壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい   作:あまぐりムリーパー

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混じり合う魂

 さらさらとペンが走る音が聞こえる。重苦しい空気の中、目の前の男が書類を書いているのを眺めていた。

 

 赤い法衣に金の装飾。枢機卿グレゴリー・コーエン。あのクソ野郎のところに再び来ていた。仕事はないが、話があるのでと呼び出されていた。何かあるごとにこいつに話をしないといけないのか。

 

「どうですか、ライ。同僚との仕事は」

 

 そう聞かれて、先日のことを思い出す。大量の異端実体をあっさり葬った異端殲滅官(エクスターミネーター)たち。もはや過剰とも言える戦力で、なんで俺が必要なのかわからない。

 

「異端殲滅局全員で行く必要がありましたか?」

「戦力的に言えば、必要ないでしょうね。それこそ、イェルク一人いれば済む話ですから」

「……では、なぜ?」

「あなたに、異端殲滅官(エクスターミネーター)たちの能力を把握してもらいたかったのと、後は勘でしょうかね」

「勘……?」

「実際、あなたがいたお陰で子どもたちを助けられましたからね」

 

 書類を書き終わって、枢機卿はペンを置いた。

 

 あの薄暗い中に、子どもたちが眠っていた。刻印がどうとか言われていたような。

 

 ……そういえばあの時、ディオネに体を操作されていたんだよな。結局、今俺が使ってるってことはそのまま取り返すことはしなかったのか。

 

 主導権は俺にあって、完全には取り返すことはできない、とかなのか?

 

 ……それはいいか。後でディオネに聞こう。

 

 それよりも子どもたちのことだ。あそこで弱っていて、なんか異端実体に利用されてたみたいだから、助けられてよかったな。

 

 本当に、子どもがバケモンに利用されてるなんて気持ちの悪い不条理だ。

 

「全員無事だったんですか?」

「ええ、あなたのお陰でね」

「私の……?」

「あなたが癒したお陰で、子どもたちに埋め込まれていた呪いの刻印を無力化されていましたからね」

「それなら、よかったですけど」

 

 ……そんな刻印あったっけ。覚えていない。ただ、子どもを助けないといけないと思って治しただけなのに。

 でも、治せたのならよかったか。

 

 ディオネがそもそも回復が得意なんだと思うから、その体を使ってるだけの俺でもそれだけ治癒できたんだと思う。

 

 呪いの刻印、か。魔王が子どもたちの恐怖を増幅するとか言っていた。それがその効果なんだろうか。

 その増幅とやらが、異端実体が出現することに関係あるのか?

 

「あなた以外に、そんなことをしそうな人は、あの時にいませんでしたから」

 

 くつくつ、と枢機卿は笑った。

 こいつも大概、異端殲滅官(エクスターミネーター)のことを信頼してなくないか?

 

「……そうですか」

「異端実体は、主に人間の感情を起点にして生まれます。だから、子どもが利用されたんでしょうね」

「魔王が、それを企てたと?」

「そうなりますね」

 

 とだけ言うと、部屋が静寂に包まれた。また、ペンが走る音がする。

 

「そういえば、どうでしたか。ディオネの力は?」

「……それはどういう意味ですか?」

「凄まじい力だったでしょう」

 

 脳裏に、魔王を倒したときのことを思い浮かべた。

 

 全身から漲る力と、魔王の腕を握りつぶして拳の一撃で倒した圧倒的な力。

 

 今まで、致命傷を受けた時に引き出していたあの爆発的な神聖力は副産物で、本来はああいうものなんだろうな。

 

「……すごい力だとは思いますが。魔王を倒すだけなら、他の異端殲滅官(エクスターミネーター)でもよかったのでは?」

「それはそうでしょうね。魔王は聞く限り、人間と悪魔との融合体。神聖力の効きにくい怪物。それでも、異端殲滅官(エクスターミネーター)の力ならどれでも有効でしょう」

「なら――」

「それでも、ディオネの拳による一撃ほど簡潔に終わらせるものはないですよ」

 

 すごい力だとは思う。でも、本来ディオネがやりたいのは、恐らくこういうことではないのに。

 

「あなたも、あれが使えれば仕事も楽にできるでしょうね」

「……それを使えるようにしろ、と?」

「別に、今のままでも私は構いませんが。使えればあなたが死ぬ必要もないでしょうから」

「……うっさ」

 

 思わずチッ、と舌打ちがでた。死ぬ仕事させてるのはお前なんだよ。

 

「おや、まだ汚い言葉も出せたんですね。てっきり、もう言えないものかと」

「……どういう意味?」

「二つの魂が一つの体に入った場合、お互いの魂はいずれ溶けあいますから。もう、ディオネと混じり合っているものかと」

 

 言葉を失った。

 

 あの時、口調が変わって女の子みたいになってしまったのはそういうこと?

 

 疲れ切っていたのか、と思っていたけど。俺の魂はディオネと混じり合っている? 

 

 そうなると、どうなるんだ。わからない。

 

 それ以降、枢機卿とは話さなかった。

 

 ずっと、頭の中を、混じり合うという言葉がぐるぐると回っていた。

 

◇◇◇

 

「で、どうしたんですか?」

 

 帰って、アクイラに髪をいじられていた。考えすぎて、ボーッとしている。

 

 俺の魂が、いずれディオネと一緒になってしまうのなら、こうやって活動しているだけでもいつしか、おかしくなってしまうのでは。

 

 ……それでも、俺が女の子みたいになったのはおかしくないか?ディオネってそんな喋り方じゃないし。

 

 いまいち、よくわからないな。

 

 髪を梳かされていくみたいに、髪をいじられてる。

 少しだけ気持ちよくてつい、うとうとしそうになる。

 

「聞いてます?」

「うー、疲れた」

「……今日、仕事してないんですよね?」

「うん、そうだよ。なんか考えすぎて、頭がぐわんぐわんする」

「まあ、疲れるのはわかりますけど」

 

 そういえば、昨日眠った後にディオネが見えたけど、あれはなんだったんだろう。あの祈りは一体。

 

 恩寵(グレイス)だとかなんだとか言ってたけど。

 

 それに、一緒に死んでしまうだとかどうとかも言ってたな。

 

 ……もしかして、ディオネのこの不死身染みた力のことかな。これがないと、俺も死んでしまうからってことか?

 

 そんなことを気にする前に、自分をなんとかした方がいいのに。それができないから、閉じこもることになってしまったんだろうけど。

 

 結局、俺とディオネの行き着く先はどうすればいいのかわからない。

 

 ディオネはどうすれば助けられるんだろうか。立ち直っても、またこのクソみたいな世界に放り出される訳で。

 

 ……結局、詰んでないか。

 

「寝てます?」

 

 アクイラが、こっちの顔を覗き込んできた。

 

 アクイラがいるんだったら、まだマシなんだけど。

 

「起きてるよ」

「……また急に女の子になるのやめてくださいね?」

「じゃあなる」

「うわっ」

 

 どうにか、ディオネの救われる道を探してあげたい。

 そう思いながら、アクイラとじゃれついて、一度全てを忘れることにした。




たぶんこの章はこれで終わり
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