壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
かつかつ、と足音が響く。それが向かう先は、一つの部屋にその扉を開くと淀んだ空気が漏れ出た。
その扉の中に入るのは、一人の神官。見た目は一般的な神官と変わらないが、一つだけ違うとすれば、その法衣に少し特殊な刺繍がされている。
神官には所属がある。どの部局に所属するかによって、大まかな仕事は決まる。
例えば、祓魔局に所属する神官たち――
基本的に、何かアクシデントが起こるかもしれないので、複数人での行動が前提になってる。
だが、一人での悪魔祓いが許されるものもいる。
神罰執行局に所属する神官――
所属条件は、信仰序列100位以上であること。
「どうやら、神官たちを狙ってるらしいじゃないか」
その
神官を狙う妙な衣装の集団がいると聞いて、そのうちの一人――シリルが倒した男を取り調べに、ここに来た。
「このナイフで攻撃したんだとかな。最近、悪魔の目撃証言がある場所に、お前らみたいな人間から襲撃を受けるって話があるんだよ。目的はなんだよ」
胸ぐらを掴んで、壁に叩きつけた。そして、手に持ったナイフを見せつけた。
「どうやら、これは結構特殊な仕掛けがされてるらしいな。中身は俺たち神官が使ってるようなものより、西の方の魔術院のやつらが使ってる魔術だとかいうものに似てる」
ナイフの切っ先を、男に向ける。
「こうやって、ナイフの先から呪いのようなものを飛ばしてるのか?気味の悪いギミックだ」
ナイフを投げ捨てて、壁に押し付ける力を強くする。
すると、男がぶつぶつと何かを言い始めた。まるで、唱えてるみたいに。
それと同時に、身体中から気味の悪い煙のようなものが立ち込める。
「おい、俺が聞いてるんだぜ?何、ぶつぶつやってんだ」
――が、その煙が一瞬にして消えた。
「もう、面倒だな。多少、乱暴な手を使うか」
手に持つのは光の槍。それを乱暴に、手に突き刺した。
絶叫が室内に響き渡る。
そして、またもう一つ光の槍を手に作り上げる。
「さあ、どこまで持つか試してやるか」
不敵に、
◇◇◇
どくん、と鼓動が深く響いている。そんな気がする。頭の中がぐわんぐわんと揺れている。
「ねえ、ライ。今回はあそこらしいよ」
シリルの声が、頭の中に反響する。
体が芯の方から熱くなっているのを感じる。酷く、喉が渇いた。
「ねえ、聞いてる?」
「聞いてるよ。行くか」
そんな体の不調を誤魔化して、なんとか悟られないように振舞う。
目的地は、古びた廃墟のような建物だ。
「瘴気が濃いね」
うっ、と軽くシリルが呻いた後、握りしめた手に溜めた神聖力で周囲の瘴気を打ち消していく。
「ほら」
目を逸らしながら、シリルが手を差し伸べてきた。
「これは?」
「……なんとなく」
もしかして、気を使ってるんだろうか。さすがに、体調が悪いのはばれてるのかな。風邪でも引いたかな、本当に。
その手を取って、少し頬を緩ませる。
「お前の手、意外とごつごつしてんね」
少し、シリルが頬を紅潮させた。……なんか、そんな反応するところだったか?
シリルに導かれるように、建物の中を歩く。
下腹部辺りに熱がこもっていく。握った手が、酷く熱い。
「さっきのやつらさ、たぶん邪教だよ」
ポツリ、とシリルが話し始めた。
「神官を狙ってる邪教が最近出没してるって聞いたし、体に瘴気みたいなのがついてたから」
「へえ、そうなんだ」
「……狙われたの、ライだけど」
「それは、シリルが助けてくれたじゃん?」
「……」
黙り込んでしまった。そんなおかしなこと言ったかな。
にしても、まだ体がおかしい。倦怠感が、ずっと酷くなっていく。……病気だったら、シリルにうつってしまうかな。
少しだけ、視界がぼやけてきた。
『なあ』
頭の中で不気味な声が響いた。ディオネのものじゃない。
体が、うまく制御できない。するり、とシリルの握っていた手が抜ける。
「悪魔がいた。俺が倒すから、ライはそこで休んでなよ」
俺も仕事ぐらいするから。そう言おうとしたのに。
「わかった」
勝手に口が動いた。
向こうでシリルが戦っている。光の槍で、悪魔を一体倒したのが見える。
あいつって、やっぱ強いよな。意外と手慣れてるし。
『この体も悪くないな』
また、声が響いた。どくん、と鼓動が跳ねている。
心臓の音が酷くうるさい。体が熱を帯びてきた。
二の腕付近が、特に熱い。ふと、そこを見るとそれは変な模様のできていた場所だ。
そこが、黒く変色している。するする、と黒い何かが立ち込めている。
なんだ、これは。体が熱い。もじもじして、落ち着かない。
「し、りるぅ……」
さすがにおかしいから、シリルに相談するかと思ってると、酷く甘ったるい声が出た。
ああでも、戦闘中だったな。
そんなことを思っていると、シリルと目が合う。
『あの男がいいのか?』
また、頭の中から声がする。なんだこいつは。これのせいか?
「……ライ?ぐっ」
振り返ったシリルが俺を見て、呆然とした。その隙に悪魔からの攻撃を受けてしまう。
俺のせいで、傷ついてしまった……?
それはちょっと、許せないな。体がゆらり、とふらつく。でも、このままではいられないから。
『お前は邪教のものに攻撃を受けた。腕のがその印。我々の器だ』
また、声がした。うるさい。シリルを助けないと。
『そうだ、助けに行け。癒してやるんだ』
癒す?そっか、癒さないと。
でも、シリルは結構無事そうだ。一発もらったといっても、ガードはしていたみたいだし。
何か、手伝えないかな。
「待ってて、ライ。早く倒すから。"やがて、終末戦争で悪魔の長を、救世主は光の槍で祓いました"」
光の槍を出して、悪魔の一体を切り払った。
「"悪魔が扉を叩いたとき、私は蝋燭の火に祈っていました"」
火の玉が手に作られる。
「"やがて、その火は私の祈りを飲み込んで、悪魔を焼き払いました"」
その火が、大きく燃え上がった。
その火が放たれる前に、悪魔が飛び込んでくる。
指先に、神聖力を込めて天使が矢を放つのをイメージした。シリルの教えてもらった、祓魔。その小さな矢が打ち出されて、飛び掛かる悪魔に当たった。
動きを止めた悪魔に、シリルから放たれた火が襲い掛かる。全身を燃やして、ぐずぐずに溶けていく。
やった、シリルの役に立てた。教えてもらってよかった。
「ライ、大丈夫?」
覗き込む、シリルの顔が見える。どくん、と鼓動が高鳴る。
『さあ、早く』
そうだ、早くしないと。
「ライ、その腕のやつ……っ!?」
ぎゅっ、と抱き締めた。勝手に、体が動いている。シリルがびくり、と跳ねる。
「よく頑張ったね、シリル」
「な、なに急に。そんなことよりも……」
「ねえ、シリル。なんか体が熱くてさ」
「……やっぱライ、おかしくなってない?」
「この熱ってどうやったら収まるかな」
そのまま倒れ込んだ。
体の何かが混ざっていく。ぐるぐると、体の中に広がっている。
「……ライ」
困惑したような、顔が赤いシリルとの目が合った。
そうだ、もう発散してしまおう。何かわからないけど、そうした方がいい気がする。下腹部辺りが、ぐるぐるの何かが渦巻いているような。
『そうだ、襲え』
『そういうのは、よくないです』
『なんだ、お前は……ぐぁぁぁっ!』
ぐらり、と体が揺れた。二の腕が熱い。体の中にぐるぐると広がっていたものが急速に消えていく。
体が、スッと芯から冷えた。熱が消えていく。
『き、さま……なぜ』
頭の中で、変な声がまだ聞こえる。でも、苦しそうな声。
ああ、なんか知らないけど解決した?
……あれ、なんだこの状況。
『……もう、ライさんに変なことしないでくださいね』
……ディオネに助けてもらった感じ?
えーっと、待って。なんか、シリルが悪魔を倒してて、それをちょっと補助したような。
ああ、そうだ。体がなんか熱くて変な感じになってて、二の腕付近が煙みたいなのが出てて。
……確か、邪教のやつに襲われてシリルに守ってた時にあれがついてたよな。つまり、邪教のせいでこの変な印がついてた?
もしかして、ずっとおかしかったのはそのせい?
ふと、もう一度二の腕を見る。消えている。治ったんだ。やっぱこれのせいか。
「……ライ、どいてくれる?」
「あっ、ごめん」
そういえば、シリルを押し倒してた。いや、抱き締めてもいた……?
あれって、体を操られてて?いやその、なんかすごいことをしてしまったというか。
どいた後の、シリルの顔が赤い。……なんかそのごめん。
「ライ、もしかして悪魔に取り憑かれてた?」
「……そうなのかな」
あの変な声は、そういうことなのかな。よくわからないけど。
「……素でやってたんだったら、正気を疑うけど」
「まあその、ごめん」
悪魔に誘導されて、変な思考をしていたような。
「結局、どうなってたの?」
「なんか、体が熱くなって変な気分になったというか」
「変な気分?」
「まあその……発情みたいな?」
……うん、たぶんそういうことなんだろうな。邪教ってさ、エログロみたいなイメージあるし。エロ悪魔に乗っ取られかけてたんじゃねーか、みたいな感じだと思うんだけど。
「……あっそ」
顔を背けたシリルの、耳がふと目につく。少し赤い。なんか、本当にごめん。
もし、あれが止まらなかったらどうなっていただろうかとか。あれがもし誘導されてない思考だったりしたらだとか。
そんな余計なことが頭の中に渦巻いて、酷く鼓動が高鳴っていて。
まだ、この仕事が終わっていないのに、俺の頭の中は酷く落ち着かないままだった。