壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
ゆさゆさ、と何かに揺らされている気がする。
眠たくて、目蓋が重い。
「おい、寝るなって」
誰かの声がした。僅かに、目蓋が開く。
くすんだ灰のような色の何かが見えた。これは、髪か。その隙間から、水色の瞳が見える。
「がき?」
バカみたいに、掠れた声が出た。少しずつ、意識が覚醒していく。
シリルにもたれ掛かって、歩いている状態になってる。そうか、確か途中までは馬車で送ってもらったんだっけ。
その後、眠気が収まらなくて眠りこけてしまったのを、なんとかシリルに運んでもらってるような状態だろうか。
「起きてんじゃん、早くどいて」
「ううん……」
「いや、起きなよ。酔っ払いじゃないんだから」
「待って、起きるから」
うまく力が入らない。再生後はどうしても疲れる。事前に神聖力を使ってたせいかな。今日は普段よりも疲れてるような気がする。
気だるげな体をなんとか、力を入れて立たせる。
「んで、ここどこ?」
「あんたの家の近くらしいよ。はい、ちゃんと帰ってね」
ようやく肩の荷が下りたとばかりに、大きく息を吐くシリルに、申し訳なさとそこまで嫌そうにしなくてもよくない?という、少しムカッとした気持ちが混ざる。
「どうせなら寄ってく?」
そのせいか、ついそんなことを口に出してしまった。
ぽかん、とシリルは口を開けている。
「……あんた、危機感ないの?」
「いや別に、迷惑かけたからちょっとぐらいくつろいでもらうのもありかなと」
「大人ぶってるなら、まずそういうのやめてね」
なんだ、大人ぶってるって。こっちはちゃんとした大人だっての。とは言えず、向こうから見たら同じぐらいの年の女の子だろうしな。
ふと、シリルが何か思い付いたように口を開く。
「あんたって、その……聖女じゃないよね」
「――」
驚いて、目が開いていくのを感じる。
聖女ってのがなんなのか、俺はまだよくわかってない。称号のようなもので、別に役職とかではないってことぐらい。
だから、逆に聖女という立場での仕事もあんまりなさそうで、そうなったらそこまで知られてないだろうなと思っていた。
ディオネも、聖女って扱われてるのをあんまり好きじゃないみたいだったから、そういう仕事があったとしても、積極的に関わってはないだろうし。
だから、こいつはなんでそう思ったのかが気になる。
「いやその、もしかしたらそうなのかなと思っただけだから」
「へえ、聖女のファンなの?」
「そう言うんじゃなくて、昔見たことがあるだけで。あんたがちょっと、似てたからつい」
言い切った後に、シリルは顔を背けた。
なるほど、聖女っていうのを完全に隠してるわけじゃないから、たまにそういうこともあるのか。
「じゃあ聖女っぽい俺から、サービスとしてハグぐらいしてあげようか?」
「……だからさ、そういうのやめなよ」
「照れちゃって」
「怒るよ?」
呆れてる割りに、ちゃんと心配そうに見てくれるその様子に思わず笑みが漏れた。シリルの顔が不満そうに、ムッと顔をしかめている。これがディオネだったら、もうちょっとちょっかいかけてたけど勘弁してやるか。
「はいはい。ってか、お前強いね」
「あんたが、祓魔使えないのがおかしいだけだよ」
「だから、使わずに倒すようにしてるんでしょうが」
「……で、毎回あんな目にあってるの?」
あんな目に?
……ああ、死にかけてるってことか。
「そういうときもあるかもね」
「それはっ……そうなんだ。庇ってもらって助かったけど、あんまあんなことしないでよ」
シリルが、まるで心配するように俺の顔を覗き込んできた。
何、その反応は。ああ、そっか。後悔してるんだ。そりゃ、目の前で死にかけたしな。
よくないな、こういうの。普通、目の前で死んだらびっくりするし。狂信者たちしか周囲にいないから、そういう普通の感覚が薄れていた気がする。
「じゃあ、今度からは守ってもらうか」
「……もういいよ。すぐに茶化すし」
はあ、大きく息を吐いてそのまま歩いて行ってしまう。
と、思えば振り向いてから一言、
「今度は、あんなへましないから」
それだけ言って帰っていった。真剣な瞳に少し気圧されたけど、子供らしいかわいい責任感だなと思って笑った。
◇◇◇
「で、新しい少年を誑かして帰ってきた、と」
「言い方なんとかならない?」
疲れて、ベッドに座り込む。だらしなく、法衣を脱いだ。
「だって、肩組んだりしてベタベタしてたんですよね?」
「いや、疲れて肩を貸してもらっただけだけど」
「……あの、一応その体はディオネ様のものなので気を付けてくださいね」
「気を付けるって何?」
「距離感とかですよ」
机の上にご飯が置かれた。
「まあ、ちょっと気を付けるよ」
「……本当ですか?ライさんって、なんかそういうところ適当そうなので」
訝しげに、こちらを見てくる。
「え、そうかな。まあ、夢の中でディオネを撫でたりとか、イェルクにもパンチしたりしたけど」
スープを飲み干す。疲労感が薄まってくる気がした。
「……あの、心配になる情報しかないんですけど。なんですか、ディオネ様を撫でてるって」
「あー、まあ夢の中だから内緒にしとくか?」
「……もしかして、ディオネ様のこと狙ってます?」
そう言われて、ディオネとのやり取りを思い出す。ディオネとの距離感も、結構近いけどそれは魂の問題だとか、色々あるし。
「仲良くしてるだけだよ」
「……なんか、ライさんって人たらしな気がしてきました」
「いや、そんなことないよ。信仰序列1桁の連中とかさすがに仲良くなれないし」
「待ってください、そんな人たちと関わってるんですか!?」
「言ってなかったっけ。さっき言ったイェルクもそうだけど」
「パンチしたとか言ってませんでしたか……?」
「したけど、男同士で肩パンしてるようなもんだよね」
「ええ……」
食べ終わって、置いた食器をアクイラが片付けていく。
人たらしねえ。そんなわけないけど。
好意的なヴァレンティナも、別にディオネではない俺に興味があるだけだし。
イェルクは、まあどうだろう。態度は柔らかくなったけど、それぐらいだし。
「まあ、大丈夫だよ。私は、そんなに人と関わることないもんね」
「あ、また女の子になってる……」
「えっ、そうかな?」
「はいはい、早く支度して寝てくださいね」
あれ、無理矢理お風呂に押し込まれてる。
うーん、おかしくなってるのかな。私ってこうなってるとき違和感がないんだけどね。
裸をあまり見ないようにして、お風呂に入った。
お風呂ってぽかぽかする。お湯の中に髪が広がる。
うー、疲れた。ぶくぶく、と泡を立てる。
温かさに、少しずつ疲労感が飲み込まれていった。
◇◇◇
蝋燭が辺りを照らす。石壁に集まっている中、気味の悪い像がいくつか並んでいた。
その中を、イェルクが歩いていく。
影がぐねぐねと動いて、イェルクに続いていく。
「あら、あらあら。ここ暗いわね。うふっ」
その後ろに、流れる銀色の髪が揺れる。くすり、と妖しい笑みを浮かべてヴァレンティナが続いた。
「邪教のアジトらしき場所だが、特になにもないな」
「そうね、うふっ。それにしても、イェルクはこの前、ライと仕事したのよね?羨ましいわ」
「そうか?別に、悪いやつではないが、一緒に仕事したいとも思わないな」
「あら、そんなことを言うなんて珍しいわね。イェルクも気になるのかしら」
「そんなことはないが。思ったよりも、普通の女の子みたいに見えたことはあるが」
「……あなた、本当に気になってないかしら」
話し合う二人の後ろには、切り裂かれて燃えていった人の影がいくつも見えた。
そして、最奥にたどり着く。
「あら、酷いわね」
ヴァレンティナが赤い目をスッと細める。
その先には、法衣を纏った女性が倒れている。二の腕付近には、奇妙な模様が刻まれていた。
その女性は口を大きく開けて、白目を剥いて倒れている。
「これは、神官が狙われたのか?」
「そうなりそうね。あらあら、怖いわ。でも、売られた喧嘩は、買ってあげないといけないわ」
いつものように軽快な笑みを浮かべている、そのヴァレンティナの声色は少し固い。
「この模様は……呪いのようなものか」
ぴくり、と一瞬倒れていた女性が動いた。口の中からもごもご、と何かが蠢いている。
黒い煙のような何かが、中から湧き出してきた。
「寄生してるわね」
フッ、とヴァレンティナが息を吹き掛けるとその黒い煙に燃え広がった。女性の中から急いで逃げようと飛び出たそれは、イェルクから伸びた影にすぐに切断された。
「意外と気持ち悪そうね、邪教」
「狙われてるのが、神官かもしれないな」
呆気なく、敵を倒した二人の後ろで、蠢く影が遠くへと逃げていった。