壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
ゆっくりと、眠気に誘われて微睡む。
体を浮遊感が包んで、ふわりと浮きそうになる。
いつものように、薄暗い夢の中に誘われて、でも疲れ果てていて、まるで雲のようにぷかぷかと浮遊して進んでいく。
はっきりしない意識のまま、光が浮き沈みしているのが見える。
すすり泣くような声と、やけに甲高い声で狂うように笑っている声や、ただ何かを唱えているような声だけが響いていく。
少しだけ、意識がはっきりしてきた気がした。
何かが胸元に触れている。さらさらとした金髪が、埋められている。
『……』
ぷかぷかと、浮いていた俺の体は急に地面に降りて、ただディオネに抱き締められていた。
「ディオネ?」
酷く掠れた声が出る。
『ライさん、もう時間がないんです』
「……そーなの?」
『ライさんが、私に影響される間隔が短くなってる。このままだと』
「消えるの?」
『消えるかは、わからないですけど……でも』
「女の子になっちゃうかー、それもありか」
『ライさん、話をちゃんと聞いてます?』
ふわふわしていて、あまり頭に入ってこない。
ディオネから解放されて、引き離される。真剣なディオネの瞳と目が合う。話を聞かない俺に困惑してるような、今の逼迫した状況に焦ってるような、そんなものが混ざった表情。
不思議な顔もできるものだなと思う。まるで、人形みたいなときもあったのに。
「……眠い」
夢の中なのに、酷い眠気が襲ってきて、うまく会話できない。
『もしかして、魂が少しずつ私に染まってきてるせいで?』
「へえ、なんかえっちだな」
『何がですか??』
「魂がディオネに染まっていくんでしょ」
『……なんかもう、ライさんがおかしくなってる。もう、しっかりしてください』
ゆさゆさと、揺らされて視界が揺れていく。なんか酔いそう。
「なんかこう、なんとかなるよディオネ」
『そんな気楽な話じゃなくてですね……』
「……目が回って気持ち悪くなってきた」
『きゃっ、ライさんっ!?』
ゆらり、と体が倒れてディオネに倒れ込んだ。ぐったりとして、体がうまく動かない。
波間に揺蕩うように、ふわふわとした気持ちのまま、小さなディオネの体がすっぽりと胸元に収まっているような気がする。
『もう、しょうがない人ですね』
細い手が、後ろに回される。こうやって、まるで甘えるように誰かに体を預けるのも、かなり久しぶりというか。ほとんどやっていなかったんじゃないだろうか。
指先から、少しずつ体の力が抜けていく。夢の中なのに、さらに眠るように。
『おやすみなさい、ライさん。今度来たときはちゃんと話を聞いてもらいますからね』
凛とした澄んだ声が鼓膜を震わせていく。心地いい響きに、さらに目蓋が重くなっていく。
『……あと、あんまり神官の人を誑かさないでくださいね』
「……誑かす?」
『やりすぎですよ、もう。私だってライさんと、あんな風に触れあってみたいのに』
見えていないのに、唇を尖らせたディオネの様子がなんとなくわかる。ここが夢だからだろうか。
触れあった温もりに、感覚を溶かされていくような気持ちがして、どろどろに溶けるように意識を手放した。
◇◇◇
「あの、なんでここに?」
「……ここにライがいるって聞いたからだけど」
完全に覚醒しきってない、半端な意識に二人の声が聞こえた。
まだ、声変わりも終えていないような少年の声がする。これは、シリルかな。
もう一つは、アクイラか。
まだ体が重たい。昨日はどうしたっけ。
そうだ、シリルに
最後に頬をつついたとき、シリルの顔が赤くなっていたような気がする。いじりがいのあるやつだな。
「あー、ライさんの被害者の神官さんですか」
「被害者って……別に迷惑かけられたわけじゃないよ。助けられたし」
「そんなこと言いつつ、ベタベタされてたんですよね?」
「……あれって、なんとかならないの?暑苦しいんだけど」
「そんなこと言いつつ、心臓が持たないってやつですよね?」
「……そう言うんじゃなくて」
「あー、そういうのいいので。ライさん、基本的にはいい人なのが質が悪いですよね」
「そうだね。でも、急に様子が変わったりするし、変にからかってくるし」
「それはきっと、ライさんがあなたと話すのが楽しいんでしょうね」
二人の会話が進んでいく。
少しずつ、頭がはっきりとしてくる。……なんか、好き勝手言われてない?
「そういや、なんであの人ミニスカートなの?」
「あー、それは普通のスカートは邪魔らしくて。走りにくいからって何回か破ったらこうなった、みたいな」
「……めちゃくちゃじゃない?」
え、ディオネがミニスカートの理由ってそうだったんだ。
まあいいか。そろそろ起きよう。
「お前ら、朝からうるさいよ」
体を起こすと、「ライさんが早く起きないからですよ」、とアクイラに窘められて、仕方なく布団から出た。
「ライさん、あんまり人とベタベタしないでくださいね?」
「じゃあ、アクイラとベタベタするー」
「一発叩いたら、起きるかな……」
「ごめん、起きてるって」
ふわあ、と欠伸が出た。じっ、とシリルがこっちを見てるのがわかる。
「よっ、シリル」
「……」
ぷいっ、と顔を背けられた。頬が少し紅潮してるような気がする。なんなんだよ。
顔を洗って、気だるげなこの気持ちをリセットする。冷たい水を浴びるだけで、体からだるさが抜けていくような気持ちがした。
「ライさん。今日は大丈夫そうですか?」
「ん、何が?」
アクイラが、こっちを覗き込んできた。心配が滲んだような不安そうな瞳が揺れている。
「……最近、ライさんってよく変になるっていうか、その――」
「――女の子みたいになってるってやつ?」
「……はい」
こくり、と頷く。下げた頭に手を乗せて、軽く撫でた。
「なんか、ディオネの魂に影響されて、女の子っぽくなっちゃうみたいなんだよね。でもまあ、大丈夫でしょ」
「……本当ですか?」
「心配ならさ、俺が無事なように祈っててよ」
「…………ライさんが悪い人なら、そのまま消えてしまえとか思えたのに」
ポツリと、小さく呟いてするりと俺の手から抜けて片付けに戻っていった。
「あんたって、いつもこんなことしてんの?」
「こんなことって?」
「……撫でたりってことだけど」
「何、撫でられたいの?」
「……はあ」
ため息をつかれたと思えば、離れていってしまった。
いや別にさ。いじりたいとかじゃなくて。聞いただけなんだけどね?
と、そんなこんなで朝の支度を終えて、間違ってシリルの目の前で着替えかけたりする事件もありながら、仕事に行くために外に出る。
シリルが前に出る形で進んでいく。隣を歩こうとすると、肩組んできたりして鬱陶しいからと一蹴されてしまった。この前のほっぺをつんつんはやりすぎたかな。
にしても、最近はシリルとの仕事をしてるけど、専ら悪魔退治をしていて、悪魔ってこんな感じなんだなーって見てるんだけどさ。
見た目が悪魔って感じなんだよな。これに比べると異端実体はかなり違う。あいつらの系統ってなんかこう、クトゥルフの神話生物みたいにキモいんだよね。きついわ。
そういう意味では、悪魔の見た目って普通なので、倒しやすそうでよかったね。まあ、異端実体の方が普通に強いしな。
そんな風に歩いていると、ふと近くの人たちが同じ衣装を着ているのが気になった。
神官の法衣とは違うけど、方向性が似ているような。
「シリル、あれって」
と、シリルの肩を叩いたときにその集団の一人の男が急にこちらを見た。口が何か動いている。
ぶつぶつ、と何か唱えているような。
そのまま、一歩踏み出してきた。何かよくわからなくて、緊張が走る。その手元に光るものが見えた。
「
手に持ったナイフが、振るわれようとしたときに、シリルがその男を蹴飛ばす。
「あんたらもやる?」
同じ衣装の集団たちは、一斉にこちらを見る。何も瞳に映ってないような無表情で。
何を言うわけでもなく、散り散りに解散して消えていった。
「大丈夫?」
振り向いたシリルに、答えようとしたときに腕にちくり、とした感触がした。
気付かれないように、ちくっとした場所の、二の腕付近を軽く触る。なぞってみると、何か変な傷があるというか。
「大丈夫。ありがと」
「……ならいいよ」
前を向いたのを確認して、腕を見た。そこには、見たことのない奇妙な模様がついている。
そこから広がっていくように、体がじわりと熱を帯びてくる。急にやってきた倦怠感に、ふらつきそうになって堪えた。
なんとなく、心配をかけたくなくてシリルにはバレないようにしよう、とそう思った。風邪かもしれない。
一応、腕のその模様に
シリルが倒したその男を、拘束して連れていってもらう。こいつと何か関係ある?偶然か。そんなことを思いながら、シリルを追う形で歩き出す。
肩を叩いて、振り向いたシリルの頬をつつく。赤らめたその様子が少し面白いな、と思うその中でどろりと、何かが体に広がっていくのを感じていた。