壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
いつものように、薄暗い場所にいる。今日も、ディオネの夢の中にいるらしい。
前とは違って、周囲に光がたくさん浮かんでいるように見える。
それから――周囲に踞るたくさんのディオネたち。
そのいくつかが、俺を掴んでいる。手を、足を、色んな所を掴んでいる。まるで、拘束されてるみたいに。
『ねえ、ライさん』
一人が口を開いた。それに続いて、他のディオネたちが続く。
『私は誰も救えない人なんです』
『このままだと、ライさんも失ってしまう』
『だから、どうか私に救わせてくれませんか』
どう返していいかわからなくて、押し黙った。それを否定と捉えたのか、またディオネたちが話し出す。
『私はライさんと、まだ一緒にいたい』
『でも、世界はそれを許してくれない』
『だから、私を消してでもライさんを無理やり助けます』
……消す?消すって、どういうことだ。
『一つの体に二つの魂があるから、ライさんは私に影響を受けてしまう』
『それなら、私が消えればどうなると思いますか』
「そういう解決方法は好きじゃないな」
思わず口を開いた。ディオネたちが一斉に顔を上げた。虚ろが瞳がすべてこちらを見る。
『ライさんが嫌がっても、ライさんを助けてみせます』
「子供に助けられる大人ってのも、格好がつかないだろ」
『じゃあこのまま消えるつもりなんですか?』
そこなんだよな。魂が混ざってるとかそういうことしか聞いてないんだけど、実際にどうやら俺は女の子みたいになってる瞬間があるらしい。
それも、その頻度が上がってる気がする。ただ、ちょっと違う気がするんだよな。ディオネに影響されてるんだけど、別にディオネっぽくなってるわけじゃない。
だから、もしかしたら。
「女の子みたいになるだけで済むなら、ワンチャン消えなくても済むんじゃない?って」
強がって、もしかしたらあるかもしれないぐらいの可能性の話をした。
周囲にいたディオネたちが消えていく。
そして、奥から一人のディオネが歩いてきた。
『やっぱり、ライさんはそういう道を行くんですね』
「今のシリルの面倒見るぐらいの仕事だけやるなら、ディオネに任せて帰る道を探してもよかったけど」
『……いいなあ、あの神官。ライさんと毎日気軽に話せるの』
「お前、そんなことに憧れてんの?」
『そうですよ。私には、こうやって叱ってくれたり甘やかしてくれる大人は、いなかったんですから』
曖昧にディオネは笑う。その顔はどこか悲しそうだった。
「子供扱い止めさせるって言ってたのにな」
『それとこれとは別です』
「そっか。じゃあたまには、大人っぽくなってみたらいいんじゃない?」
『ええ、ではやってみましょうか?』
僅かに、ディオネは微笑む。きっと、聖女としてのガワを被ってる時はこういう風なんだろう。
確かに、こうしてみればいつもに比べると大人っぽくはあるけど。でもあまり人間らしい表情ではないんだよな。
「聖女モードの状態で甘やかされたいってことか」
『なんか、それだとわたしが甘えたがりみたいじゃないですか』
「違うの?」
『素で話せる人が欲しいだけです』
「じゃあ、やっぱり消えてやるわけにはいかないな」
『……消えたら恨みますから』
ディオネが一歩、歩き出した。少しずつこっちに近づいてくる。
目の前まで来たディオネと目が合った。瞳が不安そうに揺れている。
『……絶対、私がライさんを助けて見せますから』
それでも、そう強く宣言した。
「やだね、ガキには救われてやんないよ」
でも、俺は別に助られたいわけじゃないしな。だから、そう返すと困ったようにディオネは笑う。
『……やっぱり、ライさんはそういう人ですよね』
「お前がただのそこら辺ですれ違ったガキでも、助けてやるよ」
『"見知らぬすれ違った魂であっても、その全てを救いたいのです"、ですか?』
「なにそれ、また聖典?」
『ええ。ライさんが、たまに預言者みたいなことを言うので、無理やり似てるものを持ってきました』
何、預言者みたいなことを言うって。……魔王の時にそんなことがあった気がするな。
「どうせならさ、駆け落ちでもする?」
ぱちくり、とディオネはただ瞬きした。そのまま固まってる。
『……かけ、おち』
「おーい、ディオネさん?」
『それって、恋人同士が逃げる時のやつですよね?』
「まあ、そんな感じではあるか」
『ライさんと、駆け落ち……?』
ぼやけた視界の中で、固まったままディオネは動かない。なんか、変な想像してやがるな。
「聖女様ってもしかしてチョロい?」
だから、薄れていく前に軽くいじってみると、声は聞こえないけど口が動いてるのが見える。
それが、『あなたにだけですよ』って言ってるんだと、なんとなくわかったから、不思議だ。
◇◇◇
ディオネのやつ、ずっと俺のことを気にかけてくれてるらしい。
まあ確かに、消えたくはないけどさ。ディオネが消えるのを許容してまで、生き残りたいってのもなんか違うよな。
この袋小路をなんとか脱出する術はないかな。
というか、神官って辞められないんかな。聖女って称号があると無理か?
「……ねえ、何余所見してんの?」
「ああ、ちょっと考え中」
「俺の面倒見るのが仕事でしょ」
ムッと、不機嫌そうな視線が抗議してきた。
「なんだ、最初は"これ"とか言ってきたのに見てほしいの?」
「……あんた、根に持つタイプ?」
「いや別に。懐かない動物みたいだなって」
「あんたの話をまともに聞こうとした俺がバカだったよ」
はあ、とシリルはため息をつく。
今日も、シリルとの仕事だ。というか、当分はシリルと一緒の仕事になるみたいだし。
というわけで、二人で現場まで歩いているんだけど、昨日に比べて、あんまりシリルが生意気じゃない。なんでだろう。
せっかくだからちょっと絡んでやるか。
「拗ねんなって。ちゃんと話聞いてやるから」
「そういうのはいいよ。っていうか、あんまり前に出ないで」
「なんで?」
「……なんかあったときに守れないからだけど」
ぷいっ、とそっぽ向いた。
なるほど、そういうことか。昨日、こいつを庇って死にそうだったから、それを気にしてるんだ。
「彼氏面?」
「……はあ、もういいよ。あんなへま二度としないし」
なんか、ずっと呆れられてる気がするな。
「そっか、頼むよナイト様」
「口が減らないとかって言われない?」
「そういうのは言われたことないな。守ってくれるらしいし、ナイト様じゃない?」
「……昨日、あんな感じだったのに元気だね」
これ、眠そうにしてもたれ掛かってたの起こられてる?しょうがないじゃん、眠かったんだから。
「まあ、お前じゃなかったら今日もテンション下がってたけど」
「……そう」
「シリルとのお仕事は楽しいなあ」
「からかうのに全力過ぎでしょ」
呆れたように目を伏せるシリルを、なんとなくからかいたくなって、軽く肩を組んだ。
散々、肩を貸してもらったりしたせいか、無理やり離されることはなかった。
◇◇◇
肩に体重を掛けられる。触れてる部分が暑苦しい。
「今日も悪魔退治か。悪魔って昨日初めて見たしな」
呑気にそんなことを言う、聖女様に似た不思議な女の子がいる。
ライ、俺――シリルの新しい上司のような人。
最初は、やけに構ってくるよくわからない人だった。なんか急にくっついてきたりしたし。危機感はなさそうだけど。
こんな人と仕事か、と思っていたけど瘴気も知らないし、本当に神官なのか疑いたくもなった。
効率の悪い悪魔の倒し方をしてたときは信じられなかった。神聖力を直にぶつけて倒していた。
祓魔が使えないって聞いてからは、理解したけど、そんな人をわざわざ悪魔祓いに連れていく教会もよくわからない。
……それよりも、驚いたのは俺を庇ったときのこと。
――完全に、体を貫通してた。どう見ても、一撃で死ぬような致命傷。
それなのに、その傷はすぐ治っていた。
最初は、
その瞬間、神聖力が爆発的に増加してた。普通、
この人は、一体なんなんなんだろう。そんな疑問が頭の中をぐるぐると回っていった。
……でも、それ以上にその後だ。やけに疲れていたのか、肩を貸さないと歩いてくれないし、そのまま疲れて寝始めるし。
さすがに、危機感無さすぎじゃない?
もたれ掛かった体温、寝息。それを無理やり覚えさせられた。今でも、ふと思い出してしまいそうになる。
こんな、人を雑な扱いしてくる割に、少し細い手足と軽い体が、なんだか変に意識させてくる。
放っておいたら、変なことにならないように、せめて少しぐらい守ってやろうとしたのに茶化してくるし。変な人。
「ん、何?」
なんとなく横目で見てると、ライが小首を傾げた。その首も酷く細く見えて、それから目を逸らす。
「せめて、勝手に死なないようにしてよ」
なんとなく、それだけ言ってみる。やっぱり、危機感がなさそうに見えるから。
結局、けらけらと笑ってまともに受け取ってはくれなかったけど。
……普段、この人の世話をしてるらしい人も大変なんじゃないかな、とそう思わずにはいられなかった。