壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
苦しい。体がうまく動かない。
「はっ、はっ」
息が浅い。うまく、息が吸えない。
ばくばく、と鼓動が早くなっていく。思わず、喉に手を当てた。穴が塞がっている。
というか、左腕が引っ付いている。
再生したのか。それにしては、いつもに比べて疲労感がない。
暗いところにいる。いつもの、ディオネと会う空間か?
いや、違う。このじめっとした空気は、そういう夢の空間とかじゃない。
じゃあ、ここはどこだ。
『ライ、さん……』
掠れたような、ディオネの声が聞こえた気がした。
「はーっ」
ようやく、深く息を吸えた。なんとか、早くなった鼓動が収まっていく。
辺りを見渡す。少し、薄暗い。
上を見ると、そこから光が差し込んできてる。穴が空いている?
穴に落とされでもしたか。
……にしても、今回もきつい。
イカれ神官がいくらでもいるんだから、今回は無傷かなと思ったんだけどな。
「くっそ、ついでみたいに攻撃してきやがって」
「ディオネなら、あの程度は対処できていた」
「ぎゃっ!?」
真横から声が聞こえてきて、思わず跳び跳ねた。
黒い何かがそこにいた。無造作に伸びた髪の毛、虚ろな瞳。
そして――とんてもない密度の神聖力。
「ディオネの声で、妙な真似をするな。異端と間違えて殺してしまいかねない」
イェルク、だったか。不在だった異端殲滅局のメンバー。
どこを見ているのかわからないような瞳が、こちらに向いてる……気がする。
雰囲気的には、セシルに近い気がする。何にも関心がないような、そんな感じ。
来たと思えば、急に殺してきたやつ。
少なくとも今は、危害を加えてきそうにない。
……それでも、あの痛みが恐怖を刻み付けていて、手が震えそうだった。それをなんとか堪えて、平然を装う。
「急に出てくるから仕方がないでしょう」
「別に、ディオネの真似をしろというわけではないが、まあいい。さっさといくぞ」
「えっ、どこに?」
「ここには異端実体の発生源を探しに来たんだろう?なら、その元凶に決まってるだろう」
なんだ、こいつ意外と話ができるな。
見た感じ、ぶっちぎりの狂信者だったのに。
……いやでもなあ、殺してきたんだよなあ。何かあれば、また攻撃してくるかもしれない。
死なないとはいっても痛いし、こいつの地雷を踏まないように綱渡りするしかないか。
「そもそも、これどういう状況か聞いても?」
「お前がやったんじゃないのか?」
「……何を?」
「お前の喉を貫いた後、再生したお前が殴りかかってきて、その余波で地面が崩れた」
「……なるほど?」
「その結果、俺とお前がここに落ちてきたというわけだが」
えっ、そんなことをした記憶はないんだけど。
あの後、すぐに気絶したはずだ。いつもなら、再生しながら起きるのに。
でも、そうはならなかった?
なら、もしかして。再生した後に、ディオネが体の制御を奪って、攻撃したとか?
にしても、こんな地下まで落ちるなんて。いや違うな。この空間は作られたものだ。この石壁とかは、明らかに人の手で作られている。
その場所をぶち抜いて無理やり入ったわけか。あまりにも怪しすぎる場所だ。
「お前を攻撃したのは誤算だったな」
「なんだこいつ」
「それがお前の素か」
じろり、と真っ黒な瞳がこちらを向いた。まずい、つい自然に返してしまった。
もういい、面倒だ。こっちのペースに巻き込んでやる。
イェルクの胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「そもそもさ、攻撃したのが誤算だとかそうじゃなくてまず、ごめんなさいだろ」
「何を言っている?」
「人を意味もなく、攻撃するなって言ってんだよ!いいか?治っても、痛いものは痛いんだよ!毎回、仕事連れていかれて殺されるこっちの身にもなれってこと!」
本当にいい加減にしろよ。どいつもこいつも、バカみたいに殺して来やがって。
今までの不満がたまって、ついに全部吐き出してしまった。イェルクのやつも呆気に取られている。
と、思ったが掴んでいた手を叩かれた。
「そんなに、仕事をやるのが嫌ならとっととディオネを呼び戻してしまえばいい」
「枢機卿のクソ野郎と変わらんなお前も」
「本当はディオネは起きようとしてるんじゃないのか?」
「聖女だなんだ言われてても、ボロボロになってるガキだろ。大人としては、ガキを犠牲にして帰るってのは、どうかと思うよ」
「……そうか」
もう、興味を失ったかのようにこちらを向くのをやめて、どこかへと歩きだそうとした。
こいつらにとっては、というよりも。この世界ではもうディオネは普通の子供として扱われてはいないんだろうか。
――ばーか
あの時、デコピンしたときのディオネは年相応に見えた。
……せめて、ディオネの代わりに仕事はしてやらないと。
「どこにいくんだよ」
「だから、言っただろう。元凶――魔王を探す」
「……魔王?なんか、殺され際に聞いた気がするな」
そんな、勇者とかが存在するわけではないから、ファンタジー世界の魔王のような存在ではないと思うけど。
悪魔の王だとか、そういうやつだろうか。
「俺の仕事中に、喋る異端実体と遭遇したことがある。そいつが、魔王のことを口にした」
『ワが魔王、ヨ。神官ガ、こコに、イる』
「こんな風にな」
歪な、気味の悪い声がした。
ずしずし、と何かがあるいてくる。
大きな胴体に、巨大な口。周りには、手がいくつも生えている。
異端実体、こんなところにもいたのか。
ずずず、とイェルクの下の影が伸びた。
そこから、黒い触手のようなものが生えてくる。
それが、鞭のようにしなって振るわれた。
ぽとり、と半分になった異端実体の上の部分だけが地面に落ちて、残りの下半分は倒れた。
俺を襲ったのは、これか。
「なるほど、こうやって魔王とやらがいることを聞いたのか」
「そうだ。魔王、と呼ばれる存在がおそらく元凶だ」
「ふーん。そういや、なんで俺のこと襲ったの?」
「お前の神聖力は低い。遠くからでは神官だと判断できず、敵だと思ったからだが」
「今度、もう一回やったら怒るからな」
「今回も怒っていなかったか?」
かつかつ、と二人の歩く音が響いた。
異端実体が大量に出現して、そんな場所に謎の地下があるんだから、まあたぶんここにいるんだろうけどさ。
そうやって、歩いていくと開けた場所に出た。
少し見にくいな。
手のひらに神聖力を集める。光が灯るように祈ると、光の玉がふわっと浮いて周囲を照らした。
一度、手の先に光を灯したことがある。だから、同じようなことが広範囲でできるんじゃないかと思ってやってみたけど意外といけてるんだな。
「意外と、イメージでなんとかなるもんだな」
「何もできない、ディオネの体を借りてるだけの紛い物だと思ったが、そうでもなかったか」
「いや、酷くない?ってかさ、これも神聖印でいいんだよな?」
「そうだな。どれにも属さない、光を灯すだけのものだ」
「だけって……意外と暗闇の中に光をつけるだけで、救われるもんだぞ」
だって、ずっと暗いと気が滅入るし。
そう思っていると、驚いたようにその虚ろな瞳を少しだけ開いて、イェルクはこちらを見た。
「えっ、なんか変なこと言ったか?」
「お前は聖典を読んだことがあるか?」
「いや、ないけど。……あっ、神官で読んでないから殺されるとかそういう引っ掛けだったりする?」
「いや、違うが。そうか、ならいい」
「なんなんだよ」
イェルクのやつはそれ以上喋らなかった。
光で周囲を照らしながら、開けた空間を散策した。
「うっ、うぅ……」
呻くような声が聞こえた。
「おい、誰かいるか?」
急いで、そっちの方へ走る。少しずつ、見えてくる視界の中に、小さな影がいくつか見えた。
子供が、何人もいる。なんで、こんなところに?
「異端実体を倒していたときに、近くにいるやつが言っていた。子供と馬に乗っている時に、気付いたら子供が消えていた、と。元凶の魔王とやらは、子供を攫っていた」
「……それが、これってわけか。おい、お前ら!大丈夫か!」
近寄って、見てみるとどの子供にも外傷らしきものはない。ただ、衰弱している。生きているけど、弱っている。
どくん、と鼓動が跳ねた。
そうだよな。この体は、聖女のものだ。
こういうやつを助けるために生きてきたのが、きっとディオネだ。だから、俺も代わりに助けてやらないといけない。
「
神聖力を集めて、それを治癒の力として変換する。
辺りを光が包み込んだ。
光が子どもたちを覆っていく。少しずつ、顔色がましになってきた。
「"明けない夜に、光を灯したそれだけのことが、私の心を溶かしたのです"、か」
ぽつり、とイェルクが呟いた。
「なにそれ」
「聖典の一説、預言者の言葉だ」
「ふーん?」
よくわからんが、まあいいか。なんでここに捕まっているのかはわからないけど、子どもたちは大丈夫そうだし。
にしても、この子どもたちはどうしようか。運ぼうにもな、十人以上はいるし。
「――何やら光っていると思えば、神官がこんなところにまでくるとは」
低い声が、辺りに響いた。
急に体が宙に浮く。全身に軋むような痛みが走った。なんだ、これは。
何かで、殴り付けられたみたいだ。浮遊感に包まれたと思えば、全身に衝撃が伝わった。
「ぐぁ……っ」
体が、うまく動かない。
「私は魔王。神官を狩るものだ」
ずるずる、と何かが引きずる音がする。
うねうねとした気持ち悪いものが、俺の首に絡まって、そのまま持ち上げる。
「……っ」
首が絞まる。息ができない。
子どもたちはどうか。視界に映る限りでは、危害を加えられている様子はない。
影のような何かが、子どもたちをまとめて覆っている。イェルクが何かしてるのか。
そのまま、影ごと子どもたちがその場から運ばれるようにして消えていった。
なんだ、その力。運べるなら早めに言えよ。
視界がぼやける。ああ、ガキが助かったならよかったか。
そう思いながら、なんとか最後の力を振り絞って目を凝らす。
すると、一人の男性がいるのが見えた。触手のような何かがいくつも背中から生えていて、皮膚は黒く、羽根が生えている。
その姿は、枢機卿が見せた悪魔に似ている気がした。
風のように馬を駆り翔りゆく者あり