壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい   作:あまぐりムリーパー

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神官くんの祓魔講座ー!

 かつかつ、と廊下に足音が響く。

 

 僅かに暗い廊下に、赤い法衣が通っていく。金の装飾が、建物の隙間から漏れた光が反射する。

 

 そして反対からも、同じ赤い法衣がやってくる。

 

 空気が張り詰める。お互いの視線がぶつかった。

 

「おや、アルフ」

「……グレゴリー」

 

 片や、信仰序列という枠組みから本来外れてるはずの上層部でありながら、未だに現場で戦ってる神官たちを寄せ付けないとんでもない密度の神聖力を持つ枢機卿、信仰序列2位――グレゴリー・コーエン。

 

 片や、教皇の下で日夜教会の抱える事件の采配を決めて、神官に仕事を伝達する連絡網を掌握している、異端殲滅局含めたすべての教会の情報を把握している枢機卿――アルフ・ストラング。

 

 その二人が会うことはまずない。二人とも、本来は仕事に忙殺されているはずだから。

 

「ライが今はそちらで仕事をしているようですね」

「そうだが、手放すのが惜しくなったか?」

「聖女の肉体を持つものの使い方はいくらでもあるでしょう。とはいっても、本来は治癒局に使ってもらうべきでしょうが」

 

 くつくつ、とグレゴリーは笑う。

 

「にしても、聖女の肉体に異界の来訪者の魂を入れるとは、とんでもないことをしたなグレゴリー」

「あなたも反対しなかったように思いますが」

「聖女の肉体を遊ばせておくわけにはいかないが、そこまで痛め付ける必要もなかっただろう」

「そうでしょうか。あれが一番手っ取り早いでしょう」

「もう少し、ゆっくり力の使い方を理解させてもいいだろう」

「……そのために、神官の育成のようなことを?」

 

 グレゴリーの笑みが、スッと剥がれた。小さく息を吐いて、ゆっくりとアルフを見据える。

 

「そうだ。お前は次期教皇の資格はあるかもしれないが、今そのライに任せているシリルだって変わらない」

 

 フッ、とアルフは軽く笑う。まるで、グレゴリーを見下すように。

 

「……まさか」

「ああ、シリルは恩寵(グレイス)を持ってる」

 

 ぴりぴり、とさらに空気が張り詰める。

 

 それは、緊張感だけじゃない。二人の持つ神聖力が、ぶつかって周囲に波及してる。

 

「それは、気になりますね」

「手を出すなら、こちらにも考えがあるが」

「くくく、神罰執行官(インクイジター)祓魔師(エクソシスト)で抵抗でもするつもりですか?」

「そんなことをしなくても、異端殲滅官(エクスターミネーター)を止める術ぐらいはある」

 

 そして、張り詰めた空気が解けた。

 

「そうですか。だったら、期待しておきましょう」

「そうか。お前に期待されるのも嫌な話だ」

 

 二人の枢機卿は別れて歩いていく。そこにはただ、静寂が残った。

 

◇◇◇

 

 シリルと肩を組んでいたら、なんか普通に強く拒否されてしまったので、仕方なく少し距離を取って歩く。

 

 冷静に考えるとちょっと、飛ばしすぎたか。いやでもさ、やっぱこっちでまともなやつとのコミュニケーションを取ることがないから。

 

 ちらり、とシリルの方を見る。こう見ると、少し小さめに見えるな。まあ、年もたぶん中学とかぐらいだろ。

 これから伸びるんだろうな。

 

 逆に、ディオネはそんなに変わらないだろうし。このまま俺が帰らないままだと、シリルに抜かれることもあるんだろうか。……いや、それまでには帰りたいけども。

 

「ねえ、大人ぶってるお姉さん」

 

 目的地に向かう途中、ふと思い出したようにシリルが口を開いた。

 

「その呼び方でいくの?」

「じゃあ、ライ」

「呼び捨てか、いいね」

「……あんたって、祓魔(エクソシズム)苦手なんでしょ?」

「ん、そうだけど?」

「じゃあさ」

 

 ぴたり、とシリルが止まる。その手のひらに神聖力が渦巻いているのが見える。

 こいつって、信仰序列100位なわけで、結構上澄みのはずだ。よく目を凝らしてみると、神聖力の密度が結構濃い。

 

 手のひらに集まった、神聖力に火が点る。

 

「――祓魔(エクソシズム)、教えてあげてもいいよ」

 

 火が、ぐるぐると回って消えていった。こんなに操作できるものなんだ。

 

 そもそもだけど、俺が祓魔(エクソシズム)を使えないのはディオネがそもそも苦手だかららしい。

 この場合って、使えたりするんだろうか。たぶん、俺の使える力ってわりとディオネ依存なんだよな。

 

 それでも、イェルクが言うには俺の神聖力は低いらしくて、ディオネが持ってる神聖力の総量は多そうだから、その差も気になるんだよな。

 

「ねえ、聞いてんの」

 

 ムスッ、と不満そうに睨み付けてくる。構ってもらえない子供みたいで、少し可愛げがあるように見えてきたな。

 

 わざわざ教えてくれるのも、なんかこう急に優しくなってきてて、ちょっと変だけど。ありがたいから、教わっとくか。

 

「はいはい、教えてくれるんでしょ。教えてくれよ、優秀な神官さん」

 

 了承したのに、まだ不満そうだ。なんなんだよ。

 

「まず、神聖印自体は使えるんだよね?」

「使えるよ、ほら」

 

 手に集めた神聖力を、変換して小さな光の板を作る。守護(プロテクション)の神聖印を、小さく作成した。

 

「……意外とうまいね」

「うまいとかあんの?」

「あるよ。流れる神聖力がぐっちゃぐちゃな人とかいるから」

 

 なんでだろう。これはディオネの体でやってるからなんだろうけど、使う感覚も体によって左右されるんだろうか。

 

「神聖印が使えるなら、後はイメージだね」

「イメージとか関係あるのか」

「基本的に、祓魔(エクソシズム)は聖典の内容がそのまま形になってる。例えば」

 

 シリルの周囲に、光の粒が浮かんだ。それが、やがて光の矢に変化していく。

 

「これは、神の遣いが悪魔たちを祓うための光の矢の攻撃を、人間が使えるレベルのスケールにしたものだよ」

「へえ、そういうのもあるんだね」

「だから、一回やってみてよ」

「えっ」

 

 すごい無茶振りだ。いきなりできるか?

 

「神の遣いが悪魔を追い払う、その様子をイメージしてそれに神聖力をつぎ込むんだよ」

「……」

 

 とりあえずやってみるか。

 

 目を瞑る。

 神の遣い、要は天使か。天使になったつもりで、光の矢を生み出して攻撃するようなイメージ。

 

 それに、神聖力をつぎ込んでいく。

 

 指の先が、少し暖かくなった。

 

 目を開けると光の矢の一本が指の先に、浮かんでいた。

 

「あー、その。作れたね?」

 

 困ったように、曖昧にシリルが笑う。

 なんだよ、悪いか。作れてるんだからいいだろ。

 

 ……やっぱり、苦手なんだな。でも、全く使えない訳じゃないらしい。

 

 指を振ると、光の矢が消えた。

 

「別のもやる?槍は無理だと思うけど」

「槍?あー、この前シリルが悪魔倒すときに使ってたやつね」

「あれは終末戦争の時に、救世主がいずれ使うと言われてるやつなんだけど、かなり強い神聖印だからたぶん無理だよ」

「ふーん」

 

 強い神聖印とかもあるんだな。例えば強化(ベネディクション)とか治癒(レストレーション)にもそういうのあんのかな。

 

「じゃあ、他のやつにするよ。神聖印が使いにくいときは、聖典の一節をそのまま唱えながらやった方がやりやすいってのもあるし、それでやってみる?」

「よーわからんけどそれで」

「……なんか、ライって結構雑?じゃあ、こうやって。"悪魔が扉を叩いたとき、私は蝋燭の火に祈っていました"」

 

 シリルの手に、火が点った。

 

「強化する時は、二節目があってもいいよ。"やがて、その火は私の祈りを飲み込んで、悪魔を焼き払いました"」

 

 その火が、大きくなったと思えばフッと消えた。

 

 真似するように、手に炎をイメージする。悪魔を追い払う時に、蝋燭の火に祈るように。

 

「"悪魔が扉を叩いたとき、私は蝋燭の火に祈っていました"」

 

 指先に、すぐに消えそうなほど小さな火が点く。このままだと、消えてしまう。

 

「"やがて、その火は私の祈りを飲み込んで、悪魔を焼き払いました"」

 

 火が大きくなる。指先に点っている程度だったそれが、火の玉とでも呼べるぐらいまで膨らんだ。

 

 すぐに、破裂したようになって消えたけど、それでも使うことができた。

 

「シリル、使えたんだけど」

「二節まで使って、そんなもんなのはショボいけど……うわっ!?」

「やったー!」

「急に引っ付くな!このヘンテコ女!」

 

 ずっと使えないと思ってたものが使えるようになった。そういう経験って、最近はあまりしてなかったせいで、つい嬉しくなって、シリルに飛び付くような形になってしまった。

 

 そのせいで、無理やり引き剥がされて、少し寂しい。

 

「ねえ、酷くない?」

「酷くない。あんたさ、もうちょっと距離感なんとかした方がいいよ」

「えー、でもなんか嬉しくなったし。ついやっちゃったよね」

「……テンションの振れ幅どうなってんの?」

「えっ、普通でしょ。私のテンション、おかしいかな」

「…………喋り方もおかしいんじゃない?」

 

 喋り方も?うーんそうかな。そんなつもりはないんだけど。

 

 あっ、女の子っぽくなるやつのこと?今ってそうなの?よくわかんないや。

 

 いつもって、疲れてる時になってたんだけどね。

 

 ……意外と、タイムリミットが近いのかも。

 

「こういう私は嫌い?」

 

 なんて、そんな考えを払拭するために、とりあえずからかう素振りを見せて誤魔化す。

 シリルが言葉に詰まっている。ちょっと面白い。

 

「……嫌いとかじゃないけど、別人みたいだからちょっとその、心配、みたいな」

「へーえー?そうなんだ」

「なんだよ、ニヤニヤして」

「いや?心配してくれるんだなって」

「うるさいよ、さっさと仕事するよ?」

 

 たぶん、気持ちもちょっとおかしくなっている。

 

 女の子になるだけなら、いいかと思っていたけど。性格とかそういうところにすら変化があるような。

 

 だから、心配されたぐらいで嬉しいのかもしれない。

 

 そんな変な高揚感に包まれながら、シリルにまるで先導されるように仕事の現場に向かった。

 

 そこには、数体のあまり強くない悪魔がいたぐらいで、すぐに仕事は終わった。

 

「なんか、やりづらいから明日には元に戻ってね」

 

 最後にそう言われて、解せなかったので頬をつついて帰った。

 

 少しだけ、シリルの顔が赤かった気がした。




余談ですが、本来この物語はシリルの視点からディオネと出会う話にするつもりだったので、どうしてこんなにシリルの登場が遅れてしまったんだ、になっています。

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