壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
ある聖女の一仕事
じめっとした空気が漂う地下に、息をひそめていた男女が二人。
ぺたぺた、と何かが歩く音がする。
四足歩行の何か、犬に比べると酷く大きい。熊程度の大きさはあるだろうか。
「な。なあ……これって」
「うるさい、しゃべんないでよ……」
男女の言いあう声に反応して、獣のような何かはぴたりと動きを止める。
そして、歪に潰れた頭部が、ぎぎ、と二人の方を向いた。
舌を垂らして、目が爛々と輝いている。
ぺたり。一歩動く。
「あ、あんたがしゃべるから」
女の声に反応して、もう一歩。よく見ると、よだれが垂れているように見える。
二人は後ずさる。
「ここに来たのは、元はと言えばお前の――」
男の言葉が言い終える前に、その獣のような何かは飛び跳ねた。
口の中に見え隠れしている、大きな牙を向けて。
「あっ、あんたが食われなさいよ!」
「はあ、ふざけるな!」
迫りくる獣を前にしても、二人は言い合いをやめられず、避けることすらできない。
「喧嘩をしている場合でしょうか」
――凛とした澄んだ声が響いた。
薄暗い中でもわかる、金色の髪が揺れた。
白銀の装飾があしらわれた法衣が二人の目の前に割り込んだ。
――小柄なシスターがそこにいた。法衣とは不釣り合いなミニスカートから伸びた足が静かに地面に下ろされた。まるで先ほど蹴り上げたかのように。
こちらに飛びついてきたはずの獣の化け物は、地に伏している。
何があったのか、二人には見えなかったが、このシスターによってなんとか助けられたらしい。
「シスターさま――」
「早く逃げてもらえますか。まだあれは動きます」
振り向いたその顔は、まるで綺麗な人形のようでこの暗さによく映える色白い肌が不気味にも見えた。
「おい、早く逃げるぞ!」
「わかってるわよ!」
「……探検も、ほどほどに」
淡々と、注意するシスターの背後の方に男女二人は逃げていく。
獣はゆらりと立ち上がった。
「……はあ、またこういうのか。つーか、バケモンいるところに遊びに行くなよ」
逃げていく足音が聞こえなくなってから初めて、砕けた口調でシスターは喋った。まるで別人のように。
指先から、ぽうっと微かな光が照らした。
獣の歪な顔が見える。まるでこちらをあざ笑うように口角が上がる。
「痛い仕事は嫌いなんだよな……」
緊迫した空気とは不釣り合いに気の抜けた声で、シスターは獣の方に気だるげに向いた。震えた手を隠すように、握りしめる。
ぺたり。獣が踏み出した。
そして――再び飛び掛かる。シスターの少女に、獣の牙が迫る。
飛び掛かる獣の顔を両手で掴み、牙が寸前で止まる。
獣の巨大な体躯をその小さな体で止めている。
「ぐっ……力つっよ」
が、それでも完全には止められない。少しずつ、獣に押されていく。
獣の牙が、少しずつ少女の体に迫っていく。
――ざくっ
そして……ついにはその牙が少女の胸元につきたてられた。
「ぐあぁ……っ」
呻くような少女の声。
獣を止めようとしていた、その手の力が抜けた。
「ぐっ……うっ……」
牙が、するすると体に穴を広げていく。
「……っ」
もはや、少女の声も聞こえない。
血が、牙を伝ってぼとぼと……と地面に落ちる。
牙が、背中からその先端を見せる。手の力が完全に抜けてだらりと垂れ下がっている。
地面に滴る血が、大きく血だまりを作っている。
獣は、楽しむように何度もかみつく。穴が増えていく。
ぶんぶんと左右に首を振ると、血が飛び散った。
少女は力なく、だらりと垂れ下がって、獣に振り回されて揺れている。
ひとしきり遊んだ後、飽きた獣は牙を抜きながらそれを思いっきり振るって、壁に叩きつける。
半壊した少女の体は、重力に従って地面に落ちた。壁に血の跡がつく。
満足した獣は去ろうとして、少女だったものに背を向けて歩き出そうとして……止まった。
――何かがおかしいことに気付いた。獣は振り向く。
さっきまでの血の匂いがしない。
壁を見る。血の跡が消えていた。
牙を突き立てた時にできた血だまりも、そこにはない。
どこにも、血の赤は見えない。
――
半壊していたはずの少女の体には、傷一つない。その体は、僅かに光を纏っていた。
獣は、再び飛び掛かる。たとえ、生きていたとしても一度は殺せた相手だ。
その判断が間違っていることを、獣が気づくことはない。
なぜなら、獣は一瞬にしてその体を消し飛ばされているのだから。
「いった……」
手で埃を払いながら、僅かに顔をゆがめた少女はそれだけ呟く。
じめっとした空気の中、少女の足跡だけが鳴り響いた。もう、獣はいない。
少女は、庇うように胸元を擦った。そこにはもう傷がない。
それどころか、身についている法衣までが修復されている。牙で貫かれていたはずなのに。
「……こんなんばっかだな」
早くなった呼吸を整えてから、歩き出した。
地下から上がるために少女は階段を上る。
少しずつ、上から明かりが見えてきた。
と、その時。
まず見えたのは腕だった。それに繋がっているのはさっき逃がしたはずの男。口を大きく開けた物凄い形相のまま、胸には拳ほどの穴が開いていた。
ひゅ……っと少女の喉から音が鳴る。
「だめ、だったか」
そして、次に見えてきたのは足。そう、もう一人逃がした女の。
階段をさらに上っていくと、その女の全身が見えた。胸元は大きく裂け、白かった服が赤黒く染まっている。顔は下を向いていてよく見えない。
「……こういうときって、祈ったほうがいいのか?いや、たぶん駄目か」
小さく息を吐いて、その二つの遺体を見なかったことにして上り切った。
地下室に入るための小屋のような場所に来る。扉を開けば、外が見える。
むせ返るような、嫌な匂いが少女の鼻をついた。何かが焼け焦げたような、そんな匂いが。
少女の目の前には、ごうごうと燃える村があった。今も、火の玉のようなものが降り注いで村を焼き払っている。
「おや、ディオネさん」
低い男の声がする。少女の表情がぴしり、と強張る。
法衣を身に着けた、年配の男がやってきた。少女のものよりも遥かに細かく、精微な刺繍が施されている。
「なぜ、こんなことになっているのか聞いても?」
「この村は異端実体を隠蔽していました。なので、こうする必要があります」
「……そう、ですか。わざわざ燃やす必要が?」
「では、ヴァレンティナの代わりに、あなたが村人全員を処理してくれますか?」
「……じゃあ、帰ります」
男の言葉に、絞り出すようにして少女はなんとか返す。
そんな、少女の様子に男はくつくつと笑った。
「今は何もしませんよ。あれは、あの時だけです」
「……加虐趣味のくそ野郎」
「おや、ディオネさんはそのような言葉遣いはしませんでしたよ?教育が必要でしょうか」
少女の肩が、わずかに跳ねた。
「なんでもありません、神父様」
「できれば、枢機卿と呼んでいただきたいですね」
少女は何も答えない。男を無視して、すたすたと去っていく。
「やはり、聖女の体は有効利用するに限りますね」
最後に呟いた男の声に、少女は足を止めそうになるが、きゅっとスカートの裾を握りしめる。そして、そのまま進んでいく。
それを、男は愉快そうに眺めていた。
◇
自分の部屋で少女――ディオネは深く息を吐いた。
「あー、ガチでハードすぎる。はあ、せめてスマフォ欲しいな」
ぽふ、とベッドに突っ伏す。
「……だらしないですね」
ぎぃ、と扉が開く。一人のシスターが入ってきた。
「うるさい、こちとら死にかけてんの。動画サイトとか見せろ」
「ディオネ様はそんな粗雑な言い方はしませんよ、異界の来訪者様」
「ねえ、アクイラ。その呼び方長くない?」
「他に呼び方もないので」
「さいですか」
シスターの声に、ディオネは顔を上げてベッドに座り直した。その顔には明らかに疲労が滲んでいる。
シスター――アクイラは、用意したスープを机に置いてから椅子に腰を下ろした。
「仕事の方はどうですか?」
「ようやく、手足の長さに慣れてきたんだけど未だにミニスカは慣れないね」
ずずず、とディオネはスープに口をつける。酷い顔色が少しだけ和らいだ。
「それはディオネ様のこだわりですから」
「ってか、そもそもあの加虐趣味クソ神父加減しろよ。人が死なないからってさあ」
「……そんな悪口言う割りにはちゃんと仕事するんですね」
「いや、やらなかったら下手したらファラリスの雄牛とかされそうじゃん」
「なんですか?それ」
「即死レベルの拷問道具」
「死ぬのに拷問……?」
「見せしめ処刑道具なのかもしれんね」
と、話し終えるころにはすでにスープを飲み干していた。
「帰ってゲームしたいな」
「なんですか?それ」
「娯楽。眠いから、もうそろそろ寝るよ」
「お風呂に入ってくださいね」
「はーい」
と、元気よく返事だけしてディオネはベッドに横になった。
「聖女の仕事、過酷すぎるんだよな」
アクイラが出ていったのを見計らって、ぽつりと呟いた。
次からはたぶんもうちょいゆるめです
話の方針、どれが好き?
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緩め
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暗め
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えぐめ