壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
薄暗い道を、当てもなく歩く。
いつものように夢らしい。これも混じり合うからこそのものだろうか。
――うぅ……
呻くような声が聞こえた。
――うっ、うぅ
――ごめんなさい
――私のせいで
まるで、すすり泣くような声がいくつも。薄暗い中に、ぽつぽつと光のようなものが見えた。
ディオネ、にしては少し幼い声色で、こんな辛気臭い空間をなんとなく晴らしてやろうと、鼻歌を歌う。
「――」
歌詞もなく、ただそれらしいメロディーを、不格好ながら奏でた。
ぴたり、とすすり泣くような、懺悔をするような声が止まった。小さな光が集まってくる。よく見ると、小さな人の形に見える気がする。
そして、後ろをすたすたと歩く足音がする。たぶん、小さな子が付いてきているとかそういうことだと思うけど。ハーメルンの笛吹き男かよ。
これは、小さなディオネたちがいる、みたいなことなのか?
一通り歩き終わると、足音がぴたりと止まった。
振り向くと、そこに居心地が悪そうに曖昧に微笑むディオネがいた。
『ライさん、こんなところまで来てしまったのですね』
「どーも。さっきの小さな子たちは何?」
『あれは、私の一部というか……ここは、色々な私がいるので』
「……どういうこと?」
『その……私の色々な感情がここでは、それぞれ形になっているので』
周囲を見渡す。色々と小さな光が周囲に浮かび上がっている。
もしかして、あれもそれぞれ小さなディオネなんだろうか。
きょろきょろと見ていると、ディオネが眉を下げる。
『……あんまり見ないでほしいんですが』
「え?ごめん」
そうか。あれがそれぞれ感情なのだとしたら、心を直に覗いてるようなものか。
にしても、泣いてる子ばっかりだったんだけど。それは、悲しい感情ばっかりってことなんじゃないか?
不意に、ディオネは顔を伏せた。
『……ライさん、まだ私の中にいるつもりですか?』
「そりゃ、ディオネを放っておけないし」
『……このままだと、あなたが消えてしまうとしても?』
「それは、俺とお前の魂が混じり合ってるって話?まあ、困るよな」
『ええ。そのせいで、私の深いところまで繋がってしまっているので』
「なんかいやらしいな」
『真剣に聞いてくださいっ!』
がしっ、と俺の手をディオネが握った。掴まれた手が震えている。
『このままだと、あなたがおかしくなってしまう。その前に帰りませんか?』
「……まあ、あんまりよくないよなあ。ディオネも変になってしまうけど」
『いえ、私はそうなりません。ライさんだけが影響されます』
「えっ、マジ?」
『はい。あくまで私の体なので……なので、帰りませんか?』
ディオネの瞳が揺れた。不安そうに、こちらを見上げている。自然と上目遣いの形になる。
不意に、心が揺れそうになる。それを押し止めた。
「やだね」
『……やっぱり、ライさんはそういう人なんですね』
するり、と俺の手がディオネの手から抜けた。手を離されたみたいだ。
『"夢の中で縺れないように、子どもたちを歌で先導したのです"』
「……なにそれ」
『聖典の一節、まるでさっきのあなたのことです。……そんな人が、誰かを放って帰るわけがないですよね』
諦めたように、ポツリと呟く。
「そんな大層なことを言われても。目の前で落ち込んでる子がいたら、気になるだろ」
『……そういうところが、ダメなんです。すぐに、私の心を揺さぶってくる』
顔を上げて、震えた瞳でこちらを見た。
「なんだよ、チョロいやつみたいに」
『……デコピンで揺らぐチョロい女に関わったのは、あなたですよ』
そして、泣くのか笑うのかわからないまま、頬を緩めた。
「大人ってのは、ガキを慰めるもんだよ」
視界がぼやけた。
『ずるい』
最後に、消え入りそうな声が耳に残った。
◇◇◇
「あっ、ライさん。お寝坊なんですから」
起きると、すぐにアクイラの声がする。ふと、顔を上げると呆れたようにこちらを見るアクイラがいた。
「おはよ」
「……おはようございます」
警戒するように、じっとこちらを見てくる。
「えっ、何?」
「いえ、別に。早く支度してください」
「わーったよ、ねむっ」
「……ライさんなんですよね?」
心配そうに、アクイラがこちらを覗き込んでくる。
「えっ、そうだけど?」
「じゃあ、よかったです」
ホッと、安心したように息を吐いた。別人だと思われたのかな。
あっ、そうか。わかったぞ。
「うん。私は大丈夫」
「……っ、ライさん?」
「はい、嘘。俺は俺でーす」
「ラーイーさーん!?」
焦ったようなアクイラの顔に、思わず口角が上がった。アクイラは本当に、素直だな。
ディオネも、これぐらい普通の女の子として過ごせればいいのに。
そんな思いを胸の奥にしまって、朝の支度をすることにした。
寝巻きから着替えて、白銀の法衣に腕を通す。
不意に、噛みつかれた時の感覚を思い出した。
それから、爪で体を貫通されたとき。ヴァレンティナに焼かれたとき。
これを着るといつも、仕事で殺されたときのことを思い出してしまう。嫌な記憶だ。
でも、そういうのが記憶に残るものだしな。
アクイラの用意してくれた、朝御飯を食べてその気持ちを誤魔化した。
「あっ、すみません。通信です」
「……通信?」
アクイラが胸元の何かを取って、顔に近づける。
「すみません、アクイラです。あっ、わかりました。ディオネ様ですか?ええ、起きてますけど。わかりました」
まるで電話でもするように、一人で会話し出した後、持っている何かを胸元に戻した。
「あっ、ライさん」
「えっ、はい」
「また、仕事で来てほしいところがあるそうで――」
「いや、それよりもさっきの何?」
「えっ、通信ですけど。通信局の人からの連絡ですよ」
「……それって、遠くの人と話せるってことでいい?」
「はい。それよりも早く支度してください!」
えっ、待って。通信あるの?
アクイラに急かされて、なんとか支度を進める。髪を整えて、服装を確認した。
支度をしながら、アクイラに訊ねる。
「通信局って、異端殲滅局と同じような感じなの?」
「……部局のことなので、そうですけど。そのよくわからないやつのこと出すのやめてくれません?怖いんですけど」
皿を片付けながら、アクイラは顔をしかめる。
「なんか連絡あると、その通信局ってところから連絡が来るのか」
「例えば、上層部から直接連絡が来ることはないので、通信局を経由して来る、みたいな感じですね」
「……この世界、通信とかあるんだね。神聖印とかでできそうにないのに」
「いや、神聖印使ってるみたいですよ?」
「えっ、マジ?」
「マジです」
神聖印には四系統しかないはずで、どれも通信にはならなさそうだけど。光を灯すやつみたいに、どれにも属さないやつがあるのかな?
まあいいか。……まだ、仕事しないといけないの?
魔王を倒したのに。異端実体は、あいつが作ってたんだよな?
そもそも、どうやってできているのかわからないけど。
そんなことを思いながら、扉を開いた。
◇◇◇
暗い中に、蝋燭の火だけが見える。
甲高い声が、ずっと響いていた。
「魔王はうまくいかなかったか」
男が、ポツリと呟いた。
「異端実体は、人間の負の感情と力が結び付いた時に発生する。なら、その感情はどうすればいいか」
ぼう、と新しく蝋燭の火が点く。火に照らされて、大きな髑髏が見えた。
「魔王だけなら、神官を倒せたが。異端殲滅官を狩るなら、違うか」
ずるり、と大きな髑髏から影が伸びる。ゆらゆらと動くと、髑髏の顔が笑うように歪んだ。