壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
馬車がゆっくりと減速する。揺れがぴたり、と止まった。
「さっきの質問についてだが」
イェルクが口を開く。
質問とかやったっけ。
「ん、何?」
「口説いてはない、と思うが」
少し予想だにしていない言葉で、思わず笑ってしまう。
「ははは、真面目かよ」
馬車を降りながら、イェルクを小突いてやる。あんな軽口をまともに考えるなんて。こいつら、まともに会話したことあるのか?
イェルクは相変わらず、虚ろな瞳を僅かに見開いて、こちらを見ている。よくわからないやつだ。
「……ど、どうも」
馬車を運転してたらしい神官が、ひきつった顔で、気まずそうにしている。小突いたところでも見られたかな。
一応、こっちもディオネみたいに微笑を浮かべて会釈で返しておいた。
ここからはちゃんとディオネの真似をしておくか。
後ろから無言で降りてくるイェルクを連れるように、とりあえず現場に向かうことにする。
ただ、なんかここは見たことがあるような気がする。
進んでいくと、焼け落ちた家屋がいくつも見える。
そうだ、ここは獣のような異端実体が地下に隠されていた場所。元々は、化け物の噂を確認しに行った男女を探すとか、そんなんだった気がするけど。
にしても、容赦ないよな教会も。村ぐるみだから全部焼いて処分するとか。
何かが込み上げてきそうになって、それをなんとか押さえ込んだ。階段に落ちてきた男女だとか、燃えていく村を思い出してしまうから。
「どうした」
不安そう……でもなく、ただこちらを気になったようにイェルクが覗き込んでくる。
「いや、調べるにしてもあなた一人でよかったのでは?」
誤魔化すように、ディオネの仮面を被る。それなりに様になってきたように思う。
「ディオネ……じゃなかった。ライまで来る必要はなかった、と言いたいのか?」
「はい」
「……それは恐らく、お前に俺の存在を強く確認させておきたかったのだろうな」
「えっ、ナルシスト?」
こいつ何。ちょっと、距離感というかそういうところがおかしくなってきたんじゃない?
俺と仲良くなろうとしてるような気がするぞ。
「そうではない。俺を脅威として認識させておきたい、と教会は思ってるんだろう」
「脅威ねえ……そりゃあもう、腕切られて喉に穴を開けられてますから、脅威ですけども」
皮肉っぽく微笑んで、イェルクにぶつけてやると、呆れたのか眉を少し下げた。
「……少し、口調が崩れていないか?」
「うるさい。で、お前を脅威として見たら、どうなんの?」
「……諦めるのか。まあ、要するに俺を止める存在になってほしい、それだけだろうな」
止める存在?
イェルクが何かしら暴れたときに、止められるのが他にいないから、とかかな。
村の中を歩くけど、別に焼け跡があるだけで別段何かがいそうな気配などもない。
ただの確認でしかないか。
「異端殲滅官は全員、凄まじい力を持つ。それでいて、教会に制御できる存在ではない。だからこそ、その信仰が教会と食い違った場合、敵対する可能性がある」
イェルクが、影からうねうねと触手のようなものを出す。それを周囲へと伸ばしていく。木の根を張るみたいに。
「例えばヴァレンティナが敵対したらクラリッサが止めるみたいな話?」
「いいや、そんなことはしなくていい。――俺一人で誰が歯向かおうと片が付く」
イェルクの言葉には淀みがない。本当に、自分一人でなんとかできる。そう思っている。
全員、規格外な力を持っていることがわかる。でも、イェルクが別段強いのか?
……確かに気付く前に殺されたようなもんだけど。
「たとえ、ヴァレンティナであれクラリッサであれ、セシルだろうとレオンハルトだろうと、俺一人で足りる。俺をなんとかできる可能性があるなら、それはディオネぐらいだ」
「……マジか、要するに今ディオネが眠ってる状態でお前のストッパーがいないってことね」
「そうだ。だから、俺が脅威であることを認識させようとしたんじゃないか?ディオネの肉体を持つお前なら、俺を止められる可能性がある」
影をそこら中に伸ばしていく。
なるほど、ディオネならこいつを止められたってことらしい。
少なくとも、この体は不死身みたいなものだ。再生する力に限度があるかもしれないけど、それまでは足止めできるだろうし。
あと、魔王を倒したときの力。何が起こったかはわからないが、腕を握りつぶして、拳で体に穴を空けていたように見えた。
それだけの力があるなら、イェルクを倒せるってことか。まー、よくわからんけど。
「――そして、痕跡を見つけた」
しゅるる、と張り巡らされた影の一部が勢いよく戻っていき、何かがイェルクの手元に手繰り寄せられてきた。
手元には、小さな彫刻のようなものが握られている。髑髏と何かが合わさったような、不気味なアイテムだ。
「何それ」
覗き込んでよく見ても、うまく何かわからない。
「これは邪教のものだ」
「邪教ねえ……悪魔崇拝みたいなことでいい?」
「おおよそ、そうだな」
そんなアイテムがここにあった。確か、この村は村ぐるみで異端実体を隠していたから、ヴァレンティナに焼かれていた。
そうなのであれば、この村は邪教との関わりがあったから異端実体と関わりが元々あったのかもしれない。
だからといって、焼かれるべきって言われると、わからないけど。
ふと、顔を上げると近くにイェルクの顔がある。そういや、こいつの持ってるこの彫刻みたいなの覗き込んでたから、間近にいたのか。
「近くにいると暑苦しい」
「……そうか」
なんか鬱陶しくなって、軽口叩いてやる。文句は言わないらしい。
こっちは殺されてたしな、ちょっとぐらいいいだろ。
でも、私はどうしてこの人とこんなに気軽に接しているんでしょうか。
別に、他の人とも話すときにはこんな風に友達のような距離感で話すようなこともないですから。
……ん?私?
ダメだ、ちょっとずつ侵食されていってるな。意外と、時間はないかもしれない。
それまでに、せめてディオネのやつをなんとかしてやる方法を考えたいな。
「どうかしたか?」
これをイェルクに気取られるのも面倒だな。
「いんや。こうやって、男同士気軽に話すみたいなこともなかったなと思って」
「お前は女だろう」
「いや、体はそうだけどな?元々、俺は男なの」
「女の中にいるのなら、それは女じゃないのか」
「人を勝手に女にするな」
なんて、軽口を叩いているけど。そのうち、このままだと魂まで女の子みたいになってしまうのは本当なんだけどな。
それだけで済むのかな。そのうち、ディオネに飲み込まれて、俺は消えてしまうのかもしれないけど。
「それなら、ちょうどいいじゃないか」
そんな悩んでる俺の様子を気にしないかのように、イェルクは続ける。悩みを表には出さないようにしてたから、気付かれてないみたいだな。
「ちょうどいいって何が?」
「お前に、任せたい神官がいるらしい」
「……任せる?」
「そうだ。様子を見てやれ、ということらしい」
「は?」
待って。待って待って。
俺はこの世界に来たばっかりで、神聖力だとかの話も最近ようやく理解できたぐらいだぞ。それなのに、そんな俺に託す?
どういうつもりだよ。
「その神官は、どうやら少年らしい。気心の知れた男ができるのがいいなら、ちょうどいいじゃないか」
そんな俺の心中を当然イェルクは理解できるはずもない。嬉しい報告みたいに続けてくる。
「……はあ」
邪教だとか、新しい神官だとか。
先がわからないことばっかりで、私は思わず大きくため息を吐いた。