壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
聖女の中に入ったよって話
吾輩は聖女である。名前はまだない。
……いや、あるんだけどさ。ちょっと現実逃避したくて。
ベッドから体を起こすと、正面にある姿見には綺麗な少女が映り込んでいた。
これが今の俺。元の俺とは似ても似つかない。
なんでこうなったんだ。
ある日、仕事から帰ってきてぬくぬくとお布団で寝ていたはずなのに、気付いたら知らない部屋にいた。
鏡を見ると、
いやいやまさかと思って、自分の手を見たら小さくて細いし。滑らかで色白い肌で、こういうのが白磁って言われてるやつなのかな、と現実を受け入れられないままそんなことを考えていた。
下を向くとそこには、丸みを帯びた胸元がある。一応触ってみると、ふにっと柔らかい感触がした。
乾いた笑いが漏れる。
あはは、と笑ったその声もとても自分の声ではなくて、少し高い。
姿も、手も、明らかに女の子で。
なんならミニスカートを履いているし。
「なに、これ」
と漏らす声も、凛とした澄んだ綺麗な女の子の声がして。
仕方なく現実を受け入れることにした。
……ということがあり、気付いたら知らない女の子になっていたってわけだ。
いや、参っちゃうね。本当に参ってんだけどさ。
今、俺のこの体の主はディオネという少女らしい。
そんで、そのディオネさんはどうやら聖女様とか呼ばれてるみたい。聖女様がなにかってのはよくわかんないんだけどさ、たぶん称号みたいなもんだと思う。
役職とかではなさそう。たぶんいい人ってことか?
で、件のディオネさんはどうやら、この世界で頑張った結果心が擦りきれてしまったらしい。
そのせいで、魂が沈んでしまって起きなくなってしまい、なぜかそこに俺の魂が入ってしまった……みたいなことらしい。
魂が沈むってなんだよ。
ちなみにこれは、聖女様が起きていないのはもったいないからそこら辺の人間の魂を入れるか!とした結果なんだとか。
それで、なんか知らんが俺が選ばれて操縦席に座らせたってこと。雑じゃない?
そんな、聖女様の体に素人の魂を入れたところで意味なくね?って思うじゃないですか。
でも、そうでもないんですよね。
なぜなら、この体はちょっとやそっとのことでは死にはしない。首だとか腕が千切れても、なぜか治ってしまう。
これは、説明された時に
だから、危険な場所に放り込んでおけば死にそうなぐらい痛い思いしながら仕事してね!ってやることができるんだってことね。
はた迷惑!
そもそも何このファンタジー世界は。そこらで普通に化け物が出てくるし、命が馬鹿みたいに軽いから、鬱ゲーかなって思うぐらいだよ。そんなとこに連れてくるんじゃない!
……と、愚痴を吐きながらも壊れかけた聖女様にインストールされた俺は、教会で今日も仕事をしている。
正直、やりたくないんだけど何されるかわからないしな。
……あと、聖女様と言えど、こんなやばい世界でボイコットすることをちょっとぐらいは許してやりたいし。ちょっとだけな。
……と、いうわけで今日も働くぞ。はあ。
とりあえず、着替えるか。
と、そのときに――ぎぃ、と音を立てて扉が開いた。一人の少女が入ってくる。
「あれ、ディオネ様。今日もちゃんと起きてますね?」
「さすがに慣れてきた。でもねみーわ」
「ほら、口調!異界の来訪者様はすーぐそうやって、喋り方が崩れる!」
「ごめんごめん」
「わかってないじゃないですか」
と、頬を膨らませているのはアクイラ。俺の世話をしてくれるシスターで、ディオネ本人じゃないことを知ってる数少ない一人。
見た目はかなり若い。中学生ぐらい?
ディオネはギリ、高校生ぐらいか。
ディオネに恩があるとかで、世話をしてくれてるらしい。ありがたいけどさ、中身違うやつって知ってるだろうから、ちょっと後ろめたくはあるよな。
そもそも、尊敬してた聖女様に見知らぬ男が入ってるのは気持ち悪いだろうし。
欠伸を噛み殺しながら、白銀の法衣に手を通す。
着用してる間に、アクイラに髪を整えられていた。
「ディオネ様の髪は綺麗なんですから、あんまり痛めないでくださいね?」
「髪どころか、どこも綺麗じゃない?」
「……体も見たんですか?」
「できれば、目を瞑ったままお風呂を済ませる能力がほしいね」
「変態」
「そんなこと言われても」
軽口叩いてる間は気が休まる。これからやる仕事ってハードだから。
「ディオネ様?ご飯用意しましたよ」
「あっ、ごめん。ボーッとしてた」
「シャキッとしてください!もう、どうしてこうだらしない人がディオネ様の中に入っちゃったんですか」
「それは俺も知りたいけど」
パンに手をつけた。それを持って口に運ぼうとしたときに――不意に、昨日の仕事を思い出した。
化け物が出たと噂された村、面白半分でそれを探しにいった男女二人。
胸元に突き立てられる牙、体から力が抜けていく感覚。
落ちてきた死体、ごうごうと燃える村。
嫌な気持ちがじくじくと広がって、思わず手から力が抜けた。
ぽとり、とパンが落ちる。
「もう、ディオネ様なにやってるんですか」
「ごめん、手が滑った」
「ディオネ様はこんなドジじゃないのに。異界の来訪者様、気を付けてくださいね」
「――はい、わかりました」
運良く皿に落ちたパンを拾いながら、僅かにわかる程度の微笑を浮かべて、言葉を返した。
「うわ、ディオネ様の真似はうまい」
「でしょ」
「あっ、崩れた」
「朝御飯の用意、ありがとうございます」
「……その切り替え、疲れないですか?」
なんとか誤魔化せた。パンを口に運ぶ。
日本で食べてる時と比べるとさすがに味気ないね。
今日も、仕事頑張るか。
「今日って仕事決まってた?」
「今日はですね――」
◇◇◇
いつかの記憶。
「ありがとうございます、聖女様!」
「切断された腕が治るなんて……」
「流行り病に罹った時はもう助からないかと……」
「傷が自動で治った?もしかして、異端とやらじゃないのかい?」
「……じゃあ、話を聞いてみようか。治るなら、乱暴にしても問題ないじゃねえか」
「ほうら、傷が勝手に治ったぞ。これは印じゃない異常な力だ」
「もしかして、悪魔じゃないのかい?」
「聖女を騙る魔女を殺せ!」
体に刻まれた聖女の記憶は時折こうして、頭の中をよぎっていく。
◇◇◇
――ざっざっ、と森の中を走り回る足音が響いた。
肩口から滴った血が法衣に染みる。息が荒くなる。
後ろからは、断続的に地鳴りのようなものが響いた。足音だ。
「ああ、くっそ!やっぱこういう系じゃん!」
思わず悪態をついた。どうせ、こっちの場所とかバレてるだろうし。
アクイラに告げられた今日の仕事。妙な鳴き声と足跡を見つけたからそこに行けと言われた時点で嫌な予感しかしてなかったけど、その先にいたのは化け物だったってわけだ。
毎回、呼ばれてはこういう化け物に襲われてる。
見た目は熊に似てるが、手が伸びて爪でえぐってくる。それで肩をやられた。
この世界にはこういう、普通じゃない化け物がちょいちょいいる。聞いた話によると悪魔に似たような存在らしい。
なんだっけな、"異端実体"とかよばれてるんだっけ。あの男もそう言ってたし。
「ぐぅ……っ」
びゅん、と風を切る音がした。背中がじくじくと痛む。
引っ掻かれた。好き勝手にやりやがって。
肩口を手で押さえる。手から光が溢れてきて、少しずつ痛みが引いていく。
「あー、もう……そろそろ行くか」
正直、こいつらを倒すのは簡単だ。覚悟がなかなか決まらないだけで。
あーもー、本当に嫌だ。
足音の方向に踏み込んだ。まだ背中が痛いせいで、ちょっと不恰好によろめいてるけど。
毛深い……わけじゃない。何かぼやけた黒い霧のようなものを纏った鋭く大きな爪をもった、熊のような何か。
目を引くのは異様に伸びた両手。
「来いよ、クソ異端」
こちらを凝視して……いや、目があるのかもよくわからんけど……警戒して攻撃してこない。
「
だったら、攻撃をさせるしかない。
この体は、簡単には死なないけどそれだけじゃない。
地面をグッと踏み込んで、化け物に近づく。ムカつくから顔面でも蹴ってやる。
飛び蹴りでもしてやろうと、走ってからジャンプ。この前、獣の化け物にもやったやつだ。
と、跳び跳ねた時にひゅんっ、と風を切る音がした。
視点が、空中で止まる。地面に落ちていかない。
「ごふ……っ」
腹がからじわじわと熱が広がっていく。口から何かが垂れてきて、うまく喋れない。
化け物から伸びた手が、お腹を貫いてる。痛い。
そのまま、体が垂れ下がっていた。痛い、痛い。
そして、それが乱暴に引き抜かれた。体を浮遊感が包んだ。痛い、痛い痛い。
思考がまとまらない。痛い、痛い痛い痛い。
地面が近づいてきた。
これでいい。どすん、と何かがぶつかる音と一緒に、体が揺れた。
痛みが、スッと引いた。気付かないうちに、立ってる。
地面に巻き散らかされた血が、するするとお腹に戻っていく。気付けば、お腹には綺麗な肌があるだけ。傷も何もない。
ついでに、破れた法衣までもが、綺麗に元通りに修復される。
熊のような化け物が、再び迫ってくる。
それを眺めてるだけで、知らないうちにその化け物が末端から少しずつ崩れて消えていった。
「いったぁ……」
その場にへたり込んだ。いつの間にか、口の中に溢れてる血液も消えてる。
俺が化け物を倒す方法。それは、死ぬような傷を受けること。
よくわからないが、この聖女の体は死なないだけじゃなくて、致命傷を受けたときにカウンターを決めている。
今までもそれで倒してきたし。……もうちょいましな倒し方が欲しいね。
何が起きてるかはわからない。知らないうちに相手が消えてるから。
これ、どういう力なんだよ。
「……もうちょっと、優しい仕事がしたいなあ」
一人、森の中で叶わない願い事を呟いた。
◇◇◇
いつも通り、帰ろうとすると家の近くに誰かがいるのが見えた。
アクイラでもいるのかな、と思って声を掛けようとすると夕焼けに反射する銀色の髪が見えた。アクイラじゃない……あまり顔を会わせたくないやつと出会ってしまった。
「あら、ディオネ?」
「……ヴァレンティナ」
人を小馬鹿にするように、軽く笑みを浮かべてこちらを見てくる。
「元気そうでよかったわ」
「……その確認にわざわざ来たんですか?」
「ええ、そうよ。ああやって村を焼いてたらたまに気に病むやつがいるのよね」
神官の中には、人の命を奪うことに何も思わないやつもいる。こいつも、あの男もそういうやつだ。
「じゃあ、もう用事が済みましたよね?」
「あら、冷たいわね。今日は帰るわ、やることもないもの」
「そうですか。さようなら」
「あと、無理にディオネの真似しなくてもいいわ」
「……うるさいな、はよ帰れよ」
「あはは、そっちの方が好きよ」
くすくす、と楽し気に笑いながら去っていった。
仕事終わりに、さらに疲れることをさせるのやめてくれよな本当に。
あー、明日は楽な仕事でありますように。
話の方針、どれが好き?
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