99999
(SPは無機生命体につき存在しない)
平均攻撃能力:20000
平均防御能力:99999
平均魔法能力:80000
平均抵抗能力:99999
平均速度能力:10000
《スキル》
「金剛体」「宝晶体」「無限再生」「吸魔」「蓄魔」
=====
金剛体:結晶構造により、物理的、魔法的な攻撃に対する防御力、耐久力、抵抗力が大幅に上がる。
宝晶体:結晶構造により、物理的、魔法的な攻撃を全身に分散し、威力を減衰させる。
無限再生:周囲の炭素を取り込み、無限に体を再構築する。
吸魔:魔力をエネルギーとして吸収する。
蓄魔:吸収したエネルギーを蓄積する。
ちなみにポティマスが鹵獲したダークダイヤモンドは開発初期段階のもののため、技術的核心部分は載っていない。