壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
暗い闇の中で、光が浮かんでは消えていく。
また、夢の中にいる。座り込んでるみたいだ。
あの光たちは全部、小さなディオネかもしれない。
とん、と肩に何かがぶつかった。ちらり、と横目に何が当たったのか見てみると、ディオネの姿が見えた。
もたれ掛かるようにして、くっついている。
「……あの、ディオネさん?」
『なぁに、ライさん』
いつもよりも、柔らかい声色で返事をした。
「これは一体、どういう状況で?」
『ライさんのことを説得して帰すのは無理そうなので、一度甘えてみようかと』
「なんでだよ」
『……お兄さんがいれば、こういう感じなのかなって』
「そんな年じゃないけどな」
そう言うと、軽く笑ってさらに肩に体重を乗せてきた。今日は甘えん坊らしい。
ここは、ディオネの様々な感情がいるみたいだから、こういうディオネもいるんだろうな。
『……でも、誰にでも優しいのはよくないです』
「えっ、急に何?」
『イェルクとのあれはなんなんですか?』
肩が離れて、こちらに向いてくる。頬を膨らませて、ムッと睨み付けるように視線を細めた。
イェルクとのことに何かあったかな。
まあ、強いて言えば会話できるようになったぐらいか。
「あれって言われても、会話してただけじゃない?」
『なんか、すぐにそうやって仲良くなれてるのよくないです』
「すぐにはなれてないけどね??」
『イェルクって、誰ともろくに会話できないやつだったのに、ライさんにだけはあんな態度してて……』
「お前、結構辛辣じゃない?」
『辛辣な聖女は嫌ですか?』
見上げるような形で、いたずらっぽくディオネは微笑む。最初に比べたら、よっぽど表情が明るくなってきた。
「言うようになったね、ガキ」
『そのうち、その子供扱いもやめさせますから』
くすり、とディオネの方が緩むのが見えた。
確かに、そうやって笑ってる姿だけは聖女っぽいな思っていると、視界が歪みだした。
『……まだ消えないでくださいね』
最後に、ポツリとその言葉だけが聞こえた。寂しそうなディオネに、強がりでも一言だけ言おうとする時間もなくて、生意気なその頬を指でつついてやった。
◇◇◇
ステンドグラスから日差しが差し込む。
イェルクとの仕事が終わった翌朝、なぜか新しく呼び出されては教会本部に来ていた。
毎回思うんだけど、呼び出しが急なんだよな。そりゃ、こんなこと電話みたいに通信できないと無理って訳ね。
教会の中の、いつもとは違う場所に案内される。あのクソ野郎の場所とは違うみたいだ。
案内されてる間に、夢の中のことをふと思い浮かべた。よっぽど、ディオネは心を許してくれてるらしい。懐いた動物みたいに。
でも、あのたくさん泣いていたディオネが救えたとは思えない。
俺も結構ピンチだし、マジでどうしようかな。
……それこそ、俺のいた世界にあいつと逃避行でもするか。なんて、それぐらいしか思い付かないけど。
できたら、それでもいいか。
……よく見たら、この案内してくれる人は昨日、馬車の運転してた人じゃん。担当にされてる?
不憫な人もいるもんだな、と思っていると一つの部屋の前で止まる。
どうぞ、と案内してくれた人が手で示してくれたので、扉に手を掛けた。
――ぎぃ、と音を立てて少しずつ扉が開いていく。
「ようこそ、聖女」
赤い法衣、金の装飾が入っているそれは枢機卿の証だ。
でも、あのクソ野郎じゃない。それとは別の、初めて会う枢機卿だ。
クソ野郎、グレゴリー・コーエンよりも少し年上だろうか。刻まれた皺と白髪が、苦労を思わせる。
「いや、今は異界の来訪者――ライと呼んだ方がよかったかな?」
ただ、その厳格そうな顔とは思えないような、柔らかい笑みを浮かべた。
最初に見たときに感じた、威圧感がフッと抜けた。
「はじめまして、枢機卿」
なので、こっちも友好的に行ってやろうじゃないか。
いつも通りディオネのようにわずかな微笑を浮かべて室内に入った。
「聖女の代わりをやらせてもらっている、ライです」
「私は枢機卿のアルフ・ストラングだ」
俺の知る限り、二人目の枢機卿――アルフ・ストラングはその柔和な笑みを浮かべたまま、そう言った。
見た感じ、あのクソ野郎よりもマシそうだ。でも、何を頼まれるかわかったもんじゃない。
「それで、私への用事はなんでしょうか」
「どうも、グレゴリーのやつからは酷い仕事をさせられてるらしいが、別に私はそういうことを頼みに来たわけではない。楽にしてもらってもいいぞ」
「……それは遠慮しておきます」
……うーん、やっぱりマシそうなんだよな。
今までの俺の教会のイメージは、やっぱりグレゴリーを起因とするものだったから、酷いものだったけど、全体ではそうでもないのか?
とは言っても、枢機卿ってのは教皇の次に偉い存在な訳で。楽になんてできないんだけども。
「私の用事は、すでに聞いてるかもしれないが、君に新しい神官の面倒を見てもらいたい」
ああ、これグレゴリーじゃなくてそっちの依頼だったのか。
「私は、この世界のことをあまり知らないどころか、教会のこともあまり知らないのですが」
「問題はないだろう。何、その神官は結構優秀でね。ただ、何しろまだ経験がない分ろくに仕事を任せてもらえなくて不満みたいなんだ。だから、君が面倒を見るという形で仕事をやるなら喜んでくれるさ」
「はあ、なるほど」
優秀な神官ねえ。イェルクの話からすると、少年らしいけど。
まあ、面倒を見るだけならいいんだけどさ。子供らしいし。
でも、本当にこの世界のことよくわからんのにな。
「気が乗らないかな?たまには、異端殲滅官以外の神官とも接する機会があった方がいいと思わないか?」
「……もしかして、それが目的で?」
「さあ、どうだろう。私は君の味方ではないし、教会のやり方に異を唱える気もないが、別に君を痛め付ける気もない。それだけの話だ」
なるほど。確かに、俺の周りには狂信者以外にアクイラぐらいとしか話してない。
休日に祈りに行った時になんか騒ぎになったせいで、それ以降は他の人と話してないし。
「わかりました。やってみます」
たまには、ガキの面倒も見てやるか。……もうすでに見てない?
「そうか、それはよかった。少なくとも、異端殲滅官よりはやりやすいはずだ」
「……」
それは、そうでしょうけどね。異端殲滅局の扱い、どうなってんだよ。
「というわけで、その神官も呼んでるからここで顔を合わせておくといい」
「も、もうですか?まだ――」
心の準備ができていない、と言おうとすると扉が開いた。
後ろを振り向く。
ディオネと同じぐらいの身長の少年がいた。まだあどけなさが抜けきっていない、くすんだ灰のような髪色の少年がそこにいた。
「俺の面倒見てくれるって人?」
疑わしいものでも見るようなその瞳に、どういう対応をすべきかと考えていると、
「これが?」
その一言に、ついイラッとしてディオネの仮面が剥がれた。
「おい、ガキ。人をいきなりこれ"呼ばわり"ってのはよくないだろ」
「うわ、口悪。何、あんた。弱そうだし」
「あのな、まずは自己紹介からだろ。俺はライで、お前は?」
「……シリル。ねえ、帰っていい?」
「おいおい、まずはちゃんと話そう。なあ、優秀な神官くん?」
「うわっ、急に引っ付くな!」
予想以上に生意気なやつだったので、肩を組んで嫌がらせみたいに無理やり距離を縮める。
そうしてみると、嫌そうにしながらもそっぽ向いて、話してくれなくなった。
どころか、離れようともがいてくる。
「お前の面倒見るんだからさ、仲良くしようよ」
「別に見てくれなんて頼んでないし!」
「いや、別にこっちもお前の面倒そんな見たくないけど」
「なんなんだよ!」
嫌そうにもがいてるその様子に、思わず頬が緩んだ。
こっちに来てから、こうして雑な男同士の関係のようなものがなくて、つい楽しくなってしまった。
「どうやら、すでに仲良くなったみたいでよかった。では、今後はよろしく頼む」
まずい、まだ枢機卿の前だった。
「にしても、君は素はそんな感じだったんだな」
ついでに、素の様子までバレてしまった。
「は、はは……」
乾いた笑みで誤魔化していると、神官くん――シリルがバカにするように笑ってきたので小突いておいた。
まあ、今後の仕事は前よりは気持ちがマシかもな。