壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい   作:あまぐりムリーパー

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魔王、あるいは子供への不条理

 ずずず、と影が蠢いた。

 

 立ち込める重苦しい空気の中、イェルクは一人歩いている。

 

 影を子供に纏わりつかせて、それを操って運んでいる。

 

 魔王と名乗る存在を見て、ディオネの紛い物……異界の来訪者に押し付けても問題ないだろうと踏んで、巻き込むと面倒なので子供だけ先に連れていくことにした。

 

 そんなイェルクの頭の中を過るのは、異界の来訪者の様子だった。

 

 聖女ディオネをガキと呼び、殺しかけたような自分に対して文句を言ってきたり、聖典の一節と同じ内容を自然と口にしたり。

 

 それと、最初に殺しかけた時の様子。

 

 体が再生した後に、ゆらりと立ち上がり、イェルクを鋭い眼差しで睨んできた。

 

 あれは、恐らく怒り。いきなり攻撃してきたイェルクに怒っている。

 

 ただ、本人はそのときの記憶がないと言っている。

 

 ならば、それは異界の来訪者ではなく、中にいるディオネが起きていたのではないか。

 そんな考えが、イェルクの頭の中を過った。

 

 あの怒りはいきなり自分を攻撃してきたのではなくて、異界の来訪者を攻撃したことを怒っているのだとしたら。

 

 あれに、聖女は絆されているのではないか。

 

「おーい、聞こえるか!」

 

 レオンハルトの声が響いた。

 

 どうやら、穴の下辺りまで移動してきたらしい。

 

 魔王相手に、あいつはどうなっているだろうか。他の異端殲滅官なら、すぐに倒せているだろうが。

 

 そんな考えを振り払って、イェルクは上まで子供を運ぶことにした。

 

◇◇◇

 

 日差しが眩しい。雲一つないような天気のいい日に、暑さから逃れるように教会の中に駆け込んだ。

 

 汗を手で拭う。

 

「ディオネさまー!」

「もう、元気ですね。何があったんですか?」

 

 教会に走ってきた子供を受け止める。

 

「あのね、おとーさんが捻挫してて」

「わかりました。じゃあ、お姉さんがここから治しちゃいますね」

「えっ、ここから?」

「実は、私ってすごいんですよ?」

 

 ぱちん、と目を瞬かせてウインクする。

 

 ……なんだ、この景色は。さっき、首を絞められていたはず。

 

 これは、ディオネの記憶か。俺の知ってる、擦りきれてしまったディオネじゃない。

 

 その前の、人から頼られてみんなを助けてる時のディオネだ。

 

 手のひらに、光を集めてそれを遠方に飛ばした。えっ、それで治るのか。

 

「もう、これで大丈夫」

「えっ、これで!?」

「また、何かあったら呼んでくださいね」

 

 ふふっ、と頬が緩んでいる感覚がした。

 

 おそらくまだ、聖女だとか呼ばれてなかった頃じゃないだろうか。

 この頃の方が幸せだったんじゃないか。

 

 そもそも、聖女ってなんなのかもわからないんだけど。

 

 

 

 

「ぐっ、ふっ……」

 

 口から、くぐもった声が抜けていった。

 

 息ができない。

 視界が鮮明になっていく。

 

 薄暗い地下で、触手で首を絞められて、体がぶら下がっている。

 

 どうやら、一度気を失ってその間にさっきの光景を見たらしい。

 

 まだ、殺されてない。苦しいだけで、まだ堪えている。

 

 手で触手を掴む。気持ち悪い感触だけど、

 

 こいつらは、神聖力に弱いらしい。だったらやりようはあるんじゃないか。

 

 前に、ヴァレンティナが神聖力をぐるぐると動かしていたことがある。だったら

 神聖力の流れのようなものを操作できるわけで、流し込めたりもするんじゃないか。

 

 だから、それを確かめるように手に神聖力をため込んで、それを流し込むイメージを作る。手から、何かが流れて外に出ていく。

 

 持っている部分から、触手が少しずつ溶けていって、ぐずぐずと消えていく。

 

 ばちん、と触手が弾けとんで消えて、体が浮遊感に包まれて、そのまま地面に落下する。

 

「かはっ、いった……」

 

 地面に叩きつけられた場所が、じんじんと痛む。

 

 ようやく、息ができた。最近、こんなのばっかりだ。本当に嫌になる。

 

「少しはマシらしい、どうしたシスターよ。立ってみてはどうか?」

「……言われなくても」

 

 震える足に力を込めて立ち上がる。散々殴られたり地面に落とされたりして、全身が痛む。

 

 神聖力をぐるぐると回して、神聖印の治癒(レストレーション)を全身に行き渡るようにして、体の痛みを癒した。

 

強化(ベネディクション)

 

 神聖印の一つ、強化。身体能力を強化する。治癒以外に元から使ってた神聖印。

 

 この華奢な体でもちょっとだけ異端実体を吹っ飛ばすぐらいなら、できる。

 

 ムカつくやつだ、蹴っ飛ばしてやる。

 

 震える手をなんとか握りしめた。

 

 また致命傷を受けて、そのカウンターで倒してもいいけど、その考えを振り払う。子供の苦しそうな顔が思い浮かんだ。

 

 勝手に攫って、こんな地下に閉じ込めてやがる。だったら、まずは殴らないと気が済まない。

 

 枢機卿のクソ野郎が言っていた、この世界が不条理に包まれてるっていうのは、こういうやつのせいか。

 

「外にもわらわらいるが、お前は特別弱そうだ」

「うるさい、あんなイカれたやつと一緒にするな」

「ほう、どうにも口が悪いらしい」

 

 ぞわり、と嫌な感覚が背筋を撫でた。

 

 うねうね、と後ろで触手が動いている。失敗したらあれでボコボコにされるんだろうなと、頭の中を過って嫌な気持ちがじくじくと胸を刺した。

 

「その小さな口にこれを突っ込んでみたら、どれぐらい裂けるんだろうな」

「……妖怪口裂けシスターが誕生してしまうよ、そりゃ」

「では一度、試してみるとしよう」

 

 冷や汗を隠すように軽口で返すと、魔王が軽く笑う。

 

 触手が蠢いて、一気にこちらに放たれた。あんなのを口に突っ込もうとしてるのか?

 ……おぞましい。

 

 強化の影響で体が軽い。素早く迫ってくるそれを、ステップで避けながら魔王の方へと向かう。

 

 頬を風が撫でた。すぐ横を触手が通っていく。

 

 触手の側面を叩いて、神聖力を一気に流す。ぐずぐずと触手が溶けて、破裂した。

 

 二つ目の触手も、同じように避けて神聖力を流し込む。三つも同じようにして破壊した。

 

 意外といけそうだ。

 

祓魔(エクソシズム)は使わないのか?」

「……苦手なので」

 

 まだ、魔王は余裕そうで、表情一つ変えない。

 

 ぐっ、と地面を踏み込んで一気に魔王に近づいた。

 

 魔王の顔がよく見えた。青白くて、人と何か別の何かが混じったような顔。

 

 その顔に拳を振るった。拳がぶつかる瞬間に、一気に神聖力を放出する。

 

 異端実体も、この魔王とやらもどれだけの神聖力を食らえば消えるのかはわからない。

 でも、これだけあれば多少は――

 

 ぐりっ、と何かが腹にめり込んだ。

 

「かはっ」

 

 無理やり息が吐き出される。拳が、腹にめり込んでいる。

 そして、そのまま殴り飛ばされた。

 

「なんだ、普通に殴ってくるのかと思えば。直接神聖力をぶつけてくるとは」

 

 体が宙に浮いて、壁に激突した。背中から衝撃が伝わる。

 

「ぐぅっ、こんの……」

 

 体を急いで起こす。お腹を擦る。穴が空いてたりはしない。じゃあ、問題はない。

 

 今までの、噛みつかれたり貫かれたりするときに比べたら全然ましだ。だから、まだやれる。

 自分にそう言い聞かせる。怖いけど、大丈夫。

 

 再び触手が迫る。三本も破壊したのに、まだあるのか。

 

 足が、がくっと力が抜ける。うまく力が入らない。

 

 ……避けられないなら受けるしかない。

 

 神聖印には、防御のものも確かあったはずだ。

 

 手を突き出して、光の壁を作るようなイメージをする。

 

守護(プロテクション)

 

 神聖力を手のひらに込めて、それを突き出した。

 

「ほう」

 

 魔王が感嘆の声を上げて、口角を上げる。

 

 光の壁が、目の前に出現して触手を弾いた。

 

「できた」

 

 ホッと、一息をついている時に触手が攻撃を畳み掛ける。数本もの触手が鞭のようにしなって、何度も光の壁に打ち込まれる。

 

「よほど堅い。どうやら、攻撃は苦手でも防御は得意らしいな」

 

 初めて使ったから、そんなことは知らないけど。

 

 にしても、魔王のやつは平気そうだ。さっき、あんなにも神聖力を流し込んでやったのに、まるで効いていない。

 

 ……少しだけ観察するか。時間を稼ぐために、こいつと話すことにする。

 

「なあ、なんでお前は子供を攫ったんだ?」

「そんなことを聞いてどうする?」

 

 話している間も、触手の攻撃が止まない。すぐ壊れてしまわないか、ひやひやする。

 

「子供は恐怖を敏感に感じる。だから、彼らの恐怖を増幅してやった」

「……恐怖を増幅?」

「悪夢をずっと見せて、負の感情を増幅する。それを、怪物を生み出すための力に利用した」

「……」

 

 ここでずっと、子供たちに悪夢を?

 

 確かに、殺されるよりはいい。ずっといい。

 

 でも、子供がこんな化け物に攫われて、しかも化け物を生むために利用されてる?

 

 気持ちの悪い世界だ。

 

 ぴしり、光の壁にひびが入った。それが、砕けて割れる。

 

 迫る触手を跳んで、躱す。もう触手は破壊しない。あの野郎を直接ぶっ飛ばす。

 

 触手を足場にして、一直線に向かう。再び向かってくる触手を跳んで足場にする。

 

 踏み込んで、一気に近づく。余波で、足場の触手が崩れていく。

 

 拳を握りしめて、魔王の胸元に思いっきり拳を振り抜いた。

 

 拳の衝撃が伝わる。神聖力が流れていくのが感じる。

 

 なのに。

 

「こんなものか」

 

 魔王は平然としている。拳のぶつかっている部分が、しゅーっと白い煙が立っている。

 

 でも、それだけ。こいつ、神聖力だけでは倒せないのか?

 

 力が抜けてきた。さっきまで、こいつを殴るだけの気持ちでやっていたせいで、緊張が解けたか?

 いや、違う。体の中の何かが尽きていくような。

 

 神聖力を感じない。使いすぎた?

 

 じゃあ、どうすれば。

 

「もういいか?」

 

 腕を掴まれた。それだけで、全身に悪寒が走る。ぐぐぐ、と掴まれた腕に力が込められて軋む。

 

「……離してくれる?」

「ほう、近くで見ると悪くないな。使い道がありそうだ」

「気持ち悪いよお前」

「軽口は言えるか。もう、神聖力もろくにないのに」

「……なんで、お前そんな」

「俺は、神聖力や神聖印じゃ倒せない。知っているか?人間には、その力はあまり通用しない」

「お前、何を言って……ぐぅっ!」

 

 腕を掴む力がさらに強くなる。そのまま、首元を掴まれて、絞められる。

 くそ、こんなのに負けるなんて。

 

 なんとか、もう片方の手で首を絞める腕を掴む。力が、入らない。

 

 こいつを、早く倒さないと。いや、殺さないと。

 

『ライ、さん』

 

 ディオネの声が、聞こえた気がした。

 

 みしり、何かが砕ける音がした。

 

 手にべちゃり、と何かがついた。

 

 魔王の顔がよく見える。呆けたように、口を開けている。

 

 息ができる。首元を掴んでいた腕が、ぽとりと落ちた。

 

 ああ、そうか。握りつぶしたのか。

 

 するり、と掴まれた腕が解放される。力が満ちていく。

 これはまるで、致命傷を受けたときみたいに。

 

 潰れた魔王の腕からは、だらだらと赤い何かが出ている。

 

 ずっと、魔王が何か言おうとしているけど、聞こえない。

 

 拳を握りしめた。

 

「異端殲滅局、信仰序列3位――ディオネ。あなたの魂を主の御前に引きずり出します」

 

 口が、勝手に動いた。

 

 踏み込んだ地面に亀裂が走る。

 拳を振る瞬間に、体から溢れた神聖力が辺りを満たして、体の傷が勝手に癒えていくのを感じる。

 

 穴の空いた魔王が見えて、手が赤く染まっていて。

 

 勝手に動いた体に驚いた。

 

 魔王を倒したけど、その後がどうなったのかを、あまり覚えていない。




TIPS:異端殲滅官
異端殲滅局所属の神官
ある力を使えることが入る条件らしい。あとだいたい序列が高い
ディオネ 信仰序列3位
クラリッサ 信仰序列4位
ヴァレンティナ 信仰序列5位
セシル 信仰序列7位
レオンハルト 信仰序列8位
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