壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
会話できるやつがいるとまだマシ
がたん、と馬車が揺れた。アクイラに言われた通りに仕事の現場に行くとすぐに馬車に乗せられた。
窓の外に、景色が流れていく。
あんまり好きじゃないんだよね、馬車ってさ。尻が痛いから、シンプルに。映画館に行って座りすぎた時みたいになる。
気が滅入るな。
「……」
まあ、もうひとつ気が滅入る理由がある。目の前にいるこれである。
黒い髪を無造作に伸ばした、虚ろな目の男。いつ見ても、すごい密度の神聖力だ。
どこを見ているのかわからないようなその瞳と、ふと目が合った。
「どうした?」
「ぐるるるる」
「……」
今回の仕事はどうやら、イェルクと同じらしい。
なので、ついでに威嚇しておく。無視されてるけど。
「そういや、今回の仕事って何?」
「まともだったか」
「えっ、何?」
「急に、犬みたいになっただろう」
「それはいいから」
こいつさ、ぶっちぎりで神聖力持ってそうだから、祈りまくってるバケモンだと思ってたんだけど、会話は意外とできるんだよな。
どこ見てるか、いまいちわからんのだけど。
……こうして見てみると、なぜかこっちをじっと見つめられているような気がする。
「今回の仕事は、あくまで偵察みたいなものだ」
「偵察?」
「前回、魔王を倒した結果、異端実体が多く発生することはなくなった。だから、一応他に発生していないか見る程度のものだ」
「ふーん、そっか」
「ここでは、ディオネの真似はしないのか」
「別に、俺のことを知られてるならいいだろ」
調査とかやるのか。いつもなら、勝手に場所を指定されてるんだけど、どうやって調査してるんだろうな。
ふと、窓の外を眺めた。なんとなく、揺れていく場所の中で見る外の景色は風情があるかもしれない。
そうしていると、やっぱり視線を感じる。
「……さっきから何?」
気になるので、いっそのこと聞いてやるか。そう思って訊ねてみると、驚いたようにイェルクは少し眉を上げた。
「何がだ?」
「こっちをずっと見てるから」
「なんとなくお前を観察していた」
真顔でこちらを見ている。最初に見た時はもう少し冷たい視線だったというか、何にも興味がなさそうだったのにな。
なんで、そんな興味持たれてるんだ。観察って何?珍しい生き物ってか?
「はいはい、ちゃんとした神官じゃなくて悪かったな」
「そういうわけじゃない。お前のどこに、ディオネが絆されたのか気になっただけだが」
気になる、ねえ。俺なんかがディオネと仲良くしてることが気に入らないとかか?
「さあね。夢の中でデコピンしてやっただけだよ」
――デコピンで揺らぐチョロい女に関わったのは、あなたですよ。
夢の中で、泣いてるような笑ってるような顔をしているディオネを思い出す。
きっかけは、本当にデコピンしただけだ。
けど、あいつのことをちゃんと見てたやつがいないんだろうな。きっと、聖女だなんだとか言って、ろくに子供として扱われなかっただろうし。
「……デコピン?」
俺の言葉を理解できなかったのか、イェルクは小首を傾げた。
「なんだ、お前も食らってみるか?」
「遠慮はしておくが。そうか、お前のようなやつだから、きっとディオネも認めたのか」
いつもと変わらない、無表情のままの言葉。それなのに、やけに柔らかいような声色に聞こえた。
「えっ、何。俺のこと認めたの?」
「そう言っているが」
……どういう状況?
あの地下にいるとき。俺に対してのこいつは結構辛辣だったというか、雑な扱いだった気がする。
俺が食ってかかってもあしらわれてたし。
その後、子供を助けたとかで評価が上がったとかなのか?よーわからん。
ああ、そういえば聖典の一説がどうとかも言ってたっけな。
まあ、いいか。それよりもだ。
「じゃあさ、謝って」
「……何の話だ?」
「いや、出会い頭に殺してきただろ」
「ああ、そのことか」
抑揚のない声で、呟くようにイェルクは言った。
おいおい、そんなことかみたいな言い方じゃん。よくないぞ。
「言わなかったっけ?こっちは治っても痛いものは痛いんだよ」
「そうか、すまなかったな」
「うわ、心がこもってねー」
「……では、何をすればいい?」
そう言われて、顎に手を置いて考えた。
イェルクにムカついてるところはある。急に殺してくるし。
だから、ちょっとだけやり返してもよくないか?
「よし、一発殴らせろ」
「……まあいいが」
いいんだ。
さっそく、拳を固めて振りかぶった。
ぱしんっ、と頬を殴り付けてみるとイェルクが少しよろめく。
「よし、一旦これで許してやるよ。一旦な」
はー、スッキリした。ろくでもないが、話はしてくれる方だしな。これぐらいで許してやるとするか。
枢機卿のクソ野郎に比べたら、あんまり被害受けてない気もするしな。
そう思い込んで、喉を突かれたあの嫌な感覚を胸のうちに仕舞い込んだ。
「いい拳だったな」
体勢を立て直して、イェルクは頬を押さえた。
「あっそ。あの影みたいなのでどうせガードされるかなって思ったからさ、結構本気で殴ったよ。
「影、というのはこれか」
うねうね、とイェルクの影が伸びて触手のようなものが生えてくる。
「それ、なんなん?」
「これは、
蠢いているそれから、よく見ると強い神聖力を感じている気がする。
「
「そうだ。信仰の強いものは、こうした特殊な力を得ることがある。それが、
やっぱり、そういうことか。ディオネが、俺が一緒に死んでしまうから、
あれは、それを失えばこの不死身のような肉体はなくなって、死んでしまうからってことなのか。
というか。
「……もしかしてさ、異端殲滅局の変な力って全部それか?」
「そうだ。というよりも、そのような力を持ってる神官のみが入れるものだ」
「……ガキにそんな力が宿ってるってのも嫌な世界だな」
ディオネは高校生ぐらいだ。クラリッサやヴァレンティナもそんなに変わらない気がする。レオンハルトはもう少し上だろうか。
セシルも、たぶん高校生ぐらいで、イェルクは大学生ぐらいか?
若い集団ばっかりだけど、思春期の多感な頃に祈ってばっかりいると、信仰狂いにでもなんのかな。
「ガキ、か。そういえば、お前が助けた子どもたちは全員元気だそうだ。助けたお姉ちゃんに会いたい、だとか言ってたらしいが」
「思い出し方が嫌なやつだな。にしても、そっか」
あの、薄暗い中で魔王に利用されて弱ってた子どもたち。あいつらを助けはしたけど、どうなったかはいまいち知らなかった。
でも、元気か。お姉ちゃんに会いたい、ね。お姉ちゃんではないけど、会ってやってもいいかな。
元気になった子どもたちを想像して、思わず頬が緩んだ。
ふと、視線を向けるとイェルクが目を見開いているのが見えた。
「ん、何?」
「……いいや。お前もそうしていると、まるで普通の女の子みたいだなと思っただけだ」
「――」
突然言われた言葉に少し驚いて、言葉を失った。
よっぽど、ディオネは人前では表情を殺していたからこそ、同じ顔で笑う俺がそう見えたんだろうか。
それよりも、まるで普通の人間みたいそんなことを言うイェルクに驚いた。
狂信者たちも、もしかして一皮剥けば普通の人間なんだろうか。ヴァレンティナを見てるとそうは思わないけど。
「どうした」
不思議そうにしてるイェルクにどう返していいのか悩んだ。
だから。
「口説いてんの?」
ディオネにいつしか言われた言葉を返して、誤魔化した。イェルクはただ、目を逸らして何も言わなかった。
にしても、こいつがディオネにもこんな風に話してくれてたら、もう少しマシだったかもしれないのにな。
そう思って揺れる馬車に身を任せた。