壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
埃臭い廃墟で、歩く音だけがする。気まずい沈黙だけが流れる。
俺――シリルはまだ悪魔の気配がするこの建物を歩いている。
――抱き締められた体の感触と体温、熱っぽい視線や吐息が頭の中をぐるぐると回る。思わず歯噛みした。
だって、本当はこんな目に遭わせるはずじゃなかった。ずっと守るはずだったのに。
背後で、気まずそうにライが曖昧な笑みを浮かべてる。未だによくわからない変な女の子。
思えば最初から、普通によくわからない人だった。
経験がないとかで、ろくに仕事を任せてもらえなかったときのことだった。枢機卿経由で、紹介してもらった人。
初めて見たときに、身に纏う白銀の法衣から、きっと特殊な人だろうと予想はできたけど、それでも神聖力の密度から弱そうだなと思った。
それよりも、肩を組んでくるし、変に距離感が近いし。ガキ扱いしてくるし。
……でも、ちょっとだけ悪い気はしなかった。
ガキだなんだとか、言ってくる大人はよくいたけど、ライは見下してくる感じじゃない。お兄さんとか、おじさんとかそういう感じの目線だったから。
実際に仕事をしてみても、教会のことをあまり知らなかったりとか、不思議なところばかり見つかる。
……それに、俺を庇って死にかけていた時。悪魔ぐらい簡単に倒せるって調子に乗ってたけど、それでも油断してて、そのせいであいつが死にかけてた。なんで、あれでピンピンしてるのかもわからないけど。
危なっかしいし、危機感がないし。アクイラっていう、お付きの人?というか、お世話役の人とも話しても、その印象は変わらなかった。
だから、守ってやろうと思った。時々、頬をつついてきたりとか変にベタベタとしてくるのも、きっと俺のことをガキだと思ってるからだけど、あんたも大概でしょって言いたかった。
その一環で、祓魔も教えたりした。あんなに使えないのに悪魔祓いの仕事を任されてるのも、特殊な事情なのかな、とか色々と考えてしまうけど。
話してるだけで、少しずつ楽しくなって不思議と意識してしまう。この人は、守り通したいと思った。
……それなのに、今回もダメだった。確かに、あの呪いに気付くのは難しい。そもそも、悪魔に乗っ取られるなんて相当手が込んだことをしないと無理だ。
神官の持つ神聖力と悪魔の力は打ち消し合うから、それをなんとかする方法がいる。あの邪教の連中を倒したとき、何かされてないか確認すればよかった。
それ以外にも、途中で体調が悪そうにしてたからもっと追及とかすればよかった。
代わりに一人で悪魔を倒して、守れてるような気になってた。
だから、あんな真似を許してしまった。
甘ったるい声。抱きついたときの鼓動、押し倒された時の瞳。全部、今までのライらしくないもの。
それなのに、まるで自分がガキ扱いされてないみたいで少し嬉しくなってしまった。
ちょっとだけ、本気でそういうのを望んでるのかなとか、浅ましい考えも過ってしまった。
悔しい。こんな考えをしてる自分が酷く惨めだ。
この危なっかしい人を守るには力が足りない。
……やっぱり、強くなるしかない。
「なあ、シリル」
「……何?」
「そ、その……ごめんな?」
悔しい。まるで、自分のせいだとか思ってそうなこの人のことが。やっぱり、ガキだと思ってるから頼られてないだろうし。
「いいよ、別に」
「……でも」
「あんたがいい加減、人にくっついてくることに危機感を覚えてほしいけどね」
でも、そんなことは言えない。だから、それを誤魔化すように軽口を叩く。
「……これ、嫌われてる?」
それでも、やっぱり見当違いなことばっかり言ってくる。ムカつく。
手首を握って、無理やり引っ張る。
「えっ、やっぱり怒ってる?」
「あのさ」
そのまま、壁にライの手首を押し付けて、正面からライを見た。さらさらと流れる金髪に、白い肌。まるで人形みたいな綺麗な顔。
いつもは、けらけらと笑っているけど、今は違う。ただ、困惑してこちらを見ている。
「俺も男なんだけど。それだけ」
ライの目が大きく見開かれた。
初めて、ライにちゃんと見られてる気がする。
「……はい?」
気の抜けた返事、呆けた様子のライを見て少しだけ気が晴れた。ばーか。
手を離して、何もなかったように歩き始める。この辺りは瘴気が濃い。やっぱり、さっきの悪魔だけじゃない。
ライが、後を慌てて追ってくる。ライが追い付くまでに、大きな穴を見つけた。
一際瘴気が濃い。
「ちょっと、シリル」
「ごめん、ライ。ここを降りるから」
「うわっ、マジか」
降りていくと、どんどんと瘴気が濃くなる。空気が重苦しい。
「……シリルさ」
ポツリ、とライが話し始めた。
「俺は――」
「後にして」
どうせ、たぶん自分のせいでとかそういう話だと思うから無理やり止めた。
「いや、ちょっと聞いてよ」
「どうせ、自分のせいでとか言い出すでしょ。ばーか」
ぺち、とライの額を指で弾いた。
「……これ、俺がされる番か」
「被害者が俺でよかった、ぐらいに思いなよ」
「……お前、実はこういうことされて喜んでたりする?」
「襲ってきた側がなんか言ってるね」
「ぐっ、お前も言うようになったな……」
軽口を叩きながら進む。ようやく、ライのことが等身大の女の子に見えてきた気がする。
「……神官」
――暗闇の中から声が聞こえてきた。
「贄」
「新たな器」
「我々に光を」
それも、複数。少しずつ目が慣れてくる。
暗い洞窟のような場所に、びっしりと邪教らしき人間たちがいた。
蹴り飛ばしたやつと同じような、奇妙な衣装を着ていて、どこを見ているのかよくわからないような瞳で、全員こちらを見ている。
息を飲んだ。不気味な人間がこんなにいる。後ろにはライがいる。どうすれば。
――ぺしゃり、と水が跳ねるような音がした。
一人の人間の、首がぽとりと落ちた。いや、一人じゃない。
全員が一斉に、首をはねられている。首だけじゃない。手も、足も、胴体すらバラバラに、切り裂かれている。
むせ返るような血の匂いがした。
一瞬だった。黒い何かが動いて、その場にいる邪教の人間をすべて殺して見せた。
その、黒い何かが標的を定めたように止まる。そして、そのままこっちに迫ってくる。
……まずい。なにかわからないけど、なんとかしないと。
しゅるしゅる、と触手のように動いたそれが迫る。それを防ごうと、何かしようとしたときに――ぴたりとそれが止まる。
呼吸が止まりそうになった。
「……神官か」
低い声が響いた。ぺしゃり、と水を踏むような音がする。
バラバラになった、人間をかき分けるようにして一人の人間がやってくる。
「――イェルク」
ライが、そう呟いた。知り合いなのか、これと。
一目見ただけでわかる。化け物だ。とんでもない密度の神聖力。何を祈ったら、こんな風になるんだ。
その虚ろな瞳は何も見てないようにも見える。
ただ、それがライに向いたときに、少しだけ光を取り戻した。
「そうか、ライもここにきていたのか」
「なんか、悪魔祓いの仕事で来てたらここに着いて」
「無事だったか?」
「別に、死なないだろ」
「それもそうだが」
……普通に話してる。同じ空間にいるだけで、呼吸すらできなくなりそうな圧もあるのに。
なんなら、ここの人間を全部殺したのはこの人だ。なのに、そんな平気に話せるの?
「あら、あらあら。うふっ」
さらに、後ろの方からもう一人現れた。暗闇に銀色の髪が揺れる。
「……ヴァレンティナもいるんだ」
「久しぶりね、ライ。好きよ」
「どういう挨拶だよ」
やっぱり、ライの知り合いか。この人も、相当濃い神聖力を持ってる。
……ライの交友関係はまともじゃないかもしれない。
けれど、やっぱりわかった。俺には力が足りない。この中に入ってなんかいけない。
だから、もっと強くなりたい。今度は、ライをちゃんと守れるように。
◇◇◇
仕事は結局、あのライの知り合いのよくわからないやばい人たちのお陰で無事終わった。
悔しい。どうせなら、俺がなんとかしたかったけど。
聞いた話からすると、あれも邪教の一部でまだ解決してないみたいだ。邪教は神官を狙ってて、悪魔とまるで結託してるようにして、何人か神官を襲ってる。
乗っ取られたように、白目を剥いて気を失った神官が何人か発見されてたらしい。
……ライが、そんな風になりかけてたんだ。気がついたら、あいつのことばっかり考えてる気がする。
だから、決めた。
「シリルか、どうした?」
「ライの下でやる仕事、一旦やめる」
枢機卿、アルフ・ストラング。俺の仕事を決めた人。そこに報告をしに行く。
「……ということは、そういうことか」
「うん、もっと力がほしいから」
今のまま、ライの隣にいても何もできないから。まずは、強くなりにいく。
今度こそ、あんなへまはしない。